最終話
墓参りの翌週、ハルカは復調した。
やはりあの時は疲弊と憔悴の影響で、頭も心もかなりヒャッハーになってたらしい。
久しぶりに俺の家の玄関で顔を合わせると、顔を真っ赤にしながら俯き、なかなか目を合わせてくれなかった。
なんと可愛い。なんと愛らしい。
こんな超絶美人が俺を好きだと言ってくれて、彼女になってくれて、もう最高だ。
自惚れでいい。ドン引きされても気にしない。
自慢気どころか自慢そのものだよ。
だから何度もまた言わせてもらう。
もう、最高だ。
……まあ、こんなイベントなんかは、もう二度とないことは間違いない。
誰かを好きになり、誰かに好きになってもらうのは、きっと、ハルカが最初で最後だ。
だって本来の俺は、ダサくて、バカで、東道院曰く決してイケメンなどではないから。
ハルカは否定してくれるが、俺にはわかってる。
最初で最後の彼女。
俺はたまたま、幸運にも、それがハルカだっただけだ。
俺のモテ期は、ハルカが全部、受け止めてくれたんだから――。
(――……って、普通思うじゃん?)
なぜだろうか。なんだろうか。
俺は今、何に巻き込まれ、どういう状況に陥っているのだろうか。
「あの……空閑くん? 聞いてる?」
そう聞いてきたのは、天童寺秋良先輩である。
場所は、普段人が来ない校舎裏。なんつー都合のいい場所だろうか。
「え? あ、ああ……はい。ちょっと、驚いただけなんで……」
「そうなんだ……。ごめんね、こんなこと突然言ったりして。もちろん知ってるよ? 空閑くんが遥日宮さんと付き合ってるって。……でも伝えないと、私、先に進めそうにないから。だから言わせてもらったの――」
そして天童寺は、少しだけ、影のある笑みを見せてきた。
「――私が、空閑くんを好きだって」
「ええと……はい」
どうしてこうなった?
なぜ俺は、天童寺から告白されている?
――状況を整理してみよう。
放課後、ハルカと帰ろうとした時だった。突然放送によりハルカが職員室に呼ばれいなくなると、狙いすましたかのようなタイミングで、野生の天童寺が現れた。
何やら急用らしく、人手がいるんだとか。
その鍛え抜かれた強靭な身体能力でグイグイ腕を引っ張られ、やむなく彼女についていくと――。
……で、はい、こうなった。
いったいどういうことだよ。なんだって今になって、こんな陽キャイベントが起きるんだよ。俺の今までの灰色人生は何だったんだよ。
天童寺秋良、ぶっちゃけかなりの美人だ。
健康美溢れるその魅力は、ハルカと出会ってなければ、こんなの向こうが言葉を言い終わる前に食い気味に「お願いしますありがとうございます!」と叫ぶこと確実だろう。
……でもまあ、ハルカと出会わなければ、そもそも天童寺とも出会うことはなかったわけで。
それに天童寺も察しているが、答えなんぞ、考えるまでもなく最初から決まっている。
「その……ごめん。俺、ハルカが好きなんだ」
「うん、知ってる。でも、私も好きだから……」
……ん?
「あ、ありがとう天童寺。でも俺は、ハルカと付き合ってて――」
「それも知ってる。でも、私とも付き合って欲しいから……」
私と、も?
「……ええと、それはちょいとヤバいかなぁって。俺はハルカが好きだし、天童寺とは付き合うつもりはないんだけど」
「うん、知ってる。でも、私も好きだし、付き合って欲しいし、絶対に、諦めたくないから……」
「…………」
俺の方が先に進めそうにないんだが?
いやこれ、カウンター属性強すぎじゃね?
何言っても返してくるじゃん。全弾見事なクロスカウンターじゃん。さすがはボクシング特待生。
「ええと……天童寺?」
「だってしょうがないでしょ!? 私だってわかってるよ!? 言ってることむちゃくちゃだって!」
天童寺、ラッシュをかける。
「でも、こんなに人を好きになったことないんだもん! 初恋なんだよ!? 初恋! それなのに初恋相手が、最初からラブラブな彼女持ちとかふざけてんの!? ねえ! ふざけてんの!?」
ふざけてなどいない。ふざけられない。
なぜなら俺は、ふざける余裕など微塵もないのだから。ハルカを悲しませると、ハルカパパから地獄を見せられる特典付きだから。
「――天童寺さん、ごきげんよう」
背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。
覚えどころじゃない。もはやDNAに刻まれた、マイスイートハニーの言葉だった。
「ハ、ハルカ――!」
助かった――咄嗟にそう思った。
しかしそれは、救助ではなかった。救助などという、温情たっぷりな臨場などではなかった。
「うふふふ……。晴太さん、ここで、何をしているんですか?」
「え? いやこれは、その、天童寺から連れて来られて……」
すると天童寺、困惑する俺を差し置いて、ずいっと前に出る。
「……遥日宮さん、こんにちは。でも今は、私と空閑くんが話しているの。そんなの、わかるでしょ? 引っ込んでて」
「これは失礼しました。確かに私には、嘘のマイク放送を流して私を引き離し、晴太さんの優しさに付け込んでこんなところまで連れ込み、あまりにもしつこく関係を迫った……ということぐらいしかわかりませんね。うふふふ……」
言葉と言葉の殴り合い。
ヤバい、観戦チケットで金取れる。
(ってそうじゃねえ! 誤解はされてない――されてはないが、ハルカがすこぶる怒ってやがる!)
「ハルカ!」
「は、はい!」
名前呼ぶと、彼女はビクリと震える。
その瞬間、天童寺の横を通り抜け、ハルカの手を握り、全速力でその場を離脱した。
「逃げるぞ!」
「……はい! 晴太さん!」
そして背後から、天童寺の叫びが聞こえる。
「――空閑くん! 私、諦めないから! 絶対、絶対に! 諦めないからぁ!!」
天童寺、闇堕ち。南無三。
しばらく走り、天童寺の追撃がないことを確認したところで、ハルカはジト目を向けてきた。
「……晴太さんも晴太さんです。私が不在中に騙されたとは言え、ノコノコついて行くなんて用心が足りません。実力行使で来られたらどうするつもりだったんですか?」
実力行使が何かってのは……うん、考えないことにしよう。
「でも天童寺さんなら、これからも何かやりかねないかも……。こちらも、何かしらの手を打たないといけませんね。それなら、まずは……」
ハルカ、超警戒モード突入の予感。
「いや、ごめんごめん。気をつけるよ」
(……あれ? これ本来、立場が逆の時に俺が言うやつじゃね?)
そんなことを考えてると、ハルカは、俺の手を優しく握った。
「――……では帰りましょう、晴太さん」
「ああ、そうだな」
日が長くなり、まだ空は染まらない。
澄み渡る青空、輝く太陽と、遠くに見える白い積乱雲。春を忘れつつある季節の変わり目の空模様。木々は緑を広げ、赤と黄の花弁は風に揺れる。
そして少しだけ、しかし確かに何かが変わった、俺とハルカ。
なんてことはない毎日の中、なんてことはない俺と、なんでもぶっ飛んだハルカは帰路に付く。
こうしているだけでも、心が満たされる。
まさに、幸せの絶頂――。
(――……幸せの、絶頂?)
……と、言うことは。
「――待てぇい!!」
突如、俺の前に立ち塞がる男の影。
高身長、凄まじい程の中性的イケメン、そして腕を組み堂々たる立ち姿で、俺達を呼びとめる不遜なる態度。
もしや東道院か――と思ったが、違う。明らかに別人。なぜなら風に靡くそいつの髪は、輝く金髪。
そう、俺達の前に突然現れたそいつは、その男の正体は――!!
(……いや、誰?)
マジで誰かわからん。
しかしハルカは、俺とは違い、愕然としていた。
そして彼女は、思わず手を離す。口惜しや。
「――に、兄様!?」
…………ん?
「兄、様……?」
兄様、兄、兄貴、兄ちゃん、マイブラザー……。
「……はぁぁ!? ハルカのお兄さん!?」
「ハーハッハッハッ! そう、その通ぉり! 僕こそがぁ! 正真正銘! 紛うことなき! 鏡花最愛のぉ……兄ッ! そして誰よりも! 鏡花を愛してやまない、僕の名はぁ――!」
金髪男は、意味深なポーズを取った。
海外の美術館で見そうなやつ。
「――遥日宮、清隆だッッ!!」
「…………」
……あれ?
初対面なのに、どこか既視感が。
「……なあハルカ、この人、ホントにお兄さん?」
「ええ、はい……いちおう……」
いちおうとは?
「っていうかお兄さんさ、俺の気のせいじゃなければ……なんか、東道院と似てね? つーか、めちゃくちゃ似てね? そっくりじゃね?」
「は、はい……。ですから、その……」
「あー……なるほど。うん、わかった」
ですから、東道院正宗も苦手――ということなんだろう。
しかし、似てるどころの話じゃねえな。
違うのは髪と筋肉と顔面ぐらいで、後は言動から趣向まで、そのまんま東道院じゃねえか。
むしろ血縁をいいことに、遠慮を全て置き去りにしたネオ・東道院とも言える。
なんと厄介な。
キャラクリ、サボり過ぎだろうに。
しかしなるほど、これまでのハルカによる東道院への当たりのキツさはちょっと疑問だったが、今すんごい腑に落ちた。
つまり、兄由来なのか。
……東道院、あまりにも哀れ。
「おい! そこの貴様ァ!」
遥日宮清隆は、俺をズビシッと指さした。
「貴様が空閑晴太だな!? ここで会ったが百年目とはこのことだッ!!」
初日だっつーの。
「……いいえ、人違いです」
「卑怯な手で鏡花に交際を迫るなどォ――腐れ外道めがッ!! 僕の目が黒いうちは、そのような悪行は断じて――って、へ? 違う? 何が?」
「だから、人違いです。僕は友人の木村です」
「な、なんと! ただの御学友だったか! これは失敬した! ……時に御学友、憎き悪賊、空閑晴太を知らないか?」
「あーそれなら、さっき学校で山に行くって言ってましたよ。あの遠くに見える山の奥地に」
「なるほど! 遠くに見えるあの山だな! 情報提供感謝する! ではさっそくそこへ向かい、引導を渡してくれよう! 首を洗って待つがよい! 空閑晴太ァァ!! ――では鏡花! また会おう!!」
そしてお兄様は、プロ陸上選手のような美しいフォームで走り去っていった。山に。
青天の下、ゲリラ豪雨の如き災厄が過ぎ去り、俺とハルカは同時に溜め息を吐き出す。
「晴太さん。その……はい、すみません」
ハルカは小さく、とてつもなく色んな意味が込められた謝罪をする。
「いや俺はいいんだけど……どっかから帰ってきた感じ?」
「はい、兄様は遠方で一人暮らしをしていて、父の会社を任されていたんですが……。でも戻ってきたとなれば、晴太さん、一段と気を付けてください」
「初段の立ち位置がわからんが、心得た」
確かにあんな重油並みに濃すぎる兄貴に目をつけられたのなら、おそらく、またも嵐が吹き荒れることは確実。
わかる。俺にはわかる。
つーか誰にでもモロバレ。
絶対に、めんどくさいことになる。
……何やら凄まじく疲れてしまったが、ともあれ帰ることにしよう。
「……あ、そうだハルカ。帰りにハンバーガー食べないか?」
「あ、行きたいです! 私はチーズバーガーがいいです!」
彼女は、笑顔で答えてくれた。
俺とハルカは並んで歩く。
どちらかが前じゃない。後ろでもない。
横に立って、歩幅を合わせ、この道を進む。
「ちょっとだけ走ろうか、ハルカ」
「はい、晴太さん!」
彼女――遥日宮鏡花。
遥日宮家の嫡次女で、溢れる才能と弛まざる研鑽の集大成。才女。天才。泣き虫。意地っ張り。罪悪感に怯え、ハンバーガーを観察し、時々、こっちの都合を考えずに暴走する。
いいところも、悪いところも、色んな側面が彼女の中にあるけれど、その全てが彼女であり、どうにも、“遥日宮鏡花”という枠だけでは収まりきれそうにない。
だから俺は、今日も彼女をこう呼ぶことにする。
ハルカなる彼女。




