Episode33:《痣持ち》・後編
2388年6月2日(木) 4:00 P.M. 《へスペリディア》科学技術局本部・第1開発研究部試験場
その後、《撃出の大鎚》を使った実戦的な研究は午後4時まで行われた。所有者である光が実際にそれを使用してみせたことで、《撃出の大鎚》に秘められた性能の数々が、次々と明らかになっていった。
――『①ミーティアブースト機能』――
訓練用ロボットとの模擬戦でも見られた、スイング時に激しい閃光を纏いながらスイング速度を急加速させる機能は、『ミーティアブースト機能』と名付けられた。
この機能はアストラル流体も撮影可能な特殊なカメラにより、打撃面とは反対側の面から勢い良く噴出されるアストラル流体によって推進し、《撃出の大鎚》には爆発的な破壊力を、光本人には目にも留まらぬ瞬発力をもたらしていることが判明した。
その後行われた高さ10mもある巨岩を破壊する実験では、同機能によりものの3分で岩が全壊され、続く《魔法》によって剛速球で放たれるバレーボールを撃ち返す実験では、100発全てが研究所を超えて背後の山にまで届く長打となった。
――『②伸縮機能』――
遠くにいる相手に対する遠距離攻撃性能の有無を調べる実験では、《撃出の大鎚》の柄の全長が自在に伸縮することが判明した。
実験の内容は、まず光を定位置から先に移動できないよう足場を設置し、そこから1m毎に配備されたターゲットのドローン全30機を用いて、どれだけ離れた位置まで《撃出の大鎚》で攻撃できるかを調査するというものであった。
通常時の《撃出の大鎚》の全長は、光の身長より僅かに大きい160cm。普通に振るえば最初の1m地点より先のターゲットに対しては全くリーチが足りず壊せないはずである。
そこで光が例の呪文を唱えてみると――
「Si, Hemitie teskios 《Esperios》――!!」
〔キィィン!!ググゥゥゥゥンン!!〕
《撃出の大鎚》の柄の部分がぐんぐんと天に伸び始め、軈てその全長は、最大30mにまで達したと記録されている。
「はあっ!!」
〔〔〔ガシャガシャガシャガシャガシャァァン!!!!〕〕〕
光がそのまま伸びた《撃出の大鎚》を振り下ろしたことで、2mから30m地点のターゲットは全て破壊され、それが現在の《撃出の大鎚》の最大攻撃範囲として記録された。
なお、この時の《撃出の大鎚》の重量はほぼ変わっておらず、伸展した柄の部分の直径が細くなったり、強度が脆くなったりなどの変化も見られなかったと報告されている。
――『③アストラル流体探知機能』――
光の持つ《希望》の能力と《撃出の大鎚》の性能の関係性を調べるため、続いて行われたのが、《魔法》で組み立てられたプレハブの実験用家屋を用いた救助訓練である。
適当に四角い積み木を積んだり繋げたりしたような外見の5階建てのプレハブは、内部も複雑に入り組み、似たような部屋が延々と続くダンジョンのような様相を呈している。その内の一室にいる、手足や口を縛られた状態の酉福希を助け出すというのが、本実験における光の目的である。
「ではこれより、《撃出の大鎚》を使った救助訓練を開始する。制限時間は30分。終了時はプレハブ内に設置されたスピーカーを使ってアナウンスする。それまでに捕らわれた酉君を見つけ出し、ここまで連れてきてくれ給え!!それでは――はじめ!!」
ヴィシュヴァカルマンの合図でプレハブ内に潜入した光は、まず福希の居場所を探るために、彼の心から発せられる"願い"の声を探した。
「福希……どこにいるのか教えてくれ……!!」
(どこですかここぉぉ……!!早く助けに来てください、望月くううううん――!!)
「やっぱり聴こえた!……けど、これじゃあ居場所はわかんないか……。」
福希の"願い"は確かに聴こえたものの、その声は
福希の名を呼びながら各部屋を見て回っていった。入口付近にある15部屋を開けて探したものの、福希の姿はそこにはなかった。
(この建物、5階まである上に1階ごとの部屋数も多い――!闇雲に捜索してたんじゃ時間に間に合わない!……このハンマーで、福希の居場所を特定できないか?)
光は《撃出の大鎚》の未知の可能性に賭けてみることにした。その方法とは、福希の顔や容姿、声などの具体的な特徴を脳内で想像し、《撃出の大鎚》にアストラル流体を流し込んで反応を観るというものだ。
(《撃出の大鎚》――福希の居場所、判るなら僕に教えてくれ――!!)
……―― ピィィン ――……
すると、《撃出の大鎚》の柄の先端にある無数の紅い紐のうちの1本が、微かな青い輝きを纏いながら、重力に逆らって斜め上に伸びていくのを光は目撃する。
「もしかして……この紐の示す先に福希がいるのか?――よし!」
光は紐の示す先に福希がいると信じ、まずは上の階に繋がる階段を探した。この時、同じように階段の想像を《撃出の大鎚》に送ったが、それに対する反応はなかった。階段はアストラル流体を持たない無機物なので、《撃出の大鎚》には探知できなかったものと見られている。
仕方なく光は更に部屋をいくつか開けることで2階に続く階段を発見し、同様に2階・3階でも手当り次第に部屋を巡っていき、福希のいる4階に続く階段を残り15分20秒で発見した。
4階に上がると紐は福希のいる方向に向かってピンと強く張るようになり、輝きも一層強くなっていった。光は福希の名前を呼びながら、一部屋一部屋ドアを開けて巡っていく。
そして4階に到着してから9部屋目で――
〔〔バンっ!!〕〕 「――福希!!」
「んにんにぬぅんん!!(訳:望月君!!)」
残り14分39秒。光は、部屋の中央に置かれた椅子に縛り付けられた状態の福希を発見する。
《撃出の大鎚》の柄に付いている紐は、近くのアストラル流体を探知するセンサーの役割を持っていることがこの訓練で判明した。
光はすぐさま《撃出の大鎚》を床に投げ捨てて、福希を縛るロープを上から順番に解いていく。口元のロープが完全にほどけると、福希は不足していた酸素を取り戻さんとばかりに荒く大きな呼吸をし始めた。
「ぷはっ!!ひぃ――いぃ――いぐら実験だがらって――こごまでずること――ないでしょうに!!」
同時に溜まっていた不満も吐き出し始める福希。光は腕のロープを解くのに苦戦しながらも、福希に気を配る。
「ごめんね。ちょっとツラい思いさせたけど。――よし解けた!あとは脚だけだ!」
「ふぅ……。何はともあれ、これなら時間内にゴールできそうですね。」
福希がいつも通りの呼吸のペースを取り戻した時、彼の脚と椅子を縛っていたロープも遂に解除された。これで福希は自由に動ける身となった。
「よし!これで全部だ!」
「ありがとうございます、望月君……。」
「このくらい当然だよ。さ、博士のところへ戻ろ……ん?」
だが、これは単なる救助訓練ではなく、あくまで《撃出の大鎚》の性能を知るためのテスト。
本当の実験は、ここから開始される。
――『④物質召喚機能』――
《撃出の大鎚》のもう一つの機能は、あるアクシデントによって発動された。
「なんだ……この匂い?……焦げ臭いぞ?」
「ま、まさか火事ですか!?」
〔〔〔ボフウウゥゥ!!〕〕〕
「うわっ!?」「ひぃっ!?」
突然光と福希の背後の壁が、凄まじい爆音と激しい熱風を伴って吹き飛ばされる!
その壁があったと思われる場所には、もう既に巨大な火の海が広がっていた――!!
「う、うううううそでしょ!?うそですよね!?たかが実験でここまでするんですかああっっ!?!?ゲホゲホっ!!」
「とにかく急ごう!これも実験の一貫なら、乗り越えるしかない!!」
「なんだあれは!?どうして煙が上がってるんだ!?」
一方、外で観察していたヴィシュヴァカルマンたちも建物内の異変に気付いていた。建物内に設置されたカメラでモニタリングしていた女性研究員が、観たものをそのままヴィシュヴァカルマンに報告する。
「博士、大変です!光くんたちがいる階で火災が――!!」
「なんだと!?」
ヴィシュヴァカルマンが仰天するのも無理はない。この火災は訓練の一貫ではなく、本物の火災だからである。それは消火器などを付近に準備していないことからも明らかである。
不測の事態にヴィシュヴァカルマンは戸惑うことなく、すぐさま周囲の研究員に指示を出す。
「訓練は中止だ!!《水属性》を持つレリギオススタッフは消火に!《炎属性》を持つレリギオスは救助に回れ!!他は急いで消火器と水を確保するんだ!!」
「「「はい!!!!」」」「「「Rejar!!!!」」」
指示を受けた研究員達は、すぐさま自らに課せられた仕事を開始する。地球人スタッフの多くは全速力で消火器と水を探しに行き、レリギオススタッフは耐火性に優れた《防御魔法》を全身にコーティングし、2人の救助に向かった。
だがそこに、消火活動を行う者の姿は、まだなかった。
「おい……!なんでまだ消火を始めてないんだ!?」ヴィシュヴァカルマンがぼうっと立ち尽くすレリギオススタッフの元に近づく。
「ソレが、局長サン……」「《水属性》持ってるレリギオス、ココにいないデス……!!」
「なんだと……!?」
「福希こっちだ!ここから1階に降りられる!」
「ほんとですか!?助かります!!」
その頃2人は、燃え盛る炎や立ち込める煙を掻い潜りながら、なんとか4階から2階まで駆け降りていた。
そして今、1階に繋がる階段の手前まで辿り着いていた――のだが、
〔〔ボオオォォ!!〕〕
「うわっ!?」「あっつ!?」
階段の下から激しく炎が一瞬噴き出して、2人の頬を軽く焦がした。
2人が階段の下を覗いた時には、1階は既に完全な火の海と化していて、強烈な熱気が階段を通って立ち昇ってくるのを素肌で感じた。
光はここ以外に1階に降りる階段を知らない。そして実際、1階に降りる階段は、ここ以外にない。
建物の詳細な間取りも不明な上に、2階から4階までのエリアにも火の気が回っている。避難路を見つけるために動くことさえも、相当なリスクがついて回るようになってきている。
周囲を火に囲まれた状況の中、福希は早くも自らの死期を悟り始めた。
「わわわ……ヤバくないですかコレ!?ボクたち逃げ場ないじゃないですかコレェ!?このままじゃあボクたち焼け死んじゃいますよおおおおおお!!!!」
「落ち着け、福希!!ここで泣き喚いたら余計に寿命が縮まるぞ!!」
「うぐっ……!」
光が福希の両肩を強く揺さぶって、彼の精神を宥める。光の言葉のおかげで福希は理性を取り戻し、無駄に体力と酸素を消費してしまったことに気付くことができた。
「それにこういう時にこそ、僕の左手が使えるんじゃないか!」
「――!!そうでしたね!《希望の痣》!!」
福希は今思い出したようにその名を呼ぶや否や、すぐさま光の左手をギュッと強く握り締めた――!
「お願いです望月君……!!"ここからボクたちを脱出させてください!!"」
「うん!その"願い"、僕は受け入れる!!
――Si, Hemitie teskios 《Esperios》!!」
光は例の呪文を唱え、《希望》の能力を顕現させる――!!
・・・・・・・・・・・・。
「――あ、あれ?」
ばちばちと炎が爆ぜる音だけが、5秒間、光と福希の耳に虚しく響いた。
その間、2人の周囲には何も起こらなかった……?
「どうじでっ!?ボクの"願い"の強さが足りながったんでずがああああっ!?」
「そんなはずないよ!《痣》はちゃんと光ったし、どこかに必ず影響が現れて――」
〔……――ぴとん――……〕
「――!?」
その時。光は右の頬に、何かの雫が落ちたのを感じた。
「ど……どうしたんです、望月君?――望月君?」
急に黙り込む光を、福希は心配そうに見つめる。光は福希の呼び掛けに反応するよりも、雫が落ちてきた場所の特定に神経を集中させた。
その場所は、すぐに発見された。
〔……――ぴとっ、――ぴとっ――……〕
(《撃出の大鎚》から――"水"?)
右手に持った《撃出の大鎚》の打面部分から、無色透明の雫が、1回、2回、3回――と落ちていくのを光は確認した。
(まさか、水を産み出してる――?)
光はそう考えた。そして試しに、前方に《撃出の大鎚》を軽く手首だけで振ってみた。
〔〔バシャッ!!〕〕
「――!!」
すると、《撃出の大鎚》からコップ一杯程度の量の水が噴き出し、近くの燃えている木材に掛かって火を消し止めた。
「ま、まさか望月君……、その程度の水でこの火事消すつもりじゃあ……?」
福希はいくらなんでも無茶だと思った。建物全体に回った火を消すのに、それだけの放水量では間に合うはずがない。
だが、光は諦めてなどいなかった。
「――そのまさかだよ、福希。僕の能力があれば、そんな不可能も可能に変わる!この火事を消すだけの水も、この《撃出の大鎚》があれば産み出せるはずだ!!」
光の言葉に呼応して、《撃出の大鎚》の打面が変形・拡大する。別れたパーツの端からも、ぽたぽたと水の雫が溢れ出していた。
それを見た福希は、あの襲撃事件のことを思い出していた。そして彼は選択する。
「――判りました!望月君の言葉を信じます!!」
福希は今一度、光の左手を握る力をぐっと強めた。それに反応して、《痣》が放つ輝きも一層強くなる。
「僕に任せて!」
「お願いしますっ――!!」
福希は光に"願い"を託し、彼の左手から手を放した。
光は両手で《撃出の大鎚》を握り、正面に構える。
なおも炎の勢いは凄まじく、あちこちで床や壁が焼失して崩れ始めている。
その熱気と煙に肺を焦がしながらも、光はすうっと息を吸い込み、思い描く《魔法》の具体的な想像を固めていく。
(――《撃出の大鎚》、僕の親友を救うためにも、この建物の火事を鎮火させるほどの大量の水を、間欠泉のように産み出せ――!!)
想像を固めた光は、それをアストラル流体によって《撃出の大鎚》に伝える。
そして大きく振りかぶり、前方の床に勢いよく振り下ろす!!
「はぁああああああっ!!!!」
〔〔〔ドンッ!!!!〕〕〕
プレハブの薄い床は《撃出の大鎚》の衝撃で簡単に破壊され、巨大な穴がそこに出現する。
と同時に、《撃出の大鎚》の床を叩いた面から、ひとつの《魔法陣》も出現する。
その《魔法陣》が出現してすぐ、光は、《撃出の大鎚》の下で何かが込み上げてくるような感触を覚えた。その感覚は、1秒経過するごとに指数関数的に大きくなっていく――!!
……――ゴゴゴゴゴゴゴゴ――……
「――きたっ!!」
光は床から込み上げる圧力に従い、《撃出の大鎚》を床から離す。
光たちが立っている床の下では、《撃出の大鎚》の《魔法陣》によって大量の水が生み出されていく。
そして水は遂に床下の空間を満たし、行き場をなくした水流は、光が開けた床の穴から一気に噴出する――!!
〔〔〔ブシャアアアアアア!!!!!!〕〕〕
「んなっ――!?」「やった!成功だ!!」
光と福希の全身をびしょ濡れにし、天井を突き破りそうなほど激しく噴き出す水柱は、周囲の炎を瞬く間に消火していく!更に水は階段を伝って1階の炎をも次々と消し止めていく!
「行こう福希!脱出のチャンスは今しかない!」
「――はいっ!!」
光は福希とともに、水で滑りやすくなった黒焦げの階段を慎重に降りて、1階に到達する。
「――いたぞ!」
1階に降りた先で待っていたのは2人の救出に向かっていたレリギオスの研究員たち。《炎属性》を持ち炎や高熱に耐性のある彼らは、炎を操る《魔法》を使って、まるで草むらを搔き分けるように業火を払い除け、なんとか1階の階段近くまで移動してきた。
「"エクスティングイシャー"博士の指示で、お二人を助けに来ました!!お二人共ケガなどは?」
「僕は大丈夫です!福希は煙をだいぶ吸ったみたいです!!」
「ゲホゲホっ!!出口は近くですか――?」
「出口までの経路は確保済みです!ただ壁をいくつか破壊しているんで、この建物の崩壊も間近です!!急いでついて来てください!!」
「「はいっ!!」」
2388年6月2日(木) 4:20 P.M. 《へスペリディア》科学技術局本部・医務室
こうして、光と福希、及び救出に向かったレリギオス研究員6名は、全員無事に建物から脱出できた。
最後の一人が建物を出てから20秒くらいして、建物は凄まじい轟音と黒煙を立てながら崩壊を始めた。あと一歩遅かったら、光も福希も灼熱の瓦礫の下敷きになって死んでいたかもしれない。
その後の消火や後始末は、光の産み出した大量の水で火の大部分が弱められたおかげで、だいぶ時間を短縮できたと後に研究員の一人が語っている。
だが一方で、不可解な謎が2つ残った。今回の火災の原因と、光が大量の水を産み出した《魔法》についてである。
火災の原因は、完全な鎮火を待たないと調査できないのでひとまず後回しとし、ヴィシュヴァカルマンは医師の診断を終えた光と福希から、その水が噴き出した現象についての話を聴いた。
「――だいたい以上なんですけど、ここまでの中で何か引っかかることはありますか、博士?」
「そうだな……。引っかかるのはやはり、近くに《水属性》のアストラルを持つ者がいなかったことだろう。
水を産み出すタイプの《魔法》には、必ず《水属性》のアストラル流体が必要だ。だが君は勿論のこと、あの時現場近くにいたレリギオスたちは皆《水属性》持ちではなかったし、仮に酉君が《水属性》を持っていたとしても、その量は微々たるもののはずだ。水は出せても、噴き出すまでもいかないだろう。
それに酉君が"脱出したい"と願ったのなら、屋外へ瞬間移動する《魔法》が出てもおかしくないはずだ。何故それではない《魔法》が出たのかという疑問もある。」
「そう言えば――」光は何かを思い出した。「《魔法》を出す前、福希の心の"願い"が微かに聴こえたんです。」
「心の――?前にもそんなことを話していたな。どんな"願い"だった?」
「たしか、"暑い……喉が渇いた……水が欲しい……"って、言ってました。いや『思ってた』かな?」
「口に出してないのに、そんなことも判るんですか?」
「まぁね。」光は福希に目配せを送る。
「成程。その"願い"を叶えるために、水が出る《魔法》に限定されたのだろう。――だがそうだとしても、やはりその《魔法》を産み出せるほどの《水属性》のアストラルを得られる訳では無い……。
となると、怪しいのはやはりその《撃出の大鎚》か。もしかするとATCのようなものが内蔵されていて、それが望月君のアストラルを《水属性》へコンバートしたのかもしれない――。だがそうなるとマガジンの装填・排出はどうする?そもそもこの武器はVSM理論に則って設計されたのか?《へスペリディア》の設計でないこの武器を造った者は、我々より先にその理論を完成させて設計したということに――」
ヴィシュヴァカルマンは、何やらよく判らない専門用語でぶつぶつと仮説を組み立てたり消したりしている。その結論があと数分で出ることはどうもなさそうだ。
時計は4時23分を表示している。光は間もなく出立しなければならない時間となったので、2人に別れの挨拶を述べる。
「すみません、もうそろそろ寮に戻らないといけないので――」
「――おお、そうか。」時計を見たヴィシュヴァカルマンはかなりの時間を熟考していたのに驚く。「すまない、一人で考え込んでしまった。門の外まで送ろうか?」
「大丈夫です。床の表示に従えば帰れますので。」
「そうか。なら味気ないが、ここでお開きにしよう。研究へのご協力、感謝する。」
「望月君、またいつでも来てくださいね!」
「うん、ありがと。それじゃっ!!」
光は《撃出の大鎚》を右肩に担いで、2人の元を駆け足で去っていく。かつ、かつ――という速いテンポの反響する靴音が、室内からだんだんとフェードアウトしていくのを聴いた後、2人も互いに挨拶を交わしてそれぞれの自室に帰っていった。
(あの武器の製造者は誰だ――?まさか、あいつではないよな――?)
(やはりいいですねぇ……《魔法》は……!UGEが秘匿するのも納得!あれをボクでも使えるようになれば――!!)
2388年6月2日(木) 6:05 P.M. 《へスペリディア》・オレイオス魔法学校 第4学寮
「ふぅ……!なんとかギリギリ間に合ったよ……!」
無事に門限までに学校に戻れた光は、一旦寮の自室へ帰り、《撃出の大鎚》をタンスの角に立てかけ、汗だくの火照った身体のままベッドに仰向けになる。ガンガンに効かせたエアコンの冷風を全面に浴び、暫くの間消費した体力の回復に専念する。
本当ならここで一眠りしたいところではあるが、夕飯の時刻が6時半からなので、寝るとかえってその時刻に遅刻しかねない。なので光はぐっと目を見開き、6時半まで起き続けることを選んだ。
5分くらいエアコンの風に当たっていると、そろそろ身体の熱も汗も引いてきて、逆に今度は寒いとも思える程になった。
光はよっと重かった身体を起こすと、冷蔵庫を開け、中に入っていたアイスカフェオレを眠気覚ましに一杯飲む。まだブラックが飲めないことを若干のコンプレックスに感じつつも、カフェオレの円やかな甘さを喉で感じ取るように流し込む。エアコンでは届かない体内の熱も、これで少しは下がっただろうか。
近くの椅子に腰掛け、頬にまだ冷たいカフェオレの入ったグラスを当てながら、光はタンスの横の《撃出の大鎚》を見つめる。あれだけ激しい実験をしたにも関わらず、汚れや傷のない金ピカの表面を見せるそれは、人の手で作られたものではないというような感じを光に改めて起こさせる。
今日の実験では、まるで何年も扱い体の一部になっているかのような立ち振舞いができていたが、よく思い返すと、実際にこの武器と出会ったのはたった3日前。しかも一昨日、昨日と科学技術局に預けていたので、触れていたのはトータルしてもまだ一日も経っていない。だがそれでも、光は妙にこの武器が手に馴染んでいるのをよく実感していた。それに、
「――なんだろうな。《撃出の大鎚》を見ていると、なんだか懐かしい気分になるのは……。昔どこかで観たのかな?」
光は5歳以前の記憶があやふやで、思い出せないことも多くある。ちょうど父親と最後に会ったのもその頃で、父のことは存在以外の一切を忘れてしまっている程である。
このハンマーはもしかしたら、《地球》にいるという父親と自分を繋ぐ手掛かりだったりするのかな――と、光は淡い期待を抱いた。
ちょうど、その時。
〔――《撃出の大鎚》の感触は思い出せたか?《希望》の司者よ――。〕
「!!」
自分以外、誰もいないはずの部屋の中で、自分ではない何者かの声が聞こえた。
フェルタの声ではない。一瞬忘れていたが、その幼気なのに気取った口調の声の主を、光は思い出した。
「君は――たしか、《伝令》の――!!」
〔我の事を記憶しておったか。感心するぞ少年。〕
《伝令》を司る者。――高校でUGE軍に襲われ窮地に陥っていた生徒たちの中で、光だけが耳にした謎の声の主。
以前は唐突に現れたその声は、またしても予告などなしに光の耳元に現れ、どこで見たり聞いたりしているのか、光の近況を知った風に会話を始めてきた。
恐らく部屋の中に盗撮カメラや盗聴器を仕掛けているのかもしれない。他に誰もいないはずの部屋の中で、光はどこかで聴いている《伝令》に向かって叫ぶ。
「君は一体誰なんだ!?どこから喋ってるんだ!?僕に語りかけて、何が目的なんだ!?」
〔待たれよ。矢継ぎ早に質問されても困る。一つずつ回答しよう。〕
怪しむ光を宥めながら、《伝令》は冷静に彼の質問に答えていく。
〔――まず、『我が何者か?』という問いについてだが、我は其方と同じ、『ヘミテオス』と呼ばれる存在だ。〕
「ヘミテオス?」
聞き慣れない言葉だった。だが光は、自らの境遇に準え、その意味を解釈する。「もしかして、《痣持ち》のことか――?」
「《痣》?――嗚呼。確かに、ヘミテオスには身体の何処かに幾何学的模様の《痣》がある。其の《痣持ち》とやらとヘミテオスは、略同義と考えても良いだろう。」
「判った。」光は納得した。「じゃあこの会話は、君の能力によるものなのか?」
〔如何にも。〕《伝令》は肯定する。〔我が司る《伝令》の能力は、『遠距離に居る相手との連絡や意識の共有を、一切の遅延や齟齬なしに可能にする』能力だ。連絡する相手との距離に制限等はなく、道具も必要としない。よって其方との此の会話において、我は盗聴器等の器具は一切使用しておらぬ。
抑々《そもそも》、其方の今居る場所と我の今居る場所では、あまりに距離が離れておるため、左様な小細工は出来る筈がない。〕
「じゃあ今、君はどこにいるんだ?」
〔――《地球》だ。〕
「は――?」
光は耳を疑った。
〔『《地球》だ。』と我は言った。今我は、《地球》の《巴里》なる地より、其方に向けて言葉を発しているのだ。〕
「冗談だろ、そんなの!?」光は思わず椅子から飛び上がる。「だって《エデン》から《地球》までは、400万光年離れてるんだぞ!?直接通信なんてほとんどできないはずだし、できたとしてもかなりのラグが――」
〔冗談ではない。我は其の四百万光年という果てしなく長い距離を隔てても、遅延なしに其方に話しかけ、又、其方の言った事を遅延なしに我の耳で聴く事が可能なのだ。
其れだけではない。我は遠距離間の『感覚』の相互伝達も可能としておる。――其方が今飲んでおるのは、『スジャータ乳業』のアイスカフェオレだな?〕
「!?」
アイスカフェオレを飲んでいることは当たっている。光は慌てて冷蔵庫の中を開け、このグラスに注いだカフェオレのパックを取り出し、メーカー名を確認する。
何も気を留めなかった茶色のパッケージの真ん中、『アイスカフェオレ』の商品ロゴの上に『スジャータ乳業』という企業名と乳牛のロゴが刻印されているのを確認した。この企業は2382年創業、惑星《エデン》に本社を置く飲料・乳酸菌食品メーカーである。
〔消費期限は2388年6月6日、製造者番号は『H(AS)+11』。〕
「――当たってる。」光は《伝令》の言った数字と記号の羅列が、今持っているパックにも刻印されていることを確認する。「どうして判るんだ?」
〔其方が今両眼で観ておる"視覚情報"を、我の網膜上にも投影し、其れを介してカフェオレの銘柄を確認したのだ。
当然、其の逆も又可能だ。今度は"味覚"で其れを示そう。〕
「何を?――――うぷっ!?」
《伝令》の発言が終わった直後、光は舌と喉に激しい異変を感じた。
突然、舌が強い渋味に襲われたのだ。今は何も口に含んでいないはずなのに、光の口の中に、苦渋の味のする、滑り気を持った液体が流し込まれる感覚がある。それは光の意を無視して喉の奥へと侵入し、焼けるような熱さを残す。
「――ゲホッ!!ゲホッ!!」
飲んだことのない不快感に、咄嗟に光はティッシュを大量に引き抜き口に宛てがい、その液体を吐き出そうと悶える。
しかし、実際にその液体を飲んでいるのは光ではないため、ただただ徒に涎で紙を濡らすだけに終わった。
「ゲホッ――!!――な、何を――飲ませたっ!?」
〔ワインだ。200年前に生産されたシャトー・ムートン・ロートシルトの味だ。其方の惑星ではまず手に入ることのない高級品だ。〕
「200年――っ?ゲホッ!――それ、腐ってるんじゃ――ないのかっ?」
〔ワインというのは年を経る毎に円やかな舌触りに変化し、複雑な風味と余韻を醸し出す様になる。此の年のロートシルトは当たり年でな――〕
「知るか!そんなこと!!未成年に酒を飲ますな!!」
漸く吐き気が治まるや否や、光は常識外な《伝令》の行為と初めて飲んだアルコールの不味さに激昂する。
《伝令》はワインの蘊蓄を語ろうとしていたのだろうが、流石に光には早すぎると思ったのだろう。軽く咳払いを一つして話題を転換する。
〔――まぁ、兎も角。此れが我の能力だ。無論、我の能力は常に発動しておる訳では無い。"味覚"の共有は今断ち切ったので、口直しにカフェオレを飲むと良い。〕
《伝令》の言葉通り、光の舌を襲っていた苦渋や、喉の奥を焦がすような感覚は、いつの間にか無くなっていた。光はグラスに残っていたカフェオレを飲み干し、口腔内をクリーミーな甘い味覚で上書きした。
「――君の能力のことはよく判った。けど、《地球》から連絡してるっていうのは、残念ながら信じられないよ。
今、《パリ》ってところにいるんだっけ?確か、"エッフェル塔?"とか、"がいせん門?"――ていう素晴らしい建築物があるって、衣栖佳――クラスメイトから聴いた覚えがある。今の能力でそれを見せてくれたら、信じてあげてもいい。」
〔――――。〕
光の要求に、《伝令》は10秒程、口を噤んだ。さては嘘をついていたのがバレたから焦っているのだ、と光は考えた。
「どうしたんだい?もしかしてだけど……本当は君、《地球》にはいないんじゃないか?」
〔〔〔違う!!〕〕〕
《伝令》が語気を強めて反論する。表情こそ見えないが、《伝令》のその一声には鬼気迫る迫力があった。
〔我は《地球》に居る――!其れは、事実だ――!!だが今の――我が今居る《地球》は――其方の見たがる様な《地球》ではない――!!〕
「それは―――どういう――?」
光がその真意を問い質そうとした時、《伝令》側から何だか慌ただしい雰囲気の台詞が漏れ聞こえてきた。
〔どうした?――判った。直ぐに此処を発つ。だがあと10秒待て。我は其方の息子に伝えるべき言葉を伝える――!〕
「え――!?」
光は確かに耳にした。『其方の息子』――という言葉を。
もし《伝令》のいる場所が、本当に《地球》なのだとすれば、ここで言う『其方』は、恐らく――
「おい、《伝令》?今、誰と話してるんだ?その人は――」
〔望月光よ!!〕
《伝令》の真剣な叫び声は、光の喉元から溢れようとした言葉を堰き止める。
そして《伝令》は、別れの挨拶の代わりに、光に伝言を残していく。
〔成る可く多くのヘミテオス――《痣持ち》を救出し、味方に付けよ!!UGEから逃れる地球人やレリギオスも同様にだ!!
そして戦える仲間を連れて、必ず来て欲しい――我々の居る《地球》へ!!
何日、何ヶ月――何年でも待つ!!だからどうか、必ず――……
「――あれっ、《伝令》?」
《伝令》からのメッセージは、そこで途切れた。
電波の調子が悪い――とかでは全くないことは確かだ。恐らくは、《伝令》の身に何かがあったと考えるのが筋だろう。
「どうしたんだ《伝令》っ!?何があった!?もう一度声を聞かせてくれぇっ!!」
光は何度も、《伝令》、《伝令》――と、名前と呼んでいいのか判らないような名前を叫び続けた。
だがそれでも、再び《伝令》が語りかけてくることはなく、その叫び声は部屋の壁に吸収されて消えてしまった。
「――駄目か。全然返事がない――。」
また唐突に《伝令》側から連絡を切られた光は、力が抜けたようにまた椅子の上に腰を落とす。疲れを取るはずが、一層疲れたような気がしてならない。
だが一方で、収穫もあった。それは予てより光が知りたかった情報である。
「でも、やっと判った。《伝令》のすぐ近くに、僕の父さんがいる――!!」
光は決意した。次に《伝令》が語りかけてきた時に、父のことを聞き出そう――と。




