スケコマシ兄さんと流血兄さんと!!
「お待たせしました~」
二人いる店員のうちの色白のほうが、握りこぶしの指の間に焼き鳥の串を何本も差しながら、金平達のテーブルの皿の上に置いた。
一番最初に出てきた焼き鳥以外、それ以降に注文した焼き鳥には皿を使わない。この店のシステムだ。
「うめ~!!」
焼き鳥を口にした金平が歓喜の声を上げた。サワーから梅酒のロックに切り替え、頬に差す赤みが次第に増していく。
「かしわ」に「ずり」
三人は、それがどこの部位だか分からない。とにかく、片っ端から注文した物どれもが、それぞれの舌を喜ばせた。
「ねっ、美味しいでしょ?」
まるで少女を思わせる程に可憐な笑顔で、音もなく杏子酒のロックを呷る木下。桜色に上気した顔が、金平の目からはいつもより健康的に見えた。
「焼き鳥オイシ~デ~ス♪夢のドリ~ムデ~ス」
チャックもご満悦の様子。五杯目の生ビールを一気に流し込む。
ふと、木下が店の入り口脇にある、トイレへ繋がる通路付近に視線を向けた。先ほど焼き鳥を運んできた女店員が、通路の陰に身を潜めるようにして、何やら熱心にスマホをいじっている。
年の頃は二十歳ぐらいだろうか?
まだあどけなさが残る張りのある口許を「への字」にしながら、懸命に画面をタッチしていた。
「彼氏にメールしてるの?」
木下が唐突に声をかける。
「えっ!?いえ、違います、就活の事でちょっと……」
しどろもどろになる女店員。
「そっか……学生?」
「は、はい」
微笑みながら頬杖をつくと、女店員の瞳をジッと見つめた。その瞳に吸い込まれるように、女店員の指先が止まる。
「紙と、何か書くのある?」
「えっ?」
「なんでもいいんだ、何か書く物」
少し固まると、鼻と眉間の辺りを赤く染めながらこちらに歩み寄り、注文を書き込むためのメモ帳とボールペンを、たどたどしく木下に差し出す。
「──ありがとう」
木下が清潔感のある微笑みを浮かべた。
「ありがとう」の言葉がおざなりの語感ではなく、真に心が籠っていて、女店員の身体に響き渡っていく。
木下は素早くボールペンを走らせると、何かを認めた。
事の成り行きをアポ~ンとした表情で傍観していた金平とチャックが、覗きこもうと身を乗り出そうとするが、流麗かつ自然な動作でメモ帳を女店員へ返す。
それを受け取った女店員は、一瞬だけ書面を確認すると、すぐにメモ帳をエプロンのポケットにしまった。
一瞬木下を見つめてはにかむと、愛らしい笑顔を浮かべたままカウンターへと去って行く。
埴輪と見紛う表情の金平とチャック。
「あの……先生は今、何をされたんですか?」
金平がおずおずと木下へ訊ねる。
「内緒」
さらりと言い放ち、小さなグラスの中に揺らぐ杏子酒を勢いよく全部空けた。相変わらずニコニコと屈託なく笑う。
「──そろそろ二次会行きますか?」
「二次会?」
「ええっ、女の子と楽しくお話しながらお酒が飲めるお店」
そう言って木下が、悪巧みでも考える表情をしながら口角を吊り上げた。
「せ、先生についてきます」
酔い酔い気分の金平が、ブンブンと音を立てながら顎を上下させる。
「わ、ワダスも~、お姉サンとハナススタイデ~ス」
酒のせいで舌が廻らないのか、何故か訛るチャック。
「じゃあ決まりですね。すいませ~ん!!」
木下が良く通る声をカウンターへ向けた。
◆◆
焼き鳥屋を後にした3人は、外の冷たい空気を浴び、アルコールのせいで若干遠く聞こえる街の喧騒の中を歩き出した。木下を先頭に、おぼつかない足取りの3人。
普段晩酌などしないこの若者達にとって、チェーン店の居酒屋とは違い、濃い目の分量のアルコールを提供する個人が営む居酒屋の酒は、いささか強すぎたようだ。
「おっと」
金平が足を絡ませつんのめる。咄嗟にチャックが体を支えた。
「金平サ~ン、ダイジョブデスカ~」
「おう、でーじょうぶっす」
おどけてみせる。
──その時。
「嫌だって言ってるでしょ!!」
20メートル程前方から、鬼気迫る女の声がした。見ると若い女が、体格の良い中年男性に無理矢理腕を引かれているではないか。
必死に抵抗する女性。長めの茶髪にアーモンド型の瞳が印象的で、気の強そうな顔立ちをしてはいるが、大抵の人が美人と言うであろう容姿をしていた。服装と厚めの化粧から察するに、夜の仕事をしているように見える。腕を引いている中年男性はスーツ姿で、どこぞの会社の重役クラスのような恰幅の良さがあった。
そのやり取りを見たチャックが突然駆け出す。
「おい!!」
金平が慌てて声をかけるが、あっという間に喧嘩とおぼしき渦中へ飛び込んだ。
「ヤメテくださ~い」
女と中年男性の間に割って入ると、女に背を向けて仁王立ちする。普通ならばチャックの巨躯を見て怯むものだが、男は泥酔していた。
「なんだぁ、お前はぁ!?」
鼻を突く程のアルコール臭を漂わせながら、焦点が合わない眼差しでチャックを威嚇した。
「乱暴ハヤメテください」
子供を諭すように、静かにチャックが言う。
「この女にぃ……いっ、くら、使ったと思ってんだ!!」
「私は別に何も頼んでない!!」
「んだとー!!」
拳を振り上げる中年男性。すると、チャックが突然その場で膝を着く。
「アナタのキガスムまで、私ヲ殴リナサ~イ」
「あぁっ?」
真っ赤にした顔を怒りで歪ませて、振り上げた拳をチャックに叩きつけた。鈍い音と共に、チャックの顔がブレる。
「キャッ!!」
女が生々しい悲鳴を上げると、チャックの体に覆い被さった。
「やめて!!」
その様子を見ていた金平が走りだそうとする。ふと、その肩へ木下が手を置く。見ると中年男性が、殴った方とは逆の手で自らの手首を握りしめ、苦悶の表情を浮かべている。
素人が拳を使って殴る際、大抵殴った本人もタダでは済まない。恐らく指の骨にヒビでも入ったのだろう。呻き声を上げながらその場にうずくまった。
ふと女がチャックを見上げると、殴られた額から真っ赤な血が筋を作って流れていた
「ちょっと大丈夫!?」
「オ~ウ、ナンテコトハアリマせ~ん」
右目に入る血に瞼を閉じると、いつもの爽やかな笑みを浮かべるチャック。
『どんな逆境にあっても笑顔を』
師である鬼瓦道三の教えを忠実に守っている。
それを尻目に中年男性は、呻き声をあげながら、ヨタヨタと身を翻してどこかに消えて行った。
「ありがとう」
チャックの姿を見て、涙を滲ませる女。
「ハッハッハッ」
なんとも言えない高笑いを上げると、チャックは一層優しい笑顔を見せた。




