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異世界美容院Angeli  作者: イタズ
第3章 黎明期 フェアリーバード編

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継承

激動の一周年を終えてから早くも一ヶ月が経とうとしていた。

国王の一団がメイデン領を去り、やっと日常が戻ってきた。

こう言っては申し訳ないが、少々胸を撫で降ろしている。

やっと帰ってくれたのかと・・・

正直やりずらかった感があったのは否めない。

随時特別シフトだったからね。


何度か、なんでこんな事をしているのかと、不意に手を止めて、投げ出しそうになっていたしさ。

だって馬鹿馬鹿しいじゃないか。

付き合う必要があるのか?ってさ。

どうして国王の禿げ隠しに俺は付き合っているのかと・・・

アホらしくなるでしょうよ。

まあ何となく付き合ってあげたけどさ・・・俺もお人好しだよね・・・

でもはっきり言うと二度とごめんだ!

もうこんな事はやらねえぞ!


俺はこのお店の中では、相手が誰であっても特別扱いはしないし、跪くつもりは全くない。

でもそれは俺の価値観や拘りであって、今回は相手がそれを受け入れるだけの器量を持った相手だから通用しただけに過ぎない。

国王や伯爵がそれを認めない狭量な者であったのならば、こうはいかなかったのだろう。

それぐらいは俺も分かってはいる。

俺の知る日本と、この世界の文化は余りに勝手が違うのだから。


でもこれまでは何とかそれが通用してきた。

ある意味運が良かったのかもしれない。

というより出会い方が良かったんだろうね。

伯爵はフェリアッテの一件で出会ったし、国王は王冠の呪いだったからね・・・

どちらも俺マターで手動出来たからさ。

俺にとって都合がよかったという話だよ。


そんなことはさて置き。

家のスタッフ達の熱気は業火とも例えられるほどとなっていた。

その原因となったのは、あの一周年記念となってしまった晩餐会だ。

あれを機に、これまで以上に美容院『アンジェリ』は注目を集めていた。

その為、家のスタッフはやる気が漲っている。

練習だけでは無く、日々の営業も凄まじい熱気だ。

こうなってくると鉄火場だよ。

このお店は鍛冶屋では無いのだが?美容院ですよ?

そう言いたくなる。


それはそうだろう、あれほどまでに褒めちぎられて、盛大に祝われてしまったのだからさ。

ある意味ではフェリアッテの一件以上に、今では市井で『アンジェリ』は話題になっている。

嬉しいのだが、限度があるだろうと思えてしまうのは俺の眼線だからだろうか?

だって予約は四カ月先まで埋まってしまっているのだから。

日本でなかなか聞かない状況だ。


こうなってくると申し訳なさが先立つ。

どういう事かと言うと、ありがたくも美容院『アンジェリ』はリピート率が99%もあるのだった。

こうなってくると、新規のお客さんが入り込む隙間が無くなっているのが現状なのだ。

新規のお客さんに予約は四カ月以上先だと告げると、下を向いて帰ってしまう方々がそれなりに多い。

その為、無理を承知で一見さんも出来る限り受け入れる様にしている。

要は予約時間に遅れてくるお客さんは待って貰って、その隙間時間にカットを受ける様にしているのだ。

未だに飛び込みで施術を受けたいというお客さんがいるしね。

本当はカラーやパーマも受け入れてあげたい。

でもカラーやパーマは、放置時間という拘束時間が発生するから、それを可能としない。

申し訳ないとは思う。


それに最近ではそれを察知してか、予約時間に遅れてくるお客さんも減ってきている。

せっかく予約しているのに、待たされるのもどうかということなんだろうね。

でも遅れて来たからには従わないといけない。

そこに文句を言う様では、もう来なくていいですよと言われかねない。

勿論、こちらにはそんなつもりはないのだが、余りの人気店になってしまった為、その様に受け留められてしまっているみたいだ。

有難い誤解だ。


俺はそこまで高飛車にはなれないよ。

時間通りに来店すれば、直ぐに施術は受けられます。

一転遅れて来れば待たされる。

であれば早めに来店しようと、お客さんも学んでいるのだ。

なんだかねえ?・・・

こちらとしてはありがたいが、この変わり身はなんだろうか?

だったら、始めからそうして下さいよってね。

まあお客さんも学んでくれているってことなんでしょうね。

何ともねえ?・・・


ここまで人気店になるとは正直思ってもみなかった。

こうなってくるとシャンプー屋になっていた、初期の頃が懐かしくなってくるよ。

あの頃は日々を熟すのにやっとだったからね。

不安も常に付きまとっていたしね。

今では全く不安が無いとまでは言わないものの、それなりに繁盛を続けていける自信が芽生えてしまったよ。

一瞬先は闇、この言葉が頭を過るが、そう想えているということは、脇を開いていない証左だろう。

そう自己分析している。

どうにも小市民が過ぎると言われてしまいそうだが、これは俺の性格だからどうしようもない。

だってまだまだ住宅ローンは数千万円単位で残っているし。

これを返済しきらない限り気は抜けませんよ。

どうにもお金を借りるという事に、些細な拒否反応がある。

これは恐らく幼少期のトラウマが関係しているだと思う。




あの時の俺は小学校二年生だった。

幼馴染の学君と遊んでいた時のこと。

学君は裕福な家庭の子供だった。

俺は普通の家庭?な家庭環境。

貧乏では無いけれど、裕福ではない。


俺と学君は通い慣れた駄菓子屋で、好きな駄菓子を選んでいた。

でもこの時の俺はお小遣いを使い果たしており、財布の中には一円も入って無かった。

その為、今日は学君の付きそい。


それを伝えると学君が、

「丈二君、お金を貸してあげるから、丈二君もお菓子を買いなよ」

そう言い放ったのだった。


その時俺が想ったのは、ああ、そんな手もあるな、ぐらいの安易な考えだった。

そして俺は悪気も無く学君から百円を借りて、好きな駄菓子を購入し、美味しく頂いた。


俺が学君からお金を借りて駄菓子を食べた事を母に伝えると、温厚な母親が烈火の如く怒りだし、俺を連れて学君の家に乗り込んで、お金の貸し借りはしてはいけないと、学君含め、学君の母親をも叱り倒していた事を鮮明に覚えている。

その為、お金の貸し借りは良くない事だと、俺は脳裏に焼き付いているのだろう。


今と成っては懐かしい思い出だが、その当時はやってはいけない事をやってしまったという罪悪感はしっかりと根付いた。

その為、住宅ローンが残っている今でも、気は抜けないのだと思う。

ありがたいトラウマである。




そんな事はさておき。

今日はあるイベントが控えている。

それを俺はまだ誰にも伝えてはいない。

俺は学んだのだよ、伝えるタイミングを間違えてはいけないのだと。

何も全てを朝礼で共有する必要はないという事を。


シルビアちゃんが俺の弟子になってから凡そ一年。

もう彼女にはハサミを持たせる時期が訪れている。

これは異例中の異例である。

僅か一年でハサミを持つ事など、日本の美容師ではありえない。

一年ぐらいでは小僧扱いされて当然。

しかしここは異世界、そんな常識は無いし、俺は必要は無いと考えている。


彼女は俺にとっては最高の弟子である。

誰に何を言われようと、俺はそれを譲る気はない。

彼女の頑張り、彼女の努力は誰であっても否定させない。

俺はここまでの努力をする天才を知らない。

諸手を挙げて俺の自慢の弟子であると公言できる。


彼女の頑張りは周りを巻き込むほどの熱意がある。

時に俺はこれほどまでに努力を重ねてきていたか?と自分自身に疑いを持つほどだ。

それ程彼女の功績は大きい。

彼女はなんとかロッド巻が合格できるラインに到達した。

であれば先に進もうということだ。

それにマリアンヌさんとクリスタルちゃんも、先日シャンプーの試験に合格した。

お店としても次の段階に入ったということ。

こうなるとお店としても先に進まなければいけない。

更なる進化が必須なのだ。


俺は彼女に、最初は新品のハサミを準備しようと考えていた。

癖の一切ついていない、まっさらな物をと。

でも違和感を拭い去る事が出来なかった。

本当にそうすべきなのかと・・・


そこでふと、自分が最初にハサミを持った時にはどうだったかと想いを馳せた時に、あの時使っていたハサミは未だ健在だったことに思い至った。

俺のお古になってしまうが、癖は研げばほぼ消し去る事ができる。

それに幸い、俺とシルビアちゃんの指の長さや、大きさにはほとんど差が無いし、右利きであることも同じだ。

であれば、俺の想いの詰まった初代のハサミを継承するのもいいかと思えてきたのだ。

ちょっと恩着せがましいかとも考えが過ったが、彼女がそう感じるとは思えなかった。

俺のハサミを受け継ぐにふさわしい人物であると素直に思えた。


ハサミを研ぐ時には、たくさんの想いを籠めさせて貰った。

俺は彼女との出会いからの事を想い出し、思いの丈を籠めて、丁寧に慎重にハサミを研いだ。

この先彼女はこのハサミで、どれだけの人を幸せにするのだろうか?

時に挫折し、時に歓喜し、腕を極めようと努力するのだろう。

その様が手に取る様に分かるぐらいだ。

俺の美容師魂を継承して欲しい。

そう切に願う。




本日の営業を終え、夜の賄いの時間を迎えていた。

今日はちょっと趣向を変えて、久しぶりのインスタントラーメンにする事にした。

そう、始めてシルビアちゃんに出会った時に振舞った、日●食品のカップヌードルラーメンレギュラーである。

最近では冷凍食品が多かった為、俺達は久しく食べていない。

懐かしの味に、シルビアちゃんは嬉しそうに食べていた。

それも二つも・・・

両方共汁まで完食だった・・・

汁は止めとけよ・・・塩分が高いよ?


賄いを食べ終えて、ライゼル相手にロッド巻の練習に入ろうとするシルビアちゃんを呼び止める。

マリアンヌさんとクリスタルちゃんも何事かとこちらに注目していた。

俺の手には腰に巻き付けるタイプの皮のシザースケース、そしてその中には、カット用のハサミと、梳きハサミが入っていた。


「シルビアちゃん、これを受け取ってくれるかな?」

俺はシルビアちゃんに徐に差し出す。


「そのハサミは?」

首を傾げてハサミを眺めるシルビアちゃん。


「俺の使い古しで申し訳ないが、受け取って貰いたい」


「・・・えっ!」

驚きと歓喜が入り混じった視線で、こちらを繁々と見つめるシルビアちゃん。


「このハサミは俺が美容師を目指して、始めて手にしたハサミなんだよ」


「そんな大事な物・・・いいんですか?」

眼を丸くしている。


「ああ、シルビアちゃんに受け取って欲しい」


「そんな・・・」

振える手で皮のシザースケースを受け取るシルビアちゃん。

そして店内いる者全員が、シルビアちゃんに賛辞を贈る。


「おめでとう!シルビア!」


「やったね!シルビアちゃん!」


「遂にか!おめでとう!」


「よかったなー!」

自然と拍手が巻き起こった。

そう、この場にいる全員が、シルビアちゃんの頑張りを理解しているのだ。

誰よりも早くお店にやってきて、誰よりも遅くまで練習に明け暮れていた。

真剣に学び、常に元気な彼女は皆から好かれていた。

絶賛されて当然、なんならもっと褒めてやって欲しい。

頑張り屋のシルビア、皆がそうである事を知っている。


シザースケースを我が子を抱くかの如く、大事そうに抱えるシルビアちゃん。

その眼には涙が浮かんでいた。


「わ・・・私・・・私・・・最高の美容師になります!」

そう宣言すると、涙を拭い、万遍の笑顔を浮かべていた。


「よし!シルビア!さっそく俺の髪を切ってくれ!やっと約束が果たせるな!」

ライゼルが我が事と嬉しそうにしている。


実はライゼルとシルビアちゃんとの間で結ばれた約束があったのだ。

その為、ライゼルは俺にも髪を切らせなかった。

何度か髪を切ってやろうかと話したのだが、こいつは一切髪を切らせなかった。

ライゼルの髪形は始めて会った頃から随分と髪が伸びており、今では肩から先まで伸びている。

そういった事もあって、こいつはしょっちゅうカチューシャを嵌めている。

シルビアちゃんが始めてハサミを持った時には、最初に俺の髪を切ってくれ、ライゼルはそんな約束をしていたのだ。


「はい!ライゼルさん!髪を切らせてください!」


「おおよ!」

そんなやりとりをこの場にいる全員が朗らかに見守っている。


「シルビアちゃん、先ずはシザースケースを腰に巻いてごらん」


「はい!」

輝く笑顔を振りまくシルビアちゃん。

嬉しさが爆発している。

シザースケースを腰に巻き付けるとポーズを決めている。

うん!とても似合っている。

良いじゃないか!

マリオさんが見たら泣いちゃうんだろうな。

そんな気がするよ。


「シルビアちゃん似合っているよ」

マリアンヌさんは微笑んでいた。


「そうね、似合っている」

クリスタルちゃんも同意する。


「エヘヘ・・・」

照れているシルビアちゃん、なんとも微笑ましい。




「さあ、基本から始めようか」


「はい!お願いします」

シルビアちゃんの元気な声が木霊する。

さあ、カット講座の始まりだ。


俺は解説を始めた。

先ずハサミの持ち方だが、基本は親指と薬指でハサミを持つ事になる。

それはハサミの穴の部分を親指と薬指で通すということだ。

小指は穴の部分から伸びている支えに添え、そして一指し指と中指はハサミの外側を支える様に持つ。

これが基本の持ち方だ。

それをシルビアちゃんに伝えると、分かっていますと頷いている。

やはりこの子はよく見ている。

俺のハサミの持ち方を、何度も目に焼き付くほどに観察していたからね。


そして実際にハサミに指を通して、感触を確かめている。

やはり見ていることと、実際に手にするのは違うのだろう。

難しい顔をしているシルビアちゃん。


ここは慣れるしかないな。

最初の通過儀礼みたいなものだな。

俺も始めはそうだった、ハサミを持つ感覚に慣れるのには時間が掛かった記憶がある。

たぶん普通の紙を切るハサミと持ち方が違うからだと思う。

普通のハサミは親指と人差し指、または中指で持つからね。


「実際に手にしてみると違うものだよね?」


「はい・・・ハサミの重さを創造以上に感じます、それに薬指がなんとも・・・」


「それでいいんだ、じゃあカットの姿勢を教えるよ」


「はい!」

俺の正面に立つシルビアちゃん。


「上下の動きは基本的に膝を使う様に」


「はい!」

俺はカットの姿勢をとって、上下に動いてみせる。

それに倣ってシルビアちゃんも膝を使って上下に動いている。


「そうそう、そんな感じ」


「シャンプーの基本姿勢と同じですね」

この子はやっぱり天才だな。

本当に俺の話をちゃんと聞いているし、よく見ている。

そう、全くその通りです。

中腰は絶対に駄目だ。

その理由は腰を痛める事もあるが、何よりもその視線の角度にある。

斜め上から頭や髪を眺めていては、カットをするのに最適の角度をとる事が出来ない。

髪に対して真っすぐに視線を合わせる事に意味がある。

逆を言えば、これをせずに満足なカットが出来ることは無い。

この基本姿勢はハサミを持つ上では絶対に欠かしてはいけない。


そして横移動も膝を使う。

どうしても視線が合わないぐらいお客さんの頭の位置が低い場合は、チェアーを調整する。

そう、足でペダルを踏むと上に挙がるあれだ。

美容院のチェアーはこの機能が付いているからね。

この機能の付いていないチェアーは考えられない。

こちらがカット用のチェアーに腰掛けるという手もあるが、俺はあまりその方法をとっては来なかった。

深い理由はない。

立ってのカットに慣れてしまったからというだけである。




そして実際にカットを始める。

カットは大きく2種類ある。

ブラントカットとチョップカットだ。

ブラントカットは真っすぐに切る事。

角度としては髪に対して90度。

ハサミを真っすぐに切る事で、髪の切っ先のラインを直線的なカットにする。


チョップカットは斜め45度に切る事。

そうする事で髪の切っ先のラインをぼかす事になる。

この違いは大きい。

先ずはこの基本となるこの二つの切り方の内、ブラントカットから習得する。


練習の方法としては、髪全体を2センチだけカットする。

俺はライゼルの髪に触れて、この様な解説を行った。

お店の全員がこちらに意識を集中して俺の解説に耳を欹てていた。

そういえば、マリアンヌさんとクリスタルちゃんにも、こういった解説はしたことが無かったな。

二人も案の定、気になるのか手を止めて聞き耳を立てていた。

この後、二人を呼び込み、俺の解説を交えながら、シルビアちゃんのカットの練習が始まった。

さあ、練習練習!

気合入れてくよ!



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