兄弟!!
パン1の状態から悲壮感を漂わせ、いそいそとズボンを履く三国。
ダ○ョウ倶楽部的なやりとりを終えた金平と共に、ハマーに乗りこむ。
金平がビーサンでアクセルを踏み込むと、V型8気筒がうねるような咆哮をあげた。
いくらもしないうちに、さっきまで修羅場と化していたポイントへと到着。
腕を組んで立っている社長の全身が、ヘッドライトに照らしだされ、紫色のビキニがおぞましい輝きを放つ。
金平は顔をしかめると、慌ててハンドルを切り、ハマーの鼻っ面をあさっての方向に向けた。
社長はたいしたダメージもないのか、いつもとなんら変わらぬ様子でハマーに歩み寄り、三国が開けたウインドウに右手を置くと口を開く。
「チャックが一番重症ね。あれだけ殴られてると、男性ホルモンがかなり減退してるかもしれないわ。三国ちゃん、ホルモンカウンターでチェックして、あんまりだったらお注射してあげて」
三国はうなずくと、いつものごとくちょこちょこと走りだし、車体の後部に回りこみむとトランクを開け、小型のプラスチックケースと、畳んで積まれていた毛布を取り出した。
それを持って三国と社長がチャックの元へ駆け出す。
金平も何枚かある毛布を手にすると、ソフィの元へ走った。
「大丈夫か、ソフィ?」
後ろから背中に毛布をかけてやる。
寒さと痛みにガタガタと体を震わすソフィ。
小さな顎から、カチカチと歯を鳴らす音が響く。
首元まで毛布を巻き付けてやると、斜めに揃えた細い脚と、マネキン並みにくびれた腰に腕を回し、ヒョイッと抱え上げた。
「ヒャッ」
小動物。そんな声をあげると、一瞬驚いた表情から満面の笑みが浮かぶ。
「いやぁっははっ♪お姫様抱っこや」
子猫を抱える仕草で軽々と持ち上げると、そのままハマーへ向かい歩き始めた。
「お前って軽いんだな、何キロなの?」
「そういうこと女子に聞くなよ、きんじろう君」
おどけながら金平の頬をつねった。
一方、チャックにホルモン注射を打った社長は、チャックの脚を抱えながら三国に指示を出す。
金平とソフィの二人とは対照的に、不気味な光景が作り出された。
「三国ちゃん、ちゃんと頭持ちなさいよ!」
よたよたとチャックの背中と頭部に下から腕をまわす三国。
「はい!1、2、3!!」
合図と共に二人がかりで持ち上げようという寸法だ。
チャックの電信柱並みに巨大な両足を、なんとか抱え上げる社長。
三国は顔を紅潮させ、鼻の穴を全開にしながらチャックの上半身を持ち上げようとした。
力及ばず、無造作に落とす。
「フンゴォ!」
後頭部から無残に落下して悶絶するチャック。
虚ろだった視線が、完全に白眼を剥いた。口の端からぶくぶくと泡を噴き出す。
「ちょっと三国ちゃん!あんた何してるのよ!とどめ刺してどーすんのよ!」
「ヒィッ!?」
夜空にこだます三国の悲鳴。
こうして人知れず、命懸けで街を守った筋肉防衛軍の夜は更けて行った……。
◆◆
―半日後―
深くたれ込めた曇天の空からは、白糸に見える冷たい雨が降り続いていた。
増山と芹沢が入院する大学付属病院。
診察の結果、幸い社長とソフィは打撲程度で済んだ。
しかし、チャックは顔面を複雑骨折。
日常生活では会話と食事に支障をきたすが、首から下にケガは無いので、1週間程入院と診断される。
全員のホルモンカウンターの数値を計ったが、チャックに多少の減退が見られた程度で、初参戦の金平はうまくSEの攻撃に対処したようだ。
狭い病室に、特注のベッドを用意してもらい横になっているチャック。
傍らには、社長が自ら買ってきた薔薇の花を花瓶に生けていた。
ミンクのコートに身を包んだスキンヘッドに口髭の大男が、鼻歌まじりで丁寧に花を扱う姿は異様としか言い様がない。
その背後ではチャックを囲み、三国とソフィ、金平が椅子に座り談笑していた。
「今回は金ちゃんが大活躍だったよね」
子供が戦隊ショーのヒーローを見つめる時の熱っぽい瞳。金平に向けるソフィの眼差しはそんな気配だ。
「んなことないよ。チャックがアザラシとド突き合ってくれなかったら、今ごろ俺がそこに寝てたさ」
「じゃあ金ちゃんとチャックのおかげで勝てたんだね」
サラサラの茶髪をかきあげる繊細な白い指。
金平はそんなソフィを視界の端に捉え、美しい……と思う。
「今回あたし達、いいとこ無しだったわね」
社長が呟きながら、自らの股関を短パン越しに中指で二度と三度とリズミカルにかき上げる。
金平はそんな社長から目を背け、薄汚れてる……と思う。
「ヘッヘッ……金平さんの強さが証明されたわけですね」
両手を合わせてモミモミしながら、へつらう表情を浮かべる三国。
いつの間にか呼びかたが、『金平君』から『金平さん』になっている。
数時間前に、パン1(ブリーフ1枚)で土下座した姿を思い出し、この男はクソだな……と金平は思う。
顔面を包帯でぐるぐる巻きにされ、すやすやと寝息を立てるチャックを見て、金平がみんなの前で口を開く。
「ちょっと俺、増山さんとこ行ってきます」
「あっ、じゃあ私もいくー」
花柄のガーリーなワンピースを着たソフィが、コートとバッグを抱え立ち上がった。
同じフロアの増山が入院する部屋へ向かう。
消毒液の匂いが鼻につく広い廊下を二人で歩いていると、遠目に見える増山の部屋から、男が出てきた。
背格好は金平に近いが若干細身。
あつらえたように、体の線にフィットしたスーツに身を包んでいる。
恐らくはオーダーメイドであろう。
廊下の蛍光灯の明かりを、艶々と反射させる美しい黒髪は、堅苦しいスーツとは対照的に肩まで伸びていた。
だが、涼やかな男ぶりが、その長髪を違和感なく見せ、むしろ清潔感すら漂わす。
金平の隣を歩くソフィが、体を微かに震わせた。
男と視線が交錯したからだ。
すれ違い様、男は二人に軽く会釈し、穏やかに微笑む。
色の白い、女性的な美しい顔立ちをしていた。切れ長、一重の三白眼。
金平とソフィも、戸惑いながら顎を下に引く。
「金ちゃん知ってる人?」
「いや。知らないよ」
「かっこいい人だったね」
チラっと首を反すと、男の後ろ姿を確認するソフィ。
しなやかに躍動する肩甲骨が、猫科の猛獣を思わせた。
「でも金ちゃんのほうがマッチョでカッコえーよ」
おどけながら頬を上げると、金平の腕にしがみつく。
「はいはい」
素っ気なく答えるが、コート越しにも分かるほど、大きなソフィの胸が無造作に腕へ当たり、内心気になって仕方がない。
その状態のまま、増山の個室をノックする。
「どうぞ」
増山のバリトンボイスがドア越しに響く。
ソフィが腕にしがみついていない、空いているほうの腕でドアを開ける。
「お疲れさまです」
この場合、お疲れさまですという表現はおかしいのだが、武道の心得がある人間は、大抵どんな時も『お疲れさま』なのだ。
「おおっ、金平君。聞いたよ、大活躍だったんだってな」
中東の兵士と見紛う精悍な面構えはそのままに、白い歯を見せへて笑顔を浮かべる増山。
相変わらず胸には仰々しいコルセットと、両腕には何重にも巻かれた包帯。
ギプスから気持ちはみ出した手には「週間格闘技」というタイトルの雑誌を持っていた。
金平は病室を見渡す。
窓際には、やはり薔薇の花が。
前回の戦闘の一部始終は、社長の口から伝わっているようだった。
「そうそう!金ちゃんカッコ良かったんだよ〜♪」
ソフィが無邪気にケラケラと笑う。
頬を金平の太い腕に押し付けた。
赤面する金平はおずおずと口を開く。「いや……その……増山さんに比べたら、ただの屁たれですよ、俺なんか」
頭をかきながら目線を下げて、正直な気持ちを包み隠さず吐露する。
ふと、気になることを口に出した。
「そーいえば、さっき部屋から出てきた人って」
「あぁ、司のことか」
「司?」
聞きなれない名前に、語尾を上げて聞き返す。
「あぁ、まぁなんというか、旧知の間柄でね」
少し目を細めると、感慨深そうな表情を見せた。
「三国司……三国重工の現社長だよ」
「えっ?……ってことは三国さんの兄弟?」
「そうだね。三国さんの弟さ。なんというか、ガキの頃からの腐れ縁でね」
「えー、あの三国さんの弟?似てないー」
ソフィが以外そうな顔をする。
「多分今ごろはチャックの部屋に行ってると思うよ」
入れ違いになったというわけだ。
「あいつと俺は、同じ空手の流派で、ガキの頃から切磋琢磨してきた仲なんだ」
手元の雑誌に目を落とす増山は、どこか憂いを帯びた瞳をしていた。
その胸中に、暗闇の中で燻る炎──そんな忘却の記憶が思い起こされていく。




