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18.望みと暴走

「カイト、何でここに」


 普段厨房なんて利用しないはずのカイトがどうしてここにいるのか。驚いた私の口から最初に出たのはそんな疑問だった。

 それに対しカイトはまるで怒ったかのように目尻を吊り上げた。


「何でもいいだろ、お前こそ何してるんだよ」

「何って……ベリーケーキを作って」

「ベリーケーキ?」


 カイトは腕を組んでとんとんとつま先を地面に打つ。苛ついたように。


「そんなの購買に行けばいくらでも売ってるじゃねえか。何でお前が作る必要がある」

「それは、そういう依頼だから」


 私は何で彼がそんなに声を荒げるのかわからなくておどおどしながら質問に答えていく。ただ、わからないなりに何か悪いことになっている気はした。


「依頼ねえ……それで、その男に作ってやってたって訳か」


 ちらりとロンドさんに目をやるカイト。彼の怒っている様子を見てもロンドさんは恐れることなく飄々と返す。


「ああ、そうだけど? 僕がベリーケーキ制作の依頼を出して彼女がそれを受けた、それだけだよ」

「でもそれなら作ってる間もずっと一緒にいる必要はないだろ」

「出来立てが食べたかったんだよ。というか部外者の君にとやかく言われる筋合いはないよね?」


 剣呑な様子を隠そうともしないカイトとそれでも余裕の態度を崩さないロンドさん。しばらくの間目を合わせていたが、先にカイトの方が視線を逸らした。

 正確には戻した、というべきか。彼の真っ直ぐな怒りの視線は再度私に向けられる。


「なあ、何でこんな依頼受けたんだよ」

「何でって、欲しいものが……」

「その『欲しいもの』ってなんだよ!」


 私の言葉は大声で遮られて、届かない。


「そんなに欲しいものなのかよ!」

「そう、だけど……」

「だったら俺が用意してやるから! こんな依頼……」

「それじゃ意味ないの!」


 カイトに釣られて私も大声になってしまった。そして一度回り出した口は止まらない。


「だって私が欲しいのは、カイトにプレゼントする用の、魔動力変換器なんだから!」


 カイトは一転きょとんとしたように目を丸くして固まった。まるで予想していなかったかのような。

 私は私で急に出した大声で息を荒げながら、ついに言ってしまったと心の中で頭を抱える。サプライズのつもりだったのに。

 束の間の沈黙。最初に破ったのはカイトだった。


「お前、そんなもののために依頼を受けてたのか?」

「『そんなもの』って、そんな言い方……」


 わなわなと唇を震わせる。

 例え彼にとっては大したことのないものだったとしても。ここ数ヶ月ずっとそのために努力し続けてきたのだ。

 それを全部否定されたようで、目標が崩れ去ったようで……私は目の前が真っ暗になった。

 そして、彼は決定的な一言を告げる。


「だったらいらない。自分で用意するから」


 ……ぷつりと、心の中で何かが切れる音がした。


「……カイトは」


 自分でも驚くほど低い声が出る。奥底から何かが込み上げてくるような。


「いつもそうだよね。私に何もさせてくれない」


 降り積もった何かと、元々あったものが混ざり合って。

 ごおお、と周囲に風が巻き起こる。


「私には何でも与えてくれるけど、私には与えさせてくれない」

「お……おい! 何だこの風⁉︎」


 風が私を中心にしてどんどん強くなっていく。周囲の食器類や調理器具ががたがたと音を立て始めた。

 しかし私はそれどころでなく。

 狼狽えた様子のカイトを置いて、私は勢いに任せて、ずっと抱えていたもやもやを吐き出した。


「私だって、ずっとずっとカイトに何かしてあげたかったのに! これじゃ、これじゃ……」


 息を吸う。私が一番言いたかったこと。それは……。


「ずっとカイトと対等になれないじゃない!」


 言った瞬間。ぱきっと何かが割れるような音がした、ような気がした。


「え……」


 カイトが先ほどより大きく目を見開く。

 いつの間にか豪風のようになっていた風が急に静かになり、代わりにしゅうううと煙が私から出て。

 ああ、私また小鳥になったのか。どこかに残っていた冷静な自分が呟く。

 それはそうだろう。ここまで心を揺さぶられて、ならないはずがない。

 理解して、一瞬で頭が冷えた。何をやっているんだ私は。

 とりあえず元に戻してもらおうと、私はカイトに鳴く。


「ちゅん、ちゅん(ごめん、元に戻してほしい)」


 一瞬放心したかのような状態だったカイトは、私の鳴き声を聞くとすぐに立ち直った。


「あー……わかった。ちょっと待て」


 そうして、いつものようにカイトが呪文を唱えた。身体が戻るのに備え、ローブの前を合わせる。

 しかし。


「……あれ?」


 一向に戻る気配はなく。それどころか煙が出ることもない。

 カイトが焦ったように再度呪文を唱える。何回も、何回も……。


「嘘、だろ……?」


 それでも、私の身体が元に戻ることはなかった。




 その後。気づいたらロンドさんはいなくなっていて。どうしようと二人で考えた結果、カイトが伝書鳥の魔法を使って職員の人を呼ぶことになった。

 そして現れたのはロナウドさんで。

 彼はじっと小鳥になった私を見つめる。カイトが事情を説明した。


「いつも通り呪文を唱えたつもりなんですが、元に戻らなくて」

「ふむ……」

「場所もここで違いないんです。俺も見てたし、何より散らばっている服がその証拠です」


 カイトが私の制服や食器類などが散乱している床を指して言う。

 ロナウドさんはかけている丸眼鏡を持ち上げると、至って平静に告げた。


「壊れてるね、それも一部だけ」

「壊れてる?」


 カイトが聞き返す。私も疑問に思う。一体何が壊れたというのだろう。


「制約の一部が壊れている。そのせいで恐らく解除に必要な機構が狂ったのだろう」

「解除に必要な……ってまさか」

「うん、その通り」


 頷いたロナウドさんと青ざめたカイトを見て、何も知らない私でも最悪の事態になったのだ、と理解した。


「彼女……ルチル・アルベットさんを人間に戻すことはもう不可能だ」

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