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こちら筋肉防衛軍。  作者: マッスルハッスル。
第②マッスル◆追憶の空◆
34/151

龍虎!!

 ここまでご覧になっていただきありがとうございます。これから始まる第二章は、物語の核心にあたる重要なパートになっています。第一章とは違い、笑いの要素が控えめになっており、テイストが違いますが、どうかご覧になっていただければ幸いです。

 ──時は20年近く前に(さかのぼ)る。


「ハァッハァッ……」

 夕暮れ時、教室から出た生徒達が同じ方向へ向かい、緩慢とした動作で歩を進める高校の正門前。

 校外に鳴り響くチャイムの音をかき消し、呼吸を乱して疾走する若者。

 短めの髪を金色にして、元々堅い髪質のせいか、自然に逆立っている。

 下に着ているTシャツが覗きそうなほど、短く丈をカットされた学生服。

 ズボンは鳶職の作業ズボンさながらに膨らんだシルエット。

『短ラン』に『ぼんたん』の、古典的不良少年の出で立ちだ。

 右手には、なにやら用紙をぐしゃぐしゃにした物を握り締めている。

 端正だが、勝ち気そうな少年の浅黒い顔は、明らかに困憊(こんぱい)の色を見せていた。

 揺れる視界の中、体を斜めにしながら道を遮り、少年を見つめるもう一人の少年。

「どけ!司!」

 司と呼ばれた少年は、浴びせられた怒号にうろたえる気配もなく、静かに(たたず)む。

「増山、どうした?」

 百合の花──そんな端正な白い顔が、パッと咲き乱れる笑顔を見せて、司と呼ばれた少年が口を開く。

 息を切らせた少年、増山は、司の目前で仕方なく足を止めると、手にしていたぐしゃぐしゃの紙を無造作に司へ突き出した。

 増山とは対照的に、学校で指定された学生服を、寸分違わずあつらえたままの形で着こんでいる司。

 ダサいと言って同級生達が外している、襟のカラーすら着けたままだ。

 だが、モデルばりの180センチはあろうかという細身の体型には、むしろこの懐古的とも思える黒い学生服が似合って見えた。

 背中に担いだ空手着。それを縛りつけた黒帯は退色し生地がかすれており、この少年が空手に対し並々ならぬ熱意と年月を捧げていることが伺えた。

 それを持つ手とは逆の手で、サラサラの前髪を軽く撫でると、増山から紙を受けとり覗きこむ。

「……なんだ?これ」

 紙に視線を落とすと、司の柔和な笑顔が一転、冷徹な気配を帯び始める。

 そして、ぐしゃぐしゃになった大学ノート一枚に、油性マジックで殴り書きされた文字を見て目を疑う。


<女は預かった。From Dusk Till Dawnへ来い>


 用紙に落とした視線を上げると、増山を見つめた。

「何かの冗談か?」

「下駄箱に入ってた。よく見ろよ」

 増山の言葉に、ぐしゃぐしゃに折れた大学ノートを細く長い指で丁寧に開く。

 よく見ると、水色に輝く小さな髪留めが、セロハンテープで無造作に貼りつけられていた。

 パステルカラーの水色。

 そこに何粒か控えめに装飾されているパール調の輝きを放つビーズ。

「これ……」

 司の目の色が変わっていく。

 その髪留めには見覚えがあるからだ。

「ソラのだよ」

 呼吸を整え、険しい表情はそのままに、増山が呟いた。

 それは、空手部のマネージャーであり増山と司の幼なじみの美空へ、三人で行った夏祭りのおり、増山が屋台で買ってあげた髪留めだった。

 毎日のように美空が使っていたので、司も自然と見慣れていた物。

「──増山、どういうことだ?」

 さっきまでの、笑うと無くなる切れ長の一重の瞳が、ゾッとする殺気を帯びて増山を見つめる。

「ソラにちょっかい出してたボクシング部の太田、多分あいつだろう」

 ギリギリと悲鳴をあげそうな拳を握りしめ、唇を噛む増山。

 数日前、嫌がる美空を無理やりデートに誘う太田と、ひと悶着演じた増山には、それ以外思いつかなかった。

「From Dusk Till Dawnって?」

「ボクシング部の太田のアニキがやってる、ろくでもねー連中が溜まってるバーみてぇなとこだよ」

 増山の語気はあらい。

 太田兄弟といえば、この辺りでは知らない者はいないほどの不良で、ミドル級のプロボクサーだった太田の兄は、地元の暴力団と密接に関係しているとも噂されていた。

「行くのか?」

 女性的な艶のある声で司が尋ねる。

「あったりめぇだろ」

 火花を散らしそうな程、苛烈な両眼で増山は司を見据えた。

「俺も行く」

「くんな。三国の御曹司になんかあったら……」

「三国は兄貴のもんだよ」

 増山の言葉を制し、冷ややかに言い放つ。

 しばし沈黙する二人。

 突然増山が走り出す。

 その後を追い、司も流麗な動きで走り始めた。


◆◆◆


 学校にほど近い、駅前に広がる繁華街。雑然と立ち並ぶビルの路地裏。

 バー「From Dusk Till Dawn」は、そんな薄暗い路地裏の奥に店を構えていた。

 店の看板のネオン管がチカチカと音を出して点滅している中、その頼りない光を浴びながら、ウッドデッキの階段をゆっくりと上がる増山と司。

 軽く汗をかいてはいるが、すぐに呼吸は整えられるだろう。

 二人は同じ空手部に所属し、夜や休日は、全国に支部を持つ実戦空手の名門「鬼道空手」で稽古に明け暮れていた。

 学校からここまで2キロほどの道のりだったが、日頃の稽古で鍛えた心臓が弱音を吐くことはない。

「入るぞ」

 所々塗装の剥げた鈍く光る金色のドアノブに手をかけ、増山がゆっくりと押し開けた。

 薄暗く、まとまりつく空気の重い店内。アルコールとタバコの匂い、それに整髪料や香水、そんな雑多な臭気が入り交じっている。

 壁面の棚には、雑然と並ぶ大小様々な酒のボトル。

 カウンターに目をやると、男が三人。

「んーっ!」

「ソラ!」

 先日増山とやりあった時のケガで、顔面に包帯を巻いた太田の腕の中には、口に布テープを貼られた美空の姿があった。

 額に汗を浮かばせ、ほどけた髪が張りつく。

 普段は愛らしい瞳に、憔悴しきった色を浮かべていた。

 叫んだ増山の引きつった顔を見て、包帯越しにいやらしい笑みを浮かべる太田。

 太い腕が制服姿の美空を、後ろから羽交い締めにしていた。

 増山達に背を向けるながら、カウンターの椅子に座る男が二人。

 一人は太田の兄。

 元プロボクサーで、ミドル級の上位ランクにいたが、事件を起こして懲役を食らった過去があり、出所後は暴力団が経営すると噂のバーのマスターになっていた。

 太り気味の弟と違い、長身痩躯。ジーパンに黒のタートルネックを着こみ、陰鬱さを露にする不気味な表情。

 その隣には、薄手の黒のコートを着た巨漢の男が。

 スキンヘッドの黒人。

 こちらに向きをゆっくりと変える。

 コートの下には、米軍の水色の制服が見えた。

「来たな……お姫様を救出に……ククッ」

 太田兄は喉を鳴らし、ボソリと呟く。

「鬼道空手の増山君……隣にいるのはもしかして三国君かな?噂は聞いているよ。鬼道空手の“龍虎”……仲間に欲しいぐらいだ。先日弟がお世話になったそうだね。ますますいい男にしてもらったみたいで」

 酒焼けした声は聞き取りずらく、引き攣った口元にはいやらしい笑みがへばりついていた。

 ちらりと弟に視線を送る。

「ちょっとお礼がてら、ゲームをしようと思ってね……私の隣にいるのは、仕事仲間のビリーだ。今、港に停泊している軍艦から、ちょっとした仕事の関係で遊びに来ていてね」

 ビリーと呼ばれた黒人は、太田兄の紹介に、野球のキャッチャーミットと見紛うごつい手を振った。

 ふいに太田兄が、増山と司の後ろへ視線を移す。

「警察には届けなかったか……利口だな」

「んな手間くってる間に、俺がぶちのめしてやるよ!」

 怒号を上げる増山の顔は、猛虎のごとく怒りに満ちている。

「そうくると思ったよ。ここにいるビリーは、海軍特殊部隊のネイビーシールズに所属しているんだ。ちょうど2対2だね。君たちが勝ったら、彼女を解放してやろう」

 楽しくて仕方ないといった表情の太田兄。

 ビリーと呼ばれた黒人も、日本語がわかるのか笑みを浮かべた。

「いいだろう、さっさとやろう」

 増山の斜め後ろで腕を組み、静観していた司が口を開く。

 クールに徹しているが、尋常ならざる殺気が周囲の空気を震わす。

「店を汚されたらかなわないから、裏に出よう」

 その言葉を合図に、太田弟が弱々しい抵抗をする美空を荒々しく掴んだまま、カウンターの中にある勝手口を開け放つ。

 異様な雰囲気に包まれた店内は、屈強な男達と共に、その殺気に満ちた気配を戸外へと持ち出した。

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