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がつ、と音がして、激しい衝撃が頭に砕け、瑞穂は悲鳴を上げた。
「あ!」
首を背後にへし折られるような痛みに跳ねた自分の体が、頼りなく脆く地面に落ちるのを感じる。
気を失う瞬間に瑞穂が見たのは真っ赤に染まった青空だった。
それは、瑞穂の夢の中の光景だ。
『待てよ、おい、待てったら』
晃久は、自分の心の中の暗闇で、どんどん離れていこうとする瑞穂に呼びかけている。
『こら、どこへ行く気なんだよ、戻れ、戻れってば』
晃久の実体、物理的な体はじりじりと温度を上げていく教室の窓辺で、いらいらした顔で眉を寄せ、シャーペンの端をかじっているのだが。
険しい顔だ。今にも怒鳴りだしそうだ。
晃久のいらだつ心は、いくら待っても教室に入ってきた気配のない瑞穂に向けられていた。
校門まで確かに一緒にいたはずだ、と晃久は不安な思いで考え続けている。
だって、まさか、あそこまで来てどこかへ行ってしまうなんて思わなかった、見えなかったんだ、と悔しがっている。
とっさに飛ばした心がかろうじて、校門を入ったとたんにくるりと向きを変えて出て行き、そのまま学校を離れて行く瑞穂をとらえて、晃久は驚いた。
ましてや、瑞穂の行き先が昨夜の事件現場だと気づいてからは、体中が沸騰するようで、そのくせじんわりとした冷たい汗が消えてくれない。
必死に呼びかけてはいるものの、瑞穂はやはり反応しない。
『どうして一人でうろうろするんだよ。危ないってもうわかってるだろう?』
晃久の胸に響いた内側の声は泣き出しそうな戸惑いに満ちている。
『昨夜のあいつの心を見なかったのか。あいつはあんたが占った時からずっと、あんたを疑って、憎んでいた。それはどろどろしてて、とんでもない汚さだった』
晃久は夜の中から瑞穂の背後に走り寄った影を思い出している。
その影が容赦なく瑞穂を襲うとわかったとたん、止められずに走り出した自分を覚えている。間に合わなかったらどうしよう、そう考えるのさえ振り切って、瑞穂の前に飛び出した瞬間も。
『僕が「エターナル・アイズ」であんたの部屋に押しかけたのは、占ってほしかったからじゃない。本当は』
晃久はそれでも自分の心を確認するのをためらった。
だが、振り返りもしないで離れていく瑞穂への不安は、心の堰をあっさりと砕いてしまう。
『そうだ、本当は、あんたが心配になったからだ。認めるよ、ああ、そうだ、認める、あっさり認めてやる。最初から、心配だった、だってあんたは、あんたって人はあまりにも無防備だったから』
晃久は険しく眉を寄せたまま、シャーペンをきりきりと噛み続けている。
本屋のおまけでもらった安っぽい緑のプラスチックのシャープペンシルは、ひしぎたわんで今にも割れそうになってしまっているがおかまいなしだ。
晃久は何度も校庭を見ている。そこからいなくなってしまった瑞穂の姿を、その歩き去った道筋をなんとか探し出そうとしてにらみつけている。
けれど、瑞穂はいない。まったく戻ってくる感覚がない。
どこをどう通っていったものか、その気配さえ感じない。
晃久は再び独り言を始める。胸の中で膨れ上がり持て余している瑞穂への気持ちを、どう処理していいのかわからない。
『僕は人間の汚さなんか慣れっこだ。うんざりしてて怒る気にもなれない。だけど、昨日、パーテーションの向こうから、こぼれていたあんたの心は』
まるで、スモッグを追い払う美しい雨のような、濡れてさわやかな香りとなった瑞穂の心の動きが、晃久の感覚に広がった。
一瞬目を閉じて、それを味わう晃久の心にも豊かで優しい湿り気を与えてくれる。強ばり乾いた地面に潤いと実りを与えてくれる泉のような気配。
『あんなに自分のことしか考えてない自己中男のことを、本気で心配して何とかしてやろうと思ってた。何でこいつはそんなことができるんだ、そう思ったんだ。「未来」が見えてるから、あいつの素晴らしい「未来」とやらに期待しているからなのかと思ったんだ。けど、そうじゃなかった。あんたは自分も傷ついてた』
優しい甘い感覚は一瞬にして凍りついた。目を見開いた晃久の顔は以前に増して強ばりいらだち怒っている。
『あんたは思いっきり傷ついてた、なのに、あいつに優しかった』
ぱき、と鋭い音がして、ついに晃久の唇の間でシャーペンが砕けてしまった。
苦い顔をして破片を吐き出す晃久、授業中にはあまりにも不似合いな音に、一瞬教師の視線が止まる。
その瞬間、晃久は心を決めた。
机の上のものを手早く片づけ出す。不審がる教師に『気分悪いんで保健室に行ってきます』。
ぶっきらぼうに言い捨てて、さっさと教室を出てきてしまう。
廊下に出るや否や、晃久は全力ダッシュを開始した。
呼び止めても戻らない、どんどん離れていく瑞穂の気配を追いかけながら、がんがんスピードを上げる。
『それに、あんたは』
走ることに集中する晃久の胸に、それまでガードしていた揺れるような切ない想いがゆっくりと満ちた。
『僕の不安を、きちんと読み取って受け止めてくれた』
晃久は走りながら顔をゆがめた。
急に胸を締めつけた、泣き出したくなるような甘い想いに、一瞬呼吸が止まりそうな気がした。
『僕の苦痛を読み取って、破滅の未来を変えてくれると約束してくれた。あいつにしたように、僕にもあんたを分けてくれるって』
晃久の心に瑞穂の顔が浮かんだ。
真剣な黒のまなざし。
疑いさえ越えて、人の心が迷う境をくぐり抜けて、真実の扉を開け放つ強くて明るい光のまなざし。
『あんたは、僕に……約束したんだ、ぼくの未来を守ってくれるって』
晃久の脳裏に、今まで繰り返し味わった孤独が過る。
ほんの小さいころから人が何を考えてるのかなんてお見通しだった。両親が晃久の能力を気味悪がっていることも、それを押し殺して暮らしていることもよく、よおく知っていた。
だから親戚連中のところへは、なるべく遊びに行かなかった。両親が肩身の狭い思いをしているとわかったからだ。
いっそ憎んでくれればよかったのに、両親はそれでも晃久を受け入れようと努力し続けてくれた。
けれど、その努力は、しょせんは『努力』、なのだ。
余裕がなければ続けられないし、ふとした拍子に忘れることだってある。疲れてしまえば続かない。
ましてもっと無邪気なかわいい存在が現れれば。




