試着!!そして落下!!
シャワーを終えた金平は、呆然自失になりながら、よろよろとロッカールームで家から持ってきた服に着替えた。
「あの妖怪オヤジ……」
うなだれながらベンチに座りこむ。
『予想していたとはいえ防ぎきれなかった……』
江戸時代の絵巻物に描かれている、首を落とされた落武者の、断末魔の表情と見紛う変態の形相を思い返すだけで、金平は失禁しそうになる。
とはいえ、久しぶりにシャワーを浴び、清潔なシャンプーの香りに包まれ気持ちもリフレッシュしていた。
嫌なことは早く忘れようと、自分に何度も言い聞かせた。
ロッカールームを後にすると自室へ向かう。
夕飯までにはまだ時間があった。部屋の電気を点けると、カバンをテーブルに置いて、中のパソコンや衣類を取り出し、服や下着は備え付けのクローゼットにしまった。
ふとテーブルに目をやると、社長から手渡された制服が、室内の照明に反射して紫色の光沢を輝かせていた。
制服と言えば聞こえはいいが、限りなく面積の少ない布切れなのだが。
しばらくビニールにパックされたビキニとビーサンを見つめる。
試しに履いてみようかなんて衝動にかられ、誰もいない部屋でキョロキョロと周りを見渡した。
この会社に来てから、明らかに挙動不審な金平。若干精神的に病み始めていた。
緊張感からか、震える両手でビニールを破くと、中のビキニを取り出した。
いそいそとジーパンとスウェット、トランクスを脱いでビキニを履いてみる。
想像以上のフィット感だった。なんだか照れながら、ボディービルダー的なポーズを決めてみる。
その時、突然ドアが開いた。
「金ちゃん、夕飯食べに行こう!」
「おわっ!?」
勢いよく開いたドアからソフィが入ってきて、金平の姿を見て固まった。
「ノックぐらいしろよっ!」
挙動不審な動作でトランクスを鷲掴みにし、全身を隠そうとする。
真っ赤に上気した金平の顔を見て、ソフィがケラケラと笑った。
「な~に恥ずかしがってんのぉ、そんなカッコ見慣れてるから大丈夫だよ」
吹き出すソフィ。
何が大丈夫なもんかと、金平はいそいそと服を着こむ。
そんな二人の恋愛小説的なやりとりを盗み見る影が……。
天井の角に位置するボード。それがほんの少しだけスライドし、僅かな隙間から覗く血走った眼球が、若い二人の様子を伺っている。
小刻みに動く眼球は、さながらホラー映画のワンシーンを連想させる不気味さを漂わせていた。幼児が目撃したならば、余りのおぞましさに確実に失禁するだろう。
ボードの上に張り巡らされている柱と柱の間を、両手両足をおもいっきり広げ、蜘蛛さながらに掴んで自らの体重を支えていた。
「金ちゃん……あなた最高よ……」
恍惚の表情を浮かべながら、舌で唇を舐めまわす社長。もはやその絵ヅラは、魑魅魍魎の類である。
「えっ?……ソフィ、なんか言った?」
「別に何も……どしたの?」
顔を見合わす二人。
スキンヘッドの妖怪は、僅かな音すら立てること無く、天井裏から光の速さで退散していた。
「夕飯食べに行こう」
金平の親指を握ると、無造作にグイグイと引っ張る。冷たい陶磁器のようなソフィの指先の感触に、金平は思わずハッとなった。
「う、うん」
困惑する金平の親指を握ったまま、部屋から出るソフィ。
食堂までの通路を二人で歩いていると、ガチャンガチャンと金属音が聞こえる。
規則的なその音は、トレーニングルームから響いていた。
「チャック、またウエイトトレーニングしてるのかなぁ」
ソフィがそっと部屋を覗きこんだ。
星条旗のプリントが入ったタンクトップ。そんなステレオタイプな格好をしたチャックが、仰向けになって200キロ近いウエイトを持ち上げている。
身を屈ませ、こそこそとチャックの後頭部に向かって忍びよるソフィ。金平はそんな様子を部屋の外から眺めていた。
まったく気づかず、トレーニングを続けるチャック。金髪から汗を滴らせ、表情は真剣そのものだ。
「ワッ!」
突然チャックの目の前に飛び出すソフィ。
「ワッツ!?」
目を丸くして、チャックが全身を痙攣させて驚く。その拍子に、思わずダンベルの鉄棒を手から滑らせてしまった。
斜めに転がり落ちるダンベル。鉄棒が弓なりに反り返りながら、チャックの喉仏に叩きこまれた。
「フンゴオッ!」
喉を締め上げられた牛。そんな呻き声を発すると、シートから滑り落ちる。
一種の拷問。そんな状態に陥った。
「チャッ、チャック!?」
普通そうなるだろうと結末が分かりそうな物だが、ソフィが動揺して叫ぶ。
殺人現場を目撃してしまった気持ちになる金平。
『こりゃ死んだな……』
部屋の入り口から家政婦ばりに半身だけ出し、目を見開いて震えながら呟く。
「いや〜、タマゲマスタ〜。ハハハッ」
死んだと思われたチャックが、何事も無かったかのように起き上がった。相変わらずの爽やかな笑顔で口を開いている。首には鉄棒の落下した衝撃でアザが浮かび上がり、首輪を嵌めたと錯覚する程に痛々しい跡がくっきり残っていた。
普通の人間ならば即死。
良くて頚椎損傷、半身不随だろう。
SEに吹っ飛ばされた時といい、こいつの身体はどうなってるのかと、金平は開いた口が塞がらない。
「チャックごめん」
両目を閉じ、手を合わせて謝るソフィ。
「オ〜ウ、ソフィアさんにオドロカサレて死ぬなら本望で〜ス」
まぁ、確かにホモセクシャルなビジュアルではあるのだが。
「チャックも夕飯食べに行こう」
あっけらかんと言い放つ。
「オ〜ウ、バナナパーリーOK!」
殺されかけたチャックだっが、満面の笑みを浮かべていた。




