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こちら筋肉防衛軍。  作者: マッスルハッスル。
第①マッスル ◆筋肉への誘い!!◆
32/151

悪魔の契約!!

 先ほどまでの喧騒が消え失せ、不気味な程に静まり返った埋め立て地。

 二つの光源であったSEが散滅した今、遠くに灯るハマーのヘッドライトと満天の夜空に浮かぶ星と月以外、辺りを照らす物は無い。

 金平は荒い息を整えると、一番近くにいる社長の元へ歩み寄る。

 鳩尾みぞおちを強打され、呼吸困難に陥っているはずだ。

「金ちゃん……」

 潤んだ憂いを帯びた瞳を、歩み寄る金平に向ける社長。両足を合わせて伸ばし、仰向けになっている。手は分厚い胸板の上で組まれ、さながら王子様のキスを待つ白雪姫を真似た体勢だ。

 近づく金平の足音に、社長の鼓動は高鳴っていく。

『さぁ……甘い口付けであたしを悪夢から解き放って』

 瞳を閉じると、赤らめた頬の下には異様に尖らせた唇。

 歩きながらその様子を確認した金平は、田んぼの畦道に落ちている犬のクソを見つけたのと同等の嫌悪感を露にし、冷ややかな眼差しで一瞥をくれると、無言で踵を返した。

 次第に遠ざかる金平の足音。

「き、金ちゃん!ちょっ、ちょっと!」

 みぞおちのダメージは何処へ行ったのか、猛烈な勢いで跳ね起きる社長だった。

「ソフィ、大丈夫か?」

 身を屈ませると、静かにソフィに尋ねた。土の上で横になっていたソフィは、切なそうな微笑みを浮かべる。

「大丈夫だよ金ちゃん……金ちゃん、カッコ良かった」

 金平が肩を貸して、静かに起き上がる。

「何言ってんだよ。お前のほうがよっぽどカッコ良かったって」

 爽やかに白い歯を見せる金平を見つめると、ソフィは恥じらいとも喜びともつかない表情を浮かべ、頬を赤くした。

 冷たい海風に曝されて、すっかり冷えて震えるソフィの肌が、さっきまで激しく戦っていた金平の熱を帯びた肌と触れ合う。

 そんな肌の感触と、目に飛び込んだソフィの美しいうなじを見て、途端に顔を上気させて目を泳がせた。

「ちょっ、ちょっとここに座って待ってろな。チャックの様子見てから、三国さん呼んでくるからさ」

 ソフィの肩に回した腕を、ゆっくりと名残惜しそうな手つきで離す。

 その動きには八割優しさがこめられていた。残りの二割は、愛しい人から離れたくない感情だろう。

「うん。待ってる」

 ペタンと脚を左右に折り曲げて地面に座るソフィ。

 笑顔を交わしあうと、金平は踵を返してチャックの元に駆け寄っていく。

 仰向けに大の字になっているチャックに声をかけた。

「チャック、大丈夫か?」

 顔面を鮮血に染めて、もはや光が届かないのではと思わせる瞳が、腫れあがった瞼を開けて光を宿した。

「ホーフ……ハナハイラハン……」

 小刻みに震えながら呟くチャック。

 そんな痛々しい表情に、金平も悲愴な色を浮かべる。

「わかってるよ……大丈夫だ。喋らなくていい。今、三国さん連れてくるから、帰って手当しよう」

 血と汗と土にまみれたチャックの肩に、優しく数回触れると微笑む。

 ボコボコに腫れあがった顔に笑みを浮かべるチャック。

 震える手で親指を立てた。

 金平は口をへの字に曲げ、歯を食いしばり頬を震わすと、その親指を強く握る。

「お前のおかげでこうしていられるよ」

 目を伏せると、目頭を熱くしながら囁いた。


◆◆


 遠くに見えるハマーは動く気配を見せない。

「何してんだ、三国さん」

 カメラでソフィの撮影をしていた三国を思い出すと、一層、憤りを感じる。

 闇夜に美しいストライドを描き、金平は走り始めた。

 次第に近くなるハマーのヘッドライト。開け放たれたトランクの陰に、三国らしき人影が蠢く。

「三国さ──!?」

「おわぁっ!?」

 駆け寄った金平に驚く三国。

 前屈みになり、片足を上げてなぜか上半身裸。上げた片足には、履きかけのスーツのズボンが。

 真っさらな白いブリーフが金平の目に飛び込む。

「な、何してんすか三国さん?……」

 思わず絶句する。

「い、いや、これはその……」

 傍らのトランクの室内には、ビデオカメラと、天体望遠鏡と見紛うサイズの一眼レフカメラが並ぶ。

 まさかソフィの撮影でテンション上がっちゃって、脱ぎ始めたら気持ちよくなっちゃった。などとは口が裂けても言えない三国。

「み、みんなが苦戦してたから……いざとなったら私も戦おうかと……」

 直立して足元までずり落ちたズボン。

 タプタプとしたメタボな腹が、暗闇にボンヤリと浮かんでいる。

 目を細め、金平は猜疑の眼差しで三国を見つめた。

「……」

 三国は顔面蒼白になりながら、寒空の下、額から汗をだらだらと流す。

 冷や汗以外の何物でも無い。

 突然地面に突っ伏すと、土下座。

「か、金平君。頼む!こ、このことはみんなに黙っていてくれ!」

 額を地面にこすり、震える声で懇願した。

「……」

 絶句する金平。

「頼む!後生だ!」

 眼鏡が地面にこすれ、砂だらけになるレンズ。

「わがりますた……ただす、条件があります」

 三国が見上げた金平の表情は、闇夜で陰り確認できない。

 何故金平が突然なまりだしたのかも分からない。

「じょ、条件!?」

 亀さながらに首を上げ、頬を引きつらせると、神妙な面持ちで金平の言葉に聞き入る。

「俺にも……ソフィの写真、頂戴(くだっせ)

「!?……」

 悪魔の契約を交わした三国は、これ以降、金平の従順なる(しもべ)となるのだった。

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