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一番厳しいとき。
炎の中で家族と自分の『存在理由』を失ってしまったとき。
瑞穂は思わず震えながら唇を押さえた。その指の感触に、救急車の中で触れた晃久の指の感覚がよみがえり重なっていく。
炎の中で自分を失い、炎の中で自分を取り戻した。それが今回の『旅』の真実の目的だったのだ。そして、それを助けたのは幼い自分の一言だった。
過去から延ばされた小さな手が、瑞穂と境谷を引き寄せ、晃久を巡り合わせた。
(違う、違う)
瑞穂は首を振った。
(境谷さん、あなたは確かに間に合った、それこそ、あたしの『一番厳しいとき』に)
「境谷さん…」
「だから、今私があなたのために働くのは、いたって自然なこと、私にとっては何より大切なことなんですよ」
境谷は顔を上げて、にっこりとほほ笑んだ。瑞穂の言えないことばをも受け止めるように、
「私に、あなたを手伝う機会を下さった」
「そ、れって」
瑞穂は思わずこぼれた涙を手の甲でふいた。
「なんだか、うれしいんだか、悲しいんだか。すみません、あれからなんか、泣き虫になってるんです、あたし」
「もう一つ、お礼を言わねばならないことがあるんです」
境谷はもう一度生真面目な顔になった。
「遠山三津子は旧姓、境谷三津子です」
「え?」
瑞穂の頭にその内容が染み込むのには時間がかかった。
「ええ、私の妹なんです。震災の後離れて暮らしていたんですが。でも、この街へ来て気がついて、会いに行こうかどうしようか、私はずいぶん迷っていたんです。何せ、目のことがありましたからね。でも、今回のことが起こって、私は妹と再会できた。『グリーン・アイズ』と妹から、すべてのことを聞きました。私は本当に、あなたに助けられどおしだったというわけですよ」
一区切りして、
「だから、鷹栖さん」
境谷はあまりのことにあっけにとられている瑞穂に、もう一度、今度は少しおどけた顔でほほ笑みかけた。
「どうかこれからもよろしくお願いしますね、『エターナル・カンパニー』は、あなたの力を必要としているんですから」
瑞穂は境谷との話をすませると、いつもの服に着替えて席についた。
とりあえずは夏物にしました、と境谷が薄い上下に変えてくれたが、確かに真夏になるといささかうっとうしくなるだろう。
「みなさあん、よろしいですかあ!」
境谷の声がマイクから響く。
「今晩もよろしくお願いしまあす」
二人しかいない占い師に、みなさん、もないだろうけど、マイクの向こうで境谷はいつものようにくすくす楽しげに笑っているに違いない。
「あの、いいかな。予約はしたよ」
カーテンの向こうから響いた声に瑞穂はあわてて顔を上げた。
(今の声は)
「どうぞ、えと…高樹さん」
『グリーン・アイズ』と言いかけて、危うくことばを変える。
カーテンを払って、今日は黒髪の晃久が入って来た。一瞬、どこかまぶしそうな目で瑞穂を見ると、どか、と乱暴に腰を下ろす。
「何を占いますか?」
「言わなくちゃわからないのか? 僕はわかるよ」
晃久は肩をすくめて挑発した。
(やっぱりかわいい)
「では、この紙にあなたの問題を書いてください」
くすくす笑い出しそうなのを我慢して、瑞穂はテーブルの上を示した。
晃久はふん、と鼻を鳴らすと、意外に真面目な表情でサインペンを取って、今度は勢いよく紙に走らせた。
「これが僕にとって、今の最大の問題。とっても難しい相手なんだ。扱いあぐねるけど何より大事だ」
書き上げると、挑むように瑞穂の前に突き出す。
瑞穂は無言でそれを見つめた。
『気配』は動かない。
「長部が捕まったのは知ってる。あんたが長部にまだ魅かれてるのも知ってる。けど、あんたが死ぬような目にあうのは、もう、金輪際まっぴらだ。だから、そのために僕は何をしたらいいのか教えてほしい」
紙には『鷹栖瑞穂』と書かれている。
黙ったままの瑞穂に、ちら、と目を上げた晃久は瑞穂の様子にぎょっとしてうろたえた顔になった。
「瑞穂? え、おい?」
瑞穂は答えない。答えられない。
晃久はためらい、唇を噛んだ。
それからそっと、心を決めたように天を仰ぎ、瑞穂のベールを持ち上げた。軽く目を伏せ、瑞穂の頬に次々とこぼれ落ちる涙に静かに唇を寄せる。
瑞穂は目を閉じた。
聖なる誓いを交わすように涙を吸い取る晃久の唇を黙ってじっと受け止めた。
おわり




