20 特定外来生物
ローテーションを組んで互いの体を洗い終えた僕達は、4人仲良く湯船に入った。
やっぱりシパちゃんの家のお風呂は広い。
「今は暇ですけど忙しい時には村のみんなにお手伝いしてもらうこともありますしね。まあ半分くらいは父の趣味でしょうけど」
趣味と実益を兼ねていると理解することにしました。
広いと言っても4、5人入れるかな程度で異常に広いわけでもない。
逆にアロの家のお風呂がちょっと狭かった気もする。
「あれはママが馬鹿だったのにゃ! 狭い方がくっついて入れるとか浅はかな考えなのにゃ。何が浅はかって2人で入ることしか想定してなかったのが馬鹿なのにゃ! すぐパパが増えて後悔したとか言ってたけど自業自得なにゃ!」
尋ねるとアロはすごい勢いで母親に駄目だしした。
まあ自分で狭いお風呂を選んでおいてその後自分で旦那さんの数を増やしたなら確かに自業自得なのでそれは仕方がない。
その後はアロの家にも大きな風呂が欲しいとかいう話などをしていた。
そうして僕がすっかり油断をしていた時にアロから質問が飛んできた。
「そういえば、トキナさんの漢字はなんて書くのにゃ? この際だから教えて欲しいにゃ」
くっ。不意打ちを食らった。
しかもアロはもうシパちゃんに隠す気もないようだ。
まあ一緒にお風呂も入って肉体的には全てを見せ合った仲だし仕方はないか。
でもトキナさんの……漢字? トキナさんはこの世界の平人で漢字はないのだが。
「いやね、印世君の口から時々トキナさんって名前が出てたから、漫画喫茶に行ってた時にどんな人かとアロと話をしてたんだよ。その時漢字はなんなのかって話になって、トキナさんのトキは時間の時でトキと読むとして、最後のナが菜っぱの菜なのか奈良県の奈なのかでもめてたわけだよ」
トキナさんの漢字が時菜か時奈かでもめていたようだ。
だからトキナさんはそもそも日本人ではないのだが。
『つまり……2人は妾のことを日本人と思っておるのか』
その通りだ。だから漢字でもめているのだろう。
僕が何を口走っていたのか不明だったけど、少なくとも2人にトキナさんがこの世界の平人だという情報を与えてはいなかったようだ。
つまりトキナさんがこの世界の魔王だという情報は漏れていない。
そもそも瑛さんやアロと一緒の時にはトキナさんとろくな話をした記憶がないからな。
僕が口走っていたのも恐らくろくでもないアホな言葉だったのだろう。
『にゃんにゃんとかハァハァとかその辺じゃろうな』
それはそれですごく恥ずかしくて困るんですけどね!
『まあせっかくの機会じゃ、2人には妾を日本人じゃと思ってもらおう。妾もせっかく覚えた日本語を有効活用したいしの。自分の名前に漢字をあてるというのもおつなものじゃ』
トキナさんが真剣に考え始めました。
「で、トキナさんの『な』は菜っぱの菜と奈良の奈のどっちなのにゃ?」
トキナさんが名前を決める前に追撃が来た。
「ちょっと待って、今トキナさん考えてるから」
「えっ?」
……あっ。
素でトキナさんが存在する前提の会話をしてしまった。
だがここで問題なのはトキナさんと僕が会話しているということか、それともトキナさんが日本人の名前としての漢字を今考えていると言ってしまったことか。
より問題なのは後者だ。
せっかく2人がトキナさんを日本人だと思っていたのに失敗してしまった。
が、次のアロの言葉は僕の予想を少し斜め上に行っていた。
「印世はちょっと設定が甘いにゃ! 読み方だけじゃなくてちゃんと漢字も考えてなきゃだめなのにゃ!」
考えるって……そういえば2人はトキナさんを何だと思っているのか?
実在する日本人だとは思っているのかいないのか。
そもそもどこかの日本人と僕が念話で話をしているとしたらそれも問題だ。
そう思っていたのなら瑛さんはさすがにもっと前に聞いてきてもよさそうな話だ。
「やっぱり中二病の方なのか。私はなんかこう、もっと目に見えない何かと交信していると思ってたんだが。……アルミホイルが必要になる系の」
「だから言ったにゃ! トキナさんは印世の右手のことだって。印世の右手の恋人さんの名前がトキナさんなのにゃ!」
もうやめて! 僕のライフはとっくにゼロよ!
どうやら、2人は僕のトキナさん発言が電波さんなのか中二病なのかでも揉めていたようだ。
どちらかと言えば電波の方が近い気はする。
何かを受信しているのは確かだし。
ただ、今のやり取りで僕は中二病であることが有力になってしまったようだ。
電波より遠い中二病にぶれたのはトキナさんのことを隠す上ではいいことだが、僕自身としてはなんとも言えない気持ちである。
『よし! 妾の漢字を決めたぞ! 北斗の斗に忌避の忌、そして名前の名で斗忌名じゃ!』
まさかの3文字です。
やはりトキナさんも言語習得魔法の副作用で中二病に侵されてしまっていたようです。
「えっと……、一応トキナさんの漢字は北斗の斗に忌避の忌、名前の名で斗忌名だそうです」
もうどうにでもなれ。
「さ、3文字……だと?」
瑛さんが驚愕していた。
「斗忌名さんか、すぐ出なかったのは駄目駄目だけど漢字のセンスは悪くないのにゃ!」
アロのセンス的にはありだったようです。
「それで……結局そのトキナさんって言うのはどちらさんなのでしょうか?」
シパちゃんは常識人なので話について来るのが不可能だった。
「だから印世の右手が斗忌名さんなのにゃ!」
「えっ? 印世さん右手に名前をつけてるんですか? どうして?」
「それはにゃ。ジャングルで1人だった印世を毎日慰めてくれていたのが右手さんで、ついに印世はその右手さんに恋心が生まれてしまったという深い悲しみの物語が――」
僕のライフがゼロを通り越してオーバーキルで痛いです。
「印世さんにそんな悲しい過去があったなんて……」
シパちゃんまでアロに丸めこまれてしまった。
僕は1人で密林にいる間に右手に恋心を芽生えさせてしまった人で確定したようです。
「でももう大丈夫だ印世君。今はアロもいるし私もいる。もう君は1人じゃないんだ」
瑛さんにも励まされてしまった。
「わ、私もいます! 印世さんの右手さんの代わりにはなれないかもだけど、でも私も印世さんのこと好きですから」
みんなの優しさが痛いです。
トキナさんのことはバレずに済みそうだけど代わりに僕の何かが削れた気がしました。
ともかくこうして、トキナさんは僕の右手のことだということに落ち着きました。
体もあったまったので皆で湯船を上がります。
お風呂上がりの3人もそれぞれに違った良さがあって最高でした。
『3人とも可愛いお尻であったのじゃ』
全くです。
お風呂から出て着替え終わると、シパちゃんのお父さん達が戻って来た所だった。
一緒に剣を背負った若い猫人もやってきた。
顔付きも強そうな男の猫人だ。
この人は多分傭兵だと思う。
「やっぱり駄目だぁ。あいつらどんどんこっちに近づいて来てやがる」
「前は花火などで追っ払うことができましたが、それにももう慣れてしまったようです」
2人はニホンザルの様子を見に行っていたようだ。
「今は森の近くの果物を食べているだけのようですが、数を増やしつつ確実に生息範囲を広げていますね。ウッホ村まで到着するのも時間の問題と思われます。やはり瑛さんの進言通り特定外来生物に認定、ギルドに正式な依頼を出して駆除する必要があると思います」
「うーん、やっぱりか。あいつらベースはニホンザルだからなぁ。本当はここまで来る前に人間の怖さを教えなきゃ駄目だったんだけど、こうなっちゃ仕方がないか。あいつらは進化しすぎて人的被害が起きる可能性もあるしね。分かった、後で報告書を書いておくよ」
ニホンザルによる猿害は直接ウッホ村まで襲ってはいなかったらしい。
ただ生息圏がウッホ村へと近づいてきており、早急な対策が必要とのことだった。
瑛さんがタブレットPCで報告書を作っていたので僕も見させてもらった。
【特定外来生物】ウホゴリラ(地球名:ニホンザル)
【属性】風属性(サイコキネシス? 要追加調査)
【備考】通常の物理攻撃の他に糞投擲行動による遠距離攻撃を行うことがある。コワイ!
【対策】人的被害を含む危険を伴う特定外来生物と認定。傭兵ギルドによる討伐を依頼。
Aランク傭兵数名を含む100人規模の部隊による大規模な森狩りを要請します。
……まず名前がゴリラだ。
どこでニホンザルがゴリラになった?
攻撃方法も怖い。
動物園でうんこ投げてくる猿を見たことあるけどウホゴリラも投げるようだ。
確かにコワイ!
でも報告書に怖いって感想が書いてあるのはどうかと思うけど。
だが状況はかなりまずいようだ。
100人規模の傭兵が動くとかかなり大規模な作戦ではないだろうか。
恐らく森のウホゴリラを全滅させるのだろう。
人的被害を含む危険を伴うともあるので危険な魔物と化しているのも確かなようだ。
「今は森からちらほら出て来るゴリラを狩るだけで済んでるけど、出て来る数も増えてきてるしここで手を打たないとな。最悪ウホゴリラの森が新たな未開領域になる可能性すらある」
未開領域というのは人が開拓できない場所の総称だ。
神獣が存在するエリアが代表例のようだが、トキナさんが封印されている中央大密林のように神獣のいない未開領域も存在する。
中央大密林が未開領域なのは主にドラゴンのせいだ。
ウホゴリラがどれだけ強いかは分からない。
でもそこが未開領域になるかも知れないというなら、それだけやっかいな相手だということだ。
瑛さんの報告書は猫人の傭兵がUSBメモリに保存して持って行くようだ。
この世界にはネットがないのでこれは仕方がない。
傭兵の男性は様子を見に来ただけだったようですぐギルドへと戻って行った。
ウホゴリラの脅威は確認出来たので1週間程度で討伐隊が来るとのこと。
で、シパちゃんの父親も戻って来たので僕達は昼ご飯をごちそうになった。
久しぶりに食べるお米の味に僕は懐かしさでちょっと涙が出そうになりました。
「すごくおいしいです。お米食べるの久しぶりだけど、この米は日本のと変わらないくらいおいしいと思います」
本当においしいと思った。
日本ではそこまで高いブランド米を食べていたわけでもないので、ヘタしたらそれよりおいしかったかも知れない。
「種籾は日本の有名なのをブレンドした物だべ。FAO(国連食糧農業機関)の田吾作さんに技術指導もしてもらったしなぁ」
シパちゃんのお父さんが嬉しそうに話してくれた。
「でもその技術をしっかり吸収して、ここまでおいしいお米が作れるようになったのはやっぱりあなた達の努力の賜物だよ」
瑛さんが誉めていた。
僕もその通りだと思う。
昼ご飯が終わって、僕は再び農作業の様子を見させてもらった。
シパちゃんは友達との約束があるとのことでウッホ村の方へでかけている。
代わってシパちゃんのお父さんが作業をしているのを見させてもらう。
「この世界に私達地球人が与えた影響は大きい」
作業を見つつ瑛さんと少し話をした。
「でも、元々この世界に住む人達も皆がんばって生活している。そこにどちらが優れているなんて差はない。みんな、この世界に住む仲間なんだ」
僕もそう思う。
シパちゃんやシパちゃんのお父さん達も一生懸命に生きている。
お米も本当においしかったし、この世界の人達が僕達地球人より劣っているなんてことはなかった。
地球から召喚される第1世代の異世界人は、地球の最新情報を持つために有利な面はある。
でもそれだけだ。
この世界の技術レベルは高いけど、その全てを地球人だけが担っているわけじゃない。
この世界に元々住んでいた人達も努力したからこそ、今のこの世界の繁栄があるのだ。
当たり前のことではあるけれど、実際に頑張っている人達を見るとそれを肌で感じることができた。
『この世界には妾のような天才もいることじゃしの』
うん。それもそうだとは思う。
でも僕の感動が台無しになってしまったのでトキナさんにはちょっと自重していて欲しかったです。




