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悪夢狩りの硝子工  作者: 藍染三月
プロローグ
1/7

星落─Wens aan een ster─

『お前にとって忘れてしまいたい人間……ソイツに関する記憶を消してしまって、本当に良いのか?』


 星が、降っていた。熱を失った天体が(ひょう)のように落ちていく。天心にしがみつく力はもはや残されていないのだろう。夜から剥離した隕星は草原に落下して、冷たい土に穴をあけた。潰える光は一条のみならず、幾筋もの光芒が奔っては地中で息絶える。


 まるで星々の塋域(えいいき)。悪夢の只中で少年は、問いかけに唇を引き結んだまま、死んでいく星達を静かに眺めていた。


 奔星は少年を避けて落ちていく。廓寥(かくりょう)とした世界にたった一人残された有様で、彼は胸元の丸い硝子を掻き抱いた。そんな虚勢を見兼ねた溜息が夜気に混じる。この場には彼しかいないのに、彼のものではない緩声が、響く。


『忘れたくないのなら、記憶(ソレ)を砕かなければいい。忘れたくなったなら、砕いたらいい。だが、記憶は硝子だ。破片を繋ぎ合わせることは出来ても、粉状に砕けてしまえば元には戻せない。掻き集めようとしても形にならず、その手が痛むだけ……ソイツを忘れた後のことをよく考えてから決断するんだな』


「分かってる。もういい」


 少年は球体の硝子を手放して、左足のベルトを指先で弾いた。彼の体に対してやや大きい小刀がレッグホルスターから垣間見えている。革製のかぶせが捲られ、露わになった刀身は硝子で出来ていた。


 彼は自身の手首を深々と切りつけて血を(あや)した。赤々としたそれは球体を色付けて月蝕を具象していた。


 柄を握り込んだ彼の両手は見かけ上の祈りを象る。切っ先は足元に狙いを定めてまだ揺らぐ。


 氷刃が崩れゆく夜を透かしていた。地平線の上にある夜天は明星を失い、罅割れ、廃屋の壁紙みたいだった。


 涼風に煽られ明滅する月が彼を急き立てる。ほら早く。この(せかい)は今に終わるのだから。


「……忘れた方が、いいんだ。俺は、あの人のそばにいない方がいいんだよ」


 フィラメントが焼き切れた電球のごとく、白月の光はふっと尽きた。黒ずんだ氷輪が天から剥がれ落ちたのと、ひとつの記憶が砕けたのはどちらが先だったか。


 砕屑(さいせつ)の響きが無数に連なって暗転をもたらす。


 それは少年にとって、四日目の悪夢の出来事。


     *


 神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。


 神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。


 夕となり、また朝となった。第四日である。


──引用『創世記・第一章』

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