Episode9:《戻る》
2388年6月28日(火) 10:30 A.M.
第19居住区・モードス=ハロモグ 東ハロモグ地区
アルトホテル 1階・フロント
\\\ザッパアアアアアアン!!///
「うわっ!?――何!?」
水場などないはずのホテルのフロントで、巨大な鉄の塊が飛沫を上げながら地面から飛び出してきた。
ちょうどテレシアと市姫のいる場所の近くに現れたそれは、大昔の型式の潜水艦だった。彼女たちがそう認識した直後、潜水艦のハッチのロックが外れる音がした。
〔〔ガン!!〕〕
「無事か、皆!?」
開いたハッチから、望月光の上半身がひょっこりと現れ出た。
「ひ、光くん……??」「モッチー……!」
外で何があったのか知らない二人は、光が潜水艦から出てきたのに吃驚していた。その潜水艦もどうして地面から出てきているのか分からないので、全く要領を得ていない。
「な、なんで潜水艦?――に乗って??AXelの人は??」
「ごめん、説明は後だ!!とにかくこの潜水艦に避難するんだ!!」
「えっ、でも……」
「急いで!!まだ追手が迫ってくるかもしれないんだ!!」
「わ、分かった…………!」
光の剣幕に押され、テレシアは言われた通りに潜水艦の中に入り込む。一度潜水艦から降りた光は市姫の身体を起こして背負い、少しよろめきながらも潜水艦の中に再び降りていく。
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2388年6月28日(火) 10:32 A.M.
第19居住区・モードス=ハロモグ 東ハロモグ地区
地中 絵画楽の潜水艦・医務室
「よっ……こいしょっ!!――はぁ、はぁ――。」
どうにか医務室のベッドまで市姫を運び終えた光の腕は、尋常じゃないほどぶるぶると震えていた。狭い潜水艦入口の梯子を、人を抱えながら片手で降りるのは、今回で最後にしたいと光は思った。
「ありがとうモッチー……ごっつイケメンやで……♡♡」
「それは……どうも…………。」
幸い、市姫にはまだそんなお世辞を言えるくらいの元気があった。だが負傷した左足の出血は酷く、一刻も早く治療を受けなければ壊死してしまうのではないかという危機があった。
「怪我の容態は、どうですか先生?」
【アキレス腱が完全に断裂している……!おまけに粉砕骨折もだしている…!現実なら治せても障害が残るだろうが、私なら完璧に治せる!!すぐに手術だ!!】
「はい!!」
絵画楽と外科医《ブラック・マリア》は、光の治療に使ったスポイト・絵筆・パレットを全て廃棄し、新しい清潔なものに取り替えて治療を開始した。準備中は絵画楽から自身の《痣》の能力と治療方法の説明があったが、光やラーギブといった存在の影響からか、テレシアと市姫の驚きはそこまで大きなものではなかった。彼女の説明に二人は耳を傾け――
「――って、あれ!?」
光はふと、ある違和感に気付いて周りを見回し始めた。
それが医務室には見当たらないと分かると、今度は通路に飛び出て左右を何度も見返した。だが、それでも見当たらなかったようだ……。
「ど……どうしました!?」只事ではない光の雰囲気に、絵画楽が心配をかける。
「「テレシア!宝乗院さんは!?宝乗院さんはどこ行ったんだ!?」」
「ほーじょー……?あっ、そうか!!もう一人のお仲間さん!!」
絵画楽も漸く状況を理解した。確かに彼女が最初にホテルで光を見かけた時、白い制服を着た3人の女子生徒を連れていた。
だが今ここにいるのは、テレシアと市姫の2人だけ。もう一人の光の仲間――宝乗院杏和だけが、この場にいないことが絵画楽にも分かった。
「それが……水を汲みに行ったきり、戻って来ないの!!光君が出て行った直後から、ずっと――!!」乗艦前に言いかけていたその事情を、テレシアは漸く話すことができた。「探しに行きたかったけど、市姫ちゃん放っておけないし――!!」
「まさかアンナちゃん……ウチらを置いて……!?」
「え?」
「あり得るかもしれない……!やむを得ないとはいえ、2人の注意が彼女から外れたんだ……!!」
光、テレシア、そして市姫の間には、ある良くない事態が発生したのではないかという推測が浮かんでいた。今しがた会ったばかりの絵画楽には、それが何なのかなど理解不能だ。
「けど、断定はできない!何者かに襲われた可能性も十分ある――!!
僕は宝乗院さんを探しに行く!!テレシアは治療が終わるまで、エイヴィスさんの傍にいてやってくれ!!何かあったら、こっちから連絡する!!」
「分かった!!――アンナちゃんのこと、お願いね……!!」
光は無言で頷いた後、そのまま梯子を登って潜水艦の外へ飛び出していった。
ガシャン!!――とハッチが閉まると、潜水艦は再びホテルの床に沈み、地中へと潜っていく。光のWatchの通信が届く程度の深度を保ちつつ、潜望鏡で地上の状況を監視しながら停泊を続けた。
《ブラック・マリア》は市姫の手術を再開。光の時とは違い、複雑な部分で繊細な作業が求められることもあり、局部麻酔を左脚に打っての手術となった。
【骨の破片が肉に食い込んでいて厄介だな……鑷子を。】
「はい――!」
淡々と続けられる手術の様子を眺めながら、テレシアは市姫の手を取り優しく握り締める。それは市姫の無事を祈るものであると同時に、宝乗院に対する心配から来るものでもあった。
「アンナちゃん……なんで『逃げたい』だなんて――」
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2388年6月28日(火) 7:40 A.M.
《ヘスペリディア》魔法騎士団地上部隊・モードス=ハロモグ支部 兼 和風居酒屋ばっかす
それは今朝のことであった。
「「ええっ!?ウソやろ!?!?」」
((シーッ!!声が大きい!!))
移動車の準備中、光はテレシアと市姫を連れ、誰もいない店の倉庫室前である相談を持ちかけた。
この2人以外に打ち明けられそうにない話なので、誰にも聞こえないように――特に宝乗院杏和には絶対に聞かれないように――光は小声ではなすよう促した。
「――ゴメンゴメン。で、アンナちゃんが脱走しようとしてるって――ホンマなん!?それ!?」
「本当――だと思う。昨晩ここに来る途中、偶然宝乗院さんの"願い"を聞いてしまったんだ――
『後はうまく目を盗んで、待ち合わせ場所に向かうだけ!!――待ち遠しいですわ――お屋敷の生活に戻れる日が――!貧窮の心配など、もう考えなくてもいいのですから!!』
――僕のこの能力は完全なテレパシーじゃないから、詳しいことは判らない。けど、彼女が本気で《へスペリディア》を抜け出そうとしていることは、間違いないと思う。」
「そんな――どうして――??私や市姫ちゃんだって居るのに――確かに訓練はちょっとキツかったかもだけど――それだったら途中で辞退すれば――」
「もしかしたら――ウチのせいなんかもしれん……。」
何か思い当たる節を見つけたらしく、市姫が頭を抱えながらそう呟いた。
「――どういうこと、市姫ちゃん??」
「アンナちゃん……《へスペリディア》に来てからずっと塞ぎがちやってん……。せっかくレリギオスの人らが良うしてくれてんのを突っ撥ねたりとか――。お兄さん殺されたんもデカいけど、今まで身の回りのこと他人にしてもろてたから、働き口見つけんのも難しゅうなって、生活が急変したストレスも大きかったんやと思う……。
どーにかアンナちゃんを元気づけたい思うて、ウチほぼ毎日アンナちゃんの話し相手になったり、ご飯作ってあげたりしたんやけど、その度に口にしてたんが、『帰りたい』とか『死にたい』って言葉ばっかやったから、ホンマ辛うて…………。
そんなときにこの遊撃団の結成の話を聞いて、アンナちゃんにもした時にポロッと言うてもうたんよ……『地上での任務もあるから、13区に帰ったりもできるかもしれへん』って――。」
「それを真に受けてしまったってこと――?」
「そやと思う――!それ以外考えられへん――!!」
確かにフェルティオス遊撃団の一員となれば、任務で地上に降り立つこともできるが、それはあくまで任務の範疇での話。故郷に帰るなどの任務外の行為は、オレイエたちの許可がなければできないことになっている。
加えて地球人居住区内における光たちの扱いは今、UGE軍から指名手配を受ける"お尋ね者"ということになっている。もし身柄がバレて軍に見つかろうものなら、生命の保障はないだろう。
「図らずも、また"インチキ市姫"が発動したって訳か――
とにかく2人は宝乗院さんの動向に目を光らせて。今は大勢仲間がいるから大丈夫だけど、抜け出すならトイレとか、一人になれるタイミングだと思う。2人は宝乗院さんと仲良いから、側にいるだけで抑止力になれるはずだ。
今の地上は僕たちには危険すぎる――!たとえ逃げ果せても、正体を隠して、軍靴の音に怯える日々を過ごす破目になるのは見えている。そんな想いをさせないためにも、彼女の逃走阻止に協力してくれ――!!」
「分かった――。」
そう返事したが、テレシアは内心、宝乗院がそんなことをするはずがないと強く信じていた。確かに気は強くて我儘なところはあるかもしれないが、思慮分別がない訳では無いし、自身が置かれている状況も十分に理解はしているはず。――そう思っていた。
故に今、彼女が本当に自分たちの前から姿を消したことに、テレシアは大きなショックを感じていた。
自分の意志で逃走したのか、何かトラブルに巻き込まれたのか――宝乗院がいなくなった本当の理由は不明だが、できれば後者であったら良いと、テレシアは願った。でなければ、この心の傷がさらに深くなって、他人を信じることが怖くなってしまいそうだからと、彼女は自分に言い聞かせた。
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2388年6月28日(火) 11:08 A.M.
第19居住区・モードス=ハロモグ 東ハロモグ地区
地中 絵画楽の潜水艦・医務室
【手術成功。――お疲れさん。】
《ブラック・マリア》が傷口を塞ぐ皮膚の色を塗り終えて、市姫の手術は無事に完了した。普通の手術と違うからか、割と早く終わったことにテレシアは驚いていた。市姫は麻酔が回ってきた影響で、いつの間にか眠ってしまっていた。
「ありがとうございます――!」
【礼は結構。脚の組織は無事再生させて後遺症が残らないようにした。まだ麻酔が効いているだろうから、半日くらいはこのまま安静にさせてやりなさい。――手塚女史、私は自室に戻って休むことにする。】
「はい。お疲れ様です、先生。」
そう言って《ブラック・マリア》は手術着を脱ぎ捨て、肩をパキポキと鳴らしながら部屋を跡にした。テレシアは去りゆく彼女に深々とお辞儀をして見送った。
「えっと――手塚さん?――だったっけ?私はテレシア・アヴィラ。改めてよろしく。」
漸く絵画楽の手が空いたのを見計らい、テレシアは絵画楽と話を始めた。
「はい。改めまして、手塚絵画楽と言います――!」
「エガラ――?変わった名前だね。」
「よく言われます……」絵画楽は赤面して目を逸らしてしまう。
「じゃあ、『エガちゃん』って呼んでいい?親しみを込めて――
「「ダメええええッ!!ダメです!!その呼び名だけは――ゼッタイにっ!!!!」」
絵画楽は声を荒らげ、髪を振り乱すほど激しく首を左右に振り、凄まじい拒否反応を見せた。
「うえぇっ!?ごめんごめん!!悪気はなかったの!!仲良くなろうと思って――」咄嗟に謝罪と弁明を入れるテレシア。「でもなんで?それ本名なんでしょ?」
「はい……『絵画楽』は両親が付けてくれた名前ですし、嫌いではないですし……昔は『エガちゃん』とも呼ばれてました……。
でもある時、大昔のテレビ番組の動画を偶然見つけて――そこに『エガちゃん』って呼ばれてる――上半身裸の黒タイツ姿の芸人が――タイツの股間に拳突っ込んで――叫んでるのを見て………!!」
「こ、股間に拳――??」
「そうです――!!タイツ越しに突き出たそれは……もう……まるで……大きく勃起した……男性「「「ああああああああ!!!!十分分かったよ!!もうそれ以上言わなくていいからああっ!!!!」」」
更に顔を真っ赤にして涙ぐむ絵画楽を、テレシアは必至で慰めた。この時代ではめったに見ない下ネタ芸をうっかり見てしまったショックは、察するに余りある。
テレシアは話題の転換を試みた。まだよく知らない絵画楽の機嫌を直すような話題と言えば、やはり――
「――そういえば、まだ絵画楽ちゃんには言ってなかったね。あなたの能力があったから、市姫ちゃんの怪我を治す事ができた。――――ありがとう。」
「い、いえ…………ちゃんと治したのは、先生……ですし……。」
謙遜する絵画楽の顔はまだ火照ったままだったが、涙はもう止まったみたいだ。
「その先生も、あなたが描いた《絵》が元なんでしょ?すごいよ!!言われなかったら本物の人間にしか見えないもん!!
――やっぱ《魔法》の力って憧れちゃうな!能力によるかもだけど、色々便利そうだし!!」
「――そうでもありませんよ。」
絵画楽は急転して、沈んだ表情でそう返した。褒め言葉を言ったつもりだったテレシアは、予想外の反応に少し驚きを見せた。
「便利なのは――否定しません。上手な《絵》さえ描ければ、食べ物や欲しい物はいつでも無料で手に入りますし、話し相手にも苦労しないし、いざというときは、《絵》の世界に隠れて逃げられることも――最近覚えました。
けど――この能力――《痣》のせいで――私はなりたかったものに、なれなくなったんです――。」
「なりたかったもの?」
「プロのイラストレーターです。両親が共に絵を描く仕事してて、その背中を見てた私も、いつか二人のように《絵》を仕事にしたいと思って――。
生まれた頃からあるこの《痣》のせいで、そんなに友達できなかったけれど――SNSに作品色々上げたら――気付いたらたくさんの人に評価してもらえて――このまま《絵》でお仕事できるんだろうな、って――そう思っていたんです。
――でも、3ヶ月前――、描いてた過去絵が、急にしゃべりだしたんです――!しかも画面の中で動き回りもして――!それから数日後には、画面から飛び出してきたりもして――知らない街で騒動になったりもして――!!
どうやら、よりリアルに描いたものほど、具現化しやすくなるってことが分かって――でもそれだと投稿した絵が、みんな具現化しちゃうし――でも下手な《絵》なんて誰も見たくないから――――しばらく投稿するの、やめたんです――。事態が落ち着くまで待とうって――。
そしたら先月――UGEから発表があったんです――!この《痣》のある人は、レリギオスの血を引いてる――《魔法》を使う危険因子だって――!!
その発表があった日に、UGE軍の人が家にやってきて――お父さんが血相を変えて言ったんです……!『お前だけでも逃げろ!もうここにはいられないから』って――!わたしはすぐに荷物まとめて、SNSの垢も全消し死して、家を出ました……!そこからは逃亡生活で――仲間はできましたけど――両親が――どうなったのかは――――」
絵画楽はそこで、大粒の涙を両目からこぼし始めた。彼女は続きを言わなかったが、おそらくはもう――――。
テレシアはそっと肩を抱き寄せ、彼女の背中をさすった。
「そう……だったんだね……。ごめんね、何も知らないで『憧れる』とか――。」
「いいんです……初対面ですし……。それにこんな世の中じゃなきゃ、きっと誰もがうらやむ能力だと思います……。自分の描いたキャラが、ひとりでに動いてしゃべってくれる――アニメ化通り越した奇跡みたいな能力が、自分に宿っているなんて――!ここがヒロアカの世界だったなら、スーパーヒーローにだってなれてたかもしれません――。
こんな世の中じゃなきゃ――少なくとも、レリギオスの映ったあの動画が出回りさえしなければ、軍に追われることなく、今も絵描きの夢を追い続けていられたのに――――
戻りたい――です。あの頃のわたしに――。せめてまだ《痣持ち》なんて言葉、知らない頃の世界に――お父さんとお母さんのいる生活に――――!!」
更に感情が土砂降りになった絵画楽を前に、テレシアはしばらく何も言えなかった。
気持ちは同じだった。だが将来の夢なんて漠然と考えていたテレシアと違い、絵画楽はこの年ではっきりとした未来を思い描いていた。ただでさえ深いショックなのは間違いないだろう。
だが彼女の夢を潰したその動画の投稿者が――先程までここにいた望月光であったという事実を、一体どうやって伝えるべきだろうか。
――いや、もし言ったなら、彼女はここで敵となることは明白だ。それにここは彼女の領域内。テレシア自身の戦闘能力の低さを差し引いても、分が悪すぎる状況だ。
幸い、絵画楽はそのことに気付いていないし、こちらに対して協力的な態度なのが救いであった。
テレシアは――心苦しくも――彼女のその無知を利用する他なかった。
「――気持ちは痛いほど分かるよ。でも、大丈夫。あなたのその"願い"は、きっと受け入れられる。――"彼"を信じて。」
「『彼』って――?」
「望月光君。さっきまで一緒にいた、金髪の男の子。彼ならきっと――どんなに不可能な"願い"だって叶えられる。――そういう能力の持ち主なの。」
「あの人の――?」
「そう。――実はね、私――……
テレシアは絵画楽に、光の持つ《希望》の能力の説明を始めた。
そのために、テレシアはある秘密を絵画楽に打ち明ける。
電磁式自動小銃の銃弾を防ぐ――とかでも十分伝わりそうだったが、彼女にとって最も特別なその奇跡の話を絵画楽にしたのは、「一人の人生すら変えてしまう力を、望月光は持っている」ということを伝えたかったからである。
……――信じてもらえた?」
「そんな――びっくりです――!!テレシアさんにそんな過去が――!?」
「うん。私以外、誰も覚えていないんだけどね――。
だから、あなたの夢もまだ諦めちゃダメ。彼の能力が、きっとあなたを良い未来に導いてくれるから――」
「未来――――」
絵画楽は思い描いた。プロイラストレーターとして活躍し、自分の手掛けた作品が街の看板やコンビニの商品ラベルに並ぶ日を。あるいは漫画家として、連載作品が軒並みアニメ化する程のヒットに恵まれる日々を。
――今は《絵空事》だが、これが現実になるチャンスが近くにあることに、14歳の少女は胸を躍らせた。いつの間にか彼女の表情から雨模様は消え去っていた。
「――やっぱり、あの人は特別な存在なんですね。クロノ君の言った通り――」
「クロノ君?」
「わたしの仲間です。あ、先生みたいに《絵》から生まれたんじゃなくて、本物の人間の子で――性格はアレですが――悪い人じゃないです。わたしがここに来たのも、光さんを助けてほしいとクロノ君が言ったからなんです。何でなのかはわかりませんが――」
「その子も《痣持ち》なの?」
「はい。彼は《時間》を操る能力――てのを持ってて、見た物の動きを止めたり、早送りしたりできるんです。」
「それまた凄そうな能力だね……。」
「ええ。あ、でも、彼いわく"時間を戻す"ことはできないそうなんです。なんか制限?――とかで。」
「ふぅん……。その子は今どうしてるの?」
「『ラーギブ』っていう人を助けに行ったそうなんです。――どなたでしょうか?」
「!?――ラーギブ君を!?」
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2388年6月28日(火) 10:08 A.M. 第19居住区・モードス=ハロモグ 東ハロモグ地区
同・シャルリュス通り 路上
「ぐ――……ぬぅぅ――……!!」
「う〜ん、しぶといねぇ……。深手を負っているとは言え、まだそこまで動けるとはねぇ!!」
その頃、ゲラシモフと交戦中のラーギブは窮地に立たされていた。
脇腹に深く食らった鉤爪の刺突に加え、全身の至る所に切創を刻まれた彼の身体は最早血みどろで、気力で立っていることさえ奇跡と言える程の重傷であった。
無論、ゲラシモフの猛攻にただ棒立ちしていた訳では無い。《砂塵の防護壁》による防御や回避――そこからの反撃を幾度となく試みていた。
――だがそれらは、ゲラシモフに悉く躱されしまい、逆に躱そうとした彼の攻撃を全て喰らう羽目になってしまった。
原因ははっきりしている。
この近くに、もう一人――《痣持ち》がいる――。
痛みと出血で朦朧とする意識の中、ラーギブはこれまでの戦いを回顧する――。
……――カッ!!――……
どこからともなく響く、木材同士のぶつかる乾いたクラップ音。その音が鳴ると――どんな状況であっても――ラーギブとゲラシモフは数秒前にいた位置に、その時の状態に瞬時に戻される。ラーギブはそこから本来取ろうとした動作を再度実行することしかできないが、ゲラシモフはその法則に従わず自由に行動でき、本来なら当たるはずのラーギブの攻撃を避け、本来なら外れるか防がれるはずの自身の攻撃を確実にラーギブにヒットさせていった――。まるで記憶はそのままに、《時間》だけ戻されたかのような感覚だった――。
時を戻す《魔法》は、レリギオスの世界では《禁忌魔法》に指定されているため、この《魔法》を使えるレリギオスは最早存在しないとされる。――人の生死や社会構造などを大きく変えてしまう、甚大な影響をもたらすものであるからだ――。なので今受けている《魔法》はレリギオスではなく、その知識を知らない《痣持ち》が発動させたものだと、ラーギブは見抜いていた。
問題はその術者の位置。どこを見渡してもそれらしき人影はない。元の状態に戻せるということは、どこからかこちらの戦う様を監視していることには違いないはずだ。建物の影か、車の中か、それとももっと遠い――
「「だが……これでおしまいだねぇ!!」」
巨体に見合わぬスピードで、正面からゲラシモフが飛んで来る――!
渾身の右ストレートをラーギブの顔面目掛けて、繰り出す!!
このまま鉤爪の刺突を喰らえば終い――!ラーギブは咄嗟に《防御魔法》を唱える――!
「《砂塵の防護――
「《撮り直し》。」
……――カッ!!――……
再び、例のクラップ音が街中に木霊した。
ゲラシモフは急接近する前の状態――ラーギブから5m離れた位置に戻る。
ラーギブもゲラシモフの接近に気づく前の、下に俯いた姿勢で立っていた。呪文は中断されて発動せず、《砂》は壁にならずに周囲を漂っていた。
「「だが……これでおしまいだねぇ!!」」
ゲラシモフは先程と同じ台詞を叫んだ後、正面から勢いよく飛んで来て右ストレートを繰り出す――!その軌道も速さも、僅か数秒前に見た光景と何ら差異は無かった。
(またリセットがかかった……!あやつの動きが一緒なら、もう一度防御を――!!)
ラーギブは再度想像する。《砂》を板状に、大きく固めて――
〔違う!――丸く、小さく、ふんわりと――!!〕
いかなる攻撃にも耐える、分厚い壁を――
〔高温で揚げた、甘い菓子を――!!〕
その想像を頭の中で思い描き、その術名を叫ぶ――!!
「《砂糖の天麩羅》――――!!」
…………………………………………
!?!?!?!?
ラーギブは、自分で何を言ったのかが分からなかった。
自分の手の平の先にできた《砂》の塊は、防御などできるはずがない程小さく、丸く固められていた。堅牢な壁の想像のはずだったそれは、まるで一口サイズのドーナツのような姿で、ぼろぼろと《砂》の粒をこぼしながら宙に浮かんでいた――!
(なんじゃ、これは――!?儂はこんなモンを想像した覚えはないぞ――!!)
慌てるラーギブ。
だが唖然としている暇はない。
ゲラシモフの鉤爪は、既に眼前に迫ってきている――!!
「しまっ――!!」
「「ぬおおおおおおっ!!!!」」
ラーギブは、死を覚悟した。
刃に施された炎の様な文様を眺めることができるまでに、ゲラシモフの鉤爪が近い。
きっとこのまま両眼を突き刺され、それが最期に観る光景になるのだと、ラーギブは落胆した。
(すまない――望月――ポーリア――――儂はここまでじゃ――――)
ラーギブは2人の顔を思い浮かべながら、瞼を閉じた。
そうして鉤爪が眼窩を貫く瞬間を、待――――
「「まだまだよ!!」」
バシッ!!!!
ラーギブは、胴体に何かが絡みついてきたのを感知した。
同時に、彼の身体を後方に引っ張る強い力を感じた――!
「《希望の一縷》!!」
――――――――――ビュウウウウン――!!
ゲラシモフの鉤爪が当たる寸前で、ラーギブは大きく後方に引っ張られて空中を舞う。6〜7mは飛んだかというところで、更に背中をもふっ、とした柔らかい何かが包みこんで受け止めた。
「待ちに待たせてごめんなさいね!!」
「良く耐えた、ラーギブ殿!!此処からは、我々に任せよ!!」
午前10時10分、
フェルティオス遊撃団団長 オレイエ・ボーノロス・ブリトマルティス、
同・団員 アリアドナ・アイゲイオス、
依頼人の探偵 アレックス・ウェスト。
――以上3名がラーギブとの合流を果たす。
オレイエ・アリアドナの両名は、直ちにAXel第19区分隊隊長レフ・ゲラシモフとの戦闘を開始する――!
「来たねぇ……アリティア帝国の残党が……!」




