Episode3:《初任務》
2388年6月27日(月) 8:15 P.M. 第19居住区・モードス=ハロモグ
《ヘスペリディア》魔法騎士団地上部隊・モードス=ハロモグ支部 兼 和風居酒屋ばっかす
「「キディ!!悪ぃが予約の客の様子見てくらぁ!!焼き場頼んだ!!」」
宴会室の外の騒がしい雑音の中から、店長らしき人物の声がはっきりと光たちの耳にも聴こえた。
それからすぐのことだ。宴会室に近付いてくる、ずしん……!ずしん……!という重い足音が聞こえてきたのは。
「ちょっと、誰かこっち来ますよ!?」福希は足音の大きさにビビって、へカティエの背中に隠れる。
「大丈夫っす。この足音はメイティエ、うちらの仲間っすよ。」
へカティエが福希をそう言って宥めると、突然その足音がピタリと止まった。
〔ビシャアアン!!〕
そして急に、宴会室の入口の襖が開かれ、足音の主と思われる禿頭の大男が姿を現した。男はこの店の制服と思われる、オーバーサイズの甚平に身を包み、下の部分が汚れた前掛けを腰にぎゅっと結びつけていた。
「「おうっ!来てたか!!待ってやしたぜ旦那ァ!!」」
部屋が揺れんばかりの大声量。そして今度は、本当に部屋が揺れるほど重い一歩を踏み入れ、丸い耳の大男は宴会室の中に入る。
「久し振りだなメイティエ。今日は随分繁盛しているな。」
「「おう!!なんせ花金だからな!!ここ最近暑ぃからビールも飛ぶように売れて大盛況だ!!ワーッハッハ!!」」
まるで丸太の様な腕をぶんぶんと振り回し、てんてこ舞い感をアピールする大男。その先に付いた、指と呼ぶには極太すぎる物体は、拭った跡は見えるものの、まだ炭と油に少し塗れていた。
「メイティエおひさです!」「ちぃっす。」
「「おう!エキドナちゃんにヘカティエ!!他のやつらも、どれも元気そうだなあ!!」」
ヘカティエをはじめ、レリギオスの隊員たちは皆そのメイティエという大男に軽い挨拶を交わした。光たちから見れば、ただの豪快そうな飲食店の名物店長にしか見えないが、そのレリギオス風の名前や、オレイエたちと親しく話す姿からして、ただ者でないことは確かであった。
「「――おっ!!ヘカティエの後ろにいる若ぇのが、例の高校生たちか!?」」
メイティエは光たちの存在に気付き、こちらに接近してくる。オレイエをも超える巨躯が踏み鳴らす一歩一歩の重厚感は、最早怪獣のようにも感じられる。
「「はじめましてだ、若ぇ丸耳たち!!オイラはメイティエ・バッカシオス!!この第19居住区で活動する地上部隊のリーダーだ!!よろしくなあ!!」」
そして1mもない近距離から放たれる、無駄にでかすぎる声の迫力に、光たちは気圧された。
「よろしくなー、おっちゃん!!」
「「んっ!?」」
そんな中、メイティエの迫力に臆することも屈することもせず、フランクな挨拶と笑顔を振りまいたのは市姫・エイヴィスだった。
「「――ハハッ!!おもしれー嬢ちゃんだ!!嬢ちゃん名前は??」」
「市姫・エイヴィス言います!」
「「"エイヴィス"……??どっかで聞いた名だな……。まあいい!!気に入ったぜ嬢ちゃん!!」」
「おおきに!!」
市姫とメイティエは白い歯を見せ合い、秒で意気投合したようだ。流石のコミュニケーション能力に光たちは舌を巻く他なかった。
「「おたくらのことは色々聴いてたんだが、こっちの仕事が忙しくてな、悪ィがまだ顔と名前は覚えれてねぇのよ!!一人だけ、『望月光』っていう《魔法》が使える奴の名前は覚えたが――どいつだ??」」
メイティエは光たちの顔をじっくり眺めながらそう問いかける。その時光は、メイティエの首元に、フェルタが以前していたのと同じ型と思われるチョーカー型ASDが嵌めてあるのが見えた。
「――僕です!」光は手を挙げて彼に存在を示した。
「「おう!!おたくか!!ウワサにゃ聞いてたが、こんなカワイイお嬢ちゃんが戦闘員になってくれるとはな!!おもしれーな!!ワッハッハ!!」」
「嬢……ちゃん……?」当然、光の表情が曇り出す。
「「ん??なんかマズいこと言ったか??」」
「あのっ――!望月くんはこう見えても"男性"なんですっ!!」
テレシアがすかさず助け舟を出してメイティエの誤解を解く。フォローしてくれるのは嬉しいが、「こう見えても」は一言余計じゃないかと光は内心で愚痴を零す程度にとどめる。
「そうです、僕は男です……!」
「「なに、男っ!?その顔でチ○コ生えてんのか!?」」
「チっ!?…………そうです!!」
メイティエにつられて言いかけそうになったが、光はどうにか抑えて答えた。事実とはいえ、女性もいる前でそういう話をされて光はひどく赤面する。
「ちょおっ!!レディーの前でチ○コとか言わんといてやお!!それにモッチーは『性別:モッチー』やから!!チ○コは付け外しできんねん!!」
顔を真っ赤にして悶えるテレシアや、呆れて物も言えない様子の宝乗院に代わり、市姫がメイティエにツッコミを入れてくれた。変な嘘設定も添えて。
「いやできないよ!?何バカなこと言ってんの!?」
「――ごほん!卑猥な問答は其れまでにして置け。」
オレイエが仰々しく咳払いをひとつしたことで、『光にアレはあるのかないのか論争』は静かにその息を潜めた。元より、そんな低俗な会話をするために此処まで来た訳ではない。オレイエは光たち南星宮の生徒たちを手で示しながら、
「メイティエ。我等が遊撃団の一員となってくれた彼等――南星宮高校の生徒だった者達を、順に紹介しよう。」
そう言ってオレイエは光たち一人ひとりの紹介をメイティエに行った。今し方メイティエと会話した光や市姫も改めて挨拶し、メイティエはフェルティオス遊撃団のメンバー全員の名前と顔を記憶していく。
「――以上が此度結成された遊撃団のメンバーだ。今後とも宜しく頼む。」
「「勿論でさぁ!!」」
メイティエは右手で「「ボンっ!!」」と力強く胸を叩いた。痛くはないのだろうかと心配する光たちを余所に、メイティエは更に話を続ける。
「「今度はこっちの隊員も紹介しねぇとだが……生憎営業中だからよ!!全員、今は"店員"としての任務を遂行中だ!!申し訳ねぇが、閉店まで待ってくれや!!」」
「店員さんが全員、《へスペリディア》の騎士さんなんですか?」エリオが間髪入れずにそう質問する。
「「ああそうだ!!オイラの部隊の隊員は皆、何も任務がねぇ時はこの居酒屋のスタッフとして働いてんだ!!レリギオスも地球人も一緒にな!!」」
「バッカシオスさんは、レリギオス――ですよね?耳が尖ってないように見えますけど?」エリオに続いて、福希が手を挙げて質問する。唐突に始まった質疑応答タイムにもメイティエは豪快な笑顔と共に答えていく。
「「おう!!当然よ!!これはなァ、《魔法》で地球人の耳の形に見えるように工夫してんのさ!!オイラの部下のレリギオスも皆そうしてんだ!!耳の形変えるだけでも、案外バレにくいもんだぜ!?」」
「でも店経営してんのやったら、申請とか発注とかどないしてんの?WatchとIDEAナンバーなかったらできひんはずやで?」今度は市姫からの質問。彼女らしい経営面に関する疑問だ。
「「いい質問だな!!」」大昔の某コメンテーターよりも溌剌とした口調でメイティエは彼女の質問を褒める。「「《へスペリディア》にもたくさんの地球人がいるが、中にはIDEAがまだ有効な奴もいてな!!背恰好似てる奴探して、そいつのWatchとアカウントを拝借してんのさ!!もちろん合意は得てるぜ!!オイラのは情報管理局にいる『マット・バクスター』って奴のIDEAを使ってるぜ!!ホレ、こいつがホンモノだ!!どうだ、そっくりだろ!?」」
メイティエはそのすりこぎ棒のような指でIDEA-Watchの画面を器用に叩き、その本来の持ち主である「マット・バクスター」という人物の3D証明写真を表示させる。写真の中の「マット・バクスター」本人は――スキンヘッドなのは同じだが――覇気も感じられないくらい痩せ細りヒョロヒョロとした感じの人間で、メイティエにはない眼鏡や大きなシミも写り込んでいる。この程度の偽装でごまかせるのなら、UGEの監視も割と緩いのではないか?と光たちは錯覚せずにいられなかった。
「ず、ずいぶん大胆な手法ですね……。」光がそう苦笑を漏らす。
「けどよ、なんで居酒屋やってんだ?カネに困ってんのか?」エルクがそもそもの疑問をぶつけてきた。
「「まァそれもある!!レリギオスの貨幣はこっちじゃ使えねぇからな!!それともう一つ――――
〔〔バンッ!!〕〕 「隊長!大変だよ!!」
「む!?」「「どうしたベリーナ!?」」
突然また襖が勢いよく開かれ、今度はピンク色のサイドテールを結んだ、メイティエと色違いの甚平を着た若い女性が慌ただしく入ってきた。尋常ではない雰囲気に、メイティエは笑みを殺し真剣な表情へと豹変する。
「西モードス地区の『隠れ家』がUGEにバレちまったってよ!!シャンディエの隊が救援に向かってて、まだ死人は出てないけど何人か撃たれたって――!!」
「『隠れ家』だと――!?結界を破られたのか!?」
「あっ、ご無沙汰だよオレイエ団長!!それは判んないけど……とにかくピンチだよ!!」
「「わかった!!救援に向かうぞ!!オイラもすぐに出る――!!」」
そう言うとメイティエは前掛けの紐を千切れんばかりに引っ張り外し、すぐさま部屋を跡にしようとする。
「待て、メイティエ!!店はどうするんだ!?」
「「カシオーレに任せる!!奴は副店長だからな!!」」
「大変ですって隊長!!」
すると今度は黄色の髪に赤紫のメッシュを入れた若い男性店員がドタバタと大慌てで入ってきた。
「「おう!!いいところに来たカシオーレ!!オイラ急用で出掛けるから店番を――
「それどころじゃないですって!!じつは今日大人数のコース予約が入ってたことが分かったんですって!!」
カシオーレは半べそをかきながら、その事実を恐々とメイティエに伝える。副店長というポジションの割には、メイティエと比べ随分と頼りない印象が、その泣きそうな顔から強烈に滲み出ていた。
「「なんだと!?聴いてないぞそんなことは!?いつ来るんだ!?」」
「それが……あと30分で来ーるそうですって……30名様が!!」
「「30分後に30人!?バッカヤロウ!!なんでもっと早く言わねぇ!?」」メイティエは語気を強めた。
「さっきお客さまからの電話で知ったんですって!確認したらピネイアが取ってたって……。」
「「またピネイアか!!ったくアイツは……!!」」
元凶を知るや否や、メイティエは頭皮を抉らんとばかりにボリボリと掻き始める。どうもそのピネイアという人物は相当のドジらしいという情報が光たちの中で共有された。
「メイティエ。貴殿は此処に残った方が良いだろう。救援が最優先だが、其の為に店を疎かにすれば客の反感を買うのは勿論、UGEにも目を付けられる恐れが在る。西モードスの事は、我々遊撃団に預り置け。」
「「お、おう!!承知しましたぜ!!」」
オレイエは現状を冷静に分析した上での的確な指示をメイティエに下す。
「で、ですけど……!!」だがカシオーレはまだ弱音を吐きたがっている様子だ。
「どうしたカシオーレ殿?何か不服か?」
「いえ……今日、オーレらの隊の半分以上が店じゃなくて外の任務に行ってて……!早い話、店の人員が足りないんですって!!」
「――成程。」オレイエは漸くカシオーレの焦燥感の理由を理解した。「では、こうしよう。」
オレイエは、思い付いた提案をとりも直さずその場にいた全員に発表する。
それは命の危機にある西モードスの隊員のためもあり、すぐさま採用された。
2388年6月27日(月) 8:55 P.M.
《ヘスペリディア》魔法騎士団地上部隊・モードス=ハロモグ支部 兼 和風居酒屋ばっかす
「コースのドリンクオーダー入るで~!!生中10にハイボール4、芋水割5に麦ソーダ2、カシオレカシグレジントニスプモニ……」
「待て待てエイヴィスさん!?もっとゆっくり言って!?」
「追加言うするよ!ナマチュー5杯に――」
「待ってください!!覚えきれないです〜〜〜〜!!」
「コースのチャーハンと15番の塩焼きそば上がります!」
「だし巻きもすぐにできにできあがるわ!!」
「「おう!!さすが料理上手2人!!手際良いなあ!!」」
「――お、お会計……22,450ペック……ですわ。」
「……うおっ♡ねーちゃんカワイイね♡」「お、ホントだ♡新人さん?ねーねー良かったら連絡先交換しない?」
「し、しませんわ……!は、早くお会計を……!!」
オレイエの提案とは、この場合、最も妥当な案であった。
即ちフェルティオス遊撃団の団員を、西モードスに救援に向かう班と、メイティエの店に残りその手伝いをする班とに分けて任務を遂行させる――というものである。
オレイエは副団長のへカティエ以下実戦経験豊富なレリギオスの団員に加え、ラーギブやエルク、救護スタッフとしてテレシアらを連れて西モードスへと駆け出した。それ以外のメンバーはメイティエの店に残り、支給された制服を着て簡単な説明を受けた後、それぞれの担当業務に就き始めた。
店に残ったのは、光に福希、エリオ、市姫、宝乗院ら南星宮高出身のメンバーに加え、レリギオスであるエキドナ・クリュサオリナとアリアドナ・アイゲイオスの7名。その内、料理経験が豊富なエリオとアリアドナは厨房へ、他のメンバーはホールでの接客に従事した。レリギオスの2人と光には、アストラル流体の大量の溢出によるUGE軍の察知や襲撃を防ぐため、本来の団員と同じASDの装着を命じられた。
ちなみに光が店に残された理由は、『顔が良いから』である。メイティエ曰く、「「どんな料理や酒も美人が持ってくりゃ美味くなる!!」」という謎理論により、光は西モードスではなくこちらに残ることとなった。
「お待たせしました……。オレンジジュースと、すくりゅーどらいばー?に、てきーらさんらいずに――てきーらさんせっと?……です!」
この居酒屋ばっかすは、料理よりもアルコール飲料のメニューの方が非常に多い。光は見たことも聞いたこともないカクテルの名前をドリンク係のベリーナから確認した後、忘れてしまう前に注文のあったテーブルに運んでいくことを繰り返した。
(カクテルって全く知らないけど、あんなに種類あるんだな……。さっきのもぱっと見じゃあどれもオレンジジュースにしか見えなかったし――)
「――嬢さん。」
(というか、まさか遊撃団に入って初めての任務が、居酒屋のお手伝いなんてびっくりだよ……。戦わなくて済むのはありがたいけど、これはこれで違った大変さが――)
「お嬢さん。」
「??」
光の耳元で、はっきりとそう呼ぶ男性の声が聞こえた。
近くに女性の隊員はいない。――ということは、やはり自分のことだ……と呆れながら光が後ろを振り向くと、カウンター席に座ってこちらに手を上げ続けている男性の存在に気付いた。
季節は夏だと言うのに、厚手のコートに革手袋、それに目深に被った中折れ帽という奇妙な出で立ちで、男はやけに涼しげに座っていた。
「――注文、いいかな?」
男性の傍らにあるグラスは空になっていた。それ以外のものは男の席にはない。備え付けの箱に入った箸さえも男取り出していない。
光は注文を伺うため、「――はい、何でしょうか?」とメモとペンを取り出す。
「ウーロン茶を1杯。それと枝豆。」
「ウーロン茶に枝豆……と。他にご注文は?」
「それで結構だ。」男は淡々と答える。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
わずか2品。それも両方とも知っているメニューではあったが、一応メモに書き記し、光は空いた男のグラスを持って戻り、厨房にいるスタッフに注文を通す。すぐさまベリーナが慣れた手つきで冷えたグラスに氷とウーロン茶を入れ、お盆に乗せた。「枝豆は今から湯がくから、先にドリンク出してくるんだよ」とベリーナに言われたので、光はウーロン茶だけを持って先程の男の所に向かった。
「ウーロン茶です。枝豆はもうしばらくお待ちください。」
「どうも。」
カウンターの上に置いたウーロン茶のグラスを、男が上の縁を手に持って受け取ったのを見届けて、光は厨房の方に戻ろうとした。
「初めて見る顔だけれど――新人さんかな?」
男はブランデーでも飲むかのようにグラスをゆっくり回しながら、光を呼び止めた。『初めて見る』――という口ぶりからして、この男はここの常連なのだろうと光は推察した。
「――ええ、まぁそうですが……。」
「先程までの注文の取り方や、運ぶ時のたどたどしさ――それとお酒の名前をすらすらと言えないところを見るに、君はまだ未成年で、アルバイトの経験も今日が初めてだと見た。
それと、さっき吾輩が『お嬢さん』と言って君を呼んだ時、君は1回目と2回目は無視し、3回目で漸く、少し眉を吊り上げながら吾輩の注文を聴いた。その反応から察するに、君は女性ではなく男性。しかもよく女性と間違われることをコンプレックスに感じている。違うかな?」
男は、若干酔いが回ったという感じで項垂れながら、光の方をちらりと見つめる。男がこれまで何杯飲んだのかは知らないが、それでそこまで推測できることに(ついでに「お嬢さん」と3回も呼んでいたことに)光は少し驚いた。
「――その通りですが……それが何か?」
「こちらに近づいて、顔をよく見せてくれ。」
「?……はい。」
少々訝しんだものの、光は男の注文に素直に従い、顔を近づけた。
男が光の顔を眺めている間、光も男の顔を観察し返した。男の年齢は50代くらいだろうか。目元には少し隈が見え、帽子から覗く髪にも数本白髪が混じっており、なんだかやつれたような風貌をしている。だがそれでも、その灰色の瞳は真っ直ぐこちらを見つめ、真実を見透かされそうな印象を光は受けた。
「――ありがとう。すまない、時間を使わせてしまって。戻ってくれて結構だ。」
男はそう言って体を正面に戻し、ウーロン茶を一口啜り、舌で転がしながら味わった。
何を確認していたのかよく分からないが、とりあえず「失礼します。」と返して光は厨房に漸く戻った。
「おかえり。ねぇ、さっきのお客さん何て?まさかクレームじゃないのよね??」
戻ってきた光にベリーナは取りも直さずそう質問する。男にずっと何かを言われている光を見て、気になって仕方がなかったのだろう。
「いえ、そんなのじゃなかったです。僕が新人だってことや、男子だってことを確認したかったみたいで――」
「えっ……」それを聞いたベリーナは吃驚した。「キミ、男の子なの!?」
「ああ……。」
それから3時間。コース予約の30名の客もそれ以外の客も満足した表情で店を出て行き、ラストオーダーの時間までメイティエの店は大きな問題もなく営業を続けられた。
「「おう!!皆お疲れさん!!慣れない仕事して疲れたろう!?先に上がっていいぞ!!」」
店内の客の数が片手で数えられる程度になったところで、メイティエは早めに光たちを仕事から上がらせた。
「ありがとうございます。では皆さん、お疲れ様でした!」
「「お疲れ様でしたー!!」」
光たちは就業の挨拶を述べた順に裏の更衣室へと入っていき、汗やタレで汚れた借り物の制服を早々と脱いだ。そしてこちらに来た時と同じ服に着替えると、メイティエの指示で、既に綺麗に片付けられている宴会室で待機した。
「お疲れ!!お仕事、なんか楽しいだったね!!よく頑張るしたみんなに、ハイ!アメあげるするよ♪」
宴会室に戻った光に真っ先に話しかけてきたのは、一緒にホールを手伝っていたエキドナ・クリュサオリナだ。さっきまでの仕事の疲れなど微塵も見えない程のにこやかな笑顔を振り撒き、彼女は光に飴玉を1つプレゼントする。
「ありがとうございます、エキドナさん。」
「キミのことはケルネからよく聴くしてるよ!ハンマーぶんぶん振るして、すごい頑張るしてるって!!」
彼女は光が魔法学校で出会ったケルネの姉であり、彼と同じく竜の力の加護を得る竜騎士のエースでもある。ケルネのものと同じオレンジ色のツインテールをぴょこぴょこと動かすその幼気で小さな姿は、姉というよりも"妹"のように見える。
だが彼女もまたレリギオス。その幼い見た目で、年齢は今年で161歳を迎えるという。それを聞いた時に光があまり驚かなかったのは、きっと《ヘスペリディア》で過ごした1ヶ月間という日々が、光をレリギオスの文化感覚に順応させるのに十分な時間だったのだろう。
「僕もケルネからよくエキドナさんの話を聞かせてもらってます。家での様子とか、《エデン大戦》での活躍とか。――そういえば、愛竜のティフォネ君はどこに?」
「エキドナのカバンの中で、ぐっすり眠るしてるよ!さすがに頭に乗せるしてお仕事はダメ!ってメイティエから叱るされたから、あの中でおとなしいして待つしてねって言うしたの!」
光はエキドナの後ろの壁に置かれた彼女の鞄を見た。開いた口から姿を覗かせる、茶色い小さな毛玉が、呼吸のリズムで膨らんだり縮んだりを繰り返す。あれがティフォネだ。例のUGE軍襲撃事件の時、校舎の壁を突き破って出てきたあの巨大な翼竜と同じドラゴン――のはずだが、どう見てもそうは見えない不思議さを感じると、ああ……まだ地球人としての感覚はちゃんとあるんだな、と光は実感した。
エキドナは着替えて戻ってきたエリオや市姫たちにも飴を配り労をねぎらう。エキドナは宝乗院にも渡したが、彼女は「結構。」と言って受け取らなかった。福希は疲労困憊で受け取る気力もなく、部屋の入口でぐったりと倒れていた。
「アリアドナもお疲れ!!アメ食べるする?」
「Gratesu, Ekidona. ――あとでいただきにいただくわ。」
店に残ったもう一人の遊撃団メンバーのレリギオスであるアリアドナ・アイゲイオスも、エキドナから飴玉を1個受け取って宴会室に入る。頭に結んだバンダナをひゅいっと取ると、隠れていた長く黒髪がふわりと落ちた――かと思えば、たちまち根本の方から本来の彼女の髪色である青色に染まっていき、丸くなっていた耳もレリギオス本来の尖った耳に変貌した。
「いつもは《魔法》を使いに使って料理するんだけど、ここじゃそれできないから疲れがハンパないわ……!」自分で肩を揉みながら、アリアドナはそのような愚痴をこぼした。地球人にはおそらく共感できそうもない悩みだ、と思ったのは光だけではない。
「《魔法》を使って料理すると、疲れないんですか?」エリオが興味津々にアリアドナに聞いた。
「そうよ。怪我や火傷も防ぎに防げるし、手も汚れに汚れないし、時間短縮にもなりになるし……一石何鳥か分からないくらい便利に便利よ!」
「へぇ〜!やっぱり《魔法》って凄いんですね!!宝乗院さんもそう思うでしょ?…………宝乗院さん?」
エリオの呼びかけに宝乗院は反応を示さない。彼女は部屋の隅で蹲り、とても思い詰めた様子で佇んでいた。理由は判らないが、さっきまでの居酒屋の仕事ぶりを振り返ってみても大きなミスはしていないはずである。
「きっと慣れへんことしたから疲れとるんちゃうかな。そっとしといたげて。」市姫はそう解釈し、エリオにそう協力を求めた。
「それよりメイティエのおっちゃんはまだ来ぇへんの?だいぶ経っとるで?」
時刻はもうすぐ0時を回ろうとしている。ラストオーダーの時間はとうに過ぎており、客もすっかりいなくなっているはずである。だがメイティエのあの重厚な足音はまだ聞こえてこない。
「うーん……お店の片づけで忙しいのかも。とりあえず気長に待ちに待って――
〔〔〔ドグォン!!ドドン!!〕〕〕
「!?」「なんだ?」
突然、ホールの方から大きな音がした。何か大きなものが倒れたような音だ。
〔〔〔何者だよ――!?誰の――――で来たんだよ!?〕〕〕
続けて響いてきたのは、ベリーナの怒号であった。ひどく声を荒げていて、肝心に部分が聞き取れない。
「この声、ベリーナ?すごい怒りに怒ってるみたいだけど……?」
「……僕が様子を見てきます!」
「頼んだわ!」
光はアリアドナからの承諾を得ると、ホールの様子を窺うため、一人静かに部屋を出る。
少し前までの賑やかで愉快な雰囲気はもうなく、とてもひりついた空気だけが光の周りに纏わりついた。
宴会室とホールの間の通路の壁は、一部格子戸になっていて向こう側が見える。光はそこから片目を覗かせ、状況を把握する――。
「命が惜しけりゃ白状するんだよ!!――まぁそんなことを調べる奴なんて……だいたい察しは付いてるんだよ!!」
ベリーナは倒れている椅子に片足を乗せ、どこからか取り出したショットガンの銃口を地べたに座り込む誰かに向けている。初めて会った時よりも鬼気迫った表情、一点を見つめる険しい眼差しから、銃口の先にいる相手への敵意が漏れ出している。
ベリーナだけではない。カシオーレや周りのスタッフたちも揃いも揃って睨みを利かせ、持っている剣や弓矢などを同じ方向に構えている。メイティエだけは何も持たずにどっしりと佇み、事の成り行きを冷静に観察しているようだった。
標的となっている人物の姿は、ここからでは物陰に隠れて見えない。だがその人物は、ベリーナの剣幕にも臆せず自らの言葉を発した。
光は、その声に思わずはっと息を呑む。
「……嗚呼、悲しいことだ。どうやらレリギオス諸君には、吾輩の名は知られていないようだ。この名探偵、アレックス・ウェストの名を――」
それは先刻、光と会話を交わしたコートの男性だった。




