Day 1. 俺にも来た!異世界転移!
「何もない」と感じる、そんなあなたへの話です。
「ただいま~…っと」
脱いだ革靴を端に寄せ、いつものように暗い部屋の電気を点ける。
「まぁ、返事なんて返ってこないんだけどな、ははっ…」
乾いた笑いが玄関に響く。
一人暮らしも長いのに、この癖だけはどうにも抜けない。
「今日も1日お疲れさんでしたっと」
「定時上がりのノー残業、実にホワイトでありがたいねぇ」
まぁ、いつも通りの仕事で特別疲れたってわけでもないんだが。
俺が働いてる会社を人に伝えると、だいたい返ってくるのは「羨ましい」とか、「贅沢言うなよ」とかだ。
欲しいものとかは結構手が届くし、仕事もそこそこやりがいがある。
最近では後輩なんかもできて、育ってくのを見るのが楽しみなんかにもなってきた。
プシュッ…ゴクッゴクッゴクッ…
「ぷはぁ、やっぱ風呂上がりはこれだよな~」
毎晩の楽しみは、このビールともう一つ。
「さてさて、今日の更新はっと」
うきうきしながらスマホを操作する。
「お、イチカラと重役転生の更新が来てるな」
これこれ、これがないと締まらない。
漫画やゲームなんかも好きだが、俺が一番惹かれるのがこのなろう系だ。
「いいよなぁ~、俺も転生とかしたら何か変わってくんのかねぇ」
異世界に転生した自分をぼんやり思い浮かべる。
べつに今の生活が嫌で逃げ出したいわけじゃない。
仕事は順調だし、動画やゲームとか趣味なんかも楽しいし、困ってることも特にない。
毎日それなりに暮らしてる。
なのに、なぜか満たされない。
俺の中に穴でも空いてるんじゃないか?
ぼーっとしてるうちに、毎日が消化されていく。
俺の人生じゃないみたいだ。
思えば、学生のころからそうだった。
高校生になれば、大学生になれば、サークルに入れば、社会人になれば、もっと大人になれば。
いつかどこかで、何かが変わるのをずっと待っている。
そうやって過ごしていくうちに、俺ももう32歳だ。
ここまで来たら流石に俺にだってわかってくる。
俺が待ち焦がれてるような特別な何かはやってこない。
俺の生活には、ある日突然宇宙人がやってきたりもしないし、天使と悪魔の戦いに巻き込まれたりしない。
コンビニ帰りに転生したりもしないし、ある日突然超能力や魔力に目覚めたりなんかもしない。
ただ毎日がそこにあるだけだ。
「いいじゃないか、べつに」
順風満帆、平凡だけどいい暮らしだ。
家族との仲だって良好だし。
……浮いた話の一つもないのがたまにキズだが。
それでもそんなに大した問題じゃない。
バラ色や金色ではなくても銅くらいあれば十分だろ。
じゃあなんで、俺はなろう系から離れられないのか。
こんなにも強く憧れてしまうのか。
言葉にできない、そんな思いだけが募っていく。
「はぁー、いいやもう寝よ寝よ」
明日も仕事だ、こんなことで頭を悩ませている場合ではない。
こうして、平凡な俺の日常は特別なこともなく終わる。
そうしてまた、いつもと変わらない明日が来るんだ。
文句なんか言うと罰が当たるぞ。
自分に言い聞かせ、横になる。
そのままゆっくりと目をつぶった。
ピピピッピピピッピピピッ
アラームの音が軽快に鳴り響く。
聞き慣れた音だ。
時間もぴったり同じ。身体もいつも通り。
何も変わらない1日がまた始まる。
身支度を終え、家を出る。
コンビニの前を通って、駅へ向かう。
いつもの時間、いつもの道、いつも通りの景色……のはずなんだが……
なにかがおかしい。
いつもなら学生や会社員でごった返している時間だ。
…なのに、今日は誰もいない。
騒がしいくらいのこの道も、今は音ひとつない。
信号だけが、無機質に色を変え続けている。
なんだこれ??
こんなの、違和感を探すあのゲームなら間違いなく引き返してる。
違和感どころか、あきらかにおかしい。
「あのっ……うっ……」
誰かいないか、そう声を上げようとした瞬間に視界がゆがむ。
立っていられなくて思わずうずくまる。
なんだこれ、俺どうなっちまったんだ。
相変わらず視界がゆがみ気持ち悪い。
少し落ち着くために目を瞑る…
…そして目を開けたとき。
俺はだだっ広い草原にいた。
風が頬を撫でる。
青臭い草の匂いがする。
ん~~いい香りだ…
「……は?」
理解が追い付かない。
俺はさっきまでいつも通りの道を通っていたはず。
だがあたりは見渡す限り、草。草。草。
建物も道路も電柱もない。
事態が飲み込めず、ぼーっと放心していたが、
やばい、遅刻する。
その言葉をきっかけにはっと我に返り、あわてて会社へ連絡しようとする。
が、ない。
ズボンのポケットにスマホが入っていない。
どこかに落とした!?
「うそだよな??」
血の気がさっと引く。
パニックになりかけた、そのとき。
「冷たっ!」
風がまた吹いてきた。
首元が妙に涼しい。
「……なんだこれ!?」
ふと視線を下げると、見たこともない服を着ている。
いつも通りのかたっ苦しい背広を着ていたはずなのに、今俺が着ているのは簡素な布地の服だ。
自分が着ていた服はおろか、かばんやスマホなどすべてがなくなっている。
「おいおい、ちょっと待てよどうすんだよ!?」
あたりを見回すが、スマホもかばんもない。草しかない。
草をかき分けても、やはり見当たらない。
しばらく探しているうちにあることに気が付いた。
「……手、こんなだったか?」
見慣れたはずの手なのに、なんだか妙に若く見える。
肌にも前よりハリがある気がする。
「それに腹回りもなんかすっきりしたような……」
自分の体を確かめる。
肩も腰も妙に軽い。
体を捻ってみても、驚くほどすんなり動く。
「俺の体、こんなに動きやすかったっけ……?」
「……もしかして、若返ってる……?」
頬をつねる。
「もちもちしてる、いたい」
少しずつ落ち着いて頭の中がクリアになってきた。
「……もしかして」
そうだ。
「もしかして」
絶対にそうだ。
「ひょっとして、これ!」
絶対に絶対そうだ!!
「異世界転移してる!?!?」
来た……来た来た……来た来た来た!
ついに来た!
今までずっと憧れてた異世界転移!!
自分には関係ないと思ってた異世界転移が!
今度は俺のところに!!
「……っ~~~~~!」
「いよっしゃああああああああああああ!」
口角が上がり切って全身が震える。
今にも踊りだしそうなくらいの嬉しさ。
いや、もう実際に踊りだしてる。
何度も読んできたあの世界に、今度は俺がいる!
今度は、俺だ!!
俺の番だ!!!




