一触即発!!
和やかな雰囲気の病室内にノックの音が鳴り響き、一瞬の静寂が生まれた。ドアが控えめに開き、ゆっくりと入って来たのは濃紺に薄いストライプの入ったスーツ姿の女性。
「失礼します……社長、そろそろお時間です」
170センチはあろうかというモデル並みの長身に、縁の赤い眼鏡をかけた20代後半の女性だった。小脇にファイルを抱え、結い上げた髪。金平の目からは、いかにも実務的な秘書だと見てとれた。
唇の脇に2つある黒子が、年齢以上の艶っぽい色香を漂わす。
「あぁ……分かった」
一瞥すると、皆に挨拶する司。手には<週刊格闘技>なる雑誌が握られ、ソフィが特集されたページに、ちゃっかりサインを貰ってご満悦の表情だ。
爽やかな笑い声を残し退室していく。
数秒もせず、閉まったドアがまた開いた。
「ソフィアちゃん、次の試合見に行くからね」
そう言うとウィンクして見せ、何かをソフィに向かって投げてよこす。
「社長!」
ドアの外から、秘書の叱責が聞こえた。
「はいはい」
病室内の皆の視線が集まるドアの磨りガラス越しに、ぼんやりと見える袖を引っ張られていく司の姿。
ソフィが両手でキャッチしたのは、ガチャピンのストラップだった。
「何?これ」
真剣な面持ちで首を傾げるソフィ。
「……プッ」
謎のプレゼントに、金平は思わず吹き出す。
「何で笑うのよ」
赤面したまま、ソフィが口を尖らせた。木下や三国も失笑している。
そんな中で、増山はどこか物憂げな表情を浮かべていた。司と同じく、忘却の彼方へ思いを巡らせたのだろう。木下の横顔が美空と重なり、儚げな笑顔が増山の胸を締めつけた。
◆◆
増山に別れを告げると、病院を後にする四人。正面玄関の自動ドアを出た時だった。
「おい」
唐突に響く野太い声に振り返る一堂。
「えっ!」
金平が体を強ばらせた。
自動ドア脇の壁面に背中をもたれ、腕組みする男が1人。決して長身では無いが、幅のある骨太な体格。
逆立った髪に無精髭。野生そのものといった眼光を放っていた。
「せ、芹沢さん!?」
思わず動揺する金平は、腰が引けている。
「あれ?おじさん……何してんの?」
ソフィが呑気な音を出す。
入院から<一切面会お断り>を通したせいか、筋肉防衛軍の面々からは半ば空気に近い存在となっていた芹沢が、突然姿を現したのだ。
「幽霊でも見たようなツラだな。足はついてるぜ」
威圧的な態度は以前となんら変わらない。
「全治2ヶ月って話でしたよね?まだ……」
「こんな消毒液クセーとこ、いつまでもいられっかよ」
金平の言葉を遮り、苦々しい表情を作る。
「聞いたぜ。とんでもねぇ化け物と戦ったんだってなぁ?」
マウンテンゴリラ型SEの事だろう。
「増山の野郎を、また病院送りにするぐらいのSEがいるとはなぁ……くくっ」
どう見ても殺人嗜好者にしか見えない芹沢の表情を視線の先に捉え、三国の顔が青ざめていく。
「……ガキ、何見てやがる?」
木下が、苛烈な瞳で芹沢を見据えていた。
「いえ……別に」
「あぁ、増山が猫可愛がりしてる木下ってのはおめーか。どうだ、稽古つけてやろーか?」
腕は組んだまま、悪鬼のごとき表情を浮かべる芹沢。
「……いいですね。増山さんのお礼も兼ねて、手合わせ願いましょうか」
周囲の温度が急激に下がった──。金平にはそう錯覚する程、視線を一切逸らさない両者の間には、一触即発の異様な殺気が漂っていた。
突然、大型トラックが停車する轟音が、背後から響き渡る。
一斉に歩道と駐車場を挟んだ道路へ視線を送る一堂。
「あんた達!何やってんのよ!」
ダンプカーと見紛う巨大な車体。その運転席からドアを開け飛び降りたのは、タンクトップに短パン姿、スキンヘッドの髭面にサングラスをかけた変態だった。
「しゃ、社長、なんすか、その車?」
「あぁ、これね。ハマーの代わりに購入した、南アフリカ、パラマウント社製・マローダーよ。プラスチック爆弾でもふっ飛ばないし、対戦車砲の直撃にも耐えられるわ。ちょっと値は張ったけど、10トンあるから、ゴリラだろうが恐竜だろうが、投げ飛ばすのは不可能ね」
ハマーの全高を更に高くした、ゴツい車体に圧倒される面々。
絶句する金平は声も出ない。
マローダーのボディに手をついて、サングラス越しに熱く語る社長の姿は、どう見ても中東のテロリストにしか見えなかった。
まぁ、テロリストがタンクトップに短パン姿などという、体操のお兄さん的な軽装はしないが。
すっかり興を殺がれた芹沢と木下は、互いに背を向け押し黙っている。
それを見て、ホッとした表情を浮かべる三国。
ソフィはマローダーの馬鹿でかい車体を前に、童心に還った目をしていた。
いざとなったら芹沢と木下の間に割って入るつもりだった金平も、胸を撫で下ろして安堵する。
空気の読めない社長も、たまには役に立つ物だと。




