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(あのとき)
長部は病院の瑞穂にすぐに会いに来てくれた。
「大変なことになったね。僕でよければ力になるから」
そう言ってくれて、本当にうれしくて、涙がこぼれた。
瑞穂は家族の悲劇を何とかできたはずなのに、自分の弱さに負けて何もしないまま家族を見殺しにした、そう自分を責め続けていた。
夜は夜で、家族の呪いとうめき声で満ちていて、瑞穂は数日間満足に眠っていなかった。
長部が来てくれてひさしぶりにほっとして眠り込み、目覚めると長部は部屋にいなかった。
きっと急ぎの用があったんだろう。
そう瑞穂は不安がる自分の心をなだめた。
けれど、それから長部は病院に来てくれなくなった。
心配する瑞穂に同情してくれたのか、掃除をしてくれているおばさんが、そっと教えてくれた。
「悪いことは言わないからさ、あの子は当てにしない方がいいよ」
「どうしてですか?」
「この間、師長にあんたの支払いは誰がするのかって尋ねてたからね。病状よりも支払いを気にする男はたいてい帰って来ないよ」
信じられなくて、瑞穂は長部に電話をかけた。手紙も書いた。
確かに返事をくれるし、励ましてもくれる。けれど、部活動のこととか、家の事情とかで、その後瑞穂が退院するまで、長部はついに見舞いには来てくれなかった。
(それでも、きっと、ううん、ずっとずっと信じてた)
退院した瑞穂が伯父の計らいで一人暮らしをし始めると(そのころは一応名義上は伯父と同居していることになっていたが)、長部はじりじり微妙に瑞穂から距離を取るようになった。デートの会話も、まるでただのクラスメートのような、無難なあたりさわりのないものになった。
ひさしぶりのデートでタロットを使って占ってくれと言い出したのも、本当はその『あたりさわりのない話題』の一つのつもりだったのだろう。
瑞穂が渋るのを、遊びだからと長部が望んだのだ。
どこかで運命の歯車が回り出していたのかもしれない。
気まぐれで長部が試したタロットは、長部が抱えている本当の気持ちを明らかにしてしまった。
長部は女性を愛さない。
タロットはそう告げたのだ。
どんな結果なのとほほ笑まれて、瑞穂は困りながら、それでも冗談のつもりで言った。「忍は女性に興味がないって出てるけど」と。
次の瞬間、真っ赤になった長部は
「君は、そうやって、人の気持ちにずかずか入り込んで楽しんでるのか!」
そう叫んだ。
「最近の君にはうんざりだ。僕は君の家族がわりなんかしないからな!」
ぶつん、と瑞穂の中の何かが切れた。
「忍が問題を抱えてどう生きようかと悩むのは勝手だけど、占ってもらうことにさえ迷って受け入れられないなら、占いなんてしない方がいいと思う」
瑞穂の答えに長部は真っ青になり、もう何も答えなかった。
やがて、長部は高校受験を理由にして瑞穂との交際を断ってきた。
「お互い、もっといろいろ考えることがあると思うんだ。瑞穂だって、僕よりいい人がいるよ、きっと」
「瑞穂には幸せになってほしい。これからもいい友達でいたいからね」
お定まりの、自分の不利を相手側のためを思うゆえの判断だとごまかすような、相手に責任の全て投げかけることばを最後に、長部は瑞穂の前から姿を消した。
高校に入って一、二回街で見かけた長部の姿に、『気配』はタロットが合っているよ、とささやき続けた。
密やかな、特別な恋の香りを長部はいつもまとっていた。
(もし、忍が哲と愛人関係だったなら、あの占いは正しかった)
晃久も言っていたではないか。長部が付き合っていた相手には妻子がいたと。
(でも、『グリーン・アイズ』は、相手が妻子を捨てても一緒になっていいと言ってるとも言っていた。迷ってるのは忍の方だと)
そして、哲は明らかに忍とうまくいかなくなって荒れていたのだ。
(でも、それなら、どうして忍があたしを襲う?)
忍と哲の恋愛に関して、瑞穂は何も手を出していないはずだ。
しかし、哲はどうだ?
哲の虐待が明らかになったのは、ほかならぬ瑞穂が三津子の問題を読み解いたからとは言えないか?
(まさか、忍がそれに気づいて…?)
そのとき、ふっと背後に人の気配がした。




