第6話
「VRゲーム?」
「そうそう。結構すごいんだよ、これ」
小野奏は、中学の友人に手渡されたパッケージを手に戸惑った声を上げた。
「あたしはこれのβに参加してたんだけど、内部のグラフィックとかも綺麗でさ、オススメだよ。奏もやってみれば?」
「でも……他の人もいるんだよね」
「そりゃオンラインだからね」
「う……」
引っ込み思案で他人と話すのが苦手な奏としては、不特定多数のプレイヤーがひしめくMMOは恐怖の対象と言っても過言ではない。実際、二年間同じ学校に通いできた友達が今話している相手、小林悠里しかいないのだから、その不器用さは推して知るべしである。
「知り合いがいないのが不安なら、最初のうちは私が教えてあげるから。あ、私もパーティ誘われてるんだっけな。よし、奏も同じパーティに入ろうよ。まだ正式始まって二日目だし、初めてでも全然大丈夫だって」
「ええ? いきなり知らない人と……?」
「奏はその極度の人見知りをどうにかしないとだめだよ。大丈夫、ネット上の知り合いなんて、嫌になったらこっちからコンタクト切れば終わるような薄い関係だからさ」
「えぇ!?」
その通りなのだが、何気に酷いことをいう悠里。まるで『個人特定されないし』と言って悪役に走るプレイヤーと同じ思考回路だ。いや、ちょっと違うか。
何はともあれ、こうして強引な友人により、奏のオンラインゲームデビューが決まった。
◇◆◇
学校から帰宅し、奏の家。奏は悠里とつながったケータイを片手に、指示に従いVR機器の準備をしていた。
「えっと、青のコードを……こうして……それで? どうするんだっけ」
『あとは黒のコードを差し込んで、電源つけて終わりだよ! ソフトのダウンロードは済ませてあるから、あとはプレイするだけ』
「うん、わかった」
『キャラエディットとかで時間かかるだろうし、今日はここまでにしようか。ちょうど明日土曜だから、一日ゲームできるね!』
「え? 勉強とか……」
『奏はもう少し不真面目になりな! じゃね!』
「悠里!?」
ブツッという音がして、電話が切れる。相変わらず振り回してくる友人に苦笑する。
本当に、悠里は変わらない。自分勝手で、強引で、人付き合いが苦手な奏が知らない世界へと引きずり込んでくれるのだ。
「よし。ヘッドギア起動」
奏の音声コマンドを読み取り、ヘッドギアが起動する。
『ソフト名《ワールドクロニクルオンライン》を起動します』
奏の意識が吸い込まれていく。
この後、1時間ほどかけて自分のキャラを作り上げた奏は一度ログアウトする。
なんだかんだで明日が楽しみな奏だった。
◇◆◇
『やっほー奏。起きてる?』
「……今起こされた」
時刻は朝の六時半。突然かかってきた悠里からの電話にたたき起こされた奏は、少しだけ不機嫌だった。
「こんな時間に電話するなら、あらかじめ伝えてよ……そしたら起きて待ってるのに」
『いやー、楽しみで目が覚めちゃってね。電話に出てくれたってことは、奏だって楽しみだったんでしょ』
「そうだけどさ……」
平日にはぎりぎりまで寝ている悠里は、休日に限って早起きだ。その理由はゲーム。悠里もまた、超の付くゲーマーなのだ。
『じゃ、オルベールの噴水前で待ってるから! 名前は《アスカ》だよ!』
「あ、うん。私は《フィア》って名前だから!」
『はいはーい!』
ともすれば閉じようとする目をこすりながら、奏はベッドとわきに置かれたヘッドギアを頭にかぶる。薄い黒で塗られたカバーが光を遮断し、余計に眠気を誘った。
「ヘッドギア、起動」
入力された音声コマンドに従い、目の前のカバーにWCOのスタート画面が映し出される。《OK/NO》でOKを選ぶと、奏の意識はゲームの中へと吸い込まれていった。
◇◆◇
石畳の敷かれた地面に、切り出された石で作られた噴水。噴き上げられた水が弧を描き、日差しに照らされてキラキラと輝いている。
全体的に灰色で、少し寂しそうではあるものの、西洋風のきれいな街。
それが、WCOの開始地点である、始まりの街オルベールである。
フィア=奏は、青いエフェクトライトとともに放り出された街の光景に、ぽかんと口を開けていた。
「……きれい」
「なかなかのもんでしょ」
「ひゃうっ!?」
背後からかけられたハスキーがかった声に、フィアの体がはねる。慌てて振り向くと、そこには、褐色の肌の長身な女性が満面の笑みで立っていた。
「え、えっと」
「フィアだから奏だよね?」
アバターの頭上に浮かぶアイコンを指しながら、褐色の女性が言う。フィアはコクコクとうなずきながら、空中に浮かぶ女性の名前に目を向けた。
「う、うん。……アスカってことは、悠里?」
「そうだよー。ようこそ、WCOの世界へ! ……なんてね」
アスカ=悠里は胸を張り腰に手を置いて言う。
「とりあえず、武器を出しなよ」
「あ、うん」
アスカにそう言われ、フィアはアイテムストレージの弓と矢筒をタップした。右手に弓、腰に矢筒が装備される。
「できたよ――」
そう口にしながら顔をあげ、そして、唖然とした。
フィアの眼前には、およそ信じがたい光景が広がっていたのだ。
「ん、できた?」
フィアに目を向けるアスカの背に固定された、巨大な金属の塊。拳を四つ並べたほどの赤いグリップ、そこからは奏の細い腕と同じ程度の太さの鈍色の棒が伸び、地面すれすれのところで大きく広がるその形状。世間一般に言う、○トンハンマーのような様相である。力の弱い奏であったら、持ち上げるだけで骨折でもしそうな代物だった。
そんなものを軽々と背負いアスカに、フィアは言葉を失っていた。
「あのー、フィアさん? これゲームだよ?」
「…………」
いや、武器だけではない。よく見れば防具も、アスカのそれは黒を基調としたセンスのいい革のコートであり、翻ってフィアのそれは白い布のシャツに皮の胸当てという初期装備だ。
フィアは、一番近いと思っていたアスカとの間に、何か大きな隔絶があるように感じていた。
「……おーい、フィア? ああもう、いい加減にしてよー!」
「はっ」
耳元で響いた大声に、フィアはようやく顔を上げた。見れば、アスカが膨れっ面でこちらをにらんでいる。アスカさんは無視されたことでご立腹のようである。
「ご、ごめん。なんだった?」
リスのように頬が膨らんでいるアスカにフィアが恐る恐る尋ねる。アスカは、初めはじっとフィアを見つめていたが、やがて息を吐いて口を開いた。
「……もう。狩りに行こう? フィアはVRゲームは初めてだから、ちょっとずつ慣れていったほうがいいと思うんだ」
「うん。ありがとう」
アスカは表情を和らげた。
「ううん。時間が経つと人が増えてくるから、今のうちにやっちゃおう!」
「わぁっ!?」
一瞬で笑顔に戻ったアスカに手を引かれ、フィアは街の中を疾走する。
二日のアドバンテージで鍛え上げたステータスを持つアスカの脚力に、先ほど始めたばかりの素人であるフィアがついていけるはずもない。ほとんど引きずられるようにして灰色の街を駆け抜け、草原へと飛び出していった。
◇◆◇
ピピピピ。
奏の元々の起床時間である午前八時半にかけたアラームが、ヘッドギアの五感制限を通り抜けてフィアの耳に届く。
集中力を使い果たして大の字に寝転がっていたフィアは、なんとか首だけを動かしてアスカを見た。
「……アラームが鳴ってるから、止めてくる……」
「はーい」
アスカに叩き起こされ、ゲームを始めたのが六時半。それから現実世界では二時間が経過している。それはつまり、三倍の加速倍率を持つ幻想世界では六時間が経過しているということである。
その六時間の間、フィアはアスカに連れられ、ぶっ通しで戦っていたのだった。
「そういえばさ」
「何……?」
ノロノロとフィアの指先が手首のリングを叩き、フィアにしか見えないメニューが開かれる。ログアウトのアイコンを求めて指を動かしながら、フィアはアスカに視線を向けた。
「生産スキルとるって言ってたけど、何とったの? 鍛冶? 錬金?」
「どっちでもないよ」
そして、フィアの口から飛び出したのは、β期間を経て最も育てるのが大変なスキルだと言われたものだった。
「薬剤調合だよ」
「は……はぁあっ!!!!!!?」
ログアウト時の黄のエフェクトライトが流れる中、アスカの絶叫が響き渡った。
お久しぶりです。
週一くらいで再開します。