シャワータイム!!
金平は車窓に顔を向けたまま動かない。
その瞳は色を失い、どこか冷めて見えた。
車内には、ジャズの軽快なサックスの音だけが陽気に鳴り響く。
「ねぇねぇ」
「んっ?」
ソフィの声に振り返る。
肩を叩いたソフィの人差し指が、金平の頬に突き刺さった。
「……お前なぁ、今どき小学生でもそんなんしないぞ」
脱力感に襲われていた金平だったが、ソフィのくだらない茶目っ気に笑みを浮かべた。
「アハハハッ」
屈託無く笑うソフィを見て、居たたまれない気持ちが微かに癒された。
その後増山達は、巨大なショッピングセンターで買い物を済ますと、三国を拾いにラボへと向かう。
「お疲れさまです」
ハマーのトランクへ、金平の力を借りて重々しいジュラルミンケースを積み込むと、助手席に乗り込む三国。
「三国さん、いい物できてましたか?」
「ええっ、バッチリです」
両の頬を丸くして、いつになく得意げだ。
増山達が会社へ帰宅する頃には日が落ち始め、辺りは暗くなっていた。
「夕飯までトレーニングルームを使うのもいいし、疲れたならシャワーを浴びて寝てもいいよ。しばらくSEは現れないだろうから、みんな個々にトレーニングの日々かな」
増山の言葉に、金平は油の浮いた髪を掻き、汗臭さを気にしていた。帰りの車中でも、隣のソフィにそれと気づかれないように、出来るだけ距離を置いていた。
漠然と嫌な予感を感じるが、さすがにここまでくるとシャワーを浴びずにはいられない。
「タオルはお母さんに言えば出してくれるから」
増山が親切に教えてくれた。
お母さんから柔軟剤の効いたバスタオルを受け取ると、家から持ち帰ったカバンを肩に、道場と同じフロアのロッカールームへと向かう。
ロッカールームや道場に人影は見られなかった。辺りを注意深く見回す金平。
ロッカーの扉を一つづつ開けて、丹念に中をチェックする。
自販機の隣のポリバケツの中。這いつくばってベンチの下も見渡す。
まるで要人警護のボディーガードが、爆弾の設置を警戒するかのごとく念入りに、周囲を隈無く調べる。
最後にロッカールームの入り口の扉をしっかりと施錠すると、一息ついてベンチに腰かけた。それから頭を数回掻くと、シャワールームへ入る。
脱衣場や、間仕切りで区切られたシャワールームの中を、一つづつ開けて入念に中をチェックした。
何もいないことに、金平の顔に安堵の表情が浮かぶ。
脱衣場で全裸になると、脱いだ服を丁寧に畳んでかごに入れ、軽い手応えのドアを押して中に入っていく。シャワーのコックを捻ると、すぐに熱いお湯が出た。足を肩幅ぐらいに広げながら両手を壁面に当て、うなだれながらシャワーの中に身を置く。
昨日からの出来事が、ぐるぐると頭の中で浮かんでは消えた。疼くような痛みを感じて胸を見ると、みぞおちに青々としたアザ、その下には芹沢の指先のあとが赤黒く残っていた。
ふと目線を下へ。
白いタイルの中にある排水溝に、渦を巻いたお湯が流れこんでいた。
「んっ?」
お湯が目に入りこんで見えずらいが、広げた両足の中に何かが見えた。
その長大な物体は、シャワールームのドアから外へと繋がっている。
金平は震える両手で目をこすり、お湯と髪を視界から取り除く。心臓が瞬く間に鼓動を早め、命の危険を感じた。
「き〜ん……ガボッ……ちゃん、ガボッ」
スキンヘッドに口髭の男が、彫像を彷彿とさせる荘厳な表情で仰向けに寝そべり、金平の股関を凝視していた。
目に飛び込む熱湯になんら屈することなく、両眼を悪鬼さながらに見開いている。開いた口から盛大にお湯が溢れ、会話は困難な状況だ。
「ヒッ!?」
あまりの恐怖に、金平は一瞬で飛び退く。そのままズルズルと狭いシャワールームの角に腰をへたりこませた。
もう一度目をこすって、ドアの下の隙間を確認する。ドアは蝶番で留まっているだけで、上下に50センチほどの空間があった。
だが、すでにそこには何もいない。
もはや『変なオジサン』レベルの恐怖に、体を硬直させたまま、しばし無言でシャワーに打たれる金平だった。




