39. 生まれてきた意味
一角獣。前世では架空の動物とされていた。神話の中にだけ存在する。
でも、ここは乙女ゲームの世界! 魔法あり聖獣ありの、なんでもあり。聖女だって、人間離れしてるし、聖竜はもはや動物じゃなくて神の域。
つまり、乙女チックなシチュエーションが、ガッツリ詰まった現代のおとぎ話。それが乙女ゲームだ。ときどき夢と現実の区別がつかなくなるくらいに、美しい世界。
『黒毛の子ね。また会えて嬉しいわ。いつも助けてくれてありがとう』
夢の中で、私は離宮の庭園にいた。初めてカルと結ばれた朝に、初めて黒毛の子に会った場所。
ユニコーンは何も答えない。ただ、じっと黙って、こっちを見ているだけ。
『どうしたの? こっちへ来て』
私の気持ちが通じたらしく、ユニコーンは側にやってきて、頭を擦り寄せてきた。
たてがみに飛んだ噴水の水がしぶきが、朝日にキラキラと光っている。
『国王陛下の守護聖獣なんでしょう。ずっとこの王国を守ってきたのね』
ユニコーンは、私のお腹にも、頭で優しく触れた。
『そうよ。ここにも貴方のお友達がいるの。カルの子供よ。この王国の子』
黒毛の子が嬉しそうに嘶くと、どこからか蹄の音が聞こえた。森のほうから姿を現したのは、立派な翼を持つ真っ白なペガサスだった。
『すごい!素敵だわ。なんて綺麗なの。貴方もあの森に住んでいるのね?』
ペガサスはゆっくりとこちらに近づくと、私のお腹のあたりに顔をつけて、小さく身震いした。
その途端、急に体が軽くなって、頭がスッキリした気がした。
『この子の守護になってくれるの?ありがとう!嬉しいわ』
私が頭を撫でると、真っ白なペガサスは嬉しそうに、手に頭を擦り付けてきた。
優しい子。私のつわりを楽にしてくれたんだ。
『カルは?カルの守護はどこ?やっぱり、貴方たちのお友達がなってくれるの?』
神馬たちは答えることなく、黙って頭を垂れた。
え、どういう意味?カルには守護がいないの?王位についた国王には、みんな守護が得られるって聞いたのに。
『教えて。どうしてカルの守護がいないの?知っているんでしょう』
二頭の馬は小さく嘶いたと思うと、その姿を普通の馬に変えた。黒毛の子と鹿毛の子。
そして、その潤んだ目を何度も瞬かせた。露に濡れた瞳は、まるで泣いているようだった。
二頭は首をうなだれたまま、森のほうへ向かってゆっくりと歩きだした。
『待って、行かないで!カルが、カルは危ないの?』
あの森は王宮にもつながっている。去っていく彼らを追いかけたいのに、足が全く動かない。
待って、私をカルのところに連れて行って!置いていかないで!
「アリシア!大丈夫か? しっかりしろ!」
ニコ兄の声で、私は目を開けた。ベッドの上だった。ニコ兄が心配そうに覗き込んでいる。
「お兄様、どうしたんですか?」
「すごくうなされていたぞ。悪い夢でも見たのか」
「夢? 私は寝てたんですか?」
「ああ、もう朝だ。起きて、何か食べられるか?」
そのとき、私のお腹がぐうっと鳴った。
え、うそ。ここのところ、ずっとお腹が空くってことさえなかったのに!
「ははは。心配して損したな。隣の部屋に朝食を用意してあるから、一緒に食べよう」
「あの、吐いてしまうかもしれないので、一人で食べたいです」
食事中に吐かれたら、誰だっていやだろう。もらいゲロというのもあるし、ニコ兄には別の場所で食べてもらったほうがいい。
「気にしなくていいよ。支度ができたら、出ておいで」
ニコ兄がそう言うので、私は軽くシャワーを浴びた後で、シンプルな白いワンピースに着替えた。
部屋のクローゼットには、私のサイズぴったりの服が、何着もかかっていた。
夢見が悪かったのに、今日はとても気分がいい。吐き気も胃の痛みもない。ゆっくり眠れたらしく、とてもすっきりしていて頭痛もしない。
「へえ。ある日、急につわりは消えるって、本当だったんだな。それとも、母親の自覚かい?」
モリモリと朝食を食べる私を見て、ニコ兄はものすごく驚いていた。
実際、私だって驚いている。妊娠前だって、こんなに食べたことはない。赤ちゃんと二人分も食べているみたいだ。
「不思議なんですけど、なんでもすごく美味しく感じるんです。赤ちゃんは食いしん坊なのかしら?」
私は、まだぺったんこのお腹を撫でた。
あれ、そういえば、夢の中でペガサスがつわりを消してくれたな。もしかして、そのおかげ?え、やだ、まさかね。だってあれは夢。
でも、なんだろう。胸がドキドキする。私、何か大切なことを見落としている。
どんな夢を見たんだっけ。お兄様は、私がうなされていたと。なんでうなされていたんだっけ?
「お兄様、夢って覚えてます?」
「夢?そうだなあ、起きたら忘れてしまうかな。夢と現実の区別がつかなくなったら、それは精神的に少し病んでいるかもしれないね。大丈夫かい?」
「はい。夢の内容を思い出せなくて」
「それは普通じゃないかな。それより、食べたら出発しよう。目立たないように、森を抜けて隣国へ入る。昼には援軍と合流できるよ」
「どなたが、軍を動かしてくださったんですか?」
「うーん。国王軍だから、所有者はカルロスの従兄殿だね。実際に来てくれたのは……私の恋人かな。夏にちょっとね」
あ、適当に寝てみたって言ってた王女様か。お兄様、そんな方法でコネを作っているとか、いつか刺されるわ。恐ろしい。
着の身着のままで学園を出てきたので、特に支度をするようなこともない。
白は目立つので、黒い服に着替えた。いざというときに走れるように、キュロットパンツ。
これは、うーん、キュロットというか、もんぺかもしれない。ブーツの上でキュッと締めてあるから、そんな感じに見える。レトロだ。
私は一人で馬には乗れないけど、一応は乗馬服だ。
「ごめんなさい。乗馬の練習をしておくべきでした」
「役得だな。アリシアを抱っこするなんて、子供の頃以来だ」
「抱っこじゃないでしょ。単なる相乗りです」
お兄様はなぜか楽しそうだけれど、王女様が見たら怒るんじゃないの?カルを助けてもらうんだから、王女様の心証を悪くしたら大変だ。合流地点に近くなったら、従者さんの馬のほうに乗り換えよう。
私の体を気遣ってか、馬は強歩くらいのスピードだ。
あの街は本当に国境だったんだ。たぶん、もうすぐ国を出る。そう思ったとき、前方から水音が聞こえた。
緩やかな傾斜の下方に、キラキラと光を反射する水が見える。その光に、何かを思い出しかけた気がした。
「アリシア、あの川が国境だ」
今、危機に陥っているこの国を出て、治安がいい他国で、母子ともに保護してもらう。
それが、私がしなくちゃいけないこと。私が、カルのためにできる、唯一のこと。
そう思おうとするのに、どうしても気持ちがついていかない。
この国から去ってしまっていいの?このまま私だけ、安全なところに逃げてしまっていいの?本当に?
「めずらしいな、野生の馬だ」
川を半分くらい渡ったところで、ニコ兄が後ろを振り返っていった。なにげなくそっちの方向を見て、私は驚きで心臓が止まるかと思った。
川岸で私たちを見送っていたのは、黒毛の子。そして、夢の中で会った鹿毛の子だった。
川の水しぶきがたてがみで粒になって、キラキラと輝いている。夢と同じに潤んだ目を瞬かせて、ただジッと私のほうを見ていた。
「……お兄様、私、王都へ戻ります」
「アリシア?何を言ってるんだ?」
「ごめんなさい。援軍のこと、よろしくお願いします」
ニコ兄の返事も聞かずに、私は馬から飛び降りた。そんな私の突然の行動に驚いたのか、ニコ兄を乗せた馬は対岸へと全速力で走り出し、他の馬たちもそれに追随した。
私はそれを後ろ手に見て、もと来た道に続く川岸へ、あの子たちが待っている場所へと走った。
ちょっと待って!今、行くから。私を連れていって!
「アリシアっ!戻れっ!」
「お兄様!カルを助けに行きます。見逃して!」
私がそう叫ぶと、鹿毛の子が走り寄ってきて、私が乗れるように体をかがめた。
急いでその背にまたがると、馬に乗れなかったはずなのに、まるで自分が馬の一部になったような不思議な感覚がした。鞍も手綱もいらない。ただ、乗っているだけで、私はこの子と一緒に走れる。
「お願い。王宮へ私を連れて行って!カルを助けるの。この子の父親よ。私の大切な人なの」
鹿毛の子は高く嘶くと、銀色の光を放った。そして、その姿は夢の中で見た、美しい純白のペガサスになった。
そうか。空を行けば、まだ間に合うんだ!
神馬はそのまま空に舞い上がった。驚いて固まっているニコ兄たちに手を振って、私はそのまま王都へと空を駆ける。
「ありがとう。私を迎えに来てくれて。夢に出てきてくれて。大事なことを教えてくれて。ありがとう! 」
あの夢は警告だった。守護がいない国王はいない。あのままだったら、カルは王位に就かない。たぶん、就けない。それは、カルの命に危険が迫っているということ。
カルは生きなくちゃいけない。この国のために。多くの国民の命を守るために。この国を戦火で滅ぼさないために。
金儲けなんかのために、この国を軍事で制圧なんてさせてはいけないんだ。
私は大聖女。必ずこの国を守ってみせる。きっとそれこそが、私がこの世界にチートを授かって転生した理由。私が生まれ変わった意味。
だから、私は王宮へ行く。私の使命を果たすために。今、このときのために、私はこの世界に生を受けたんだから。
ペガサスはまるで疾風のように、王都へ向かって大空を羽ばたいていった。




