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晃久に年の離れた弟が生まれたとたん、努力に支えられた愛情は自然と差し出される手に、見事なまでに打ち負かされる。
ささやかなことで、晃久は両親が必死に気を使っているのを感じた。弟に兄の力を気づかせまいとする努力、その恐れを晃久に気づかせまいとする努力。
重ねられる幾つもの努力、努力、努力。
そして、それがひどいストレスになっていることも。
特殊な力を持っている晃久を受け入れようとして受け入れかねて、父親は胃ガンになって入院したし、母親は精神安定剤が手放せなくなっている。
友達との仲が保てるようになったのは中学からだ。晃久が自分を巧みに押し殺して、眼鏡をかけるようになったときから。
無意識に自分に暗示をかけてみたこともある。眼鏡をかければ、人の心は読めなくなるんだ、などと。
もっとも、それはひどくささやかな悲しい抵抗にしか過ぎなくて、ついには物さえ買い与えれば納得して笑ってくれる、おねだり傾向一杯の女の子としか付き合えなかった。
そういう相手なら底が知れてる、心は物であふれてて、晃久の方だってはなからギブアンドテイク、期待せずにすむからだ。
大事だと真剣に思えば思うほど、無意識に晃久は相手の心を読み取ってしまう。読み取ってしまえば、好かれたいから、傷つけたくないから、晃久は相手の望む幻を見事なまでに代行してしまう。
そうして、晃久自身はどうしようもなく置き去られて、心の中では自殺を何度も繰り返す。
脱ぎ捨てる仮面におぼれそうになりながら、それでもつかめるものがいつもそれしかなくて。
『けど、あんたはそうじゃなかった』
晃久は繰り返し思い出す。
『あのとき、僕の力が飛び出しても、あんたを思いっきり罵倒しても、あんたは揺らがなかった。僕が死にそうなんだとわかってくれたのは、あんただけだ』
瑞穂の部屋を飛び出したのは、こぼれた涙を見られたくなかったからだ。
どう生きても、自分か人かを破滅に追いやるしかない晃久の未来を、瑞穂が守ってくれると言ったからだ。
『この人なら守ってくれると、その瞬間にわかって、ぼくはうれしかった。ただ、うれしかったんだ』
幼い声が一瞬晃久の声を奪って小さくかすかにつぶやいた。
『なのに、そのあんたは何をしてるんだ。何でそんな所にでかけるんだ。今度こそ、やばいってわかってるのに? どうしてそこにでかけていくんだ』
晃久の心は怒りと困惑で乱れている。
同じほど乱れた呼吸を、酸素を求めて喘ぐ体をなおも痛めつけるように速度を上げた次の瞬間、
『わあっ!』
晃久は悲鳴を上げてしゃがみこんだ。
激しい痛みが頭を突き抜け、すぐに幻のように消え去っていく。
『瑞穂…?』
晃久は震えながら立ち上がった。
周囲を流れて行く人間達にぼんやりと目を向け、きょろきょろと見回す。視線を合わせるまいと慌てて急ぎ足になる人波の中、晃久は立ちすくんでいる。
『うそ…だろ?』
のろのろと頭に手をやって呆然とした顔でつぶやくと、ゆるく首を振った。
『何も、感じない?』
みし、と近くのショーウィンドゥのガラスがたわんだ。まるで巨大で透明な鉄槌が、外側からガラスを内へと圧し曲げてでもいくように。
気づいた店員が不安そうな、続いて恐怖におびえた顔でショーウィンドゥからそろそろと店の奥に後退りする。
晃久はまだ気づかない。
自分の押さえそこねた力が、瑞穂を失う不安に注ぎ込まれて、周囲の空間に巨大な力を発生させているのに全く気づかない。
その背後から、いつの間に、そして何に気づいてやってきたのだろう、境谷のスーツ姿が近寄ってきている。晃久のパニック、そして周囲のたわんだガラスや、風も吹いていないのにがらがらと強風に吹き飛ばされてでもいるように転がっていく看板などを見回しながら、速度を上げて走り寄って来る。
『ウソだ、そんなの』
晃久の唇からこぼれた幼い声が不安な笑いを含んだ。笑い飛ばそうとゆがめた唇が意志を裏切って震えて凍る。髪の毛を、無意識にだろう、無骨な指が力いっぱい握りしめる。
晃久は気持ちを静めようとしたのだろう、大きく目を見開いて首を振った。だがそれははっきりと失敗する。荒い呼吸がなお乱れ、乱れた呼吸が気持ちをあおる。
唐突にこぼれた涙が臨界点だった。押さえようとした手が空をつかんで胸元に引き寄せ握りしめられる。何もつかめなかったその頼りなさに晃久の中身が一つ、砕け散る。
『うそ、だって…そんな、ばかな…誰か、うそだって…うそだっていえよおっ』
悲鳴を上げながら自分が粉々になるのを必死にこらえるように体を抱いた晃久の回りで、ガラスというガラスが一瞬にして砕け散った。
晃久自身の身代わりのように……晃久の涙を隠すように…次々と、次々と。
晃久が天を振り仰ぐ。声を限りに名前を呼ぶ。
『み、ず、ほーっ!』




