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武将 古田織部 第9話 蔵の奥

蔵の前には太い柱が立ち、

中は朝の光が届かず、静かに暗かった。

重然が近づくと、土の匂いがわずかに強くなる。

「入ってみい。」

爺の声は低く、やわらかい。

重然は柱の間を通り、蔵の中へ足を踏み入れた。

土間の床がひんやりしている。

爺は後ろから灯りを持って入ってきた。

灯りの光が壁に当たり、細い明るい部分が揺れる。

「ここはな、家の中でいちばん静かなとこや。」

爺は棚の前にしゃがみ、

奥に置かれた木箱を一つ持ち上げた。

「重然、見てみい。」

爺は蓋を開けた。

中には、黒い石がひとつだけ置かれていた。

手のひらより少し大きい。

表面に細い溝が走っている。

「水石や。

 わしが若いころ、川でみつけたもんや。」

爺は両手でそっと持ち上げた。

灯りの光が石に当たり、

濡れていないのに、濡れたように光る部分が細く浮かぶ。

「触ったらあかん。

 見るだけでええ。」

爺は石を重然の前に置いた。

石の影が土間に丸く落ちる。

重然は石の表面を見た。

溝がいくつも走り、

光がその溝に沿って細く動くように見える。

爺は石の側面を指でなぞった。

指は触れていない。

空気の上をゆっくり動くだけ。

「ここや。

 よう見とけ。」

石の一部が、

ほんの少しだけ盛り上がっていた。

まっすぐではない。

その盛り上がった部分だけ、光が細く集まる。

「石はな、この“ゆがんだとこ”が大事なんや。」

爺は石を少し回した。

角度が変わると、

盛り上がった部分に光が入り、

細い明るい線が石の上を走る。

「まっすぐな石は、どこにでもある。

 せやけどな……」

爺はゆがんだ部分を、

触れずにそっと指で示した。

「こういうとこがある石は、

 見てて飽きんのや。」

重然はその部分を見た。

光が沈み、また浮かぶ。

石の形が、光の角度でわずかに変わって見える。

爺は石を元の向きに戻し、

箱にそっと戻した。

「また見せたる。

 今日はこれでええ。」

蔵の静けさの中で、

重然の目には、

水石の“ゆがんだ線”だけが細く残っていた。


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