25. ヒロイン参上 (カルの視点)
「殿下、お人払いを。お話したいことがあります」
ニナか。そろそろ来る頃だと思っていたけれど、思った以上に鬼気迫っている。嫌な予感しかしない。
創立祭準備で騒然としていた生徒会室が、水を打ったように静かになった。
「急ぎ? 今、ちょっと、立て込んでいるんだけど」
「アリシア様のことです」
ニナの返事を聞いて、周囲は急に忙しそうに働くフリを始めた。興味津々なのが丸分かりだ。
「うん。シアがどうかした?」
「とぼけないでください。踊り子のこと、シアはどう言ってるんです?」
みなの手が止まった。その噂は聞いているが、面と向かって言及してきた者はいない。さすがニナはシアの親友だけある。
「そのことなら、シアは納得している」
「公認の愛人ってことですか」
愛人もなにも、相手はシア自身だ。だが、それを公表する気はないし、俺に他に意中の女がいると思わせるのは、悪くない。俺を害したい輩が、シアを狙う確率が下がる。
「いや、そうじゃない。噂が全てじゃないと知っているんだ」
「噂がどうとかじゃないんですよ!問題はシアの気持ちです」
「……シアは、何か言っているのか?」
「踊り子が妊娠したら、自分は修道院に行くと」
生徒会室が凍りついた。まずい。これは非常にまずい。この話の流れは、ゴシップ好きの学園では、格好の餌食だ。
「ニナ、ちょっと待って。みな、席を外してくれ。この件、口外しないように」
そうは言っても、どうせすぐに噂は広まる。この学園の人間は、シアの熱烈なファンばかり。そのシアを修道院に行かせるような俺に、一体どんな報復が来るか。今から頭が痛い。
みなが頭を下げてから出ていくのを待ってから、俺はニナを振り返った。案の定、ニヤニヤと笑っている。
……さっきのは、迫真の演技か。
「で、ニナ。どういうつもりなんだ?」
「ただの報告です。シアは、妊娠したらこっそり修道院に行って、そこで子供を産んで、市井で隠れて暮らすそうです」
「なんでそんな話に。シアの様子は?」
「ものすごく楽しみにしてますね。図書館から児童心理学の本も借りてました。おそらく、子育ての参考にしたいんだと」
「まさか、子どもができたのか?」
「まだみたいですけど、殿下にはお心当たりがありますよね?」
ある。それはある。いや、実際は心待ちにしているくらいだけれど、健闘むなしく今のところは負けが込んでいる状況だ。
なんでだろう。まだ努力が足りないのか?
「意味が分からないんだが。なんで修道院なんだ?シアの子は俺の子だ。王位継承権が発生する。王宮以外での出産は不可能だ。第一、父親の俺はどうなるんだ 」
「だから、シアはこっそり逃げるつもりなんですよ。シングルマザーになる気です」
またか! 純潔を奪って神殿行きを阻止できたと思ったら、体調不良を理由にサナトリウムに行きたいと言うし、今度は身重で修道院行きを画策する。
なぜなんだ。どうしていつも、シアは俺から去ることばかり考えるんだ。
「とにかく、気をつけてください。うかつに孕ませたら、シアに逃げられますよ。聖女を匿って隠したい人なんか、それこそ星の数ほどいるんですから。あの子が本気になったら、殿下でもお手上げです」
「……分かった」
「とにかく、これで学園中がシアを見張ってくれます。みんな、シアをどこにも行かせたくないですから」
「俺とのことは、シアから聞いたのか」
「いいえ。シアの支離滅裂な話から推測しました。殿下の踊り子はシアで、とうとう恋人関係になったんだなあと」
「ああ、なんとか。ようやく、と言ったところだ」
「ですね。シアも嬉しそうですよ。特に最近、胸が大きくなったって喜んでました。殿下のお手柄でしょ」
うん。まあ、そうだな。その辺は抜かりない。
それにしても、俺だって本当に嬉しいんだ。学園では節度を守るという約束で、寝室は別にすることになった。
それでも、週末の巡業の後は、王宮でガッツリ愛し合っている。シアに愛されていると、俺は自負している!
「あいつは、昔から家族に憧れてる。早く結婚して俺の家族にしたいのに、それは卒業まで待ってほしいと言うんだ。ニナは、その理由聞いてるか?」
「そこが、よく分からないんですよ。卒業パーティーで婚約破棄されるとか、ヒロインがどうとか。もしかして、ご神託とか?」
「神託……」
「ええ。婚約破棄しないと、天罰が下るとか」
バカなことを。なんで大聖女に罰が下るんだ。シアは誰よりも熱心に聖女としての責務を果たしているし、むしろ神に魅入られて奪われてしまわないかと、心配になるくらいなのに。
「とにかく、シアから目を離さないでくれ。俺もできるだけ側にいるから」
「殿下も大変ですねえ。これじゃ、本当に浮気なんてできないでしょうね」
「シア以外には興味ない」
「ああ、そうですね。ほんと、不思議なカップルだわ」
ニナが帰った後、生徒会のみなは、誰一人として俺と口をきかなかった。針の筵とはまさにこのことだ。
俺は悪いことはしていない。いや、シアに悪さはしていると思うが。
だが、それより辛いのは、シアがまた俺を捨てることを考えているという事実だ。泣きっ面に蜂とはこれか。どうして、俺から離れよう離れようとするんだ。
「殿下、ちょっとよろしいでしょうか」
放課後の廊下で俺を呼び止めたのは、主席入学の新入生。たしか、サラ・オーランドとか言ったか。シアと同じように、この学園では珍しい髪の色をしている。目立つ存在だ。
「オーランド嬢。何かありましたか」
「あの、以前にいただいたお話なんですが、生徒会の」
「ああ、会員へのスカウトの話ですか」
「はい。あのお話、まだ有効でしょうか」
彼女は一年生の首席だ。周囲の評判もいいし、本人の気質も悪くない。次期会長候補とするには癖がなさすぎるかもしれないが、優秀な人材を生徒会に置くのは重要だ。今の生徒会には、次期を託せるようなカリスマ性のある人物はいない。
「もちろんです。人手も足りないですし、あなたが手伝ってくれるなら助かります」
「よかった!いつから入会できますか?」
「あなたの都合のいいときからで。公示だけは、明日にでも出しましょう」
「では、今からでいいでしょうか」
「今は創立祭の準備で、仕事が立て込んでいます。あなたが来ても、仕事を教えている時間がない。雑用になってしまうかもしれませんが」
「いいんです!なるべく早く生徒会に慣れたいので」
不思議だな。入学当初に勧誘したときは、興味がないとあっさり断られたのに。どうして今になって……。
「そうですか。では、お願いしようか」
「はい。殿下のお役に立てるよう、頑張ります」
「それはありがとう。期待しているよ」
「はい。私がお側で殿下をお守りします。どなたも近づけないように」
え?この子は今、なんと言った? そう思って立ち止まると、オーランド嬢が僕の手をぎゅっと握った。
「ご覚悟ください。殿下を愛人たちのところになんか、絶対に行かせませんから!」
は?それは一体どういう……。
「サラちゃん?」
オーランド嬢は、その声にハッとして、握っていた手を離した。振り返ると、そこにはシアとニナが立っていた。
シアはまるで幽霊を見たみたいに呆然と立ち尽くしていて、ニナはものすごい目つきで睨んでくる。
なんだなんだ、何がどうなったんだ。
「シア様、今、殿下に確認していたのですが、保健委員を辞めて、生徒会に入ることになりました。ご承認をお願いできますか?」
「あ、ええ、そう……なの。元々、生徒会に誘われていたものね。残念だけれど、しょうがないわ。今までありがとう。生徒会でも頑張ってね」
「はい!殿下の元でしっかり仕事を覚えますので、大丈夫です」
「うん。カル、サラちゃんをよろしくね。色々と教えてあげて」
「ああ、そのつもりだ。それより、シア、部屋へ戻るのか?それなら、一緒に」
「……今日は、ニナに相談があって。寮の彼女の部屋に泊まろうと思っています」
ニナのほうを見ると、なぜか害虫を見るような目をされた。
「シアは、私がお預かりしますわ! 殿下は、お忙しそうですからっ」
ニナはそう言うと、シアの肩を抱いて、さっさと寮のほうへ歩いていってしまった。
なんだかあまりに唐突で、うまく状況が飲み込めていない。
「殿下、これから生徒会室に伺ってもいいでしょうか。まだ、みなさん残っていらっしゃるでしょう?」
「ああ、うん。そうだね。じゃあ、行こうか」
シアのことは気になったけれど、ニナがいれば大丈夫だろう。そう思って、俺は生徒会室に引き返した。
そして、それは結果として大失敗となった。
その日以来、シアは部屋には戻ってこなくなった。表向きには、ニナと創立祭の準備をするからだと言っていたけれど、たぶん違う。
その証拠に、その週末の巡業の後、シアは疲れたからと言って、別室に籠ってしまった。
シアは一体、何を怒っているんだ? 全く分からない。俺が何をしたと言うんだ。
一晩中考えたが、答えは出なかった。そうして俺は、一人寂しく眠れない夜を過ごしたのだった。




