17.ベリーケーキ作りときっかけ
「卵と砂糖と小麦粉と……後は乾燥ベリーか。他に必要なものはある?」
首を傾げて尋ねてくるロンドさん。私は「後必要なのはバターと……」と半ば上の空で返事をしつつ、内心頭を抱えていた。
どうしてこうなったのだったか。一旦心を落ち着けるために私はことの経緯を思い返す。
目の前には私が得意とする菓子制作の依頼が。しかも作るものは今し方ちょうど手作りしようと思っていたベリーケーキ。
私は大きく目を見開きながらこんな偶然なんてあるんだと驚きを隠せずにいた。
しかも難易度3とあって依頼料も三万メルと申し分ない……どころかこれだけあれば安いものなら魔動力変換器を即購入できるだろう。
ただ。
「……どうかな? 悪くないと思うんだけど、引き受けてくれる?」
私はロンドさんにすぐには答えずに依頼主の名前を確認する。そこには当然のように『アル・ロンド』の文字があって。
ロンドさんには悪いが、私は彼をいまいち信用できずにいる。まるでどうしても私に依頼を引き受けて欲しいかのような。それだけでも怪しいと思ってしまうのに、その上こんな私にとって都合のいい依頼を出してこられたら尚更疑ってしまう。
とても美味しい話ではあるが、ここはきっぱり断ろう。そう思ってロンドさんの方を向いた。
「それとも、僕の依頼はどうしても受けたくないかな……」
でも彼の眉を下げた悲しそうな表情を見ていたら申し訳なさが先立って。
「……わかりました。引き受けましょう」
思い切りため息をついて、私はついそう言ってしまったのだった。
そして今。「じゃあまずは材料を揃えないとね」と先ほどの表情とは一転して機嫌が良くなったロンドさんに連れられて、学園内の購買を見て回っているところだ。
ここの購買は、生徒が学園外に気軽に出られないがゆえに色んなものが揃っている。それこそ日用品から何に使うかわからない魔道具まで。何なら自炊する生徒向けに食材も売っている。
確かにベリーケーキの材料は持ち合わせていなかったので買う必要があるのはそうなのだが。何もついてこなくても、とは思うし言った。しかし彼は聞く耳持たずで、結局一緒に見て回っているところだ。
というか。今目の前にあるものを指差しながら告げる。
「すごく今更なんですけど」
「何かな?」
「わざわざ依頼を出さなくても良かったのでは? ここならベリーケーキも売ってますし」
……そう。ベリーケーキ自体はそんなに珍しいものでもないので、購買でも普通に売られている。ただ食べたいだけならここで買う方が手軽だ。価格もそこそこ張るものの依頼料に比べると段違いに安い。その上依頼して作ってもらうとなると時間もかかってくる。
つまり依頼を出す必要性が感じられないのだ。
「何なら今すぐこれを買って、依頼取り消しに……」
「……いや。できれば手作りがいいんだ」
私の提案を遮って、ふるふると首を振るロンドさん。
「実は僕さ、暖かい料理ってほとんど食べたことないんだよね。お菓子なら尚更」
「え……」
私は驚きに目を見開く。暖かい料理を、食べたことがない? そんなことがあるのか。
ロンドさんは微笑みを崩さず言う。
「で、話を聞くところによるとベリーケーキって出来立ては暖かいらしいじゃないか」
「まあ、そうですね」
「うん。で、暖かいお菓子ってどういうものなんだろうと気になってね。でも、普通に売られているものだと出来立てじゃないことが多いから」
だけどその笑みに陰があるように感じられて、私は息を呑んだ。
ずっとロンドさんに対して警戒していたけれど。確かに謎なところも多い人だけど……。
「……わかりました。美味しいベリーケーキ、作ってみせましょう」
私は心の中で拳を握りしめる。
せめて初めてはいい思い出になるように。
最初から手を抜くつもりはなかったけれど、より一層の気合を入れて作ることに決めた。
「……で、なんで厨房までついてくるんですか?」
「いいじゃないか。この方が出来立てをすぐに食べられるし、ルチルがお菓子を作ってる姿も眺められる」
「一石二鳥だと思うんだけど」と簡易椅子に座りながら飄々と嘯くロンドさん。私は今日何度目かわからないため息をついた。
そっちはいいかもしれないが、見られながらだと緊張しそうになるんだけれど。私は小鳥にならないよう平常心を意識しながら型に生地を流し込む。
「後はこれを魔動石窯に入れて焼いたら完成です」
「お疲れ様。なるほど、お菓子ってこうやって作るのか。実に興味深いな」
魔動石窯を起動して、後片付けを始める。その様子すらも面白いといったようにロンドさんは視線を外さない。
「興味深い、ですか?」
「ああ。特に材料を混ぜている時とか……ああやって魔力を練り込んだりできるんだなと」
彼の言葉に、私は思わず苦笑いした。
「魔力なんて、そんな。私には扱えませんよ。真心は込めたつもりですが」
「真心、ね……そういえばずっと気になってたんだけど、君は魔法を使ってみたいと思ったことはないの?」
「何ですか突然。それはまあ、思ったことはありますけど……」
両親は『危ないから』という理由から私の近くで魔法を使うことはあまりなかったけれど。魔法使いであるが故に知識も豊富でこれこれこういう魔法があるよ、と教えてくれてはいた。というわけで私には使えない魔法ではあるがそれなりに知識はある。
だけど知る度に興味や好奇心が募っていって、ある時両親に言ってしまったのだ。
『私も魔法を使ってみたい』
それはまだ自分がどうして魔法が使えないのかちゃんと理解していなかったから出た言葉だったけれど。いやそれ故に尚更、その我儘は両親を大層困らせたと思う。
実際、その時の母の下がった眉尻をよく覚えている。
『そうね……ルチルが成長して一人前になったら、使える日が来るかもしれないわね』
『私は今使いたいの!』
そんな駄々をこねる自分に対して、頭を撫でながら優しく母は告げた。
『大丈夫よ、焦らなくても。大きくなったルチルならきっと私たちより凄い魔法使いになれるわ』
『ああ。昔の人みたいにもしかしたら何もないところからお菓子を作れるようになったりするかもなあ』
父も母に乗っかりそんな冗談を言った。それは今でこそその場を凌ぐための嘘だったとわかるけれど、当時の自分は単純だったからあっさり信じて。『だから今は我慢の時だ! ちゃんといい子にしないと一人前になれないぞー』と揶揄い交じりの父の言葉を鵜呑みにして、『わかった!』と大きく頷いたのだった。
「ふうん。いいご両親だね」
「そうですね。両親にとっては我が子を危険な目に遭わせないための嘘だったのでしょう。だけどそれは私にとって希望になったし、努力するきっかけにもなりました」
その時から早く一人前になるために勉強を頑張った。そうしていくうちに勉学の面白さを知って、学園に進学したいと思うようにもなった。そしてこの面白さを他の人にも知って欲しいと、教える側に立ちたいと思うようになって……。
「まあ所詮夢は夢、叶えることは私にはできないでしょうが」
最初に両親が提示した夢は勿論のこと、教師になるという夢も残念ながら叶えられそうにない。
厄介なほどの魔力を持ってしまったが故に。だけどこれは仕方がないことなのだ。
「父と母には感謝しています。だからせめて心配をかけないよう、『いい子』に……」
「でも『いい子』にしていたら夢を叶えられないんだろう?」
私の言葉を遮って、ロンドさんが口を開く。まるで畳み掛けるように。
「本当に叶えたい夢なら例え『悪い子』になってもいいから叶えたくなるはずだ。それとも君の夢はそんなことで崩れるほど脆いものなのかい?」
「そ、そんなことは……!」
思わず振り向いて否定する。まさか反論が飛んでくるとは思っていなかった。
彼は珍しく無表情で、ただ真っ直ぐにこちらを見ていた。
「そうなの? だったら多少無理してでも、周りに迷惑をかけてでも叶えにいくべきなんじゃないかな」
「……」
こちらも反論したいのに何も言葉が出てこず、沈黙してしまう私。その様子を見たからかどうかはわからないが、彼はふっと笑みを溢して。
「ねえ、覚えているかな? 僕のスピーチを聞いてもらったあの日、僕が君に言ったこと」
「何の話……」
「『君は我慢する必要なんてない』」
「あ……」
思い出した。確かに言われた。
『君は我慢する必要なんてない。むしろもっと周りに迷惑をかけるべきだ』
……もう我慢しなくていいの? 本当に?
「足りないのなら、もう一つ助言しよう」
「……」
ほとんど黙ったままの私を置いて、彼は言う。
「約束は、破るものだよ。自分の夢の障害になるならね」
「今がその時だとは思わない?」とそう笑うロンドさんに、何も言えず立ち尽くす私。
反論したいのに、できない。いやできないんじゃなくて……。
その時だった。大きな音を立てて厨房のドアが開く。私たちは驚いてそちらを見やった。
「……ルチル。こんな所で何してるんだ」
そこに立っていたのは、他ならぬカイト・カーレンその人だった。




