22.共に立つ
眩しさが急激に衰えて、温もりも消える。そのタイミングで恐る恐る目を開けた。
するとそこは茂みの中で、緑の青臭い香りが充満していた。
私はしばらくその場で呆然としていたが。
「があああっ!」
「くっ……!」
獣の唸り声と切羽詰まったような男子の声で我に返り、慌てて外を確認する。
するとそこには巨大な紫色の毛並みの狼……恐らく魔物化した紫狼と、黒い外套を身に纏ったカイトがいた。
ただその外套はもう既にぼろぼろで、彼自身も肩で息をしている。対して紫狼の方はまだまだ余裕がありそうだ。
「……カイト、何で一人で」
私は対峙する彼らには聞こえないくらいの声で呟いた。聞いた話によると、こういった討伐依頼は危険であるがゆえに複数人で挑むのが普通らしいのに。
そうこうしている内に、紫狼の方が今にも襲い掛かろうとしていた。大きな牙をむき出しにしてカイトに飛び付かんとする!
「やめて!」
見ていられなくて、思わず茂みから飛び出してしまった。それに反応してカイトと紫狼が一斉にこちらを見る。
「があっ?」
「えっ、ルチル⁉︎ 何でここに……」
紫狼の動きが止まる。よし、急場は凌げた。後は……。
と、そこまで考えたところで思考が停止する。後は、どうするんだっけ?
内心冷や汗がだらだらと流れる。何も考えずに飛び出してしまった。これからどうしよう。
「がるるる」
しかも紫狼の方は私を見るなりこちらに向かってきた! 対面のカイトには目もくれず。
何で⁉︎ 私は怖くてぎゅっと目を瞑った。
「ひいいい」
悲鳴を上げる。紫狼の気配がすぐ側まで近づいたと思ったその時。
「『光折体』!」
その声で驚いて目を開けた。するとカイトが後ろから光の詰まった十二面体の塊を紫狼にぶつけていた。囚われる狼。
「おい、大丈夫か!」
それを見届けると慌てたように駆け寄ってくるカイト。私は腰が抜けそうになるのを何とか堪えて、彼の方に近づく。
「私は大丈夫……それよりカイトの方こそ大丈夫なの?」
彼は遠目から見ても心配になる程だったのに、間近で見ると頬は擦り傷だらけ、制服もところどころ破けていて。絶対に大丈夫なんてものじゃなかった。
それにも関わらず、カイトは一言。
「俺は、平気だ」
肩で息をしながらそんなことを言うものだから、私はつい言ってしまった。
「嘘つかないで! 何でかは知らないけど一人で魔物と戦うなんて……」
「がああっ!」
しかし私の発言を遮るように紫狼が咆哮をあげる。つられてそちらを見ると、光に囚われて苦しそうにもがく姿が視界に入った。一瞬目と目が合う。
『た、たす……け』
「!」
雑音混じりだが、確かに聞こえた。必死に助けを求める声が。
もがく声は、光に閉じ込められているからというよりは何か他に苦しんでいる理由がありそうな感じもした。
そういえば、と思い出す。そういえば、リアムさんが言っていなかったか。
彼の言う『同朋』……所謂魔物が狂いかけていて。『楽』にしてもらうために私……賢者に会いに来ようとしていたと。
同時にサーシャさんたちの言葉を思い出した。魔力で狂う前であれば魔物でも大人しいということ。
……もしかして、この紫狼はまだ完全に凶暴化していない?
「……! おい、何してるんだよ!」
徐に狼を捕らえている十二面体に近づくと、カイトが驚いた声を上げる。
私は彼の声を無視して、魔物に……魔力で苦しんでいる狼に手をかざす。
「大丈夫、大丈夫だからね」
紫狼に話しかけるというよりは自分に言い聞かせるように呟いた。
落ち着け。何となくだが、制約を破壊できたこの力なら……きっと……。
それは私が賢者になれたから、ということくらいしか根拠はなかったけれど。
目を閉じて、かざした手の平に力を集める。
「どうか、狼さんが楽になりますように」
そう願いを込めて、放出する瞬間に目を開ける。
その『願い』は煌めく白い光となって、光の檻ごと紫狼を覆った!
「があああああ」
紫狼が鳴く。それは苦悶から柔らかい音に変わっていった。
白い光が消えた頃。気づけば捕らえていた檻も消え去り、後に残ったのはさっきより一回り以上小さくなった狼だけ。
「がううう」
ぺたんと座り込み、軽く唸る。もう紫狼から敵意は感じられない。
その姿を見て、ああ私は間違えてなかったんだな、と感じた。
「なんだ、今の……」
カイトが呆然としたような声を上げるのを耳にする。私は彼の方に駆け寄ろうとして……ふらりとよろける。
あれ、安心したら何だか急激に眠く……。
「……ルチル⁉︎ おい!」
彼が駆け寄ってくる音がして。しっかり支えてくれた手の大きさに全てを委ねて意識を手放した。
「ん……」
ふと目を開ける。何か柔らかいものに包まれているかのような心地がした。
よく見ると私はベッドに寝かされているらしい。白いシーツと掛け布団をかぶっていた。
身体を起こして周囲を見渡す。淡い色の壁紙に白い床。間仕切りがわりのカーテン。
まるでいつか行ったことのあるような病院に似た景色ではあった。
何でこんなところにいるんだろう、と私は記憶を思い出そうとする。
しかしその前に、横の薄黄色のカーテンを開ける音が響く。
「……ルチル! 目が覚めたか!」
入ってきたのはカイトだった。彼は一瞬満面の笑顔を形作ろうとして……すぐ口を真一文字に結ぶ。
そして開口一番。
「おいルチル! お前なんであんな危険な所にいたんだよ!」
突然の叱る声に身体がびくっと反応する。咄嗟に返事ができず固まる私。
それをいいことにカイトは更に言い募った。
「しかもわざわざ魔物の側に寄っていって……いくら身動きを封じてたからっていつ反撃に出られるかわからないんだぞ?」
「……」
「それなのに……もしお前が怪我でもしたらって思うと気が気で」
「……カイトの方こそ」
私は彼に被せるように話し始めた。今回の件、言われっぱなしは正直癪に障る。
そうだ、この件に関しては私も言いたいことが山積みだ。
「何で一人で魔物と戦ってたの?」
「それは……色々事情が」
「事情? 事情って何? というかそもそも何で魔物討伐依頼なんて受けたの?」
「……」
私の詰問に目を逸らしながら黙り込むカイト。さっきの威勢の良さはどこへやらである。私は形勢逆転に気をよくしながら、本当に言いたかったことを言った。
「もう。心配したんだから」
「……うん」
「このままじゃいけないって思って必死で人間に戻って、助けに行ったんだから」
「うん、ごめん」
私の言葉に頷き謝るカイトを見上げる。彼は彼なりに反省しているようで、大分肩を落としていた。声の大きさもちょっと小さめだ。
初めて見る彼の様子に……ああ、そうか。私が彼に文句を言うのはもしかして今回が初めてじゃないか?
いつも言われるのは私で、反省するのも私。それの繰り返しだった。
それが、今。ようやく同じ立場に立てている。
「だから、さ。お互い無事でよかったね」
「うん……え?」
不思議そうな顔で見上げてくるカイトの瞳に、私はどう映っただろう。
ヴェール・パルネリアには感謝しないといけないな、と心のどこかで思った。
数ある願いの中で、私の望みを叶えてくれたのだから……。
『……いつか、カイトと同じ立場で話せますように』
ここまでお読みいただきありがとうございました。
一年以上更新していなかったにも関わらず根気強く待っていてくださった方も、
更新再開してから新たにこの作品を見つけてくださった方も、本当に感謝致します。
この話で一旦第一部は終わります。
第二部は未定ですが回収しきれなかった伏線や細かい設定などを織り込みながら、続きの話を書きたいなあと思っています。
次はいつになるかわかりませんが、もしよかったらまた気長にお待ちいただけると幸いです。