24. ミッション・インポッシブル
森で私たちを襲った男たちは単にお金で雇われていたらしい。依頼人の手がかりはない。だから、あの事件に関しては、まだ未解決だった。
そういう諸々の事情を鑑みて、私は全快するまで学園をサボることになった。やむを得ないとはいえ、元気なのにサボりとは、いかがなものか。
しかも、その間は引きこもって、カルとイチャイチャ……じゃなくて、『悪役令嬢作戦』を実施している。傍から見れば、まさに不良少女の素行だ。
いやいや、私もカルも、いつも週末に巡業というサービス残業をしてる。これは代休だと思おう!
学生の仕事は勉強だけど、それでも業務と合せて週休半日とか、王子も聖女もブラックな職業。過労死するかもしれない!
とにかく一週間、私は作戦を遂行した。さすがにそのくらい続けば、カルもうんざりするだろうと思ったのに、敵もさるもの。非常に手強い!
でろんでろんに甘やかされて、新婚さんみたいな生活を送れば、さすがに私も焦ってくる。
こんなのに慣れてしまったら、私のほうがヤバいでしょ。カルのいない生活では満足できなくなってしまったら大変だ!
残念だけど、認めるしかない。『悪役令嬢作戦』は失敗。このミッションは不可能だ。
「いいかげん、学園に戻ろ。学生の本分は勉強なんだから。もうサボるの嫌!」
これは作戦でもなんでもなく、ただの正当な意見だ。なのに、なぜかカルを非常に不機嫌にさせた。
はあ?なんで、ここで不快になるわけ?私にこき使われる生活から、解放されるんだよ?ここは喜ぶところだし、普通に考えてこんな自堕落な生活はダメでしょ!
「条件がある。引き続き俺の部屋で一緒に生活すること。俺が側にいないときは、騎士を護衛につける」
「騎士はいいけど、部屋は分けようよ。特に寝室は! 学園では節度を持って行動したいし。カルだって王族なんだから、乱れた生活をしてちゃだめでしょう。国民の模範なんだから」
「模範ねえ。もう手遅れ感あるけど。まあ、それじゃ、別室を用意して体裁だけは整えてやる。あんま意味ないと思うけど」
どういう意味かは、深く考えないようにしよう。
とにかく、すごく良心が痛むけれど、対外的には私は乙女のままだと嘘をつくしかない。
これって詐称罪なのかな?でも、どこの世界に『済』って公言する女性がいるんだ!いないよね。
そうと決まったら、さっさと学園に戻りたかったのに、非常に面倒な隠蔽工作が必要だった。
なんせ、私は正神殿に籠っていたことになっているので、離宮からいきなり学園に帰るのはダメだと。
夜にひっそり離宮を抜けて、カルに実家へと送ってもらった。カルはそのまま学園に戻り、後日改めて私を迎えにくるという。
父は他国に大使として赴いているので、実家にはわずかな使用人しかいないはずだった。なのに、屋敷には多くの女性が派遣されていた。
使用人を装っているけれど、騎士だと思う。動きが違う。
そして、私を迎えてくれたのは、カルの側近のセバスチャンだ。こんな時間までおじいちゃんを働かせるとか、カルってブラック上司なんじゃ?
「アリシア様、おかえりなさいませ。殿下の命にて、一時的に、このお屋敷を預からせていただきました。すべては私にお任せください」
「おじい……いえ、セバスチャン、よろしくお願いします」
「おじいちゃんで結構ですよ。昔はずっとそう呼んでおりましたよね」
「う、ごめんなさい。あの頃は幼くて、よく分かってなかったから」
「いえいえ。あんなに小さかったアリシア様が、今では立派な大人の女性になられて。私としても感無量でございます」
立派な大人の女性なんだろうか? 確かに、女にはなった。でも立派じゃないし、むしろ堕落した大人だ。
おじいちゃんには、色々とバレてるんだろうな。結構、恥ずかしいかも。
それにしても、おじいちゃん以外は女性ばかり。もちろん、みなさんプロなので、私に敬意は払うけれど、余計な詮索はしない。
それでも、正神殿帰りで全身キスマークというのはまずいので、カルが付けた印はみんな、入浴前に癒やしの力で消した。
この力は便利だけど、こんなことに使うとか、本当に神への冒涜!これが、いわゆる聖職者の腐敗ってやつか。
免罪符だっけ。あれ、私も買うかな。いくらなんだろ。高そうだなあ。
ずっとカルと一緒にだったので、一人の夜は落ち着かない。カルも同じかなと思ったけれど、まあ、そうでもないか。
今夜は、馴染みの女性を後宮に呼んでいるのかもしれない。離宮にもパラドールにも女物の衣服がキッチリ揃えてあったし、後宮なら尚更だろう。
男なんてそんなもんよね。考えるとモヤモヤするし、もう寝てしまおう!
そして、翌朝にはカルが従者を引き連れて、もう屋敷に私を迎えにきた。なんだか、異常に仰々しいのだけど。
とりあえず、ドレスの両端をつまんで、膝をついて深くお辞儀をすると、カルが急いで私の手を取って、ゆっくりと立たせてくれた。そして、手の甲に軽くキスをした。
おお!時と場所をわきまえた、紳士の振る舞いじゃないか!この調子なら、うまく騙せるかもしれない。
「愛しの婚約者殿。お会いしたかった」
「私もですわ。長く留守にして、申し訳ありませんでした」
「いえ、そんなことは……」
なぜか、周囲のカルを見る目が厳しい。え、何これ、相手は王子様ですよ? ちょっと勤務態度、悪くない?
まさか、昨夜は本当にお楽しみだったのかな?婚約者のいない夜に堂々と浮気とか、上等じゃんって視線?
あー、でも、ヒロインだったらしょうがないよ?いやいや、サラちゃんは結婚まで一線は超えないよなあ。乙女ゲームのヒロインだしさ。
「私のいない間に、殿下にはお心変わりがおありでしょうか」
「そんなことはありません! 私の心は、貴方に捧げております」
ふーん、心ね。そういうことか。つまり、操は立ててないってこと。ふーん、そうなの。
周囲がハラハラとした感じで、私たちのほうを見守っていた。ははん、みなも昨夜のカルの行状を知ってるってことだ。有罪確定だな。
「殿下の婚約者など、私には過ぎたお役目。他に気に入った方がいれば、お連れくださいませ。婚約はいつでも解消いたします」
それを聞いて、カルは握っていた私の手をぐっと引いて、私を自分のほうに引き寄せた。そして、耳元に口を寄せて、人に聞こえないようにこう言った。
「悪ふざけが過ぎるぞ。今夜はお仕置きだ。覚悟しろよ」
カルの言葉に真っ赤になった私を、周囲は何だか気の毒そうな目で見ていた。これはどういう反応なんだろう?
そのみなさんの不審な行動の理由は、学園に戻ってからあっさり判明した。
どうやら、カルには特定の愛人がいるらしい。
それは妖艶な黒髪の踊り子らしく、ハーフタイム休暇に入る前から、彼女が出る店に通いっぱなしだったとか。
あのタブラオのことかな?そういえば、あの踊り子のお姉さん、妖艶な美女だったな。豊満な肉体で! 確かにカルの好みだ。
そして、その事実を知った大聖女は、婚約者の不実に心を痛めて、休暇を使って正神殿へ祈りに行ったらしい。婚約者の心が自分に戻るようにと。
は? なにそれ、バリバリ私欲じゃ?伊勢神宮だって、個人的なお願いはNGなんだよ。神殿もしかりだよ。
しかも、そんな殊勝な婚約者である大聖女の留守を利用して、殿下は愛人と離宮で濃厚な逢瀬を楽しんだらしい。昼夜問わず、浴室や寝室から睦言が漏れ聞こえて……。
ぎゃあー、やーめーてー!誰が聞いてたんだよぉ。ばかぁ! えっちぃ!盗み聞き反対!
防音だから大丈夫だって言ったのに、カルの嘘つきっ! しっかり外に聞こえてるじゃんか!
恥ずかしくって消えたい。もう、絶対に修道院に行くしかない! じゃないと、羞恥で悶え死ぬ!
「ねえ、ニナ。子作りってどう思う?」
私の言葉を聞いて、ニナはブーっと吹き出した。そりゃそうだ。お子ちゃまには、こういう話は刺激が強すぎるもの。ごめんね、あんたより先に大人になっちゃって。うふふふん。
なんとか赤点を免れた試験が終了して、今週はもう創立祭の準備期間。夏休みまで授業はない。
つまりは文化祭。まんま日本。青春万歳。
私たちはクラスの模擬店で使う、メイド喫茶用の衣装を縫っていた。教室は装飾準備で使用不可なので、廊下に椅子を出して座っている。
いつものように、護衛騎士様たちが、付かず離れずの距離に待機している。お疲れ様です。
そして、いわゆる後夜祭が、ヒロインとカルがダンスを踊る予定の夜会イベント。ああ、前世のフォークダンスを思い出す!
「シア、落ち着いてよ。殿下の愛人のこと、気にしてるの?」
「うん、まあね。妊娠しないなあって」
「避妊してるんだってば! 当然よ」
「してないよ。だから、できるはずなの」
「ちょっ! 嘘でしょ? あいつ鬼畜っ」
「ねえ、私、修道院に行こうと思ってるんだ」
「は?なんでシアが修道院なのよ」
「ひっそりと隠れて暮らすにはどこがいいか、今調べてるの。心当たりある?」
ニナはしばらく黙って、私の話を聞いていた。そして、急に立ち上がると、仕事を放ったらかしてどこかへ消えてしまった。
まだまだ縫い物あるのに、困った友達だよね。私はお腹に手を当てて、いるかもしれない赤ちゃんに向かってそう言った。
やばい。メンタルに来たかも?しかし、想像妊娠って本当にあるのかなあと、私はぼーっと考えていた。




