Episode1:《結成式》
6月1日のフェルタのゲリラ演説は、惑星《エデン》の政治的混乱を更に加速させた。
各居住区でAXel隊・MPO隊の増強が行われ監視体制が強まっていく一方で、各地で反UGE思想やレリギオスの人権保護を掲げる抗議運動が連日勃発し、双方の衝突による都市機能の麻痺が深刻な問題になりつつあった。
そうした混沌状態の中、フェルタ率いる《へスペリディア》では地上部隊の増員や、亡命希望のレリギオスやその関係者の受け入れ体制、並びに反UGE的思想を掲げる組織への支援体制の整備など、順調にUGEに対抗しうる地盤を固めていた。特に2名の《痣持ち》――望月光とラーギブ・アル=アハカーフ・アブドゥルラザクの加入は、今後のUGEへの対応策にとって貴重な足掛かりとなったことは言うまでもない。
6月6日。光と完治したばかりのラーギブは、通常の授業と並行してオレイエ団長が直々に教授する特別カリキュラムを受講することとなり、そこではUGE軍の各種武装や編成についての座学や、座学での内容を踏まえたUGE軍との交戦をシミュレーションした実戦訓練が、2週間に渡り行われた。
加えて、ハンマー状の武器を所有する光は特別に、ベルガ校長による「ブリトマルティス斧術」の指導を受けることとなり、光は毎日筋肉痛に悩まされながらもベルガの厳しいワンツーマンレッスンに何とか喰らいついていった。その結果、線の細かった光の身体に程良く筋肉が乗り、運動能力も向上し、ちょっとは男らしくなったんじゃないかと光は自らの肉体美に酔いしれるようになった。
同じ頃、フェルタはオレイエ騎士団長やヴィシュヴァカルマン科学技術局局長らとともに、予てより設立が議論されていた"遊撃団"の団員の選出に勤しんでいた。《へスペリディア》の各部署から、光とラーギブの2人と共闘するレリギオス兵や彼らを支えるバックアップメンバーを呼び集めた。
――そして6月27日。遂に"遊撃団"の結成式が執り行われる。
2388年6月27日(月) 1:00 P.M. アネモニア城・謁見の間
「本日は生憎のお天気の中、私の呼び掛けに応じてお集まり頂いたこと、誠に感謝いたします。この雨はきっと、今日まで散り去って逝った者たちを悼む神の涙、あるいは今後の私たちを祝福する神の齎せし慈雨として降り注いでくれているに違いありません。
またあるいは――そう。生命を弄ぶUGEの暴走が未だに続いていることに対する、天からの悲歎でもあるのでしょう……。」
外で繁く降る雨の、窓にぶつかる音が、人数の割にやたらと巨大なこの部屋の中でも割と明瞭に耳に入ってくる。それを掻き消してくれるのはフェルタによる詩的な演説に他ならず、それを聴く騎士や研究員たちは誰一人として私語も咳払いもせぬ、厳粛とした沈黙をこの場に展開し続けている。
その沈黙による静寂を破るのは、やはりフェルタの言葉であった。
「――UGEの進める《ラグナレク計画》の概要が、地上の諜報員の方々の活躍によって明らかとなってから、早半年が経過いたしました。その間、この惑星を取り巻く環境は大いに変わっていきました。
特に5月25日以降に起きた、私の映る動画の拡散に始まるレリギオスにまつわる数々の暴露事件は、間違いなく地上の歴史の教科書に今度こそ、掲載されるべき大事件となることでしょう。
その中で、今最も憂慮しなければならないことがあります。――その《ラグナレク計画》により生み出された、地球人とレリギオス双方の遺伝子を持つ子供たち――通称|《痣持ち》が、UGE軍の作戦に導入されることです。
レリギオスと同等のアストラル量と、地球人と同等の成長スピードを持ち、幼き頃から高度の《魔法》を使用できる彼らを、UGEは兵器として育て運用しようとしている――!これは遠い未来の話ではなく、"現在"、起きているやもしれないことです!
そして《ラグナレク計画》開始から20年経った今――単純計算すれば、計画によって産み出された子供たちは、成人したレリギオスとほぼ同等の実力を持つことになります!もし彼らが量産されているとなれば、軈てUGEに反対する思想は漏らさず淘汰され、思想や言論の自由は恒久に全宇宙から失われてしまうことになります――!!
ですが、案ずるなかれ。私たちは偶然にも、それに抗うことのできる術を得ました!
望月光。ラーギブ・アル=アハカーフ・アブドゥルラザク。
2人は先の南星宮高校襲撃事件で保護した生徒の中に紛れていた、《痣持ち》の少年たちです!
彼らは《へスペリディア》の思想に共鳴し、《痣持ち》についての情報やデータの収集に協力してくれただけでなく、勇敢にも自らの能力をUGEの暴政で苦しむ者の救済に使いたいと申し出てくれました!
それだけではありません!1日の私の演説以来、それまで影を潜めていたレリギオスたちや反UGE組織が、地上の各地で活発に活動を始めたのです!
囚われたレリギオスを解放しろと!レリギオスへの殺戮を止めろと!人道に反した政策や科学実験を中止しろと!!
"現在"の世界が間違っていると、世界がそう叫んでくれているのです!!」
フェルタの口から溢れ出る雄渾かつ鬼気迫る熱弁に、その場にいた全員が全身も心も奮い立つ感覚を覚える。
2人の《痣持ち》も、レリギオスの騎士たちも、地球人の研究員たちも、何故今この場所にいるのか――その存在意義を改めて確認し、確証する。
「この地上からの叫びに、天空から呼び掛けた私たちも呼応しなければなりません!起こったばかりの火種に《風》を送る鞴のように、私たちは地上で勇気を持って戦う彼らを支援し、この運動を拡大させていかなければなりません!!
それを進める上で最大の壁となるのはやはり、未知なる能力を秘めたUGE軍の《痣持ち》部隊でしょう……。ですが恐れることはありません!《痣持ち》のお二方をはじめ、ここに集った16名の力を結集すれば、UGE軍の《痣持ち》など敵ではないと信じています!!
そして願わくば、UGE軍の傘下であるか否かに関わらず、すべての《痣持ち》たちの身柄をも保護し、彼らの安住とUGE軍の戦力低下を実現させたい……!――皆様を新たな団の団員として召集した目的は、ここにあります!!」
フェルタは胸に手を当ててその想いを告げると、その手を眼の前の新設部隊の面々に向けて差し出す。親指の先を地面に向けた手の平は、皇族から臣下に対する令旨が発せられることを表す。
「命を下します!これより皆様方には、私の指揮の下、対|《痣持ち》遊撃部隊――『フェルティオス団』としての任に就いて頂きます!!
団の主たる目的は2つです!地上にて、UGE軍の《痣持ち》と交戦する他の《へスペリディア》部隊、およびUGEに対抗する組織の支援をすること!そして、可能な限り多くの《痣持ち》をUGEより先に見つけ、彼らを保護・支援することです!!彼らの排除は、団の責務ではありません!!
《痣持ち》を保護できた場合には速やかに《へスペリディア》に移送して頂ければ、その者が安定した生活を送れるよう此方で各機関と連携し支援を行います!
保護した彼らを軍役に課すことは、光様やラーギブ様と同様に、その方の意志決定がない限り一切行いません!団からの勧誘や強請も御法度であることを肝に銘じておくように!!」
〔〔〔Rejar!!(了解!!)〕〕〕〔〔〔はい!!〕〕〕
団員全員から即座に了承の返事を受け取ったフェルタは、相互に厚い信頼で結ばれていることを再確認し、漸く微笑を浮かべる。
「――有難うございます。皆様のご活躍、期待していますよ。」
斯くしてこの日、レリギオス7名・地球人8名・《痣持ち》2名という少数精鋭の計17名による遊撃部隊『フェルティオス団』は結成された。
『Feltios』とは「風」――即ちフェルタの名前と同じ意味を持つ言葉であり、レリギオスや反UGE組織に"追い風"をもたらす者という意味として名付けられた。
「では早速ですが、皆様の記念すべき初任務についてご説明します。オレイエ。」
「はっ!」
返答したオレイエ・ボーノロス・ブリトマルティス騎士団長は、そのフェルティオス団の団長を兼務することと相成り、新たな団結成に意気込んで新調した彼の深緑色の鎧が非常に目映く輝いて見える。
彼は足元にいた蜘蛛型ロボットのアラネオに右手で合図を送り、大型のホログラムビジョンを団員たちの前に示す。
ビジョンに映し出されたのは、地上にある全居住区を描いた地図。その内の一つ、大きな湖が中心にある西方の居住区に赤いピンが突き刺さり、地名や人口等をはじめとする詳細情報が表示される。
「第19居住区――通称『モードス=ハロモグ』。
予てより政府と反UGE組織との抗争が絶えず、数々の犯罪者が塒とする無法地帯。《エデン大戦》の戦火から逃れたレリギオスも、未だ多く隠れ住んでいるとされている。
略毎日の様に何らかの事件が起こる此の街だが、此処数日、或る奇妙な事件の目撃が相次いでいる。……先ずは此の画像を見よ。」
と、オレイエがアラネオに目配せを送ると、アラネオはホログラムビジョンにある写真を表示する。
「――!?」「なんだこりゃ……!!」「ひっ――!!」
それは、一人の成人男性の遺体が写る、ショッキングな写真であった。
こちらに助けを求めていたかのようにぐったりと倒れた男性の体は、何で溶かされたのか判らないがどろどろに溶かされつつあり、その下からは、血と呼ぶには黒すぎる、見るからに腐敗し悪臭を漂わせるような液体が漏れ出していた。
「2週間前より、モードス=ハロモグ各地で写真の様な謎の変死体の発見が相次いでいる。其の数、19件。遺体は何れも此の様に既に腐敗し、どろどろと溶けた様な状態で発見されている。
だが此の事件の最も奇妙な点は、此れだけの奇怪な事件であるにも関わらず、MPOが一切動いていない――という事だ。奴等は事件性の無い自然死としているが、同じ様な死に方をする者が此処まで続出するのは、幾ら凡人でも可怪しいと思うだろう。
先にモードス=ハロモグに向かった地上部隊の一員が事件現場数ヶ所を調べた結果、其処には或る物が多く残留していた。
"塩"だ。
現場の周囲に、不自然な程大量の"塩"が積もっていた。
そして其の"塩"には……微かだが、被害者以外の何者かのアストラル流体の残渣が確認されている……!
つまり此の一連の事件の手口は、何者かが大量の"塩"を操る《魔法》を用いて被害者を生きたまま塩漬けにし、そのまま窒息死させたものと考えられる!此の如き芸当が出来るのは、我々レリギオスか、或いは――」
「《痣持ち》――!」
光の呟きに、オレイエは、こくりと深く頷く。
唾を呑んだ光は、同じ《痣持ち》同士の戦いが起きることを覚悟した。実戦訓練でラーギブと戦った経験がなければ、こんなに早く決心はできなかったろうと、光は彼への僅かな感謝を覚えた。
「レリギオスか《痣持ち》か、何方の犯行なのかは未だ不明だ。しかし何方にせよ、我々が動くべき事由と成る事に変化はない!
相手は人を此処まで惨酷に殺せる人間だ……。UGEの手に渡れば、此の写真より更に凄惨な光景が産み出されてしまう事は明白!其の後の処分は扨措き、此れ以上の犠牲を出さぬ為にも我々は、此の"塩漬け殺人犯"の身柄確保に向かう!良いか!!」
〔〔〔Rejar!!(了解!!)〕〕〕
オレイエの呼び掛けに、まずレリギオスの団員が一斉に敬礼で答える。
一方、非戦闘員の多い、それも半分近くが南星宮高の生徒である地球人の団員は、写真を観たショックからだろう、喉を締められ返事できなくなっていった。
光は、彼らを勇気付けようと、一歩前に出て彼らの目を見て言う。
「――大丈夫だよ!皆の身に何かあっても、僕とラーギブが護ってみせる!!……だよね、ラーギブ?」
「そうじゃのぅ。死なれたら、死んだ者のポジションを補填しなければならんくなるからのぅ。なるべく護られる必要のない様に動いて欲しいかのぅ……。」
「う……うん?」
恐らくラーギブ的には、「自分の代わりはいないのだから死ぬな」と言いたかったのだろうが、何とも冷徹な言い方と態度のせいで、光には伝わったものの、多くのメンバーに誤解を与えかねない結果となってしまった。
「出発は今晩20時とする!各自、其れまでに充分に支度を揃えて置け!――では解散!!」
以上を以ってフェルティオス団の結成式は終了し、レリギオスの団員は自室に戻って支度をしたり、市場などへ出て必要な物資を調達したりなどした。
その頃光はというと、エルクや福希、ラーギブ、その他南星宮高の生徒だった面々と一緒に謁見の間で待機していた。フェルタが彼らに何やら見せたい物があるらしいのだ。
「うぅっ……!むぼぉっ……!!ごほっ……!!」
「大丈夫、アンナちゃん?そんなんで地上に降りたら大変だよ……。」
部屋の隅から、嘔吐する少女の声とその吐瀉物の酸っぱい異臭が漂い出す。先程の画像を観たせいだ。跪いて謝罪をするオレイエの姿を見ずとも判ることだ。
「……申し訳無い。我々は斯様な物を見慣れてしまっている故、配慮が行き届かなかった。暫し城内にある治療室で――」
吐瀉物の匂いを鼻を覆う右手で遮断しつつ、オレイエは嘔吐する金髪の少女と、その傍らで介抱しているもう一人の栗色の髪の少女と何やら話をしている。
(あの縦ロールは……確か生徒会副会長の……。大丈夫かな?一緒にいるのはテレシアか。なら問題はなさそうだけど……)
光は2人の少女うち、介抱している方の少女の名を知っていた。
テレシア・アヴィラ。学年3位の成績を修める文武両道の才女であり、その美貌と別け隔てなく接する性格から「天使」や「女神」などと持て囃され、男女両方から人気を集めている。
もう一方の吐いている方の少女の方は、南星宮の生徒会副会長を務めていた人物だが、光はあまり接点を持っていなかったためにその名が思い出せない。
(それにしてもさっきの写真……かなりショッキングだったな……。吐きたい気持ちも判る……。ああ、まずいまずい!!思い出したら僕まで気持ち悪くなっちゃう……!!)
光がぶんぶんと頭を揺さぶり、先程の溶けた死体の写真の記憶を忘れようと苦悶していると――
「……チー!ねぇ、聞こえてんのモッチー!?」
「!!」
光の眼の前に、また別の少女の顔が現れていたことに気付く。
ボブカットの黒髪を揺らし、縁無しメガネの向こうの金色の瞳を輝かせる、光と同じくらいの背丈の少女は、見慣れた南星宮の制服姿ではなく、真新しい紺のジャケットとスラックスに身を包んでいた。今はやや仏頂面でいるが、その端正な顔立ちはレリギオスにも負けず劣らずの美人のそれであった。
「あ、なんだエイヴィスさんか。」
「『なんだエイヴィスさんか。』ちゃうで?オンナの子が吐いてるトコなんて、そんなマジマジと見るモンやないで!!」
この少女の名は、市姫・エイヴィス。「エイヴィス商会」という貿易会社の社長のご令嬢であり、父譲りの金銭感覚を活かし、南星宮高校の生徒会では会計を務めたお金のエキスパートである。
なお言葉に独特な訛りを持っているが、これは彼女曰く「じぃちゃん譲り」らしい。
「ホラ、わかったらさっさと回れ右しぃや!」
市姫は光の両肩を持ち、彼の体を180度回転させようとする。光も特に見たくて見ていた訳でもないので、彼女の圧力に素直に身を委ねる。
「ごめんよ。別に見たくて見ていた訳じゃないんだ。」
「分かってんねやったらええわ!」市姫はニカっと白い歯を零す。
「てかモッチー、あんた筋トレしてんの?ちょっと腕太なっとるやん?」
触ったついでに、とばかりに、服の上から右腕を両手でモミモミしてくる市姫。割と心地良いそのリズムに光は少し照れ臭く顔を逸したが、彼女が自分に特別な好意を持ってこんなことをしているのではないことを知っていた。気があるないに関わらず、彼女は他の男子にもこの距離感で接してくるからだ。一言で言えば、距離感がバグレベルで近すぎるのだ。
「ま、まぁね……。エルクじゃないけど、強くなるためにはやっぱり筋肉だと思って――」
「え〜〜いややいやや!!モッチーはカワイくてオンナの子らしいんが魅力やんかあ〜!?あのアホみたいなゴリマッチョになってもうたら、ウチらの癒やしが無くなってまうやん!!な?お願いやからムキムキにはならんといて!!アホんなるから!!」
ある種ルッキズム的偏見の混じったような駄々をこねる市姫。光の抱えるコンプレックスなど、「そんなん知らん」と言わんばかりの勢いだ。
――すると、彼女の|発言に気を悪くしたあのアホが、ずんずんとこちらに接近してくる。
「おい……傍で聞いてりゃ誰がアホだってんだ?この"インチキ市姫"!!」
激昂するエルクは市姫にそのような罵声を浴びせる。市姫はこれを無視する訳にはいかず、すぐさま反論する。
「ちょっ……!?その呼び方やめぇや!?《へスペリディア》でウチが築いた信頼全部パァにする気なんか!?」
「信頼もクソもねぇだろ!?道具の新調のために出した陸上部の予算申請に二つ返事でOKしやがったクセに、その約束すっぽかしやがって!!しかも変な絵描いてばっかの漫研にはひいきしやがってよォ!!」
「しゃあないやん!!会長の許可下りひんかってんもん!!それに漫研の絵ェは"変な絵ェ"とちゃうで!?美男子たちの純愛を描いたラブロマンスもんや!!アンタは知らんやろうけど、女子からの需要がめっちゃ高いねんでコレ!!」
「いや、男同士の恋愛なんて何が楽しいんだよ!?そんな気色悪い漫画、俺はゴメンだぜ!!」
「あ〜!言うたな!?今の発言、"多様性"を重んじるUGE憲法に違反してるで!?《へスペリディア》やなかったら今頃牢屋行きやで?」
「へっ、何が"多様性"だよ!?UGEが本当に多様性謳ってんなら、俺たちが襲われることもなかったろうし、フェルタさんやレリギオスの皆も!!地上で仲良くできたんじゃねぇのかよ!?」
「そ……それは……。」
珍しく鋭い指摘をしたエルクに、思わず市姫の反論の言葉が詰まる。二人の口喧嘩が一旦の終了を迎えたところで、エルクよりも更に少し背の高いスーツを着た少年が、パンパンと手を叩きながら間に割って入る。
「はいはい。二人とも、喧嘩はそこまでにしよう。初日から仲違いされたら、できる任務もできなくなるだろ?」
エリオ・チェロディオッジ。2年生ながらバスケットボール部のエースを張る実力を持つ、オリーブ色の髪を持つ好青年。高身長で爽やかなルックスと物腰柔らかい性格から、今も女子生徒たちから絶大な人気を誇っている。
「それにそういう話はデリケート過ぎるし、ここで結論づけるべき問題でもない。ましてや感情任せに好き勝手主張していいものでもない。ここは一度冷静になろう、二人とも。」
「――わぁったよ。」「エリオ君が言うんやったら、何でも従うで、ウチ♡♡」
エリオの説得に納得したエルクは面倒臭そうに、市姫はエリオに色目を使いながら、互いに口論の中止を決定する。
感情的になりやすい二人を理論的に上手く説得したエリオの手腕に、光は今まで見たことのなかった彼の非凡な才能を見た光は、思わずエリオに賛辞を贈る。
「すごいやエリオ。エルクを言葉だけで落ち着かせるなんて。いつもなら福希に殴られてもらうしかなかったのに……。」
「"いつもなら"――?い、いつもそうしてるのかい?」
あまり問題事に巻き込まれないタイプであるエリオは、普段彼らがどうやって怒るエルクを止めていたのかを知らず、若干困惑の色を見せる。
同時に光は、さっきまで襲ってきていた吐き気が今は感じられなくなっていることに気付く。かつて高校で見られた"いつも"の光景に触れたことで、恐怖心が薄らいだからかもしれない。
「おい。皇女が戻って来たようじゃ。私語を慎め。」
そうこうしていると、これまで殆ど沈黙していたラーギブが光たちに注意を促した。
彼の目線の先を見ると、跪く兵士の間を通って、フェルタが自分たちのいるのと同じ高さの床を歩いてやってきた。
「お待たせしました。準備が整いましたので、これから皆様をご案内致します。――宝乗院様の体調はいかがですか?気分が優れないようなら、一度治療室にお連れいたしますが――?」
フェルタは嘔吐していた少女の体調を気遣う。彼女が呼んだ名前を聴いて、光は漸くその少女のことを思い出す。
宝乗院杏和。金融をはじめ服飾事業やウェディング事業などを展開する「宝乗院グループ」のご令嬢にして、南星宮高校の生徒会副会長を務めていた人物。市姫とは中学時代からの友人だと聞く。
光が彼女のことを思い出せなかったのは、別クラスだったことや、生徒会長である彼女の兄の方が印象に残っていることの影響が大きい。それはともかく、彼女がこの団の一員になっているという事実を、光はかなり驚いた眼で見ていた。
(そうだ、あの人は宝乗院杏和さんだ……!でもなんでこの団に?噂では《へスペリディア》での生活にあまり馴染んでないって聞くけど……?)
あくまで噂――とはいえ、常に大勢の従者が側に付き、欲しい物は何でも手に入るお嬢様暮らしをしてきたであろう彼女の身の上を考えれば、生活の変化に馴染めないことは致し方ないことなのかもしれない。光はそう思った。
「――げほっ!問題……ありませんわ……!!」
宝乗院は腔内に残る吐瀉物の異臭に噎せながらも気丈に答えようとする。
「ですが、だいぶ顔色が――」
「構いませんわ!!」フェルタの反論を許さぬとばかりに宝乗院は自分の意志を押し切る。「兄の――雄斗お兄様の名も、そこに刻まれているのでございましょう――?」
どうやら宝乗院は、これから自分たちが見るものが何か知っているようだった。
人目も憚らず大粒の涙を流す彼女の悲しい瞳――。そして『名を刻む』という表現――。光は、これから見るものの正体を、漸く理解した。
「――ええ。宝乗院雄斗様の名前も、そこに――。」フェルタは微笑みながらゆっくりと頷く。
「ならば、行かないという選択肢はございませんわ……!!」なるべく異臭が口から漏れないようハンカチで覆いながら、宝乗院はそう続ける。
「――判りました。」フェルタは決心する。「そうまで仰るのなら、貴方の御意志を尊重します。……アヴィラ様、宝乗院様に何かあったら、サポートをお願いします。」
「は、はい!かしこまり……ました!!」名前を呼ばれたテレシアは、たどたどしくも了承の返事を返す。フェルタはそれを受けて、改めてこう宣言する。
「では予定通り、皆様全員で参りましょう。『弔いの丘』へ。」
2388年6月27日(月) 2:00 P.M. 第四フルリア・弔いの丘
アネモニア城の庭園から、1ヶ月前にも見たハルピュイオスの運ぶ籠に乗り込んだ一同は、城のある第一フルリアの反対側、第四フルリアにあるその場所に到着する。
弔いの丘(アリティア語名:Homuriakro)――。そこはその名の通り、《エデン大戦》などで亡くなったレリギオスたちを弔う墓が立つ場所である。
なだらかな丘陵の斜面には、一辺40〜100cm程の立方体に切られた黒い滑らかな表面の石が所狭しと並んでいる。通路側の一面を除き、その周りには《魔法陣》らしき幾何学的な模様が5面すべてに刻まれている。――これがレリギオスの墓であり、通路側の側面に刻まれている白いアリティア文字は、埋葬されている人物の名を示している。合葬されているのは多くの場合はやはり家族だが、親しかった友人や、婚約を交わしながらも結婚できずに死んだ恋人であることも少なくないと、フェルタは教えてくれた。
丘の頂上に建てられているのは、アリティア帝国最後の王・ゴルディオス帝と、彼の妃でフェルタの母・テンペスティア王妃の墓である。二人の墓は一般のレリギオスの墓とは違って3mもの高さがある直方体に裁断されており、周囲には《魔法陣》だけでなく生前の二人を模した彫刻が施された豪華な仕様になっている。
フェルタやオレイエ、同行した騎士たちはその墓に向かって両手の拳を胸の前で合わせ、深いお辞儀をした。光たちも見様見真似で同じ動作を行い、先代のレリギオスの王への敬意と鎮魂の意を込めた。
そして彼らの本来の目的は、その王と王妃の墓の向かい側――石材は同じだが、光たちのよく知っている、上部が半円になった正方形の板状の墓石が並ぶエリアにある。そこは《エデン大戦》で命を落としたり、《へスペリディア》の上で亡くなった地球人類のための共同墓地である。
その一番奥では、簡易的なテントの下で、白い大きな布の掛かった墓石を取り囲むように、既に大勢のレリギオスの兵士が光たちを待ち構えていた。
「――皇女。お待ちしてたっす。」
その内の一人――赤いメッシュを入れた長い紫色の髪を靡かせる、バイオリンで使う弓のようなものを右手に持った気怠げな男性がフェルタに話しかける。途中で何かトラブルに遭った訳でもないのに、彼の衣服は原型が判らない程ボロボロである。だがその割には泥や煤などの汚れは見当たらない。そういうファッションなのだろうか。
「ご苦労です、へカティエ。哀悼の詩は捧げましたか?」
「これからっす。今ヴィターラの調節終わったとこなんで。」
「そうですか。であればちょうど良かったです。まずはお披露目して、それから詩を捧げましょう。」
「承知っす。」
軽い打ち合わせを終えると、フェルタは光たちの方を振り向き、紫色の髪の男――へカティエは、適当な兵士に声を掛けて墓石に掛かった布の端を持たせる指示をする。
「皆様。ここまでのご足労、有難うございます。」深々とお辞儀をし、フェルタは光たちに謝意を述べる。
「これより行いますのは、先月25日のUGE軍の襲撃で命を落とされた、南星宮高等学校の生徒並びに教職員の方々を追悼する、墓碑の建碑式でございます。
――覆いを取りなさい。」
フェルタが背後の兵士に指示すると、兵士たちは無言でその指示に従い、白い布を持ち上げる。
冷ややかで艷やかな、漆黒の墓石の表面に刻まれた、文字。
それはアルファベットで、その羅列が示すのは、《ニューアシヤ事変》で亡くなったクラスメートや教師たちの名前である。
一面を埋め尽くす程ぎっしりと書かれたその名前の数は、教師・生徒合わせて、160名。その中には、光のいくつか見知った名前もあった。
Abel Shepherd、Aoi Fukai、Baek-Ho Choi、Cliff Shimakura、Ivan Hammer、Karinthy Epepe、Kilgore Rosewater、Kei W Mori、Marietta Belyayeva、Ursule de La Salle、Yuto Hōjōin――
そして、Isuka Yudaの名前も。
「ここには、犠牲者全員分の名前は彫られていません。生徒の方々の証言や当時の出席簿の状況から、襲撃に巻き込まれ死亡したと断定できる方々の名前だけが彫られています。
また、この墓の下に彼らの遺体は埋まっていません。遺体を回収できるような暇や機会を、UGEが与えてくれなかったからです――。」
フェルタがそう捨て置くと、へカティエは墓に立て掛けていた「ヴィターラ」という弦楽器を手に胡座をかき、脚の間にそれを乗せて先程の弓で弦を擦り、音を奏で始める。
へカティエの巧みな指さばきにより、6本の弦はグラスハープのように優しく透き通る低い音色を奏で、レリギオスに伝わる、死者を悼む挽歌とされる曲を紡ぎ出す。ゆったりとした4分の5拍子のリズムは、地球人である光たちの耳にも自然と入っていき、もう蘇ることのないあの日常との惜別の念を強くさせていく。
「地球人の一生は、短すぎる。――度々、そう思うことが私にはあります。
レリギオスの寿命と比べて――ということではありません。こういう……殺し合いとか、自殺とか……地球人の方は時折、自他の生命を軽んじるような行為を犯して、本来生きるはずだった寿命よりも若い年齢で死んで逝くのを、度々目にします。――ここに名を刻まれた彼らも、本当はもっと皆様と一緒に永く生きていたかった。そう思っていたはずです。
――私からお願いです。どうか、ここに名を刻まれた者たちが生きるはずだった時間まで、皆様は長く、長く生きてください。そのためにも、これから待ち受ける戦いに、どうか負けないでください。これは私の"願い"でもあり、彼らの"願い"でもある――そう信じています。
――Morsios paski dormire.(訳:死者に安らかな眠りを。)」
フェルタは墓の方を向いて両手を地面に付け、静かに亡くなった者たちの冥福を祈り始める。それに合わせて光たちも目を瞑り、彼らに黙祷を捧げる。
雨はなおも降り止まず、へカティエのヴィターラはそれに掻き消されまいと力強い音色で挽歌を弾き続ける。足元の砂利道にできた水溜りにテントの屋根から垂れ落ちる雫は、スネアのような響きの音色を奏でて音楽の拍子を取る。時折遠くから響くハルピュイオスの物悲しげな鳴き声は、へカティエのヴィターラが奏でる和音に合わせて、共に彼らの死を悼んでいるようだった。
今ここにいない彼らの耳にも、この美しい音楽が届いていることを、光は願った。式典終了後、光たちは解散となって出発の準備を開始した――。




