表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら筋肉防衛軍。  作者: マッスルハッスル。
第①マッスル ◆筋肉への誘い!!◆
25/151

ティータイム!!

 増山の入院している部屋には、社長が持ってきたとおぼしき薔薇の花が飾られていた。

「はっははっ……痛てっ……あんまり笑わすなよ」

 目尻に涙を溜めて、増山が顔を真赤にする。

 増山の体には、いささか病院のベッドは小さく、両腕に包帯が巻かれ、体にはプラスチック製のコルセットがガッチリと固定されていた。

「……いや、まさかソフィが社長の娘だったなんて……鬼瓦ソフィアなんて、冗談みたいな名前ですよね」

 困惑した表情の金平の言葉に、また吹き出す増山。

「その名前で呼ぶの辞めて」

 二人から視線を外し、窓の外を見ながらむくれっ面で呟くソフィ。

「社長の本名を知るはめになるとはな」

 相変わらず増山は破顔して、浅黒い肌とは対照的な白い歯を見せた。

「ソフィのことは、こんな小さい頃から知ってるんだ」

 包帯の巻かれた腕を下げ、ベッドの布団の上に手の平を水平に掲げる。

「もちろん社長の奥さんのモニカさんもね。よく社長の自宅の庭でバーベキューしたりしたよ。もうずっとお会いして無いが、モニカさんもとても綺麗な人だったよ」

 感慨深げに語った。

「もーあたしんちのことはどーでもいいよぉ。それより、増山さんはなんであんなふうに芹沢さんとなっちゃったの?」

 相変わらずおかしな日本語で、ソフィが話題を変えた。

「ん〜、そうだな」

 学生時代、女子達から「涼しい」と騒がれた目もとを少し閉じながら、言葉に詰まる。

 しばらく間を置いてから口を開いた。

「金平君のせいだな」

「はい?」

 いまだ鬼瓦家の衝撃を引きずっていた金平が、突然の増山の言葉を聞いて、口角を角張らせながら歯を剥いた。

「俺のせいですか?」

 全く心当たりが無いといった表情だ。

「あぁ、君のせいだよ」

 増山が、柔らかい笑みを浮かべたまま話始める。

「君は食堂で、俺が芹沢さんに勝てるかって聞いたよね?あの時、言葉では誤魔化したが、気持ちの中では整理がつかなくてさ。その事には、ずっと昔から自問自答してきたんだ」

 窓の外に見える、葉が抜け落ちて淋しい表情の木々を見つめると続けた。

「チャックを医務室に運んだあと、廊下で芹沢さんに言われたんだよ。金平は昔のお前みたいだって。そして、金平君につけられた首のアザを俺に見せてくれて。あいつがいれば、一人ぐらい抜けても戦力に変わりはないんじゃないかって……だから、俺と試合わないかと」

 急に背筋を伸ばすと、真顔になる金平。

「結果的には二人とも潰れてしまったがね。でも、長年鬱積した気持ちが晴れた気分だよ。なんと言っても、あの芹沢さんと五分に持ち込めたんだからさ」

 増山は、陽光のように清々しい笑みを浮かべた。その笑顔につられて、金平も微笑を浮かべる。

「なんかよくわからないけど、殴り合って最後はお互い笑顔で草むらに大の字になるあれね?」

 そんなソフィの例えに、顔を見合せ吹き出す二人だった。


◆◆


 病院をあとにするソフィと金平。

 ソフィのフィアットが軽快に国道を疾走する。

「でも、増山さんと芹沢さんがいないと、SEに対抗するの大変だよな。俺なんか役にたつのやら」

 助手席の金平が、窓に押しつけた肘を固定し、頬杖をつきながら表情を曇らせた。

「ところでソフィ、お前はあの会社で何やってんだ?事務とか?」

「まぁ、そんなとこ」

 やけに姿勢良くハンドルを握るソフィは、ほくそ笑みながら答えた。

「へーっ、計算とか細かいこと苦手そうだけどなぁ」

 その言葉を聞いたソフィが、目線を変えず腕を伸ばし、無造作に金平の頬をつねった。

「あだだだっ」

 釣り針に引っ掛けられた魚のように、顔を斜めにして喘ぐ金平。

「金ちゃん、スタバ寄ってこ」

「スタバ?社長に寄り道すんなって言われただろ?」

「いいからいいから」

 小悪魔的な笑みを見せるソフィ。猛スピードでバイパスのスロープを駆け降りるフィアットだった。

 片側二車線の国道。その国道を繋ぐ橋の入り口に店を構えるスターバックス。

 駐車場へ、車は滑りこむように入って行った。

「はい到着〜。行くぞ〜金ちゃん」

 相変わらず快活な笑顔のソフィは、後部座席から小振りなヴィトンのバックを引っ張り出すと、跳ねながら車を降りた。

「はいはい。よっこらせ」

 金平はのんびりと座席から降り立つ。

「ジジくさいよ、金ちゃん」

「わりぃな、ジジくさくて」

 店の重たいガラス戸を押し開けると、コーヒー豆のかぐわしい匂いが鼻腔をくすぐった。平日にも関わらず、それなりに人が入っている。

 ノートパソコンに見入いるスーツ姿の中年男性や、読書にふける学生が席の多数を占めていた。

「えーっと、私はキャラメルマキアートをショートで。それからチーズケーキ」

「俺は……同じやつを、このサイズで」

 トールサイズを指差す金平。

 ソフィがバックから財布を取り出す。

「あ、俺が出すよ」

 年季の入ったペタンコの財布をジーパンのポケットから引っこ抜くと、慌てて札を取り出そうとする。

「いいよぉ、金ちゃん貧乏なんでしょ」

「うっ」

 確かに金平の財布の中には、よれよれの千円札三枚しか入っていない。

 口座の預金も雀の涙ほどだ。

「わりぃ、給料入ったらなんかおごるから」

 面目丸つぶれの表情で呟く。

「よーし、約束ね。美味しいラーメン屋があるんだ」

「オッサンか」

 漫才じみたやりとりをしながら、席につく二人。

 ストローに口をつけると、テーブルに両肘をつきながら、金平の顔を真正面から凝視しているソフィ。窓から射す陽光に照らされ、白目の部分がゆで卵のように艶々と輝いていた。

「なんだよ?」

 怪訝そうに音を出す。

「金ちゃんてモテるでしょ?」

 上目遣いにニコニコと金平を見つめる。

「はぁ?」

「金ちゃんちに行った時泣いてた人って、もしかして彼女?」

「あっ……まぁな、昔な……」

 途端に歯切れが悪くなり、表情が曇った。

「綺麗な人だったね。なんで泣かせたの?浮気したんでしょ?」

「そんなんじゃねーよ」

 まさか浮気されたとも言えず、バツが悪そうに、綺麗に磨かれたガラスの外を眺める。

「こんのチャラ男」

 ニヤニヤしながら金平をからかった。

「だからそんなんじゃねーよ。ソフィ、お前はどーなんだよ、その、彼氏は?……いんのか?」

 この質問は金平にとって、かなり重要な事柄だったが、そうとは見せない素振りでさりげなく口にした。

「んー、いたけど浮気したから、グーッで殴ってやった。そしたらね、前歯五本折れたんだよ」

 握り拳を作ると、眉間にシワをよせ言い放つ。

「マ、マジ?」

 唖然となって、吸いかけたストローから口を離した。

「マジ。あ〜ったまきてさ。二股かけられてたの」

 こんないい女がいるのに、他にも手を出すなんてどんなやつだろうとも思ったが、前歯をあらかた折られたと聞いて、心の中で合掌した。


◆◆


 ……そんな若い二人が談笑する店の外、スタバの駐車場に、二台分のスペースを陣取って停まっている怪しげな黒塗りのハマー。

 その車中。

 後部座席に腕組みをして座る、スキンヘッドに口髭の男。車のカーナビから、なぜか金平とソフィのやりとりが聞こえていた。

 社長が病院を去る時、隙を見てソフィのバックに小型の盗聴器を潜ませていたのだ。それを三国が改造したカーナビで傍受し、聞き入っていた。

 額に浮いた血管が、夏の日差しに照らされたアスファルト上で、のたうちまわるミミズばりに動いている。

「あのガキども、あれほど寄り道するなとゆーたのに……ソフィ……男を垂らしこむ術は母親ゆずりか」

 クククッと、ニヒルな笑みを浮かべると、突然拳を目前の助手席に叩きつけた。

 鈍い音ともに、座席が前に倒れる。

「ヒィッ!」

 運転席に座る三国が悲鳴をあげ、震えながらルームミラー越しに見る社長の姿は、もはや犯罪者に他ならない。

 ミンクのコートを着込み、スキンヘッドに口髭、五十路のオッサン。身の丈は190センチを若干上回り、ハマーのルーフに頭がつきそうだ。

 ──魔王。

 そう思う三国だった。

 車外から見た絵ヅラは、どう見ても人質にされて運転を強要させられている一般人と、強盗にしか見えない。

「三国ちゃん、帰るわよ。出してちょうだい」

「は、はい……」

 上ずった声で頷きながら、震える手でシフトレバーをドライブに入れる三国だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ