(1)音楽祭の公表
音楽の授業を終えたエセリアは、友人たちと音楽室を出て廊下を歩き出した。そんな彼女たちの話題は当然、先ほどの授業終了間際に、担当教授から告げられた内容についてだった。
「先ほどのドリー教授のお話は、随分唐突でしたわね」
「ええ。いきなり『音楽祭』などと言われても……。何をどうすれば良いのか分かりませんし」
「私、身内やごくごく親しい方同士の集まり以外では、演奏を披露したことはございませんが……」
「私も似たようなものですわ。どうしてわざわざ全校生徒の前で、披露しなければいけませんの?」
彼女たちが怪訝な顔を見合わせながら歩いていると、背後から人波をかき分けながらグラディクトが駆け寄って来た。
「エセリア、ちょっと待て!!」
「殿下!」
「お待ちください!」
「……騒々しいですわね」
「何事ですの?」
その怒声に渋面になりながら、彼女たちは足を止めて振り返った、すると、追いついたグラディクトが、前置きなしに言い出した。
「おい、授業の最後に説明のあった、音楽祭の話をちゃんと聞いていただろうな?」
「はい、勿論です。それが何か?」
「それなら当然、お前は参加するのだろうな?」
その一方的な物言いに、周りの女生徒たちは無言で眉根を寄せたが、エセリアは平然と言い返した。
「どうして私が、参加しなければならないのですか?」
「私が剣術大会と同様、名誉会長を務めるからだろうが。婚約者のお前が協力しなくてどうするのだ」
「私が参加しなくとも、他に優秀な方が幾らでもいらっしゃるでしょう」
「お前が音楽が不得手なのは知っているがな、まさか後ろ指をさされるほどではあるまい? 私の婚約者として、音楽祭成功に向けての誠意を見せてもらいたいものだな」
そう言って、些か馬鹿にするように笑ってみせた彼を見て、周りの女生徒たちは更に咎めるような顔つきになった。しかし、エセリアは淡々と了承した。
「分かりました。それでは教授には、私の方から参加申し込みをして」
「お前がそう言うだろうと思って、もう済ませておいたからな。ありがたく思え!」
「そうでしたか。お手を煩わせて、申し訳ございません。ありがとうござい」
「それでは当日、仮病など使って逃げるなよ! 分かったな!」
一々エセリアの台詞を遮りつつ、一方的に言うだけ言って上機嫌に引き上げた彼を見て、周囲の者たちは呆気に取られた。
「一体、何なのですか? あの殿下の物言いは」
「それにしても……。エセリア様は音楽が苦手ではいらっしゃいませんよね? 殿下は、何か変な誤解をなさっているのではありませんか?」
そんな素朴な疑問に、エセリアは笑って答える。
「確かに誤解なのですが、それを正すのも説明が面倒なので、そのままにしておいていただけますか? 音楽が不得意だと思われても、私は別に何とも思いませんし」
「はぁ……」
「エセリア様がそう仰るなら……」
怪訝な顔になりながらも彼女たちは素直に頷き、すぐに別な話題で盛り上がりながら移動を開始した。
(想像通り、私の参加をごり押ししてきたわね。あまりにも筋書き通りで、少し面白くないわ)
そんなことを考えて笑いを堪えたエセリアだったが、一方のグラディクトも、自分の思い通りに事が運んだことでほくそ笑んでいた。
(ああ言えば、さすがにエセリアも後には引けまい。当日、仮病を使って休んだら、婚約者の私に対して非協力的で、あるまじき振る舞いだと非難すれば良いし、素直に参加したらアリステアの直前に順番を組み込んで、その下手さを全校生徒に印象づけてやる! どちらに転んでも、私の損にはならないな)
自分の手腕に満足しながら歩いていた彼に、背後から声がかけられた。
「あの、グラディクト殿下」
「何だ?」
「先ほどのエセリア嬢に対する発言は、少々拙いのではありませんか?」
「おい、ライアン、よせ!」
「何を言い出す気だ!?」
後ろを歩く側付きたちの焦った声が聞こえる中、グラディクトは気分を害して足を止め、背後を振り返った。
「は? まさかお前、私に意見する気か?」
「ですが、先ほどのエセリア様の様子を拝見致しますと、音楽は少々不得手のご様子。それなのに音楽祭なる得体の知れないものに参加を強制して、万が一、彼女に恥をかかせる事態になっては、殿下のお名前にも傷がつきかねません」
仲間たちが顔を真っ青にする中、真っ当な進言をしたライアンだったが、それは怒声によって報われることとなった。
「『得体の知れないもの』とは何だ! 無礼だろうが!」
アリステアのために企画したものを非難され、グラディクトは本気で腹を立てた。しかし、一つ言ってしまえば二つも三つも同じだと完全に開き直ったライアンは、彼よりも声を荒らげながら進言を続けた。
「ですが本当のことです! この際、無礼を承知で言わせていただきますが、長期休暇前から私たちを遠ざけた上で、側に寄せている女生徒は何ですか!?」
「……黙れ」
「いいえ、黙りません! 噂を拾ってみれば、子爵家風情の礼儀も知識も全くと言っていいほど身についていない、取るに足らない」
「黙れと言っている!!」
「ぐあっ!」
「ライアン!」
「殿下! こんな所でお止めください!」
アリステアを真っ向から非難されたグラディクトは、ライアンを手っ取り早く黙らせるために問答無用で殴り倒した。まさか学園の廊下でそんな暴挙に及ぶとは考えてもいなかったライアンは、頬にまともに拳を受けて廊下に転がる。それを見た側付きたちは慌ててグラディクトの腕を取って押さえた。
「もう良い、ライアン! たった今、貴様の俺の側付きの任を解く! 詫びを入れても無駄だぞ! 父親の伯爵に、貴様の無能さを叱責されろ!」
そうグラディクトが吐き捨てると、ライアンはゆっくりと一人で立ち上がりながら、冷め切った目で淡々と言葉を返した。
「そうですね。あなたの罵倒より父の叱責の方が数倍筋が通っていますから。甘んじて受けましょう。それでは失礼します。以後、ご用命は承りませんので、お声はかけないでいただきたい」
「誰がかけるか! おい、行くぞ!」
「あ、は、はい!」
「殿下、お待ちください!」
側付きの者たちは、憤然として歩き去るグラディクトの後を慌てて追いかけた。一方のライアンは、妙にすっきりとした表情で、彼らとは逆方向に歩き出した。
※※※
「まあ……、それでは仲間割れ?」
偶々、その一部始終を目撃していたシレイアが報告すると、エセリアは少々驚いた顔つきになった。しかしシレイアは、笑いながら言葉を継いだ。
「仲間と言っても、親の言いなりに殿下についていただけの、腰巾着でしたが」
「だが側付きの中でも、ライアン殿は比較的常識的だったし、幾ら父親から『殿下のご機嫌を取っておけ』と言われても、これまでにも色々と思う事があったのではないか?」
「そうでしょうね」
昨年から冷静にグラディクトの周囲を観察していたローダスが思うところを口にしてみると、エセリアも納得したように頷いた。それを見たシレイアが、一応提案してみた。
「エセリア様、どうしますか? 彼をこちらに引き込みますか?」
しかし彼女は、それに笑って首を振る。
「例え不本意だったとしても、今まで主として仕えていた人間が対抗意識を燃やしていた人間に、すぐに進んですり寄ろうと思うかしら? 根が真面目な人間なら、なおさら躊躇すると思うわ」
「それはそうかもしれませんね……」
「でも、殿下からあることないことを吹き込まれた親から、理不尽な叱責を受けるのは気の毒ね。私からクレスコー伯爵に、第三者の立場で一筆書いておくわ」
唐突にエセリアがそう言い出したため、ローダスとシレイアは、思わず顔を見合わせた。
「エセリア様が書いた内容を、クレスコー伯爵が信じくださるでしょうか?」
「自分の益になると思って、息子を殿下の側付きにしていたわけですし……」
「それは伯爵次第よ。そこまでは私の関知するところではないわ」
「それはそうですね」
エセリアに言い聞かされた二人は納得し、そこでグラディクトに関する話題は終了した。
※※※
「アリステア。今日の音楽の授業の時に、音楽祭についての告知がされたのだが、そちらのクラスでは発表があったか?」
「いえ、音楽の授業は明日ですから。そうなると、その時に発表されることになりそうですね」
「そうだな。開催が楽しみだ」
「はい、私もです! きっと成功させましょうね!」
そしてその日も、良い顔をしない側付きたちを追い払ってからアリステアと会っていたグラディクトは、満面の笑みで喜んでいる彼女を眺めながら、音楽祭の成功を心の中で確信していた。




