Episode8:それは人として、不条理な《最期》
2388年5月25日(水)3:27 P.M. 第13居住区・南星宮高校 廊下
「南星宮高校2年、望月光。『政府機密情報漏洩罪』及び『政府反逆罪』の罪により、貴様の身柄を拘束する。」
血の眼の女軍人は、その少年の犯した罪の内容を述べる。彼女の部下3人にうつ伏せに押さえつけられている少年は、あまりの驚きで丸くなった眼で女軍人の顔を見つめている。
機密情報漏洩?政府への反逆?一体全体何の話だ?
光はUGEに対して敵対心や反抗心などは持っていない。と同時に、UGEに関する知識や情報を、教科書を超える範囲で知っている訳でもない。母親の燈は確かにUGE職員だが、彼女がそもそもUGEで何をしているのかすらも、光には謎なのである。
勿論、光がUGEと反抗する勢力と関わったことなど皆無だ。だとすれば、自分の投稿したあの動画に、図らずも反政府勢力にとって有利な情報が隠されていたということだろうか?光は、動画に記録したあの空飛ぶ少女の顔を思い浮かべる。政府にとって知られてはならないような秘密を、あの少女が隠し持っているとでもいうのだろうか?冷たい床の温度を頬に受け、3人の軍人の圧力に耐えながら、光は考えをめぐらせる――
「15時27分42秒、目標の身柄を拘束しました。」
光を押さえつけている一人の軍人が、Watchに表示された時刻を正確に読み上げる。
「よし。直ちにこいつを本部(HQ)に輸送せよ。そこで“ヤツ”に関する情報を洗いざらい吐かせろ。その後は好きに処理すると良い。」
「「「はっ!」」」
“ヤツ”――?“ヤツ”とは誰なのか。動画の少女のことか、それともUGEに敵対する組織の者か?どちらにせよ光は双方に関する情報など何一つ持ち合わせていない。光は力を振り絞ってうつ伏せに拘束された身体を反らし、ブラッドアイに必死で弁明する。
「ちょっと、これ外してください!!“ヤツ”っていうのが誰なのかも分かりませんし、そもそも僕は貴方たちに反逆しようだなんて思って――ぐわぁっ!?!?」
その刹那、光の左頬は再び冷たく硬い床に強く叩きつけられる。
激しい衝撃が光の脳を強く揺らす。
と同時に、今度は右の頬から刺々しい感触が襲ってきた。
光がそちらに視線を向けると、そこにあったのは黒革のブーツと、電磁式自動小銃の銃口だった。
その向こうに、ドロシー・ブラッドアイの冷酷な眼差しがあった。
ブラッドアイは光の耳元に顔を近づけ、周囲には漏れないような小さな声で囁く。
「黙れ。全人類の生命を危機に陥れようとする“悪魔”め!貴様が撮影した動画のせいで、全宇宙の民衆が脅威にさらされる羽目となったのだ!!」
電磁式自動小銃の引き金に指を置き、ブラッドアイはいつでも発砲可能な姿勢を取っている。彼女の言葉と冷めた視線、銃口から漂う焦げついた臭いに、光の思考は動転してしまう。
全人類の危機――!?どういうことだ?それが自分の投稿した動画によって引き起こされたというのか?
納得できない。たった一本の、たった1分の動画が広まったくらいで全人類が滅亡するなど、あり得ない。
これは何かの冗談だ。どっかの番組のドッキリ企画だ。
頭のどこかのネジが外れてしまったのだろう。光はフフフと含み笑いをして、ブラッドアイの血の色の瞳を見つめる。
「あーあ。面白かった。もうわかりました。これ、ドッキリですよね?」
光の素っ頓狂な台詞に、ブラッドアイはピクリと眉を顰める。
「だってあり得ませんよ。ただの高校生相手にUGE軍がこんなことするなんて。きっと貴方たちは、どこかのテレビ局の方か、もしくはWeTuberの方々ですね?いやー、服装の細部まで再現されていたので全っ然気づきませんでしたよー。その背中の銃もよく出来てますねー。金属っぽい光沢も上手く表現できていて、まるで本物の電磁式自動小銃みたいでカッコいいですねー。そんな本格的なコスプレされちゃったら、本物のUGE軍だって皆信じちゃいますよ。いやー、実によくできたニセモノ――」
〔〔〔バコォォォォン!!〕〕〕
その刹那、おちゃらけた光の調子の言葉を遮り、雷鳴の如き轟音が、学校全体に木霊する。轟音と共に、青白く目映い雷光が、屋内であるはずの渡り廊下に突如出現する。あまりにも激しい雷光に、その周囲にいた者は皆背を向け、目を伏せていた。
やがて轟音が収まり、雷光も弱まったのを見計らって光が閉じた目を開ける。先程まで光に向けられた電磁式自動小銃は上に向けられ、銃口からは黒い煙が細長く上にたなびいている。その先の天井には直径40mm程度の穴が穿たれ、階上の様子を覗けるようになってしまっていた。
紛れもない、“本物”の電磁式自動小銃のその威力に、光だけではない、そこにいた誰もが恐れ戦いた。
「いかにも。これは実によく出来た“本物”の電磁式自動小銃だ。この制服もUGE軍総司令部より支給された“本物”のUGE陸軍専用軍服であり、そして我々もまた、特殊な訓や試験、数多の任務で優れた成績を残した者たちによって結成された、“本物”のUGE軍・AXel隊員である。――疑問はこれで解決か?」
ブラッドアイは、それまでよりも更に険しい顔つきで光の顔を凝視する。侮蔑と憤怒に溢れたその表情に恐怖した光は、最期にとんでもない人物の地雷を踏んでしまったと、自分の拙い思考回路に絶望した。
「まったく、我々をWeTuberとやらと一緒にするとは……貴様には一刻も早く処罰を下さんといかんな。おい、すぐにここを出るぞ。望月光も一緒だ。」
「「「はっ!!」」」
彼女の呼びかけに軍人たちは一斉に了承の応答を返す。ブラッドアイは衣栖佳やエルク、福希を含む生徒たちを一瞥して踵を返す。その後ろにいた軍人たちもブラッドアイに追従して生徒たちに背を向ける。光を拘束していた3人の軍人は、その隆々とした腕力で光の身体をがっしりと捕縛しながら、ブラッドアイの背中を追いかける。
一体これから何をされるのか。自分が何をしたというのか。何もわからないという不安が、光の頭を、そして心を狂わせる。
光は両手に嵌められた手錠で、自分を縛る軍人の一人を何度も殴りつける。だが腕の可動域も小さく縛られてしまっているために、ほとんどダメージを与えることができない。光の無意味な抵抗に業を煮やした一人の軍人が、拳を握り、光の側頭部を強く殴打する。
激しく脳を揺さぶられた光の意識は朦朧とし、抵抗する力もすっかり奪われてしまった。
(ああ……このまま訳も分からないまま、僕は殺されるんだ……皆にさよならも言えずに、《地球》にも行けずに、父さんにも会えずに……。あの女の子の正体も、分からないままで、僕は――)
薄れる意識の中、光の眼は衣栖佳たちの心配そうに見つめる顔を捉えた。それを見て、これまで出会った人たちとの思い出が、次々と光の心に想起される。
燈が初めて光を抱いた日、
初めてエルクと福希に出会った日、
衣栖佳が転校してきた日、
衣栖佳から初めて《地球》の話を聴いた日、
4人で一緒に遊園地で遊びまくった日――
楽しくて、嬉しくて、何気ない思い出の数々が、走馬灯として光の脳内を過っては消えていく。
やがて光の意識の上に、あのエルフ耳の少女の顔が浮かんでくる。
(ああ……君が一体何者なのか、最期に知っておきたかったのに。ごめんよ。僕はもう――)
行進する軍人たちに体を揺らされながら、光は誰にも聞き取れない程の小さな小さな声でそう呟いた。この不条理すぎる結末に、未練を抱いて――
直後、光の意識は闇に包まれた。
あれからどれ位の時間が経っただろう。
もうUGE軍の本部とやらに着いたのだろうか。
衣栖佳たちは無事だろうか。
何はともあれ、僕はもう助からない。
このまま、黙って死を待っていよう。
あ、拷問があるんだっけか。どうしよう。何も語ることなんてないのに――
「――――!!」
ふと気が付くと、身体の揺れが止まった感じがした。何事だろうか。何か声も聞こえた気がする。
「――だ?悪いが――――るぞ。」
段々と意識がはっきりしてきた。これはブラッドアイの声だ。内容はうまく聞き取れないが、長い言葉を発していることは分かる。部下に何か命令でもしているのだろうか。
「――んですよ?あれに――の、“レリギオス”だってことくらい!!」
はっきりと声が聞こえる。この声は……衣栖佳?
どういうことだ?まだ学校の中にいるのか?
何故“レリギオス”の話をしているんだ?
光は意識を取り戻し、眼をぱっと見開く。
光が目にしたのは、電磁式自動小銃である方向を狙う、ブラッドアイらUGE軍の後ろ姿だった。
その標的は、湯田衣栖佳以下その場にいた120名の星宮南高の生徒である。