再生!!
「ゴァーッ!」
マウンテンゴリラ型SEが、夜空に向かって悲壮に満ちた表情を浮かべながら吠えた。耳をつんざく高周波に似た音に、震える周囲の空気。
次の瞬間。
「なにっ!?」
着地して尚、気を緩めることなく追撃に転じようとしていた木下へ向かって、マウンテンゴリラが飛びかかった。左腕は切断され、そこから水に似た液体が迸っている。それを忘れたかのごとき俊敏な動き。
右足を一瞬で振り上げると、しゃがんでいる木下の頭上目掛け打ち下ろす。鈍い音と共に、マウンテンゴリラの振り上げた足が空中で止まる。背後からチャックが、渾身の力を込めた正拳突きを放ったのだ。
「セナカガお留守デスヨー!」
ゆらめく輝きを放つチャックの右拳の撲殺太郎が、マウンテンゴリラの背中にめり込んでいる。
「ゴロロロッ」
ゆらりと体を翻すと、不気味な呻き声を喉元から響かせ、虹色の光を湛えた鋭い眼光がチャックを見据える。チャックの放った強烈な殴打は、確かに直撃したはず。
──しかし。
「!?」
爆風と錯覚する音と共に、空気を裂いたマウンテンゴリラの右腕がチャックに襲いかかった。咄嗟に両手を重ね、恐ろしく巨大な黒い拳を受ける。
「アウチッ!」
まるで自動車に衝突したのと同等の激しい衝撃がチャックを襲う。
200キロのベンチプレスをこなすチャックの剛腕を以てしても、まともに受け止めることが出来ない。
両腕が弾かれ、無様に五体を振り乱しながら後方へ吹き飛ぶ。駐車場の舗装に、背中から激しく叩きつけられた。
「グゥッ……」
痛みに悶絶し、仰向けに倒れるチャックの巨体。
突然、その場で回転するマウンテンゴリラ。
黒光丸を目線の高さで横にし、突きを放とうとしていた木下の気配を野生の勘で察知し、空手家さながらの回し蹴りを放ったのだ。
「チィッ!」
木下は慌てて後方に飛び退く。
──一方、チャックと木下がマウンテンゴリラを引き付けている間に、ハマーに辿り着いた金平と社長の二人。
「……あれは?」
社長が後方で行われている戦いの、異様な気配に気づき振り向く。
思わず目を見開き、マウンテンゴリラの背中と腕に刮目した。
ついさっき、チャックが渾身の力を込めて殴打したマウンテンゴリラの背中。拳大に陥没した部位が、ブクブクと泡立っている。木下に落とされた左腕の付け根も同様。見る間に背中の陥没が元の形に戻っていく。前屈みの状態で歯を剥き木下を威嚇すると、転がっていた自らの左腕を拾い上げ、何を思ったか落とされた傷口の断面に押し付けた。
シャボン玉のような虹色の泡が無数に接合部を覆うと、瞬く間に腕が繋がり、指先まで正常に動き出す。
「おいおい」
5メートル程距離を置いた木下が、唖然とした表情でその光景を凝視した。余りにも現実離れした事象の連続に、さすがの木下も軽い目眩を起こす。同じようにハマーの側から一部始終を確認していた社長も、驚愕の表情を浮かべていた。
「自己修復能力?……あんなのどうやって」
前回の戦闘よりも、自分達が更に危機的状況に置かれている事を再認識する。
「社長!何してんすか!早く手ぇ貸してください!」
金平が虚ろな表情の社長を一喝した。我に還った社長が振り向くと、金平が必死にハマーの車体後部を抑えつけている。
ひしゃげたガードレールを土台に、ハマーがシーソーそのままに崖下へ向かって傾きつつあった。
──10秒後か、1分後か。ソフィを乗せたハマーが、眼下へ落ちて行くのは時間の問題に見えた。
慌てて車体の後部反対側にしがみつく社長。全体重をかけてバンパーを抑えつける。
「うぉぉっ!」
社長が顔面を真っ赤にしながら喘ぐ。
「ぬあぁぁぁっ!」
並ぶ金平も、額に血管を浮き上がらせた。
全身の筋力を総動員して、傾くハマーを押し留める二人。しかし、屈強な二人の男の力を以てしても、不安定な車体を引き戻すことが出来ない。
「クッソー!」
顔面から首まで、真っ赤に紅潮させた金平が絶叫した。
「ぐぬあっ!」
なまはげに似た形相で、社長が首筋の血管を浮き上がらせながら呻く。
二人の頑張りも虚しく、車体が一気に崖下へと角度をつけていく。互いの胸中に、言い様の無い絶望感が垂れ込める。次の瞬間、巨大な影が金平と社長の間に割って入った。
「チャ、チャック!」
首を右に向け、白い巨体を確認した金平が驚嘆の声を上げた。
「ウオオオッ!」
打ちつけて擦りむいた背中の痛みを押し殺しながら、足を大きく開脚して腰を沈めるチャック。そこから両腕を突き出し、バンパーの中央へ全体重を押し付ける。崖下に落ちかけていたハマーが、一気に水平近くに状態を戻した。
「SEは!?」
「キノシタさんが、オレガクイ止めるカライケと」
肩を並べた金平とチャックが、力は抜かずに互いの顔を見合わす。
「たった一人であの化け物と!?無茶よ!」
困惑する社長のなまはげフェイス。首を回した視線の先には、マウンテンゴリラに対峙する木下の姿があった。
黒光丸を平星眼に構え、微動だにしない。眼前にいる規格外の怪物の、悪鬼のごとき眼光に、一人晒される。
「参ったな……。こりゃ、死ぬかもな」
顔色一つ変えず呟いた。
「いや──」
ふと、赤い口元を自嘲気味に歪め、両眼に仄暗い悲しみを浮かべる。
自らを侵している病が、脳裏をよぎったからだ。
「どうせ死ぬのさ……死ぬにはいい夜だ」
木下の瞳に映る儚げな月明かりが、どこか虚ろに、ゆらゆらと輝いた。




