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砂槍の用心棒  作者: 蓋
序章~主無き用心棒
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1.灼熱の吹雪~前編

「死の砂漠」

大昔からそう呼ばれる白い砂の砂漠があった。

特段軽く細かいその砂は、一度の強風で簡単に舞い上がり、やがて一帯を灼熱の吹雪へと変貌させるのだ。

巻き込まれれば最期、逃げ延びる暇もなく命もろとも焼かれることになる。


だが、一人だけ

たった一人だけ灼熱の吹雪に自ら向かっていった男を知ってる。

すこし口うるさくて、金のこととなると結構がめつい。

そして、人より少し勇敢で命知らず、誰よりもこの辺のことに詳しくて仲間思い。


だからあいつは吹雪の中に飛び込んだ。

そこに取り残された子供、知りもしない孤児一人を助けるために…

本当に命知らずさ

あの中から帰ってきた人間なんて俺の生きてきた限りでは一人しか知らないんだから。


そうさ、そいつは帰ってきたんだ。

助けた子供と一緒に確かに帰ってきたんだ。

一番近くでその様子を見てたんだから忘れもしない。


孤児だった俺はそこで人の温かさを思い出した気がする。

そしてそいつは俺に言ったんだ。

お前には奇跡を起こす力があるんだってな。

だからついて来いってさ。


どこまで本気でそんなこと言ってたのかは知らないが、確かに俺は奇跡を起こせるのかもしれない。

現に吹雪の中で潰えるはずだった俺が、行商人に助けられ拾われたことで今ここで生きているんだからな。




白い砂漠の高い岸壁の前に男はいた。

風は赤子を包む布のように柔らかく、砂漠にしては心地よい空気を演出している。

男はくたびれた暗い砂色のローブを風に泳がせながらその場にかがみ、文字が刻まれた岩壁をを手でゆっくりとなぞる。




『イシュルム・レンセル 遥か砂へと還る』


やがて文字をなぞり終えると、男は足元の白い砂を一握りすくう。

指の隙間からさらさらとこぼれた砂が風に溶けてゆく。

男は残った砂を腰の布袋にしまい込むと満足げな表情を浮かべて岩壁を去るのだった。


「じゃあな。」


急に日射しが強くなったと男は感じた。












「おい、バヒム。元気ねぇな。」



夕暮れ、といってもまだ早い時間帯の酒場は、いまだ昼間の生暖かい空気を残し、客こそいなかったが、うつむいて、男が心を落ちつけるのには最適だった。

しかし、見事にこの台詞を吐いた者が、それを控えめに言うと僅かに壊した。


カウンターの向こうから、声をかけてきたのは、この酒場の店主の男だ。

豪快なひげ面で筋肉もりもり、しかも汗でテカテカ、背も高くて頭にはバンダナ、おまけに汚れぎみな袖の無い白シャツを着るという、涼しい格好の非常に熱そうな男である。

いや、「白シャツ」というよりは、「白かったシャツ」という方が正しい。

まぁ、どっちにしてもこいつが俺の知り合いであることと、あのシャツが2週間前までは純白だったということに代わりはない。



「あんたのシャツも元気無さそうだが?」


男、その名もバヒム・レンセルは、シャツ男に対し、痛快にそう返した。



「…ハッハッハッ!

相変わらず冗談がうまいなぁ~バヒム!

そうか!お前は知らなかったな。

このシャツは娘からの誕生日祝いでな。

ずっと着てるんだよ。」




「は…はは、そうか…………そうか。」



ずっと着ているとは、いったいいつからなのだろうか?

バヒムは一見簡単そうなこの質問に怖じ気づいた。




「バヒムが元気無いのは仕方ないだろ?」



そう言って酒場に現れたのは、これまたよく見知った男だった。

こちらは白シャツ男と違い、俺と似たような、くたびれたローブに身を包み、緑色で大きめの瞳をぱっちりとこちらに向けながら、年不相応に幼めの顔をひけらかしている。

言うまでもなく髭もなければ、汗でテカテカもしていない。

それどころか、涼しげな空気さえ醸し出している。


というか、冷たい?


バヒムは男が近づいてきて、隣に座ろうとしたときにそう感じた。



「おい、お前そのローブって………」




「ああ、気付いたのかバヒム。この暑苦しい白シャツのせいで相殺されるかもしれないと思ったが………、この国の魔法技術は………」



「すまんなぁ~暑苦しくて。

ほら、こいつは俺からだ。

フフフッ、特製だぞ~。」



白シャツはそう言うと、手製の酒を一杯、カウンターのバヒムの目の前に置いた。



「おっ。ありがとな。」



「ん?グリアス、俺の分が無いぞ?」



「なに言ってんだ?バヒムは元気ねぇが、お前は違うだろ。」



元気ない………か。

自分ではそんなつもり無い……

はずなんだけどな。



「……暑苦しいとか言って悪かったよ。」



「なに言ってんだ?別にそんなの気にしてねぇーよ。」




白シャツと童顔のやり取りが続いている間、バヒムはそれを聞き流しつつ思考を過去に巡らせる。








-二週間前-


「なぁ、バヒム。」


「なんだ?爺さん?」


「良い夜だな。」


確かに、見上げればそこは、溢れんばかりに光の滴をはらんだ深い青の水溜まりで、目線を少しずつ下げてくると今度は、遠くにぼんやりと引かれた水溜まりと砂山との境界線が見えてくる。

そして何より、そんなありふれているはずの景色が際立ってしまう程静かな夜だ。


バヒムは確かにそう感じたが、素直な返答はしなかった。


「どうしたんだ急に?夜を語るなんて、詩人にでもなるつもりか?」


「フフ、飽きるまで詩ってやろうか?」


眠る砂漠の道無き道を、二人の男が歩いてく

凍える夜の吐息のなか、先に見えるは砂漠の城壁

溢れるわずかな光すら、こんな夜には道しるべ


「遠慮しとく………。

……それよりも、良い夜ってのは寒いな。」


少しずつ風が強くなっていた。

バヒムの茶色い瞳はまっすぐに、城壁から溢れる暖かな光を見つめ、手は風でなびき始めた砂色のローブを押さえ付けた。


「そうだな。」


もう一人の歳をとった男も、その陽光のような黄色の瞳で見つめていたのは先の城壁の温度だった。

砂漠の街リアネキード、それが亡国の都だったころの遺物が包み込むその街は彼の目には寂しくも特段温かく映っていた。






その日、町外れの酒場「サンドルフィン」は、いつも以上に盛り上がっていた。

というのも今日は、サンドルフィンの店主「グリアス」の誕生祝いの日だったのだ。

当然、気前よく酒が振る舞われ、店主の知人も、そうでないやつも丸々一夜を飲み明かす勢いだった。

店主のグリアスも、いくら酒の強さに自信があるとは言え、すでに半分くらい酔っぱっらっている。


しかし、そんな騒がしい状態だったにもかかわらず、彼の耳は駆け寄ってくる自分の娘の声をはっきりと聞き取ることができた。


「お父さん!」


グリアスの体躯からは想像もつかないような小さくてかわいらしい彼の娘は、そのまま父に抱き着くのだった。

この店の常連は仕事帰りの鉱夫が大半であったため、もちろんのこと今夜も屈強な見た目の男ぞろいだったのだが、その中にいる彼女はあたかも小人のようにさえ見えた。


「お~!どうした我が愛しの娘よ!」



グリアスは両手を広げ上機嫌な声で上機嫌なセリフを言いながら小人を迎える。

そして、その逞しい腕に抱き抱えられた少女は、やはりグリアスの姿からは全く想像できない愛らしい表情で、自分の父親をじっと見つめて言うのだった。



「あのね、お父さんにプレゼントがあるの!」


「そうか!お父さんは嬉しいぞ!」


そんな二人のほほえましいやり取りは、賑やかを通り越してやや無秩序に入りつつあった酒場の雰囲気を祝い一色に染め直した。

酒場の各席からは茶化すような祝いの言葉も飛んだ。


「取ってくるね!」


小人はそう言い残して、カツカツとカウンター奥の階段を上っていく。

二階の一番手前にある部屋は彼女の部屋だった。

彼女は暗い自分の部屋に入ると、今日のために隠していた仕立ての良いシャツを手に取る。

先月、王都にいる母親に会いに行ったときに父のためにこっそり二人で選んだ品だった。

自分のことを待ち遠しく思っている父の顔を思い浮かべると自然と彼女の顔にも笑みが浮かんでくる。


しかしその想像とは裏腹に、父親の顔は険しいものだった。

彼の娘が階段を上がっていったのとほぼ同時だったであろうか、一瞬の隙間風が入り込んで来るかのごとくいつの間にか男が一人、入り込んでいた。

屈強な酒場の常連やグリアスに劣らない程度に背は高く、すらりとしていて今の酒場の空気には似つかわしくない雰囲気をまとう彼は、娘を見送るグリアスに背中から声をかけるのだった。


「………誕生祝いたぁ、めでたいことだなグリアス。」


その男の挑発的な口調と、聞き覚えがある忌まわしい声にグリアスの表情がピクリと強張った。


「………ガルンド、なぜ帰ってきた……。」


一瞬にして冷え込む酒場の空気。

楽しく速く感じられていた時間の流れが、途端に長く険しいものへと変わったような気がした。

ガルンドと呼ばれた男は深いフードで顔を隠したままやれやれと顔を横にふりつつ答える。


「何故って?何か不都合があったか?」


「追放の身でよくここに帰ってこられたな!」


グリアスは意図せずに声を張り上げていた。

その声は上の階の愛らしい小人にも、ここ「サンドルフィン」にあと一歩と迫った二人組にも聞こえていた。


「今のはグリアスの声だよな?」


二人組の内、若い方の男は明らかな異常を感じ取っていた。

そしてそれは上階の小人にも、当てはまった。

彼女は聞いたこともない父親のこわい声にびくりと体を震わせ、その足元にシャツを思わず落としてしまうのだった。

不安げな表情を隠すこともできない彼女はすぐにそれを拾って、恐る恐る階下を目指す。


同時に異変を感じ取った二人組は酒場の扉の前で中の様子をうかがおうと耳を傾けるのであった。


「追放?なに言ってんだ?」


「貴様、罪を忘れたとは言わせないぞ…」


「勘違いも大概にしとけグリアス。ここはもうジェフリアじゃあない、だろ?」


酒場全体が静まり帰っていた。

彼の、ガルンドの言葉はこの酒場の多くの者を不快にさせた。

グリアスもその例にもれず、ガルンドへの殺気のようなものが酒場全体に広がっていた。


「……たしかにここはもう祖国ジェフリアじゃない。しかしそれでお前の罪がなくなったわけではない。」


「久しぶりの再会なのに歓迎してくれる気もないみたいだな。まぁ俺もそんなつもりで来たわけじゃないからな……」



「ならば、今すぐ帰るんだな。

そもそもどうやってこの場所を…」


グリアスがつぶやくがすでにガルンドの視線はグリアスを通り越してその向こう側、階段からちらりと覗く少女に向けられていた。


「あれはお前の娘だな?」


「……まさか、お前!」


グリアスは相対するガルンドから目をそらすと共に、カウンター奥の階段から、こちらを不安げに見つめてくる自分の娘の方へ振り返った。

それが失敗だった。

ガルンドは次の瞬間には懐からなにやら取り出しそれを地面に転がす。


プシュー!


あっという間に足元から店全体を白い煙が覆ってゆく。

グリアスがしまったと思ったときにはもう遅かった。

すでにほとんどの視界は奪われ酒場は混乱の渦に包まれた。

もうガルンドがどこにいるのかもわからない。

探そうにもこのままでは身動きが取れない。



「まずいことになった…」





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