優しい思い出!!
三国の運転するクラウンは、当初の目的通り大学付属病院を目指す。車中でせきを切ったように喋り始める三国。謎のライダーによる突然の襲撃により、明らかに情緒不安定になっている様子だった。
なんでも、金平とソフィが入院する大学付属病院は、数年前から経営が傾いていたらしく、三国の弟の司が資金援助を申し出てからなんとか持ち直し、結局のところ司が代表を務める三国重工が病院を買い取る形になり、実質的なオーナーになっているらしい。
それ以前、20年程前から、三国重工の前社長である三国大二郎も、医療機器等を無償で提供するなど、病院への援助にはかなり力を入れていたという話だ。去年病院が全面改修されたのは、三国重工の潤沢な資産の後ろ盾があったからに他ならない。
そんな話を半分聞き流し、木下は物思いに耽っていた。日本刀を携えた、スーツ姿の謎のライダー。ヘルメットの下の素顔を、どこかで見たことがあるはずなのだがどうしても思い出せない。隣で饒舌になっている三国の言葉が、右耳の鼓膜を擽る。
幼い頃、三国兄弟とは何度か会っていたことを、木下は今更ながら思い出した。姉の美空が亡くなる前、三国の豪邸へ、増山や美空に連れられて一緒に遊びに行った事。年端も行かない時分の朧気な記憶だったが、とてつもなく広い敷地や、出された高級な茶菓子が印象的で、記憶の片隅に確かに残っている。
頼りないが穏やかな三国兄とは対照的に、弟の司は、どこか氷のような気配を漂わせていた。
「そう言えば、司さんは元気ですか?」
木下は思いついたままを口にした。
「はい、元気ですよ」
押し黙っていた木下が突然口を開いたので、なんだか嬉しくなる三国。ミッキー○ウス的な人懐っこい笑顔を浮かべると、続けざまに喋り出す。
「あいつは私と違って優秀で……昔から何やらせても司のほうがそつなくこなしてましたよ。社長に就任してからは余り会う機会も無いですが、怪我の多い筋肉防衛軍のお見舞いには、忙しいスケジュールを縫って顔を出すし、たまにラボでも見かけます」
そう語る三国の顔は、どこか誇らしげだった。
「自慢の弟さんなんですね……」
感慨深そうな顔で、街並みの景色が流れ始めた車窓に頭を押し付ける。子供のような仕草なのだが、不思議とこの青年には違和感なく見えた。
◆◆
大学付属病院のロビーには、支払いや受付けを待つ老若男女に混じり、金平とソフィーが距離を置いて長椅子に座っていた。
お互い幾らも無い日用品を入れたバッグを脇に置いて、ガラス張りの壁面に下げられた液晶テレビに見入っている。金平に関しては、見入るフリをしていた。その視線の先には、ワイドショーが映し出される液晶画面が。
中年の男性キャスターが、コメンテーターの女性に向かって昨今巷で話題の事件について何やら話ていた。
「……犯人像については、スーツを着ていること以外何も分からないんですが、複数犯の可能性も示唆されていますよね?これについてはどう思われますか?」
「そうですね。複数の人間を短時間で一度に殺傷している事から考えても、単独犯の可能性は低いと思います……鋭利な刃物で全身を切断されている遺体と、拳で顔面を殴られたような遺体があることから、やはり複数犯の可能性が高いでしょう」
眉を潜めながら話す女性コメンテーター。
この2日間程の間に、全国各地で残忍な手口の殺人事件が多発していた。
犯人はいずれもスーツ姿。それ以外、なんの目撃情報も得られていない。遺体はいずれも鋭利な刃物で解体されているか、顔面が識別出来ない程に殴打されていた。
そして、世間の注目を集めている点が一つ。被害者は、いずれも犯罪歴を持っているのだ。執行猶予中の者や、確実な証拠が無いために実刑判決を免れた者。一様に、その類いの人間ばかりが狙われていた。
一部の人間達からは「スーツの処刑人」などと呼ばれ始め、信奉するかのような風潮まで起き始めている。
「怖いですねぇ」
ソフィがテレビ画面に顔を向けたまま金平に呟いた。
「あっ、あぁ……」
敬語が冷たく感じる。ソフィがまるで別人のような気さえした。
「金平さんは、うちの会社に来てどのぐらいなんですか?」
視線をテレビから金平の横顔へ向けると、少し目を泳がせ、白い頬を桜色に染めた。金平についての記憶は忘れても、好みの男性のタイプは変わらないらしい。
「……まだ、入ったばかりだよ」
「そうなんですか……私、怪我してから記憶がなんだか曖昧で」
ふと、憂いを帯びた表情を見せた。
「あっ!木下さん!」
眉間に寄せた皺が消え、穏やかな表情になる。ソフィ本来の愛らしい笑顔だ。
自動ドアから入って来た木下と三国の元へ駆け出すソフィ。木下の腕に手をまわすと、楽しそうに何やら話始めた。金平は、胸の奥に突き刺さるような痛みに耐えきれず、二人から目を逸らす。
ソフィの心から抜け落ちた記憶は、金平との何気ない日常の思い出だったのかもしれない。だが、誰かを好きになるには、そんな日常の繰り返しの中にある、優しい思い出が必要なのだ。
『……また、お前の事、好きになってもいいかな?』
消えない痛みが押し寄せる胸中で、人知れず呟く。
『そしたらまた俺の事……好きになってくれるかな?ソフィ』
外から射し込む陽光に照らし出されたソフィの白い横顔が、金平の目には、切ない程美しく見えた。




