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16.願い事と依頼

 聖ヴェール祭とは大昔の偉人ヴェール・パルネリアが賢者になった日を祝うお祭りだ。確か彼女の肩書きは『魔術の賢者』だったはず。私は詳しくないので昔の魔術と呼ばれるものと今の魔法と呼ばれるものの違いがいまいちわからないのだが、その旨を前にカイトに言ったところ。


『魔術は神の奇跡に近いもので、魔法はそれを誰でも扱いやすいようにしたものだ』


 と教えてくれた。とにかく魔術というものは凄いものらしい。

 まあそれは置いておいて、史実においては他にも賢者と呼ばれる偉人は存在する。だが現在に至るまでお祭りとして祝われることがあるのは『始祖の賢者』と『魔術の賢者』の両名のみだ。

 『始祖の賢者』はこの国では神のように崇められているからある種当然なのだが。長い歴史の中の一賢者に過ぎない彼女がどうしてここまで大々的に祝われるのかというと、それは彼女のある逸話がいまだに多くの国民に信じられているからだ。


「準備できたか?」

「うん、大丈夫だよ。カイトは?」

「俺も大丈夫……と、そろそろか」


 両手に起動済みの魔動風船を抱えながらタイミングを見計らう。空を見上げると、ぽつぽつと輝く魔動風船が上がっていく様が見えた。


「それじゃ、いくぞ」

「せーの」


 掛け声とともに魔動風船を放つ。するとそれらは光りながらゆっくりと夕方の空に登っていった。それを何とはなしに眺めていると。


「……なあ、何願った?」


 徐にカイトが尋ねてきた。私は口元に指を当てて、答える。


「それは秘密。カイトの方こそ何願ったの?」

「うーん……叶わなかった時が恥ずかしいから俺も言えない」


 カイトも苦笑い気味に答えた。

 聖ヴェール祭は魔動風船と呼ばれる特殊な風船を飛ばすことを主目的にしている。その時に願い事を心の中で呟くと、叶うかもしれないというジンクスがあるのだ。

 何でも昔、ヴェールが賢者になるに当たって、褒美に始祖の賢者が一つだけ願いを叶えたのだそうで。その時彼女が願ったこと、それが。


『この国の皆の願いを叶えて欲しい』


 というものだったと。そう、今でも語り継がれている。そこから転じて、今日のお祭りが生まれた。

 そんなことを考えていると、ふと疑問が頭をもたげて。私は気がついたらそのことを口にしていた。


「ヴェール・パルネリアはどうして自分の願い事じゃなくて、人の願いを叶えるように言ったんだろう」

「そうだな……一般的にはそれだけ慈愛に溢れた人物だからだと言われているけど」


 そこでカイトは一旦言葉を区切った。


「俺は、多分彼女には叶えたい願い事がなかったからじゃないかと思ってる」


 私は目を見開いた。そんな解釈聞いたこともなかったから。


「その理由は初めて聞いた。どうしてそう思うの?」

「何でだろうな……何となく? でもそれなら辻褄は合うだろ?」

「そう……なのかな」


 確かに彼の言う通りだとも思う。だけど同時に何かが違う気もした。




 あの後。特に会話もなく、寮の門限が近づいてきたのでカイトと別れた。別れ際、魔動風船の代金を半額返そうとしたのだが、固辞されてしまう。曰く『俺が勝手に買ったんだからルチルに払う義務はない』とのことで。

 それはまるで、いつかの時と同じように。


「……」


 彼には感謝している。その気持ちは変わらない。だけど同時に。


「何だろ、この気持ち」


 『何か』が心の内に降り積もりつつあると、どこかで感じている自分もいた。




 聖ヴェール祭から数日が過ぎた。お祭りの余韻も少しずつ落ち着き、今ではすっかりいつも通りだ。

 そんなお昼休みのこと、私は手帳を片手に教養科の校舎の渡り廊下を歩いていた。


「今日の放課後の予定は……っと」


 手帳の今日のページには特に何も書かれていなかった。最近にしては珍しく急場の用事はないようだった。

 時間はある。しかし先の課題をする気にはならない。こんな時は……。


「やっぱりお菓子作り、だよね」


 暇を潰す趣味と言えば、私にとってはこれしかなかった。


「でも、何作ろう」


 立ち止まって考える。すると思い出したのは、直近のお祭り……正確にはカイトと見て回った屋台のことだった。


「そうだ、ベリーケーキ」


 あの時見かけて、食べたいと思ったもののつい遠慮してしまったお菓子。せっかくだからあれを作るのはどうだろう。

 そう思ったが、同時に。ベリーケーキの材料……特に材料の乾燥ベリーがそこそこ値の張るものだったことを思い出した。


「どうしよう。いっそベリーなしで作るのは……でもそれじゃあベリーケーキにならないし」


 私が食べたいのは普通のケーキではなく、あくまでベリーケーキだ。だけど折角稼いだメルを使ってまで食べたいかというと……。


「にゃあ」

「妥協するか、しないか……ってあれ?」


 突然何かの鳴き声がした。何だろうとそちらを見やると、そこには。


「え、あの時の猫ちゃん?」

「にゃ」


 まるで返事をするかのように短く鳴いたのは、いつか追いかけた黒猫だった。彼ないし彼女はその金の双眸をこちらに向け、お行儀よく座っている。


「何でこんなところに……もしかしてまた脱走しちゃったの?」

「にゃあにゃ」

「もう、駄目じゃない。今回は見逃してあげるから、飼い主が心配する前に戻ってあげて、ね?」


 しゃがんで猫と目を合わせ、帰るように促した。すると猫は了承したかのように、また「にゃ」と短く鳴いてどこかへ駆けていった。




 授業が終わった。私はお菓子の材料を買い込む前に、すっかり日課になってしまっている依頼所の掲示板の確認をしに行った。

 依頼所の扉を開けると、煌びやかな金髪が目に飛び込んできた。


「やあ、こんにちは」


 そう朗らかな笑顔で声をかけてきたのは、アル・ロンドさんその人で。私は一瞬身体が強張ったものの、冷静に「ロンドさん、こんにちは」と返す。


「会えて良かった。早速なんだけど、見てもらいたい依頼がある」

「依頼、ですか? ……まさかまた」


 私が一歩後ずさると、ロンドさんは苦笑して口を開いた。


「そんなに警戒されると傷つくな。大丈夫、今度は無理は言わないよ。でも見るだけ見て欲しいんだ。その上で判断して欲しい」

「……」


 私は少し考えて、ロンドさんのこちらを真っ直ぐ見つめる黒い瞳に嘘はなさそうだと判断した。


「……わかりました。見るだけですよ」

「良かった! で、見て欲しい依頼はこれなんだけど」


 そう言って連れてこられたのは、なんと難易度3の依頼が貼ってある掲示板で。こんな所に貼られている依頼なんてどう考えても受けられる訳が無い。


「あのロンドさん、私じゃここの依頼は……」


 恐る恐るといった感じでロンドさんに話しかけようとするも、それを遮るように彼は指を差した。つられてそちらを見ると、そこには。


「菓子制作依頼……えっ」


 私は思わず驚いて、声をあげてしまう。

 お菓子作りなら私の得意分野だ。これなら私でも……いやでも、まずは内容だ。作るべきもの次第では私の手に負えない可能性がある。


「依頼内容。美味しいベリーケーキを……ベリーケーキって」


 息を呑んだ。ロンドさんの方を見ると、彼は笑っていた。それはまるで悪戯が成功した子供のような笑みだった。

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