26. 執事の情事
「おや、聖女さんじゃないか。なかなかエロチックな格好をしてるね」
「先生こそ。似合い過ぎてて、逆に笑えますよ」
「だろう? 聖女さんのお手伝いをしようと思ってね」
「ああ、メイド喫茶の。執事ですか? サービス過多ですね」
養護教諭保健医は執事、私はメイドのコスチュームに身を包んでいる。更衣室で着替えてから、教室に向かっているところだ。
こんな格好で、並んでいるお客さんを横を通るのはかなり恥ずかしいけれど、他に教室に行く方法がないんだからしょうがない。
創立祭で上級生クラスはみな模擬店を出す。うちは女クラなので、当然メイドオンリー喫茶。
それでは男子しか来ないので、養護教諭に助っ人をお願いしたらしい。確かに美形執事は女子寄せにいい。
それにしても、日本のメイド服って時代考証めちゃくちゃ!これメイドじゃないよ。メイドさんがこんなに胸を強調する意味なし!
これはドイツのババーリア地方の民族衣装。ミュンヘンのオクトーバーフェストでは、こういう衣装を着てクラフトビールを売るのよ!
「開店前なのにすごい列だね。聖女さん、大人気だ」
「先生が目当てなんじゃありません? なんでも、徹夜で並んだ人もいるとか」
「いやあ、君だろう。ほら、見てごらん」
列の先頭が見えてきて、私は思わず「ひっ」と声をあげてしまった。一番に並んでいるのは、カルとその側近のセバスチャン。
ちょっと、まさか、夜通し並んだんじゃないでしょうね?おじいちゃんまで引き連れて、それってありえないでしょう!
「カル!こんなところで何してんの?」
「見れば分かるだろ? メイド喫茶に並んでいるんだ」
「なんで?まさか徹夜したの?」
「なんでって、お前に会いに来たんだろ。一徹くらい、別に苦じゃない」
「そういう意味じゃなくてっ!第一王子がこんなことするって……」
「こうしないと、お前に会えないだろ」
「そ、そんなこと。同じ学園にいるんだから、いつでも普通に会えるじゃない」
「露骨に俺を避けてたろ。話もできないんじゃ、会えても意味がない」
「話なんてないでしょう」
「ある。なんで部屋に戻って来ないんだ?俺の何が気に食わないんだよ。教えてくれなきゃ、直せないだろ?」
「カ、カルのせいじゃないわよ。創立祭の準備で色々とやることが……」
「じゃあ、今夜からは戻ってくるんだな?」
「それは、その……」
どうしよう。こんな、みんながいる前でこんな風に聞いてくるなんて、反則だと思う!
「カルロス。聖女さんを困らすのは感心しないね。こんな公衆の面前で」
「先生は黙っていてください。これは俺とシアとの問題だ」
「それなら、こんな場所ではなくて、もっとプライベートなところで話すべきしょう」
「それができないから、こうしてここにいるんです」
「でしたら、それが聖女さんの答えでは?君とプライベートでは、一緒にいたくないんでしょう。つまり、振られたってことだ。男ならそれを潔く受け入れたらどうだ」
カルが黙ってしまった。違う、カルが嫌いなんじゃないの! 夜にサラちゃんと逢引するなら、私が近くにいると邪魔になると思っただけ。カルのお荷物になりたくなかったから。
「先生、やめてください。そうじゃないんです。殿下には何も非はありません。ちょっと、私が……」
「聖女さん、カルロスを拒絶するなら、みんなが見ている今がチャンスですよ」
「拒絶するなんて。私にそんな気はありません。そうじゃなくて……」
「シア、頼む。お前がいないとダメなんだ。少しでいい、話がしたい」
「でも、私、クラスの仕事が……」
今日は、一日中、メイド喫茶で接客をすることになっている。私が抜ければ、誰がかその穴を埋めなくちゃいけない。
「私が代わります!シア様、すぐに着替えに行きましょう!」
そう言ったのは、驚いたことにヒロインのサラちゃん!え、なんで?だって、私とカルを二人にするなんて、サラちゃんが一番嫌なことじゃないの?
何も言えないでいる私の手を、サラちゃんがグイグイと更衣室に引っ張っていく。振り返ると、先生もカルを、メイド喫茶の中へ引っぱりこんでいた。
「サラちゃん、あの、今日は、生徒会のお仕事はないの?」
「ええ、まだ入ったばかりですし。それに、私の目的は殿下ですから!今日は一日、殿下について回るつもりでした」
う。やっぱりそうなんだ。やっぱりサラちゃんはカルのことを。
「サラちゃん、それならやっぱり、私がメイドするよ。サラちゃんはカルと……」
「何を言ってるんですか、シア様。仲直りするチャンスですよ!ずっと見張っていましたけど、殿下は踊り子とは会っていません。きっと、何か誤解があるんです。きちんと話し合うべきですよ」
「え、見張りって……」
「私は、シアさまの味方です!絶対に、殿下を他の女なんかに渡しません。しっかり監視しておりますから、ご安心くださいね」
「サラちゃん、えーと、生徒会に入った理由って……」
「もちろん、シア様の間者ですわ!殿下が浮気できないように、逐一行動をチェックしてご報告します。でも、踊り子ってガセなんじゃないかしら?全く気配がないんですよ」
「な、なんでそんなことを?」
「シア様には恩があるんです。私の命を救っていただきました。母も聖なる力で癒やしていただいたんですよ。お陰様で、今も元気で働いています。だから、ささやかな恩返しのつもりです!」
命って何? でも、あれ?ヒロインは確か、天涯孤独だったような。両親を亡くして、孤児院で育ったんじゃなかったっけ?え、設定が変わってるの?
「あ、あの、サラちゃんはカルのことが好きなんじゃ?」
「は?殿下はシア様の婚約者ですよ。なぜ、私が好きになるんですか?」
「え、いや、婚約者がいる人を好きになるってことも……」
私がそう言うと、サラちゃんは私の手をギュッと握った。うーん、私たち、まだ着替えの途中なんだけどな。
下着姿ナイスバディのヒロインと大聖女の絡みって、これ、サービス・ショット?
「シア様、よっぽど殿下がお好きなんですね!分かりますわ。自分が好きな方は、世界中が好きになっちゃうと思う乙女心。ピュアですね!」
はい? どういうこと?サラちゃんはカルに興味がないってこと?じゃあ、ヒロインの攻略対象に選ばれたのは、カルじゃなかったの?
「あ、うん。そうね。そうかな。カルは素敵だと思うの。だから、サラちゃんも好きになっちゃうかなって」
「シア様、誰が殿下を好きになったところで、殿下は見向きもしませんよ。このところの殿下、失敗ばかりで目も当てられませんでした。シア様のことを考えてたんでしょうね」
「カルが……」
私のことを考えてくれてたの?サラちゃんと仲良くしてたんじゃなくて、私のことを気にかけてくれてたの?本当に私の帰りを待っていてくれたの?
サラちゃんがハンカチを渡してくれたので、私はそれで涙を拭いた。気が付かないうちに、私は泣いていたようだ。だって、嬉しくて。
カルとサラちゃんは恋に落ちていないんだ! カルはまだ、私のことを好きでいてくれている!
制服に着替えて教室に戻ると、なぜかニナにテラス席に案内された。そこにはカルがいるんだと思ったのに、その席には誰も座っていなかった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
注文を取りにきた執事を見て、私は口をぽかんと開けたまま、固まってしまった。それは、執事服に身を包んだカルだったから。
「カル!なんで働いてるの?」
「先生が、せっかくだから手伝っていけって」
「ええっ!だって、カルが執事って……」
「結構、似合ってるだろ」
「似合ってるけど、でも、設定的にありえないでしょ!」
やだ、どうしよう。第一王子を召使いにするなんて、うちのクラス、不敬罪で逮捕されちゃう?
オロオロする私に、カルは惚れ惚れするような笑顔で答えた。カッコよすぎる!
「なんで?俺はいつでもシアの奴隷だよ。お姫様がいないと、生きていけないんだ」
カルは私の手をとって、その甲にキスをした。歯が浮くようなセリフが、キ、キザっ!
なのに、周囲から「ほうっ」っというため息が聞こえた気がした。うん、気持ち分かる。すっごいキマってたもんね。
「やめてよ、こんなところで。は、恥ずかしいじゃない!」
「じゃあ、場所を移そう!お嬢様、ご無礼をお許しください」
カルはそう言うと、執事としてのお辞儀をしてから、私を軽々と抱き上げた。執事に抱かれる女子高生。どこの漫画の世界だ!
案の定、周囲から「きゃああ」という悲鳴が聞こえた。これじゃ、ますます恥ずかしい。
「カル、恥ずかしいよ」
「気になるなら、顔隠しておけよ」
そう言われて、私は両手で顔を覆った。どうして、こんなことに。羞恥プレイだよ。創立祭のイベント総かっさらいのゴシップだよ!
カルに連れていかれたのは、もちろん学園の一角にあるカルの部屋だった。ここは王族用の一般立ち入り禁止区域で、創立祭だというのにひっそりしていた。
そして、その誰からも邪魔の入らない空間で、私はカルにめちゃくちゃに愛された。話したいと言ったくせに、あれってボディ・ランゲージでって意味だったの?
それでも、私はカルを拒まなかったし、抵抗する気もなかった。だって、カルはヒロインじゃなくて、私を求めている。私を愛してくれている!
夜会のドレスのために、見える位置には印を付けないでくれたけど、こんなことの後で公式の場に出るのは気まずい。なんかバレる気がする。
カーテンの隙間から指す夕日の眩しさに目を細めながら、どうやったら夜会をサボれるか……と、私はそればかり考えていた。




