武将 古田織部 第39話 住職の見立てと縁談の話
(1569年・正月/東善寺・方丈の一室)
方丈の畳は、朝の光で薄く明るくなっていた。
火鉢の炭が静かに赤くなり、
その熱が部屋の空気をゆっくり押した。
古田父は、住職の前に座っていた。
膝の位置を少し直し、
袴の端を整えた。
住職は湯のみを持ち上げ、
口元へゆっくり運んだ。
湯気が細く立ち上がり、
光の中で形を変えた。
湯のみを置く音が、
畳に低く沈んだ。
「古田殿。」
住職の声は低く、
部屋の奥へまっすぐ届いた。
父は背筋を正した。
住職は、
机の上の文書に目を落としたまま言った。
「重然殿の働き、
織田家でも評判がよろしい。」
火鉢の炭が小さくはぜた。
父は軽くうなずいた。
住職は視線を上げた。
「古田家のご家来衆も、
よく躾けられておられる。」
父は息を整えた。
住職は続けた。
「そこで──
ひとつ、
申し上げたいことがございます。」
火鉢の熱が、
二人の間にゆっくり広がった。
住職は姿勢を正し、
言葉を区切った。
「京の中原家の娘、
仙。」
父の指が、
膝の上でわずかに動いた。
住職はその動きを見て、
静かに言葉を重ねた。
「寺に縁のある武家の娘でございます。」
湯のみの縁に残った水が、
光を受けて細く光った。
「重然殿の働きと、
古田家のお家柄。
どちらも、
あの娘に合うと見ております。」
父は視線を落とし、
火鉢の赤い部分を見つめた。
住職は、
その沈黙を待つように
手を膝に置いた。
「仙を、
重然殿の嫁御にいかがかと。」
その言葉が、
部屋の空気にゆっくり沈んだ。
父はしばらく動かなかった。
火鉢の熱だけが、
二人の間を満たしていた。
やがて父は、
静かに顔を上げた。
「……住職のお見立て、ありがたく。
お願いもうします。」
その声は低く、
しかし揺れなかった。
住職は深くうなずいた。
湯のみの水面が、
その動きに合わせてわずかに揺れた。
外の風が、
障子の紙を薄く押した。
その音が、
縁談の始まりを告げるように
部屋に広がった。




