ただ、逢いたい!!
「大丈夫?痛くない?」
チャックの金髪に、華奢な指で包帯が巻かれていく。額に冷たい指が触れ、女の吐息が微かにかかる度、チャックは目を泳がせ赤面した。
「ナナちゃん、包帯足りる?」
ママとおぼしき三十代の女性が、カウンターに出した救急箱を覗きこみながら言った。
中年男性にチャックが殴られてから、ナナと呼ばれた女に促されるままに、3人は雑居ビルの二階にある「sex on the beach」と書かれた、派手な看板が出されているガールズバーへ来ていた。
店内は小綺麗で、古さを感じない。店を出して間もないようだ。
チャックが身を呈して守ったナナ、それからママの他にもう一人若い女がいた。店内には金平達以外客の姿は無く、それ程広くない店内はがらんとして見えた。
3つあるボックス席の真ん中で手当てを受けるチャック。
助けてくれたお礼にと、ママから鏡月が一本振る舞われ、怪我をしているチャックそっちのけで、奥のボックス席に陣取る金平と木下は飲み始めていた。
ケイと名乗る若い女が金平と木下の間に入り、グラスに氷を入れている。
「二人共スゴいイケメ~ン」
屈託の無い笑顔を見せながら、てきぱきと酒を作っていた。
ソファーに寄りかかって微笑みを浮かべていた木下のスマホが鳴り、ゆっくりとした所作でライダースのポケットから取り出すと、静かに画面に見入り不敵な笑みを浮かべた。
「あ、あの……先生、どうかされましたか?」
木下の様子を伺っていた金平が、緊張した面持ちで訊ねた。
「内緒……」
金平の顔を見ながらほくそ笑む。
「……」
「はい、どうぞ」
二人のやり取りを遮り、ケイがグラスを木下に渡す。それを両手で優しく受けとる。左手でグラスを掴むと、右手でケイの指先をほんの少し握った。
「……ちょっとだけ、指見せて」
柔らかい口調で言うと、ケイの指先を握ったまま彼女の掌を自らの方に向けるように、そっと上に持ち上げた。
「──えっ」
戸惑うケイ。
ナナとは対照的に、温和そうな雰囲気の23歳の娘は、仕事柄馴れているはずのコミュニケーションに、体を強張らし、色の白い頬を朱に染める。木下の発する、どこかもの悲しい色気を、ケイもまた感じとっていた。
数秒だけケイの指を見つめると、顎に皺を作り、目を細める木下。
「ん~、ケイちゃんは……文系で……女の子っぽいね」
ケイの瞳を見据えると、先ほどとは変わって芯のある男らしい声色で言った。
「えっ?当たってるかも!スゴ~い!なんで分かったの?」
目を輝かせるケイ。茶髪のショートヘアーを揺らして感嘆の声を上げた。
「ほら、この薬指見てご覧。僕もケイちゃんも人差し指に比べて薬指が短いでしょ?……これはね、母親の胎内にいた時、男性ホルモンより女性ホルモンを沢山浴びた証拠なんだよ」
その言葉に金平も、自らの指を繁々と見据えた。木下とケイとは違い、若干人差し指より薬指が長い。
「逆に人差し指に比べて薬指が長い人は、男性ホルモンを沢山浴びたんだ。そういう人は、理系が得意で、自分ってのをちゃんと持ってて人に左右されないらしいよ」
キョトンとするケイ。
「じゃあ、私と……えっと」
「木下」
「私と木下さんは?」
「薬指が短い人は、気遣いがあって人を惹き付ける魅力があるらしい」
白い歯を僅かに見せて、木下が笑う。照明の弱い店内で、木下の美しい顔立ちがより一層妖艶さを増して見えた。
「──あっ」
その笑顔を見つめると、ケイは放心したように動きを止め、やがてゆっくりと破顔して目の前のスケコマシ兄さんの虜になった。
アポ~ンとした表情で一部始終を見ていた金平は、皿に開けられた柿の種を無言で貪る。
真ん中のボックス席に視線を投げると、チャックはチャックで馬と見紛うアホヅラを下げ、優しく手当てしてくれる美しいナナに見とれていた。
水割りを一気に呷るとため息をつく。
「──ソフィ」
誰にも聞こえない声で呟くと、憂いを帯びた表情になり、ただ、逢いたいと。
それだけ思う金平だった。




