第2話
「クイーン、なんか言ってたか?」
アレンが小型空中浮遊車、バギーに乗り込むとティルはおもむろに口を開く。
「いや、特には何も。気を付けて帰って来いって」
「ふーん。要は、いつもと同じ、か」
ティルはだるそうに手を前に伸ばした。彼の手が制御盤に触れると、バギーが僅かに震え、目の前のフロントガラスに速度などの情報が表示された。少ししてバギーが一メートルほど浮かび上がった後、ティルは制御盤の操作を始める。
目的地と操縦方法を指定するとバギーはさらに高く浮き上がり、前線基地へ自動操縦を始めた。大した揺れもない車内では、僅かな駆動音だけが響いている。
「そろそろバギーにラーハ補充しないとかなぁ」
ふと、アレンは心配そうに呟いた。その目は前に出ている表示を見つめている。それが示すラーハ残量はかなり少なくなっていた。
バギーを含む全ての魔法具や魔法は、ラーハという魔法素の作用によってその効果を発揮する。そのため、ラーハ残量がなくなるとバギーは墜落してしまう。
「あー、確かにな。帰ったらやるか」
ティルは外に向けていた視線を残量表示に向けたが、特に驚いた様子もなくそのまま視線を元に戻した。しかし、その先にあるのも広大な砂漠のみである。塊に喰らわれた、どこにでもある風景。
移動を始めて数分後、ティルは外を見つめたまま切り出す。
「それにしても、今回の依頼簡単すぎじゃねぇか?軍からの特殊依頼、しかも固体化させた塊は回収しなくていいっつうから、絶対何かあると思ってたんだが」
「あー、それね。僕も団長に聞いてみたけど、わからないってさ」
「なんでこんな簡単な依頼をわざわざ俺たちに頼むんだろうな、軍は。支払い金額と絶対に釣り合わねぇだろ」
ティルが外を眺め続ける中、アレンは指を動かし自身の視界を操作した。
「5200ウラかぁ。塊一体で下士官の月収とか、裏がないほうがおかしいんだけどね」
「さらにその上、固体を回収しなくていいとか。本当に何考えてんだろうな、対塊軍様は」
「このまま何もなく終わってくれるといいんだけど――」
突如、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。二人は即座にレーダー表示を確認する。彼らから十キロメートル先に、おぞましい量の塊が表示されていた。
「気持ち悪ぃ……。お前がそんなこと言うから、塊が集まってきたじゃねぇか」
ティルは余裕そうに嘲笑い、塊が密集している部分にバギーのカメラを向ける。
「僕に塊に好かれる趣味はないよ……」
対してアレンは、微妙な表情をしながら通信魔法を起動した。
「エコー2からリトラベースへ。塊の大群を発見。地図座標はUD45353221、範囲は測定後送信する」
現在向かっている前線基地のオペレーターにそれだけ伝えると、アレンはティルへ顔を向けた。
「いやー、これでもし地上移動だったら死んでたね。まさかあんな大量の塊と出くわすなんて。僕たちに依頼が来たのって、あれがあったからなのかな? いや、でもあのレベルならさすがに事前情報が渡されるか。だとすると……」
アレンの声はどんどん小さくなり、最終的にはうなり始めた。
そしてしばらくの後、頭を上げてティルに訊ねる。
「そういえば、塊がいる範囲は測定できた?」
「いや、まだだ。さすがに規模が大きすぎるから、もうちょいかかる」
ティルはカメラ画面を注視したまま、その向きや倍率を調整している。しかし、ある地点のカメラを向けた直後、その顔が凍り付いた。
その表情の変わりように、アレンが不安げに眉をひそめる。
「どうしたの、急に?」
「……エイリアン」
「……え?」
アレンがカメラ画面をのぞき込む。画面の中では、砂漠には似つかわしくないスーツを着こなした、色黒の男が塊に囲まれていた。にもかかわらず、エイリアンと呼ばれたそれは全く動じていない。
突如、塊の一体が男へと跳躍しのしかかる。しかし、その距離が後一メートルほどになったところで塊は消滅した。発光もせず、まるで空間がえぐり取られたかのように何も残さずに。
男はそのまま、剣を構えたかのような体勢をとる。その瞬間、何もなかった両手に光の棒が現れた。男はそれを塊に向けて振るう。だが、塊に届く直前。男の目がカメラの方を向き、そのまま全身の動きを止めた。
男の緑色の目はこちらを凝視している。その冷め切った瞳は、まるでこちらを分析しているようで――。
「まずいまずいまずいまずい! 見てる場合じゃない!」
「クソ、分かってる! お前は報告してくれ!」
二人は弾けたかのように行動を始めた。ティルの操作でバギーは自動操縦をやめ、最大速度になる。アレンも急いで通信魔法を起動した。
「エイリアンに捕捉された! 座標はUD45353221!」
エイリアンという言葉に、通信先のオペレーターも口調を緊迫させる。
「指示された座標全域に物理砲撃支援を開始します! 全力でそこから逃げてください!」
「了解! ティル、砲撃支援が来る!」
「どのみち逃げるってことに変わりはないのな!」
ティルが言い放った直後、再びけたたましいアラーム音が鳴る。
「エイリアン周囲のラーハ密度が異常だ、何か来る! 回避行動!」
「ああ、クソッ!」
車体が大きく揺れる。
その時男の周辺には、黄色に輝く透明な棒が4本出現していた。だが、アレンが気付いた瞬間に棒はこちらへと動き始める。
同時にアラーム音がより激しく鳴り響く。眼前には弾着予想時刻が表示された。
「追ってくるやつかよ……!」
「防護障壁を展開して……」
「やめろ! それ使ったら基地に戻れなくなる! バギーの迎撃銃で直接撃ち落とせ!」
「え? 後20秒でこっちまで来るんだ、そもそも落とせるの!?」
「やらなきゃ被弾かラーハ切れで墜落する! やれ!」
「ああ、ああもう!」
アレンは投げやりに言い放ち、手元の端末を操作し始める。そして、フロントガラス映し出された棒へと銃の照準を合わせ始めた。
息を吐き、目を細める。弾着予想地点を棒へと合わせる。最後に祈りながら、射撃ボタンに触れる。
銃から連射されたラーハの塊は棒へと直進し、そして爆ぜた。
「よし」
小さくつぶやき、残りの棒へと射撃を開始する。
狙う、撃つ、当てる。表情を変えず、この動作を淡々と繰り返した。
「全部墜とした。まだ第2波は来てない?」
アレンはため息を吐く。端末からはまだ指を離していない。
「まだだ。だが多分来る」
「分かった」
バギー内の空気が張り詰める。二人は眼前の表示を凝視した。
男は飄々とたたずんでおり、周りにいたはずのおぞましい塊の大群はいつの間にか消え去っていた。
耳鳴りが聞こえるような静寂が続く。
動かない男を見続けて数分。二人が頭痛を感じ始めてきた時、その静けさが突如切り裂かれた。
「リトラベースからエコー1、2へ、物理砲撃を行いました。10秒後に弾着します!」
アレンはすぐに地図表示を確認した。砲撃範囲からはすでに脱出していたようだ。
「はあ、クソ。そのまま動くなよ……」
ティルが呟く。アレンも眉をしかめて男の画像を見やる。
十秒は先ほどと違い一瞬で過ぎ去った。
遠く聞こえる爆音とともに車体が少し揺れる。男を映していた画面も閃光に包まれた。
眩い光が消え去った後、残っているのはところどころ黒ずんだ砂の海だけだ。
「エコー2からリトラベース。エイリアンをロスト。死体は確認できない」
「リトラベース了解。そのまま警戒を厳にして帰還してください」
アレンはオペレーターに短く報告する。そのまま、疲れで細まった視線をティルにやった。
「ああ、もうこんなことは願い下げだよ、クソが」
ティルも、疲れとともに言葉を吐き出した。




