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『みずほ……みずほぉ』
すすり泣く声が炎のごうごうという音に紛れて聞こえる。
『みずほ……どうして助けてくれなかった……どうして救ってくれなかった』
(ごめんね、みんな)
何度も夢で呼びかけてきたその声に、瑞穂は初めて答えを返した。
胸を締めつける切なさが、死を前にして死よりも強く、なおも呼吸を妨げる。
『おまえは力があったのに……優れた力が……未来を理解する力があったのに……化け物のような力があったのに……どうして救ってくれなかった……その力は何のためにあったんだあ』
(救いたかったんだ、本当に救いたかったんだよ)
ふと、ねじれた長部の暗い心を、それが映った虚ろな目を思い出した。
もし、瑞穂にもう少し長部の中に踏み込む勇気があったのなら、長部はあそこまで追い詰められずにすんだのだろうか。そして、その遠くの運命にある、とおるの死も防げたのだろうか。
それと同じように、瑞穂がほんの少し、あの夜、怒られても笑われても、たとえ化け物扱いされたとしても、家に電話をかけていたなら、家族の死は防げたのだろうか。
(ううん、わかってる、ほんとは。ほんと、ほんの少しだけは)
閃光のように、突然瑞穂はそのもっと奥にあるものを理解した。
あの電話をためらった一瞬、瑞穂が感じさえしなかった気持ちがあったことを。今の今まで、思い出さなかった、知らなかった気持ちがひそかに生きていたことを。
(あたしを受け入れてくれない家族なんていらない、と、あのときあたしは思ったんだ。だから電話をしなかった。最後の最後にあきらめた)
だから、炎の夢は瑞穂を苦しめた。
あまりにも『ひどい』考えだから。
瑞穂の能力は家族のせいではないのに、それを受け入れられない家族を恨み憎んでいる、自分の気持ちに気づきそうになってしまったから。
だから、感じなかったことにしてしまった気持ち、家族の死を望んだその気持ちは、巧みに罪悪感にすり替えられて、炎の夢を動かしていたのだ。
夢の炎を点火していたのは、他でもない、瑞穂自身だったのだ。
幸せに暮らしたかった。
笑って過ごしたかった。
自分の本当の姿を怯えずに受け入れて欲しかった。
瑞穂も長部もそしておそらく晃久も。
(けれど、それは果たせなかったから)
瑞穂は自分の絶望を、長部は自分の怒りを、晃久は自分の孤独を、それぞれ別のものでごまかし見ないふりをしたのだ。
ちょうど三津子があのバーガーショップでやっていたように。
今自分は大切なことをしてるはず、だから問題は見えないままに、いつか溶け去ってくれるはず。
そんな空しい期待を抱いて。
けれど、パンをちぎって幻の子どもに与えても、とおるはあの家でとっくに殺されてしまっていたのだ。
必要だったのは、自分の気持ちを認めること、それを押さえつけようとするものに立ち向かうこと、起こる結果を受け入れること。
ただ、それだけのこと。
(あたしには、それがなかった)
瑞穂は薄れる意識の中でぼんやり思った。
(あたしは確かに、あたしを受け入れてくれないあんな家族なんていらないって思った)
そう思ったとき、ふいに瑞穂はまたより深いところにある、別な気持ちが動くのを感じた。
(うん、確かにそうは思っていた。けど)
唇を噛む。襲ってきた激情が何なのか、霧が晴れるようにその意味がわかる。
(それでも、やっぱり、みんなに生きていてほしかった。そのために頑張れなかった自分が悲しかった。情けなかった)
ずっと忘れていた家族の笑顔を思い出した。父の笑い声と母の立ち働く様子、妹の飛びつく感触と祖母のいれるお茶の味を。
(あたしは、ずっと泣きたかったんだ、ずっとずっと泣きたかったんだ。もういなくなってしまった家族、最後まであたしを受け入れてくれなかった家族、けど、ほんとは失いたくなかった家族とあたしのために)
胸を押し上げて熱い塊が目からあふれた。




