MIN-040「さいころを振り続ける先」
「よし、やってみてくれるかい」
「わっかりましたー!」
おひげの似合う、お爺ちゃんの声に従って道具に力を籠める。
すると、まるで強力な扇風機のように風が吹き、手元の籠から種が飛んでいく。
籠ごと向きを変えれば、種がばらまかれる方向も一緒に変わっていくのだ。
しばらくそれを続けると、予定されていた畑一杯に種を飛ばすことができた。
「思ったより遠くまで飛んでいってるなあ……こいつはいい」
「決まった間隔で撒かなくてもいいんですか?」
お手伝いをしつつも、疑問を口にする。
それに答えずに、優しく微笑むお爺ちゃんの顔はベリーナさんによく似ていた。
そう、今日はベリーナさんに頼まれ、畑のお手伝いにきたのだ。
「今日の種は、敢えてそう撒くほうが良く育つのさ」
「なるほど……」
私の中では、いわゆる畝を作って、等間隔に植えていくだけだと思ってた。
やっぱり、知らないことは色々あるなあと思いつつ、風を止める。
すると、もう少し羽ばたきたいとばかりに、精霊の鳥さんがほっぺたをつついてくる。
鳩みたいな、もこっとふっくらした姿の鳥さんである。
「またね、今日はこのぐらいだよ」
くすぐったさに顔を揺らしつつ、子供に言い聞かせるようにする。
本物の鳥と変わらない羽根やくちばしの感覚は、いつも不思議。
羽ばたくと、たまに羽根が飛んでいくんだけどそれは消えていくんだよね。
(魔力に戻るのかな? うーん)
たまたま買い取った中にあった、力を籠めると風が噴き出る輪っかを見る。
夏に扇風機として使うには、ちょっと不便だったけど使いようはあったみたいだ。
「ユキちゃんはそのうち旅を続けるのかい?」
「え? あー……帰る家もないですからね……」
一応、落とし子ということは内緒にしてある。
アルトさんとベリーナさん、そして領主兄妹ぐらいが詳細を知っている状態だ。
表向きの設定は、不作で両親は不幸に会い、人売りに売られる前に飛び出してきたって感じ。
まだ、元の世界で生きてるであろう両親には申し訳ないけど、ね。
「よければ気のすむまで、2人を助けてやってくれんか」
「ええ、こちらこそです」
「はいはい、お茶ですよ」
どこかほんわかとした声は、ベリーナさんの母、つまりはお婆ちゃんである。
腰が曲がって来てるけど、まだまだ元気って感じ。
田舎の祖父母を思い出す、仲の良い二人なのだ。
「あ、美味しい……」
「そうじゃろう。婆さんのお茶は特別じゃからな」
感心しながら聞いてみると、近くで採れる薬草なんかを上手くブレンドしてるみたい。
頭がすーっとするような、不思議な味だ。
「良かったら茶葉を少し持っておいき。あの子にも飲ませてやりたいから」
「わかりました!」
確かに、これならベリーナさんも気分転換に良さそうだ。
今のところ、夜泣きは少ないと言ってもウィルくんは赤ちゃんだ。
面倒を見るのは、大変なはずなんだよね。
お茶のお礼を言い、お婆さんから茶葉を袋ごと預かる。
また来ておくれなんて言われながら、町へと戻る。
農場は、町の郊外にまとまっており、お互いに協力しているらしい。
「お疲れ様です」
「おう、気を付けてな」
だからか、所々に、見張りみたいな男の人がいる。
狼が来た時に追い払うんだそうだ。
帰り道に見渡せば、思った以上に農地は広くて、すごい大変そうだなと感じる。
何か手伝えればいいのだけど、私には発明の知識はないに等しい。
ちょっとだけ、便利な道具のヒントが言えるかも、ぐらいだ。
「ポンプはあったかな? 他には……」
レバーを上下させ、井戸から水を出していた祖父母宅を思い出しつつ、町中へ。
まだお昼前だからか、町を行く人も数多い。
中には冒険者そのものといった姿の人も、多くなったように思う。
(お弁当みたいなのも、需要あるのかな)
一応、菓子パンというか何かを挟んでのパンは既に提案済みだ。
今は、色んな具が開発されている……はず。
そんなことを考えていたからか、ふと片手は腰に下げた赤熱のナイフに。
「わっ、あ……ちょっと出しちゃってたのかな」
赤いワンコ、ローズが飛び出て肩に乗ってきた。
ぺろぺろと舐められ、くすぐったい。
何人かの人が、私じゃなく肩を見てるからローズを感じているんだろうね。
そのまま通りすがりに冒険者の人たちを観察する。
武器は自分には使い方はわからないけど、命のやり取りで稼ぐ彼ら。
もちろん、女性たちもいて、若い子だっている。
「私、このままでいいのかな……」
悩みのような言葉が漏れる。
かといって、じゃあダンジョンに行けるかというと、怪しい。
外を歩く分にはなんとかなりそうだけど、中で探検? うーん。
悩みつつも、プレケースへと戻る。
すると、アルトさんが出かける支度をしているところだった。
珍しく、だいぶ遅い時間におでかけみたい。
「今からですか?」
「ああ。ちょっと厄介そうな話を聞いた。若い連中が、昨日から戻ってないらしいんだ」
つまりは、遺跡……ダンジョンにその人たちが飲まれたかもしれないという話。
他のベテランと一緒に、一応の探索を行うらしい。
「何、適当に探って、すぐ戻る。深追いはしたくないからな」
本当は、ベリーナさんとウィルくんのためには止めるべきなのかもしれない。
でも、彼女が止めていないのに他人である私が止めることはできないと思った。
不安を抱きつつ、アルトさんを送り出す。
「ベリーナさん……」
「ここで動かないアルトなら、結婚はしていないわ。でも、でもね……」
母親から、一人の女性に戻った顔をしたベリーナさんを、私はそっと抱きしめた。
そして、アルトさんたちが戻ってこないまま夜になってしまうのだった。