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幻想世界の銃使い  作者: 月乃 綾
第一の遺跡
9/10

第8話

 森林ステージ。

 オルベールの北に位置するエリアのひとつで、杉にも似た針葉樹が乱立する、閑散とした雰囲気のフィールドである。

 今出現している中で森林と同様に植物の多いフィールドとしては、沼地と密林が挙げられるが、毒草の多いこれらと違い森林ではポーションの原料となる薬草アイテムが多く採れる。そのため、βでは薬師を目指すプレイヤーがよく訪れていた。

 そして、今朝WCOを始めたばかりの初心者ニュービー、小野奏ことフィアも例外ではない。

 薬剤調合スキルを伸ばすならこのエリア、と先輩プレイヤーで友人のアスカ/小林悠里に引きずり込まれていた。


「相変わらず強引なんだから……」


 疲れた様子のフィア。対照的に、隣を歩くアスカの表情は、底抜けに明るい。


「いいじゃないの。……それにしても、何で薬剤調合なんて地雷スキル取ったわけ?」


「地雷スキルなんて知らないよ……」


 やたらと楽しそうに笑うアスカに、フィアががっくりと肩を落とした。

 β経験者、その中でも生産系スキルに手を出したプレイヤーのみが持つ知識だ。薬剤調合……つまり、薬師は地雷である。

 前作のLCOで周知の事実だったことに、『生産に手を出すやつはマゾ』というものがある。メーカーが同じだけあって、WCOも生産職のレベルリングは非常に手間がかかる。

 それは既に知れ渡っているのだが……薬剤調合のレベリングの煩雑さは、その中でも群を抜く。……らしい。


「まーレベリングが面倒なのもそうなんだけどね。調合で作れるようなものって、NPCから買った方が安いし性能いいんだよね、ぶっちゃけ。大量生産が出来るわけでもないし」


「わたしいらない子……」


「そういうことだね♪」


 遅い、高い、効き目が弱い。VR技術が生まれる前から存在する某牛丼屋のキャッチフレーズを真っ向から否定する三拍子。こんなものが流行るわけが無いだろう。閑古鳥が鳴きっぱなしになること請け合いであった。


「まだ錬金や合成なら、NPCには作れないものがあるから救いがあったのに。それとか鍛冶ならあたしが教えられるし。スキルの情報なんてネットで調べればすぐ分かるんだから、ちょっと下準備してれば避けられたことだよ?」


「ゲームの常識なんて知らないよ……」


 そもそもの話、ゲームの一つもプレイしたことの無いフィア/奏をWCOに引きずり込んだのはアスカ/悠里だ。事前準備の必要性を説明するのもアスカの役割であると言えなくも無い……のか?

 まあ、地雷スキルを取ってしまうのもゲームの醍醐味ではある。


「けど、スキルとしてある以上、それなりには使える、はずだよ……!」


「ほーぅ? あたしらβテスターが出来なかったことを素人ニュービーのフィアがやるつもりかい?」


 アスカの目に、悪戯めいた光が宿る。

 それに気付かず、ただ言葉だけを聞いたフィアは慌てて口を開く。


「い、いや! そうじゃなくてっ」


「常識なんてぶっ壊せー!」


 あえてフィアの話を無視して、アスカが拳を振り上げる。そして、フィアの手をがっしりと掴んだ。


「……なんか既視感デジャブが……」


「調合スキルのレベリングなら、まずは素材を集めないとね!」


 素材集め。つまりは戦闘。

 ぶっ壊せばいいだけのそれは、アスカの最も得意とするところである。

 いきなりテンションの上がったアスカは、予想通りになったと項垂れるフィアの片手を掴むと走り出す。己が知る最高の狩場……つまりは、各フィールドに一箇所は存在する、無制限の湧き地点リポップポイントへと。


「調合の素材って、モンスタードロップじゃなくて採取なんだけど……」


 勢いよく引き摺られるフィアの口から、そんな言葉が、力なく零れ落ちた。



 ◇◆◇



 フィアがアスカに引き摺られ、絶好の狩場へと連行されている頃のこと。

 レベリングついでに素材集めでもしようと、オルベールから森林エリアへと転移してきた二人組がいた。ハルカのパーティメンバー、クオンとシーネである。

 つい先日まで、ゲーム開始時に無料配布される初期装備に身を包んでいた二人だが、これからは違う。無制限湧き地点であるにも関わらずMOBが常時一体以上存在しない、という無茶苦茶な空間を作り上げながら収集した素材をふんだんに使い作り上げた、最上級の装備がそこにはある。


 クオンの装備は、魔術師用の布の防具に木製の短杖タクトだ。服はスカートとブレザー。白い布地に黒い縁と銀の刺繍がなされ、内側に着るワイシャツには赤のネクタイが結ばれている。

 高校の制服にも似た形状であり、見た目通り防御力も大したことはない。近接戦闘を行うハルカやタクの装備と比べれば、クオンのそれは遥かに見劣りしてしまう。

 だが、それだけに、付与された特殊効果が半端ではなかった。

 特殊効果は三種類。【魔力強化】【詠唱短縮】【魔術増強】である。はっきり言って、βの時に最強と言われた装備よりも遥かに強い。


 白く彩られたクオン対して、シーネは黒を基調とする装備に身を包んでいる。だが、露出の多かったハルカとは異なり、その装備は長袖長ズボンに全身を覆うようなロングコートだ。特殊効果は特にないが、盗賊職シーフを意識したスタイルであるシーネにとって最良とも言える、隠密と敏捷に大きなボーナスのある装備である。


 二人とも、自らのスタイルの強みを徹底的に伸ばしていく装備を選択していた。ちなみに狙い通りの性能の装備を引き当てるために、四人で三桁に届くかと言うほどの挑戦を繰り返したのは言うまでもない。おかげで、素材採取の途中でレベルが上がり、要求する装備の水準もまた引き上げられ、さらに長い時間と手間がかかってしまった。

 だがその甲斐あって、手に入ったのは非常にハイレベルかつ見た目も素晴らしい一品。その努力の結晶がこの世に生を受けたときは、自他ともに認める廃人ゲーマーの三人ですら、感嘆の息を吐かざるを得なかった。


 そして、そのはいクオリティな装備を身に纏った二人の少女は――キャラメイクの補正も多少はあるが――元の見目のよさもあり、非常に映えていた。


 既にこのようなハイレベルな装備を持っている二人が何故素材を必要とするかだが、目的はMP回復薬だ。現状、パーティの最大火力はクオンの魔術であるから、MP回復手段の有無は与えられるダメージ量に大きく影響する。だからこそ、大蛇攻略を目指す彼らには素材が(おそらく大量に)必要なのである。


「あ、採取ポイント見つけた」


 そうつぶやいたシーネの視線は、少し先にある木の根元に固定されている。他の場所となんら変わらない……いや、わずかに草が高く生えているかもしれない、その程度の違い。それが、斥候系統のスキルを多く所有するシーネの目には、大きな違いとして映っている。

 つい先日まで素人ニュービーだったシーネ。しかし、連日素材採取のために戦い続け、また才能もあったのだろう。戦闘は相変わらず苦手であるものの、レベルも技術も、他の三人の足を引っ張らない程度には高くなっていた。それはつまり、廃人クラスのトッププレイヤーたちの中に入れる程度には実力があるということである。


「採取しちゃうね。クオン、警戒お願い」


「ん」


 シーネの言葉にクオンは軽く頷く。それを確認して、シーネは目的の草むらに手を差し込んだ。


「えっと……」


 生えている草を一本一本眺め、目的のものかどうかを確かめていく。それはスキルがあると言えど地道で、忍耐が要求される作業だ。

 スキルの補助は、辞典などを読むことで蓄積されるデータベースから、目的の草アイテムがどのような形状をしているのかを粗い図で示してくれる、というだけのもの。一つの採取ポイントで取得できるアイテムの数は決まっていて、正式な名称は採取してみないと分からない。

 そんな面倒で煩雑な作業を、シーネは行っていた。


「ふぁ……」


 数分が経過し、忍耐力のないクオンが小さくあくびを漏らす。目元に浮かんだ涙をぬぐうと、明後日の方向を向いて小さく首を傾げた。


「むぅ……?」


 何か、声のようなものが聞こえた気がしたのだ。

 そうしていると、今度はシーネが顔を上げた。


「クオン、何か言った?」


「ううん」


 ゆるく首を振るクオン。

 シーネも感じたとなれば、疑う必要はないだろう。

 どこか、姿も見えない遠くで、誰かが声を発しているのだ。

 警戒して立ち上がり、周囲を見回す二人は、ほとんど同時にそれを感知した。トトトトト、と地面を通じて微妙な振動が伝わってきている。

 そして、今度こそ間違えようがない。

 女性の叫び声。


「あああああああああああああああ―――――――!!!!」


 大量の魔物を背後に引き連れ、木々の間を爆走する少女の姿。

 それはまっすぐに、二人がいる場所へと向かっている。

 クオンの背筋に冷たい汗が流れた。


MPKモンスター・プレイヤーキルッ!?」


「助けてぇ―――――!」


 少女の絶叫がクオンのつぶやきを塗り潰した。

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