酒を酌み交わせ!!
駅前通りに到着した三人。平日のためか、駅前に面したバスセンターのロータリーには、それ程人通りが無いように見える。しかし、市の中心部に位置する歓楽街だけあって、目の前に開けたビルの群れには、煌々と輝く飲食店の看板やネオンが林立し、夜空から星の光を奪いながら、眩いばかりに街を彩っていた。
駅の駐輪場にチャリを停めると、三人は肩を並べて歩き始めた。当然と言うべきだろうか、行き交う人達の好奇の目に晒される。
木下はともかく、金平とチャックの体格は、どこぞのプロレス団体にでも所属しているのではないかと連想させるからだ。
しかし、基本的に三人共イケメン。木下は細身だが中性的な色気があるし、時折見せる憂いを帯びた表情は、女性の母性本能をくすぐるだろう。
金平は金平で整った優しげな目鼻立ちの中にも、役者ばりの男振りを持っていた。
チャックに至っては、ハリウッド映画から抜け出てきたのではと錯覚してしまう程の、二枚目外人俳優と見紛うオーラが漂う。
すれ違う会社帰りのOLや大学生の女子達が、金平達を見つめては肩を突き合わせて笑みを浮かべ、何やら楽しそうに囁き合っていた。
しかし、当の3人はそんな周囲の視線を気に留めるでも無く、リラックスした雰囲気で歩道を闊歩している。
「喉渇いたなぁ……木下、その焼き鳥屋ってのは近いんだろ?」
基本的に金平のほうがチャックや木下より年下なのだが、金平には持って生まれたリーダー気質があった。
それに、金平と木下が並んで歩いていると、体格の差と木下の童顔も手伝って、金平の方が歳上に見えなくもない。何より、当の木下とチャックも、そんな事は気にしていなかった。
「はい、すぐそこですよ」
一見すると何を考えているのか分からないこの青年は、どこか飄々としながらも、自分の意思はきちんと持ち合わせている。海岸線をチャリで走っている最中、旨い焼き鳥屋があるからそこに行きましょう……と言い出したのも木下だった。
「ほら、あそこ」
口元を綻ばせると、女性と見紛う長い睫毛をパタパタと上下させた。視線の先には、こじんまりとした店の入り口に紺色の暖簾が掲げられ、店内から漏れる光が。年季の入った木製の看板には、崩した書体で(焼き鳥ゆにば~す)と書かれていた。
「あれか?」
「はい。最高にうまいんですよ」
「オ~ウ!!ヤキト~リ!!」
チャックが興奮した面持ちで叫ぶ。その声を合図に、突如駆け出す木下。
「お、おい!?」
「早く行きましょう!!」
背中越しに愛嬌たっぷりの笑顔を見せると、全身で喜びを表しながら軽快に駆けて行く。つられて金平とチャックも走り出した。木下が思いの他動きの渋い引き戸を開けると、若い女の店員が声を張り上げる。
「いらっしゃいませ~、何名様ですか~?」
一重瞼の浅黒い顔をこちらへ向けると、暖簾から顔を覗かせた木下に訊ねる。指を三本立てて、人懐っこい笑顔の木下。
「三名様ですねぇ、こちらの席どうぞ~」
辛うじて空いていた席に案内される。
賑やかな店内は、仕事帰りとおぼしきスーツ姿の会社員でごった返していた。皆一様に酒で頬を紅潮させて、有線から流れる演歌に重なりながら、あちこちから沸き上がる快活な声。
四つある椅子のうち二つを使って腰を下ろしたチャックに、テーブルを挟んで向かい合い、金平と木下も腰かけた。
注文を取りにきた先ほどの店員。
木下が金平にメニューを差し出す。片っ端から焼き鳥を注文すると、それぞれ飲み物も頼む。
「そういやさ、木下って増山さんの紹介でうちに来たんだろ?」
「え?……そうですよ」
「増山さんとはどういう知り合いなんだ?」
「僕の姉二人が、昔から増山さんと縁があって……」
「縁?」
訝しんだ表情で金平が首を傾げた。
「はい……一番上の姉が増山さんと同級生だったんですよ」
「ほ~、じゃあそのお姉さんが増山さんと付き合ってたとか?」
「いえ、付き合ってたと言うか、幼なじみで」
少し寂げな、霞む微笑みを浮かべる木下。その様子を見て、勘の良い金平が目を見開き、小鼻に皺を寄せた。
「幼なじみって、まさか──美空さん?」
「え?なんで知ってるんですか?」
意外といった表情で金平を見つめて、口を開け頬をへこます。
「い、いや」
病室で増山から話を聞いた、悲哀の少女、美空。
『こいつの姉が、増山さんの話てた美空さん?』
複雑な思いに駆られ、金平は言葉を失う。同時に、木下にとって辛い過去を思い出させてしまったと悔やむ。
慌てて話題を変えようと、目の前でアポ~ンとした表情を浮かべているチャックに話を振った。
「チャックんちはどんな家族なんだ?」
金平の声に、ふと正気に還ったように顔を振るチャック。
「オ~ウ、私のウチはカアサンが私のチイサイ時に病死シテ、トウサンは私ガ小学生ノ時ニ首吊って死ニマシタ~。ソレカラ私ガ空手ノチャンピオンになってマモナク姉ガ病死シテ、私とブラッキーだけにナッタとオモッタら、ブラッキーが国道ニ飛び出しテ、トラックにヒカレテ木っ端微塵ニナリマシタ~」
「!!ふぁっ!?」
目と鼻を限界まで見開き、絶句する金平。チャックの余りに壮絶な人生に愕然となる。
「お待たせしまし……た」
店員がお通しとサワーのグラスを持って来たが、お通夜の様なテーブルの異様な気配に口を噤む。
「ブラッキーは、ヒカレテ……ピカソの絵ミタイニナリマシタ……木っ端微塵デす……木っ端微塵」
うつむきながら虚ろな瞳で繰り返すチャックが、ボソボソと呟いた。
「──プッ」
余りに悲惨な話過ぎて、悲しみを通り越し、ついに吹き出す金平。
「木っ端微塵」がツボに入ったようだ。
「ブフッ」
つられて木下も吹き出す。
「木っ端微塵のピカソってどんなだよ?よし!チャック!飲め!飲んで全て忘れろ!!」
「イエ~ス!カナダイラさ~ん!」
悲しい記憶がフラッシュバックしたチャックは、可哀想に涙と鼻水を垂らしている。
「木っ端微塵になったブラッキーに乾杯!」
木下が爽やかな笑顔で声を上げた。
『木下、その乾杯の音頭はどうなんだい?』
心中で突っ込む金平だったが、三人はサワーのグラスを突き合わし、一気に飲み干す。
──夜はまだ始まったばかりだ。




