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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原 皐月
第4章 “ヒロイン”は、何故か究極の残念さです

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(12)とばっちり

「お待たせ致しました、ソレイユ教授」

「こちらから、放課後にお呼び立てしたのですもの。お気になさらず。どうぞお座り下さい」

「失礼します」

 音楽の授業が終了した直後、呼び止められたエセリアは、その日の放課後、指示通りに音楽担当主幹のソレイユ教授の研究室を訪れた。すると奥のテーブルに、他の三人の音楽担当教授が顔を揃えていた事で、容易に彼女の用件を悟ってしまう。


(ドリー教授にレストン教授、ライナス教授まで……。器楽や声楽の教授が勢揃いしていると言う事は、どう考えても例の音楽祭絡みの話よね?)

 そんな事を考えながら会釈しつつ椅子に座ると、総白髪のソレイユが、如何にも恐縮しながら話を切り出した。


「エセリア様。お話と言うのは、グラディクト殿下からの申し入れの件に関してなのです」

「それはもしかしたら、音楽祭とやらのお話ですか?」

 さくさくと話を進める為に自分から言ってみると、教授達は四人とも驚いた顔つきになった。


「もうご存知でいらっしゃいましたか?」

「実は、殿下がいきなり私に『企画運営をしろ』と仰いましたが、私は昨年に引き続き剣術大会の実行委員を引き受けて、既に実働しておりますので、丁重にお断りした経緯があるのです」

「そうでしたか……。そんな事が……」

 途端に沈鬱な表情になった教授達に、エセリアは思わず確認を入れた。


「まさか殿下が、教授方に運営をしろと仰ったのですか? 学園内の年間行事は、学園長の許可無く開催できませんよね? ですから私も昨年、まず学園長に主旨をお話しして、了承を頂きましたし」

 それにソレイユは真顔で頷いてから、話を続けた。


「私もそう申し上げましたら、殿下はその足で学園長に直談判したらしく……。学園長から、半日での開催を条件に、許可が下りました」

「それはまた……、随分と慌ただしいですね。それに殿下の話は、簡単にしかお伺いしていないのですが、どのような形で発表するおつもりなのでしょう? そもそも音楽とは室内で静かに聴くもの、そしてそれに関しての知識や感想を語って、余韻に浸る物ではありませんか? これ見よがしに大勢の前で、発表する物では無いと思うのですが……」

 控え目に現実問題を口にしたエセリアだったが、心の中では辛辣な事を考えていた。


(この世界には、広い会場でのコンサートとかライブって概念は無いもの。多くても精々二十人位が、室内で聴く程度で。あとは教会でのお祈りの時位? だから、かなり生徒達に上手く根回ししないと盛り上がらないし、そもそも参加者も出ないわよ? だけどゲームではそこの過程はバッサリ省かれて、開催してヒロインと攻略対象者の距離が縮まってめでたしめでたし、になっていたのよね。絶対にシナリオライターが、そこら辺の設定で手を抜いたとみたわ)

 するとソレイユが、疲労感満載の声で応じる。


「ご相談したいのは、まさにその事なのです。殿下は『学園長が半日でと言うなら仕方がない。半日で問題無く開催しろ』と仰るだけで。実行委員長は『パーッと盛大に、粛々とやりましょうね!』など口走るだけで、全くお話にならなくて」

「あら、実行委員長がもう決まっているのですか? どなたでしょう?」

「それが……」

 自分が断ったら取り巻きの誰かに任せるだろうと思っていたら、事もあろうに教授に丸投げと言う暴挙をやらかした事と、ソレイユが口にした実行委員長とやらの台詞を聞いて、エセリアが嫌な予感を覚えながら確認を入れると、彼女が少し口ごもってから恐縮気味に言い出した。


「エセリア様は、最近グラディクト殿下が何やらご贔屓にされている、新入生のアリステア・ヴァン・ミンティアという生徒の事をご存知ですか?」

「……ああ、あの方ですか? 直接お話しした事はございませんが、噂は耳にしております。何やら随分と、個性的な方だとか」

 心情的には(やっぱりあんたか!?)と呆れたエセリアだったが、無難な物言いで表現した。しかしそれに、次々と否定の声が上がる。


「個性的などと、可愛らしい物ではございません! あれは単に無神経で、自分勝手と言うのです!」

「そうですとも! あんな生徒に、音楽の何たるかが理解できる筈ありませんわ!」

「レストン教授、ドリー教授も……。一体、どうされたのですか?」

 音楽に携わる仕事をしているせいか、普段なら温厚な人となりをしている筈の二人が声を荒げた為、エセリアは本気で驚いた。しかし残るライナスが怒りを面には出さないまでも、困惑しきった表情で告げてくる。


「アリステア嬢は音楽史や音楽理論を我々が講義していても、『こんな物が卒業してから何の役に立つんですか? こんな時間があるなら、皆で楽しく演奏したり合奏すれば良いじゃありませんか』と平然と口にするもので。私達が授業を進める上で、少々障害になっております」

「まさか……、そんな事を、面と向かって言われたなどとは」

「はい、言われております」

 有り得ない事態を耳にして、エセリアの顔が盛大に引き攣った。


(うわぁ、本当に何をやってるのよ? ライナス教授はこの国が誇る、名作曲家兼ピアニストとして有名な方なのに。それに確かに歴史や理論とかはつまらないかも知れないけど、社交の場では必要な知識なのよ?)

 彼女がひたすら唖然としていると、先ほどの二人が再び怒りの声を上げる。


「私のような若輩者に対してならともかく、ライナス教授に対しての暴言は、到底許せませんわ!」

「それで生徒に演奏させようとすると必ずしゃしゃり出て来て、好き勝手に曲を弾きますし。本当に何なんだ!?」

「ですが、当の本人は、私どもがそのように感じているなど、全く理解していないようで……」

「挙げ句の果て、本来の日常業務で忙しい教授方に、仕事を丸投げしていると……」

 頭痛を覚えながら後を引き取ったエセリアに、教授達が揃って無言で頷く。それをみた彼女は、重い溜め息を吐いた。


「当初はエセリア様から、殿下に翻意して下さるように働きかけて頂こうかと思いましたが、あんな生徒を本気で実行委員長などに据える愚行をなさる方が、素直に話を聞いて頂けないかと」

 そうソレイユが切り出し、エセリアは真顔で同意を示した。


「そうですね……。正直に申しますと、殿下が私のお話に耳を傾けて頂けるかどうか、保証の限りではございません」

「はい。それでそちらはともかく、音楽祭開催に向けてのご助言を頂きたいと思って、お呼び立てした次第です」

「なるほど。良く分かりました」

 漸く本題に入ったのは良かったものの、エセリアは内心で頭を抱えた。


(正直言って音楽祭なんてどうでも良いけど、教授方がとばっちりを受けて困っているし……。取り敢えずアイデアだけは出しておきましょうか。その上で、アリステアより私の方が、目立てば良い筈だしね)

 そう素早く算段を立てたエセリアは、慎重に意見を述べた。


「大した助言はできないかと思いますが……、取り敢えず全校生徒の前で披露と言うからには、講堂を使用しないといけませんわね」

「はい、後部の席まで音が届くかどうか、甚だ不安ですが仕方ないですな」

「それから、参加者を募ってみる必要がありますね。ただ初めての試みなので、率先して手を挙げる方は少ないかもしれません。その場合は教授方で、技量のある方を指名すれば良いかと思いますが」

「おそらく、そうなるでしょうね」

 頷きながら話を聞いていた教授達が、エセリアの次の台詞で、真剣な顔付きになった。


「それで参加者を募集する際には、使用する楽器や選択する曲は自由としても宜しいですが、一人、もしくは一組の制限時間を、例外なく設けた方が良いと思います。そうでないと、延々と演奏したがる方が居られるかもしれませんし」

「なるほど……、それはそうですね」

「何と言っても、今この学園には、常識が通用しない生徒が在籍しておりますからな」

 顔を見合わせて頷き合う彼らに、エセリアが笑いながら説明を付け足す。


「もし、それについてどうこう文句を言う方がいらしたら、『なるべく多くの一芸に秀でた人間に光を当て、音楽の良さを他者に伝える為に開催するという主旨から考えると、一人ごとの制限時間を設けるのは当然なのでは?』と反論すれば宜しいと思いますわ」

「なるほど、道理ですね。そう致しましょう」

「それから私が助言した事は、内密にお願いします。『実行委員長就任を断ったのに、裏で係わるとは人を馬鹿にしている』と、理不尽な言いがかりを付けられそうですので」

「確かにそうですわね。皆さんも宜しくお願いします」

 ソレイユは笑って頷き、部下達に顔を向けると、彼らもソレイユと同じ思いらしく、安心させるように笑って頷き返した。

 それから更に幾つかの助言をしたエセリアは、教授達に見送られて研究室を出て、廊下を歩き出した。


(さて、剣術大会の準備もそうだけど、今年は音楽祭の対策も練らないとね。でも……、面白くなってきたわ)

 俄然やる気を出したエセリアは、音楽祭を成功に導きながらも、効果的にアリステアを追い落とす方策について考えを巡らせながら、自室がある寮へと向かった。



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