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第十四話 地図の死角

 さて、「王后誘拐犯」たちによるアンゲルフェルスの封鎖突破、その後の話である。


 逃亡馬車と一騎はアンゲルフェルスの突破後すぐに街道を外れ、またも林道に入り、次に農道と思しき道へと移動していた。


 見通しは良いとは言えない地点ではあったが、それは同時に彼らの存在も露見しにくい事であり、少なくともアンゲルフェルスに残る騎兵が追い縋る蹄の音は辺りに響いてはいなかった。


 彼女たちはここで馬車を止め、暫しの間、急な疾走で限界の近い馬と主を休ませる事としたのである。


「……隊長。申し訳ございません。私の不手際で、陛下と隊長に負担を……」


 御者席の青年は傍にいる馬上の上司に先の失敗を詫びていた。


「いや、いい。私も脅威を見誤っていた。これならば、もっと離れた位置で馬車を止め、探るべきだった」


「……アンゲルフェルスで、何かあったのですか」


「あった。『アンゲルフェルス「で」』と言うのは正しくないがな」


 そう言うとラスティナは、懐より何処かしらで破り取ってきたらしき四隅の欠けた紙を取り出してステファンへと手渡した。


 そして彼女は、馬車のルクレツィアへと近づいた。


「陛下。お加減は如何様でしょうか」


「…………全く、よくはないけど。さっきはこれ以下の最悪だったから、まだマシといったところ。ありがと」


「これが私の役目ですので」


 王后の顔は未だ血の気を失ったままであったが、正体が露見した瞬間の乱れた脈と呼吸は、いくらか落ち着きを取り戻していた。


「…………今、少尉と話していたけど。アンゲルフェルスで、何があったの」


「……市内には、首都における陛下のご不在が既に知れ渡っておりました」


「…………やっぱり。でも、どうやって」


「電信です」


「…………そう、電信。……電信?!」


 そして遂に、ルクレツィアは離宮にて計画を策定していた時に見落としていた変数を知らしめられたのである。


「はい。これにより、今朝に発覚した陛下のご不在が、今日の正午にはあの町に届けられていたのです」


「……で、でも、なんでアンゲルフェルスにまで、電信が」


 王后の「にまで」という言い方には少し語弊があるかもしれないが、少なくともこの「逃亡」の三年前の時まで、この認識は妥当であった。

 王政末期のエルブリヒトには、光学《Optische》による通信設備網が既に存在し、その一部は新しい電気《Elektrische》通信設備に置き換わろうとされつつあった。

 しかし、送受信される腕木の角度、電磁石で揺れる針の振幅、電気信号音の長短から符号を読み取り文字に起こし、その情報を解読できる技能者は限られていた。


 また、当たり前の話だが、腕木の角度を読めるものに針の振れ幅を見せても仕方なく、二方向の針の意味を知るものに二つの音の組み合わせを伝えても何もできる事はない。

 当時の技術の進歩と設備の更新、知識の陳腐化の著しさも相まって、尚のこと「実用に足る技術者」の希少性を高めていた。


 そして、信号の伝達は迅速でも技能者の不在の為に、到着先で未解読のまま数日の間放置される事も少なくなかった。


 そして、アンゲルフェルスのような中小都市においては、情報を中継して次に伝達する為の人員は配備されていても、その意味を解する事はできなかったし、する必要もなかった。


「整備されたようです。設備も、そして人も」


 しかし、その王政時代の牧歌的とも言える更新速度と比べ、革命政権は急速にこの通信網を整えなければならなかった。

 国王がエルブリヒトの支配者である事は過去からの慣習の継続で受け入れられても、その後に現れた新参者である民衆代表者中央大会サントル・コンシリウム・ポピュラーレという存在は、自身が統治者である事を常に地方に知らしめ、地方を知り、地方と接続し続ける必要があったのである。


 守旧派の貴族領地が国家から離脱し、国土面積が減少した事は、国力の面では純然なマイナスであっても、整備すべき用地の減少という点では革命政府を助けたのかもしれない。


 ともあれ、その需要の為にかつて希少な存在であった「電気通信士」という特殊技能者は、これまでのように定時の通信と臨時に文面の解読を十分に行える上位技能者と、有事の発信の到達のみを確認して上位者に連絡する下位技能者の二種に分けられ、それでも技能者の足りない末端部には首都の上位技能者を直接派遣する鉄道輸送体制も整備された事で、俄かにその運用範囲を拡大させたのであった。


 だが、それら「電信の普及状態」とは、結局のところ「原因」である。


「……しかし陛下、我々の最大の見落としは、この「地図に書かれない黒線」ではありません」


 その「結果」、一体何が齎されたのか。


「陛下。陛下は「離宮より拐かされた被害者」。そして我らは、「それを成した悪漢」とされ、これがこの国中で溢れかえっています。つまり、陛下への忠誠、郷愁、愛着。もはやこれらは陛下を守る盾ではなく、行く手を塞ぐ壁であると考えるべきやもしれません」


 ラスティナは、彼女の判断を奏上した。


「我々の相手は公民保衛コミテ・コンヴァシオン協約委員会・サリュ・ナシオナーレではなくなりました。この、エルブリヒト国民連邦「全体」です」

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