第 5 話 グラオザーム城 三の曲輪
謁見室を出された俺は、早速例の腕輪を取り付けられ本城達と離されて、城の一番外周である三の曲輪まで連れてこられた。
グラオザーム王城は大きく三つに分けられている。
一の曲輪は中心部、先程までいた謁見室もあり、王族の居住区でもある。上級貴族や他国からの使者など極々限られた者しか入城出来ない場所である。
堀と壁をはさんだ二の曲輪は、この国の行政府が集まった場所であり、上級貴族以外の下級貴族や平民は科挙の様な試験に通ったごく一部の者のみ入れる所。
堀は無いが高い壁を挟んだ三の曲輪は、この王城で働く下働きの平民の寮や作業場がある場所で、北側にある広い敷地は騎士団の練兵場でもある。
と、腕輪をつけられた後の移動中、腕輪の通訳機能の確認も兼ねてか、エドゥアルドの部下の近衛騎士が教えてくれた。
グラオザーム王国は人間至上主義の国であるから、そもそも人間以外の国民を認めていない。
つまりこの国に居る人間以外の亜人、獣人・エルフ・魔族などは、国民では無とされ、扱いは家畜と同じであり、居住するのであれば奴隷として存在するしか許されない。
召喚された我々の種族は『異界の人間』
厳密に言えば、この世界の『人間』とは違う生き物である。
この世界の女神の加護を持ち、勇者であるとされた四人はまだしも、こちらで言う純粋な人間ではない俺はお情けでこの王城に置いておく事にしたらしい。表立って勇者召喚の事は広めていないし広められない、監視できる場所に置く事も必要だろう。また俺の容姿がこちらの人間と余り変わら無い事や、監禁などして他の勇者達の反感を少しでも買うのは上手くないと考えたのかもしれない。
騎士の城の説明を聞きながら、少し卑屈な事を考えてしまった。
兎に角、荷物持ちとして重宝しそうな俺は、この歳(17)で初めて洗礼を受けてユニークスキルがわかった凄い僻地から出て来た田舎者、と言う触れ込みで三の曲輪で働く事になったようだ。
勇者達が行うとされる訓練も、戦闘スキルの無い俺には不要とされ、勇者の準備が終わるまでただの下働きとして過ごす事になった。
三の曲輪でほぼ見る事の無い近衛騎士に連れられてきた俺に、この曲輪の総括である50過ぎの小肥りのおっさん(ビルケ・シュトック 52才 準騎士爵)はとても怪訝な様子を見せていたが、俺のスキルの事と超田舎者という事に納得したらしく、送ってきただけの騎士(こいつは子爵の次男だった)に慇懃な挨拶をし送り出すと、俺の名を聞く事もなく、背後の年季の入ったドアを開け大きな声で叫んだ。
「パルメ‼︎パルメは居るか!」
ドアの隙間から中を伺い見ると、部屋の奥にまだいくつかドアが有り、その中の一つが乱暴に開いた。そこから恰幅の良い中年女性が、大きな籠を二つ両脇に抱え出てくる。
「なんだい頭?昨日までの長雨で、洗濯物が片付かないんだ!つまらない話なら後にしておくれ!」
言いながら立ち止まる事もせずに、出て来たのとは違うドアに向かっている女性。(パルメ 38才 キーファーの妻 )
平民のステータスを初めて見た。名字がない事がわかった。俺も名字は名乗らない方が良いだろう、カードの名前も変えておこう。
「オオイ!パルメ!」
頭と呼ばれながらも、余りそんな扱いを受けてなさそうなおっさんは、慌てて部屋に入ると、小肥りと思えないフットワークで、歩き去ろうとするパルメの肩を掴んだ。
「新入りだ!BOX持ちだからそれなりに使えるだろう」
肩を掴まれたパルメはおっさんを睨みつけた後、開いたドアの外にいる俺に気付いたのか、身体をこちらに向け立ち止まった。
「新入りって、どこのお坊ちゃんだい?」
パルメは視線を俺の頭の先からつま先まで送ると、少し呆れたような口調でまだ肩を掴んだままのおっさんに問いかける。
その視線で思い出したが、俺の服装はあのゼル◯の◯ンクの色違いだ。王様に会えるくらいの服装だからお坊ちゃん呼びも当然だ。
「上の方からの御達しだ。何も言わずに使えば良いんだ」
おっさんはパルメの肩からようやく手を外すと、厄介ごとは任せたと言わんばかりに、俺の事には眼もくれず、俺が立っているのと違うドアに向いこの部屋から出て行った。
長いものには巻かれよ、の典型なオヤジだ。このオヤジは役に立たない。一応貴族の端くれであるから頭などやっていられるのだろうか……。
頭なら無責任とも取れる態度に慣れているのか、一つ小さいため息を落としただけでパルメは少し首を振ると、両腕がふさがっている事もあり、顎でこちらに来るように合図を出した。
俺もここで頼りになるのは目の前のこのオネーサンしか居ないわけだから、急いでドアを閉めて部屋の中へ足を進めた。
板張りでだだっ広い飾り気のない部屋だ。
雨の日には作業場にでもなるのか、部屋の隅に折りたたみ式の机や椅子が積まれている。
パルメは一瞬宙を見るようにして考えると、もう一度顎で俺についてくるように合図を出し、ここから見える一番端のドアに向かうと壁際に抱えていた籠を置きドアを開けた。
パルメの後について中に入ると丁度学校の更衣室のような作りの部屋で、壁一面に棚が備え付けられており、部屋の中央に6人掛けのテーブルと椅子が置かれている。
休息時間は決まっているのか人っ子一人居ない。
パルメの示した椅子に座る。
部屋の隅に給湯施設でもあるのか、俺からは見えない衝立の向こうに行ったパルメはすぐに二つ武骨なカップを持ってくると、一つを俺の前へ置き向いの椅子に座った。
無言のまま勧められたお茶を飲むと、ふっと肩から少し力が抜けた気がした。
そう言えば、俺はどの位食べ物を口にして無かったのだろうか?天使の所に居た時間はノーカウントとして、昨日(?)の夕方のバイト途中に拉致られて、どの位気を失っていたかわからないが着替える時に紅茶に口をつけた位で、後は今まで流されまくってもう流石に昼は過ぎてるだろう。勇者達は王様達と会食だったらしいが、俺はその前に引き離されてここに連れてこられた。そう思うと急に腹が減ってきた気がして、それに合わせるようにキュルキュルと腹から大きな音がした。
慌てて腹を抑える俺!顔が熱い。赤くなってるかも知れない……。
そんな俺を、厳しい眼で観察するように見ていたパルメは、カップに口をつけ一口飲み込むと、前掛けの大きなポケットから、紙に包んだ何かを取り出し俺の前に置いた。
無造作に包まれた包装を解くと中から緑色の物体が現れた。
初めて見たそれに一瞬戸惑った俺に気が付いたパルメは、俺以上に戸惑った顔をする。
「グリューンだよ!食べたことないのかい?」
俺はパルメから視線を戻し、緑の物体に意識を戻す。
【グリューン 緑芋 食用 安価の為主に庶民の間食として栽培されている 原産地……】
見ることができれば解析で何かはわかる。見なければわからない。ただ、味は見てもわからない……。
(これが解析の欠点だな……)
パルメは俺の態度に、食べた事もなければ、見た事すらないのを看破したようだ。
「やはりあんた 、何処ぞのお坊ちゃんなんじゃないのかい?グリューンを知らないなんてねぇ……」
俺はそう言う彼女に、どのように言い訳をするか少し迷った。
(まさか本当の事は言えないし……)
さっきおっさんに近衛の騎士が言っていた作り話をもう少し脚色して話せばいいか……。
というわけで、
「名前はワタル。17才……」
本当にすごい田舎の山の中で祖父母と暮らしていた事。ついこの前流行病で独りきりになってしまい、仕事を求めて王都まで来て初めて洗礼を受けたら思いもかけないユニークスキル持ちだと分かり、貴族様に会う為こんな格好をしているがそもそもこれは自分のものではない事。しかもなぜか自分の持ち物は全て取り上げられた上にここに連れてこられた事。
「……だから、色々と物知らずで常識がないと思われるかも知れませんがよろしくお願いします」
一気にそこまで話し頭を下げた。
そんな俺の作り話に、全てを納得したわけではないだろうが、独りぼっちという事と無一文という本当の事に同情してくれたのか、それ以上の詳しい事を聞かず面倒を見る事を約束してくれた。
「わかったよワタル!兎に角あんたの事はこのパルメが頼まれたんだ、悪いようにはしないよ」
そう言いて、自分のカップの中身を飲み干すと彼女は部屋から出て行くのか立ち上がった。
「一仕事終えてからここに来るから、そのグリューンを食べておしまい。今日は城下に下りて身の回りの物を揃えるからね。そうだ、鑑札は貰ったかい?」
ドアを開けながら振り返ったパルメは、壁際に置いていた籠に手をかけようと少し腰をかがめている。
鑑札どころかまだ名前も聞かれていない、と伝えると。
「あの給金泥棒!本当に全く使えないんだから‼︎カシラ〜ァ!頭‼︎何処にいるんだい⁉︎鑑札……」
グワッと腰を伸ばしたパルメは、大声でおっさんを呼びながら、まだ俺が開けた事のない部屋に入って行ったみたいだ。声は聞こえるが何を話しているかわからない音量になった。
俺は貰ったグリューンに手を伸ばしながらこれからの身の置き場が決まった事と、やっぱりあのおっさんは使えない事を確認し、まだ終らない異世界1日目に疲れを隠し切れなかった。
ストックが無いのでじっくり読み直しできてません……。
誤字脱字 見付け次第訂正します。