残酷な時!!
「うっ……」
瞼が張り付いていた。開くと共にバリバリとした音が頭蓋に響く。金平には少なくともそう聞こえた。
瞳が空気に触れ、滲みる感覚と同時に視界を埋め尽くしたのは、和紙の切れ目に似たぼんやりとした白一色の世界だった。
「大丈夫ですか?金平さん?」
静かに、穏やかな心地良い響きの声には、優しさがこもっていた。次第に明瞭になる景色の中に、端正な白面が浮かぶ。
「んまっ、き、木下……?」
水分を失った唇まで張り付いていたせいで、開きかけた口から出る言葉が詰まった。そんな金平を見て、微笑む木下。微かに漂う消毒液の匂いと、遠くに聞こえる館内アナウンスから、ここが病院だと気付く。
「……ソフィ、みんなは?」
正常に戻った視力を働かせ、周囲を見渡し体を起こそうとする。
「ってぇ」
こめかみと首に走った鈍痛に、思わず顔を顰めた。マウンテンゴリラ型SEに頭部を鷲掴みにされ、無造作に掲げられた事を思い出す。
ゆっくりと上体を起こした。
「無理しないで下さい」
木下は相変わらず微笑みを崩さない。
「みんな……無事なのか?」
「はい。重症者もいないですし。病み上がりの増山さんも命に別状は無いそうです。主治医のおじさんにこっぴどく怒られてましたが」
拳を口元に当て、クスクス笑う。そういう木下の首にも、痛々しい青アザが見てとれる。
「そっか……あっ、ソフィの様子は?」
目の色を変えながら、木下の顔を覗きこんだ。
「大丈夫ですよ。頭を強く打ったようですが、CTの結果は異常無いみたいですし。彼女もつい今しがた目を覚ましたので、それを伝えたくて」
その言葉を聞き、安堵の表情を浮かべ、全身の緊張を解いた。
「出てすぐの病室ですけど……会います?」
先程とは毛色の違う、どこかおどけた表情の木下。
「えっ?……あ、あぁ」
胸中とは裏腹に、金平は気の無い返事を返す。
会いたかった。
声を聞くだけでいい。長い年月、ソフィと離れていたような錯覚を感じる。
「立てますか?」
肩を貸そうとする木下の優しさが嬉しかった。ソフィのことで木下を憎いとさえ思っていた自分を、矮小だと恥ずかしむ。毛布を除けて足を下ろし冷たいスリッパを履くと、よろよろと立ち上がる。軽く目が眩むが、頭部の痛みもそれ程感じない。木下がドアを開けてくれて、すぐ目の前の病室へ向かう。
白いプラスチックの表札には、油性マジックで「ソフィア・ベルリッチ」と書かれていた。緊張からか、心拍数が上がり、喉の奥が震えた。そんな自分がなんだか可笑しく、金平の頬が自嘲気味に歪む。
やたらに滑りの良い戸を開けると、狭い病室には社長とチャックの姿があった。ベッドの上のソフィと、何やら談笑している。
「あら、金ちゃん」
相変わらずタンクトップに短パン姿の社長が、てのひらで口を覆う。目を見開き、金平の股関に熱い視線を送っている。甘美な記憶が忘れられないのか、視線が一切ブレていない。そんな視線にもいい加減慣れた金平は、気にするでもなくチャックと笑顔を交わし、ソフィへ近づいた。
「大丈夫か?ソフィ」
ベッドで上半身を起こして、頭部に包帯を巻いたソフィに向かって優しく声をかけた。いつもとなんら変わることの無い、女優のように美しいソフィがゆっくりと金平を見つめた。
そんな金平の視線に気付き、僅かに眉間に皺を寄せている。
「……ソフィ?」
違和感を覚えた金平が、もう一度名前を呼んだ。
「こんにちは」
艶やかな唇から零れた挨拶は、どこか他人行儀だった。ほんの少し首を傾け、助けを求めるような表情で社長に視線を送るソフィ。
「パパ、誰?」
「!?」
金平の息が止まった。チャックと木下の笑顔も凍りつく。
「何いってんのよ?ソフィ、あんた、金ちゃんのこと……」
絶句する社長。止まっていた時計の針が、優しさを忘れたかのように、残酷な時を刻み始めた。




