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砂槍の用心棒  作者: 蓋
1章~砂と水
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5.死砂の槍~前編


爺さんが姿を消して、一週間以上がたつ。


正直、俺は一人の人間を失った以上に何かを失った気がしていた。

数日があっという間に過ぎ、その間、俺はずっとグリアスの酒場にへばりついて、なにも考えずにいた。


そうやって、爺さんがいなくなったことを気にしないように勤めた。

だがやはり、付き合いの長いグリアスやネイクルには隠しきれなかったらしい。


だから、そんな俺を見かねたネイクルが簡単なお使いを頼んできた。


王都から女を連れて来る。

……それだけの依頼だ。



俺は王都を目指し、一人、夜の砂漠を歩いた。


そこで改めて、大切な人を失ったのだという事と、自分があの人を見て育ってきたのだということを実感した。




おろかな話かもしれない。

だが、後悔はしていない。


人の死を悔やんでも仕方がないと教えてくれたのも、爺さんだ。



砂から顔を出した朝日を見たとき、眩しくてその場に一粒だけ、涙を置いてきた。


その一粒で、砂漠は充分潤いを取り戻したようにも思えた。




そして俺は、女との出会いを果たす。


俺の運命を変える女との出会いを……。
















コンコンコン……



日の出前の暗い空は、妙な清々しさを感じさせるが、そうだとしても、バヒムにとってこんな時間にノック音で起こされるのは御免だった。


しかし、女の声はそれを許さない。


「バヒムさ~ん?」





「…………。」






「おーい!」





「(……モゾモゾ)」






「(おっ!おきたかな?)」






バヒムは観念して目を覚ます。

そこは、やや古臭いが雰囲気の良い宿の一室だった。


昨日、酒場で女と会った後、彼は知り合いの宿に泊めて貰っていたのだ。

しかし、酒場で女と話す内に夜は更け、その宿で彼が眠りについたのは本当に遅くだった。

勿論、女も寝るのは大分遅かったはずである。



しかし、部屋の前に立つ彼女の目はシャッキリと開いていた。



コンコンコン……


再び、ノック音が室内に響く。



「起きたよ……。」


眠そうな声で男は答え、掛け布団を押し退けて、重たいまぶたを開く。


まだ、日も昇っていない……。



「話があるので、できるだけ早く支度をして、出てきてください。


私は外で待ってますから。」



足音が部屋の前から遠退く。









数分後、バヒムは支度を済ませて宿の前でメリエラと落ち合った。


昨日もだったが、彼女は特徴的な青のローブを身に付けている。



「昨日もその服だったな……。」





「これが王国魔道士の正装なんですよ………。」




そう言うと、女は腰のバッグから小さめのパンを取り出して、眠たげなあくびをかましている目の前の男に手渡した。



「くれるのか?」




「昨日の酒場で、お金がないって話してたの覚えてない?」




それを聞いて男は、無言でパンを受け取り、一口かじった。


パンはまだほの暖かく、バリバリと感触の良い音をたてて、優しい味が口いっぱに広がって行く。



「うまいな。」



女は顔に笑みを浮かべて、歩き出した。

そしてそのまま振り返らずに言う。


「とりあえず、歩きながら話しましょう?」




「ああ。」


男は彼女に続いた。









微妙に明けてきた空の色は、彼らにとって実に見慣れたものだった。


「いつ見ても、この時間帯の空はきれいだな。」



「ええ……確かに。



……さて、一応確認しておくけど、私を砂漠に連れていくまで、貴方は私の用心棒ってことで、いいんですよね?」



「まぁ、そうだな。」




「……じゃあ、まずはお城にいきましょう!」




「どういうことだ?」




「私の用心棒なんでしょ?」




「いや、城に行くことと、俺が貴方の用心棒だってことになんの……」




「メリエラで良いですよ。」




「え?」




「名前で呼んでいいですってこと。


だって、貴方貴方ってしゃべりにくそうだし……。」




「……わかった。


じゃあメリエラ、一つ聞くが、どうして城に行かなきゃならないんだ?」




「それは……」




「いや、やっぱり答えなくて良い。」




「…?」




急な男の言葉に、女はいささか理解が追い付かなかった。

だが、男は怖じ気づくことなく、ポカンとした表情の女に言う。




「俺は今、お前の用心棒なんだ。


どこへでも俺はついていくし、どんなことからも守ってやる。


だから……」




「だか…ら………?」



突然の守ってやる宣言に、女はさらに当惑し、頬を僅かに赤らめながら、思わず立ち止まった。


そして、男は意気揚々と言い放つ。




「報酬は弾んでくれよ!」





「…………。」














その頃、王城クラウリディアでは顔色を青くした有力貴族たちが、昨日と同じ王城三階の会議室に集っていた………。

と言ってもその人数は少なく、広い会議室にまばらに散った点は、互いに距離を保っているようである。


ただ、ある二点に限って言えば、そんなことはまったくなかった。








「大体は揃ったみたいだな……」



若き国王リメルは居心地の悪い静寂の中、隣の友人に声をかける。

すると、その友人である貴族フェンターラは顔を少しリメル側に向けて言った。



「そうだな。

……だが、ダノン様は呼ばなくてよかったのか?」



「バルヒエラを?


どう言うことだフェンターラ?」




「その様子だと、まだ何も聞いていないのだな……。」




「そのための報告会であろう?」




「まあ、確かに………。


だが………将軍の話を聞く間は決して取り乱すなよ?」




「それはどういう…………。」





ガチャン……




扉が開き、会議室への最後の入場者が現れた。

場は静まり返り、荘厳な空気が一気に室内を満たす。




コツコツコツ……





響きの良い足音を鳴らしつつ、最後の入場者であるパルクド将軍は、自らの席に向かう。

その歩みは確たる自信を感じさせる、着実なものだった。


やがて彼が自分の席に到着すると、すべての者は口を閉ざし、力強く立っている将軍の方へ真っ直ぐに注目を向けた。

将軍は辺りを少し見回して、まばらな会議室の全員が自分を見ていることを確認すると、固まりきった空気を裂くように、第一声を発する。



「既にわかっていることであろうが、確認しておく!

今日ここに呼ばれた諸君が何者であるのかを!」




「………」



将軍の言葉が発せられた瞬間、この場に集った多くの者はたちどころに、続く言葉に語られるであろう悪夢を直感した。

だが誰一人としてそれに狼狽えはせず、どよめきや嘆息も一切の兆候すら見せはしない。

ただ誰もが、その青ざめた顔色をより深層の藍へと染め直していくだけであった。





「諸君は先の大戦からこの国を支えている重要な有力者であり、その大戦の当事者でもある。」



将軍の言葉は次々と、会議室の重苦しい静寂に吸い込まれていったが、この時、初めて暗闇の一角にどよめきが起こる。


「まさか……」



怯えたような声を発したのは、立派な茶色い髭を生やした壮年貴族であった。

彼の顔は、その年齢に相応しくもない、恐れに支配された表情を浮かべて、情けなく歪んでいる。


それによって将軍の話は一旦中断されたが、勘の良いものたちは、壮年貴族の恐れようを見て、彼が何を直感して恐れを抱いたのかということに気がつき始めた。

その一連の流れはどよめきの波を生み、やがてその波は渦を生む。

そして、会議室に広がりきったどよめきは、途端、火をつけたように燃え上がり、そしてまた、あっという間に止んだ。


皆、気がついたのである。


将軍がこれから、何を語るのかということに………。

それはあまりに恐ろしく、信じがたいことであった。



だが、どよめきの渦を見てなおも国王リメルに、将軍がこれから何を語るのかということは、予期できなかった。


そんな彼は密かな声で隣の友人に尋ねる。



「今のはいったい?」



それを聞いたフェンターラは、将軍の姿を目でとらえたままわずかに顔をそらして答える。



「これから彼の口から語られることは、それだけ重要なことなのさ。


まあ、ここに呼ばれたメンバーと、将軍の長い前置きから考えるに、答えは簡単だ。」




「メンバーだと?」


リメルは会議室に集った貴族たちの顔を再び見て確認してみたものの、それが意味するところはつかめなかった。



「わからないか?」



「生憎な………。


ただ、集められた貴族は皆、大戦当時、いや、それ以前から続く家系の者のようだが……。。」



「その通りだ。


この場には、新興貴族や、戦後に貴族として迎え入れた亡国の有力者、平民から選出される国政審議官は不要と……」


と、そこまで語ったフェンターラであったが、再び語り出す将軍の様子を確認すると、そこで言葉を切ってしまった。




「諸君には、昨日起こった『パルフェリア王国』との最初の衝突、その報告を聞いてもらう。


だが、この話は決して口外してはならないものとしたい。


と言うのも恐らく、この話が国民に知れ渡ればこの王国が分裂しかねないという懸念があるからだ。


今回の報告は、それだけ大きな意味を成す。


故に、単刀直入に言う。



昨日の戦闘は我々の大敗に終わった。


それも、忌まわしい『黒霧(こくむ)』によって。」




「………」



二度目のどよめきは起こらず、会議室は静かなままだった。

だが、その場の空気がより一層重くなったことは、実に明確であった。



「黒霧……だと……?」



リメルが静かに吐いたその声は、己の驚嘆を一言に収束させたかのように、どこか重々しく、萎びた響きだった。

その響きを真横で聞いたフェンターラは、僅かにその眼差しを鋭くし、控えめに手を挙げて口を開く。



「パルクド将軍……。


ひとつ聞きたいのだが……。」




「なんでしょうか?フェンターラ殿。」



会議室の一切の注目が、美しいたたずまいの貴族に向けられる。

突然のやり取りに、場の緊張は最高にはね上がり、会議室全体は次に発せられる言葉を待った。



「パルクド将軍。


その報告が本当ならば、私たちは今、大変な危機に直面していることになる。

が、どうにも私には、あなたが危機に直面している様子には見えないのだ……。」









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