星空と海と筋肉!!
響き渡るサイレンの音。
マッスル引っ越しセンターの薄暗い通路、その天井に等間隔に設置された蛍光灯が次々に点灯していく。
「おわっ」
以外と緊張せずに眠りについた金平だったが、突然のサイレンの音にベッドから転げ落ちた。ひんやりとした床に手をつきながら、まだ開ききらない目をこすり、寝癖をガシガシと手櫛で直した。
やけに股関がキュッとしている事に気付くと、そーいや寝る前にビキニ履いたんだっけ……と、なんとも複雑な気分になった。寝間着用のスウェットを脱ぐと、昨日社長からもらった真新しいつなぎに袖を通す。念のために、お母さんにお願いして洗濯をしてもらっていた。
あの社長のことである。どんなおぞましい行為に使用したかと思うと、想像するだけで恐ろしい金平だった。
洗剤の清潔な香りがするつなぎは、増山やチャックが着ているのと同じねずみ色。ジッパーを胸元まで一気に上げ、それから洗面所に行き、急いで顔と歯を洗った。冷たい水道水が痛いぐらいだったが、目を覚ますには丁度良い。その間もサイレンは鳴り響いたまま。
洗面所の壁面にある時計を見ると、23時45分。集合時間まであと5分だ。
ふいに廊下を走る音が聞こえる。まるで地響きだ。その地鳴りが次第に近づいてくる。食堂の開け放たれたドアから、チャックが飛び込んできた。
「オハヨウございマ〜ス金平サン。早いですネ〜」
朝から爽やかに白い歯を見せるチャック。金平が挨拶を返すと、食堂のキッチンに備えつけられたもう1つの蛇口をひねり、顔と歯を洗いだす。
「よし、俺、先に行くからな」
さっぱりした顔の金平が、チャックの背中を軽く叩く。
「イェ〜ス、金平サ〜ン」
タオルで顔を拭きながら、視線は向けず声だけで答えるチャック。グレーのつなぎの首元には、相変わらず邪魔そうなギプスが。痛々しいチャックに一瞥をくれると、走って食堂を後にする金平だった。
社長室のドアを金平がノックすると、社長の野太い声で「どうぞ」と聞こえた。中へ入ると、三国とソフィが並んでいて、金平の顔に視線を注ぐ。
「チャックは?」
腕を組んで仁王立ちしている社長が口を開いた。
相変わらずのタンクトップに短パン姿。
「今来ますよ」
呼吸を整えながら金平が答えた。
いくらもしないうちに、チャックも同じように社長室へ。
「全員揃ったわね。じゃあ、いつものように今日のマッスルを……そうね……金ちゃんお願い」
「はっ??」
突然振られて動揺する。
『今日のマッスル??なんじゃそら??』
たまらず左隣にいたチャックへ、助けを求める悲壮な視線を送った。
冷水で洗顔し、目覚めたはずが、股関を無造作にかきながら、虚ろな眼差しのチャックは気づかない。
『こいつじゃダメだ……』
諦めつつ、右隣にいたソフィの耳元で囁く。
「……今日のマッスルってなんだよ?」
「今日の抱負みたいなものだよ」
金平と同じく手の平を口元によせ、耳元へ囁き返すソフィ。
「抱負?」
しばし固まる。
社長室に張り詰めた空気が流れだした。
ふいにチャックが放屁する。
「♪〜」
何事も無かったように、口笛を吹きごまかすチャック。社長の鋭い眼光が、チャックを冷ややかに捉えた。
「……オ〜ウ、すいマセン。夕飯ノアトにサツマイモタベタのでェ」
視線に気付き、うなだれながら言い訳をする。
社長の眉間に深いシワが刻まれ始めた。
色んな意味で険悪な空気になったその場の雰囲気を変えるように、金平が口を開く。
「えー……今回初めてSEとの戦闘に参加させていただくことになりました……その、つきましては、み、みんなの足手まといにならないように、その……頑張ります」
顔を上気させながら、目線をあちらこちらに泳がせて、たどたどしく言い放つ。
それを聞いた一堂から拍手が湧き起こった。ソフィやチャック、三国が微笑みを浮かべて金平に見入る。そんなみんなの視線を感じて、金平は頬をかき、頭を垂れた。
「いいわ、素敵よ、金ちゃん」
社長が満足そうに破顔すると、金平にウインクと投げキッスを送る。
夏の日差しから目を隠すように、金平は手の平で目もとを遮る。
「それじゃみんな、出発よ!」
社長の号令とともに部屋を飛び出すメンバー達。相変わらずサイレンは鳴りっぱなしだ。走りながら、隣に並走するソフィに話かける金平。
「このサイレンと駐車場まで走るのって、なんか意味あんのか?」
金平がこの会社に来た初日の夜と同じ状況の中に、自分が最初から参加している違和感からか、つい口にする。
「雰囲気雰囲気」
「雰囲気ねぇ……まぁ、それもそうだけど、ソフィも来るの?危ねーんじゃね?」
「大丈夫」
ソフィは不敵な笑みを浮かべた。
三国は相変わらずスーツ姿だが、それ以外の社長を除く三人はグレーのつなぎを着こんでいる。
金平の視界の端。
走るたびに揺れるソフィのたわわに実った胸が、つなぎ越しにも激しく上下しているのが確認出来た。
一瞬不謹慎な想像をして、金平は顔を赤らめた。
「金ちゃんどうしたの?」
「あ、いや……その」
動揺を隠せない。
「初めて戦いに参加するから緊張してんだね。大丈夫だよ、社長もチャックもいるし……それに」
「何くっちゃべってんのよ!ソフィ!」
社長の言葉に遮られながら、地下駐車場に到着し、黒塗りのハマーに乗りこむ一堂。
三国が運転を担当して、助手席には社長。残りの三人は後部座席に乗り込む。
増山とは違い丁寧に車を発進させる三国。そろそろとハマーが動きだし、コンクリート製のスロープを上って行く。
フロントガラスに夜空が飛び込み、手を伸ばせば星々が捕まえられるかのように強く輝いていた。
「三国ちゃん、場所は?」
「はい。今回は海岸沿いにある埋め立て地です。」
助手席と運転席の間にあるノートパソコンを、チラッと確認する。
「この時期に海っぱたは寒いわねぇ」
さすがの社長も顔をしかめる。
金平も、寒風にさらされるビキニ姿の自分を想像しただけで、色んな意味で身震いがした。
20分もするとハマーは静かに停車する。
工業団地建設予定地と書かれた巨大な看板が立つ、広大な埋め立て地。夜間は人の姿が無く、あちらこちらに置かれた作業途中の重機が、身を休めている恐竜に見えた。
メンバーが次々に車を降りる。チャックがトランクから巨大なジュラルミンケースを引っ張り出すと、静かに地面に置く。
時刻は0時20分。
潮の香りが漂う闇夜の中、聞こえていた波の音をかき消し、三国の腕の中のノートパソコンから警告音が鳴り始める。
「来ます!」
三国がいつになく声を張り上げる。
それは、戦いの始まりを告げる合図だった。




