Episode32:《痣持ち》・前編
地球人居住区への《へスペリディア》周知作戦は無事成功した。
先の南星宮高校襲撃事件による政府への不信感が増大した情勢下での本作戦の決行は、剥がれかけになっていたUGEの支持基盤を更に大きく引っ剥がす結果となった。
地上の全地球人居住区に《へスペリディア》の名が知れ渡り、UGEの秘匿していた情報が明らかとなった今――惑星《エデン》の人々は一人残らず激しい混乱の渦に放り込まれた。その混乱の中で彼らは、何が真理かを見失い、あるいは見出し、各々その真理の追求および拡散のための運動を開始する。
従来通りUGEを信望する者は地球人至上主義を掲げ、自ら武装するなどしてレリギオス・《痣持ち》の排斥運動の加速を促した。
一方、居住区内に隠れ住むレリギオスをはじめとする、UGEへの不信や不安が肥大化した者は、新たに現れた勢力・《へスペリディア》に同調する動きを見せ、各地でレリギオス保護やUGEの情報公開を訴える反政府運動へと拡大する。
そして、元より政府や政治などに無関心だった者は、周囲の者やSNSの意見を鵜呑みする他なく、どちらの側に付くべきか、あるいは付かざるべきかの選択に迫られた。
反政府運動に本物のレリギオスがどれだけ関わっているかどうかは定かでないが、それはフェルタ達の問題ではない。地球人類の側にも自分達の味方となる者が大勢現れたという事実それものが、フェルタ達を鼓舞させた。
そして最もこの作戦の影響を受けたのは、やはり《エデン》内で活動するUGE諸機関であった。
《へスペリディア》の事実上の宣戦布告とも言える本発表を受け、UGE軍は再度緊急会議を執り行い組織体制の再修正を余儀なくされ、事態を未然に防げなかった情報統制局やEBBはスパイ潜入の可能性を示唆され、上層部の"粛清"を中心に抜本的な組織改革を命じられた。――その他、多くのUGE関連機関で機関の統廃合・組織体制の改革・新組織の設立などの対策が、この一週間で目まぐるしく執り行われた。
さて、事の発端である《へスペリディア》も、ただ地球人側に自己紹介しただけで満足するわけにはいかない。
《へスペリディア》の存在を公にした影響は、フェルタも既に予見していたことである。これから先、《へスペリディア》を支持するレリギオスや一般の地球人類が、UGEやその信奉者たちに命を狙われることになることは避けられない運命にある。特に地球人類の一般市民は法律により武器の所持・製造・購入を禁じられているため、UGE軍を相手にした場合、降伏以外の選択肢がない。
《へスペリディア》がこれから行うべきこと――それは、UGEに異を唱える市民たちへの"救済活動"を、更に活発化させることである。
無論、それは現在進行系で進められている施策である。だが最も危惧すべきは、いつ実戦導入されるか判らない――あるいは既にされているかもしれない、UGEの《痣持ち》兵士達への対策である。
《へスペリディア》はまだ、光とラーギブ以外の《痣持ち》の存在を知らない。そして《痣持ち》が具体的にレリギオスとどう違うのかも、まだまだ不明な点が多い。
同じ切り札を手に入れた以上、UGEと同等以上にこの未知なる"新人類"の特性を早急に理解しなければならない。それこそが、《へスペリディア》の急務であった。
2388年6月2日(木) 1:45 P.M. 《へスペリディア》科学技術局本部・局長室
5月26日に始まる、光とラーギブのオレイオス魔法学校での生活は、正しく《へスペリディア》における本格的な《痣持ち》研究の嚆矢であり、この1週間で得られた調査結果の数々は、《痣持ち》という特異な存在の性質を僅かにではあるが明らかにしてくれた。
そしてこの日、光は《へスペリディア》第2フルリアにある科学技術局の本部を訪れていた。《痣持ち》について判明したことを、博士から直接聴くためである。
科学技術局はその研究内容から6つものエリアに分かれているが、ヴィシュヴァカルマンのいる局長室があるのは、そのうちの工学研究エリアである。ここは機械や加工品等の生産工場も併設されており、施設内部では時折その工場で働く作業員や作業ロボットが右往左往しているのが確認できた。
そんな慌ただしい空間の中で、光は施設入口にいた受付の女性型アンドロイドの指示と、そこからずっと光の足元の床に照らし出されていた案内表示により、工学研究エリア・第1開発棟5階にある局長室へとスムーズに向かうことができたのだった。
ヴィシュヴァカルマンの局長室は、それまで施設内で見てきた工場の生産ラインや、コンピュータのモニターがずらりと並んだような空間とは全く異なり、とてもオシャレなマンションの一室――といった感じの内装であった。直角を3次元的にいくつも組み合わせた白のキャビネットや、中が空洞で座ると壊れてしまいそうな楕円柱形のミニソファなど、図形の特徴を活かした先鋭的なデザインの家具が部屋のあちこちに置かれている。
「――それで、《痣持ち》のことについて、どんなことが判ったんでしょうか?」
光は席に着くや否や、早速本題をヴィシュヴァカルマンにぶつける。自分自身のことも勿論あるが、それよりも地上でUGEに追われる身になってしまっているであろう同じ"仲間"を救いたい――という想いのほうが彼の中では強かったからだ。
ヴィシュヴァカルマンはガムシロを3個程入れた激甘のアイスミルクティーを一口含み、ゆっくりと喉に流し込んで、こう言った。
「――どうやら君たち《痣持ち》は、"万能"ではないようだ。」
「"万能"――ではない――?」光は首を傾げた。「まぁ……誰でも得手不得手はひとつくらい――」
「そういう話ではない。」ヴィシュヴァカルマンは一蹴する。「《痣持ち》は確かに、《魔法》を使用できる点ではレリギオスと同じだ。――だが、《痣持ち》が使用できる《魔法》は、レリギオスのそれよりもずっと狭い範疇の《魔法》であるらしい。」
「狭い範疇の、《魔法》――?」
「既に魔法学校で聞いたことだと思うが、レリギオスの多くは複数の属性のアストラル流体を体内に宿しており、各属性のアストラル流体の割合によって、使用できる《魔法》も異なる。例えば全体のアストラル流体のうち、《炎属性》のアストラルの割合が大きい者は、火炎放射や爆発などの大きな炎を生み出すことができるが、割合が小さい者は指先に小さな炎を灯す程度のことできない。全く《炎属性》のアストラルを持たない者は、炎すら出すこともできない。――各属性のアストラル流体をどの程度所有しているかによって、レリギオス各人の使用できる《魔法》のカテゴリーが大きく左右される。これが基本的な《魔法学》の原則となる理論だ。
ところが、《痣持ち》はどうやらその原則から逸脱してしまっているようだ。
例えばラーギブ君のアストラル流体は、《土属性》が6割、《風属性》が3割、《炎属性》が1割という構成だ。同じ構成のレリギオスであれば、主属性の《土属性》を中心に、《風属性》、《炎属性》の《魔法》もある程度は使用できるはず――なのだが、ラーギブ君は《風属性》の《魔法》も、《炎属性》の《魔法》も、全く使うことができなかった。それどころか主属性である《土属性》の《魔法》であっても、土や岩石などを扱う《魔法》については、全く発動できなかった。
彼が使用できる《魔法》は、『《砂》を生成する《魔法》』と『《砂》を操作する《魔法》』――この2種類だけだ。彼は空を飛ぶ《魔法》も習得しているが、あのカラクリは宙に舞った《砂》を空中で維持し、そこに乗っているだけというから、実に器用な技だと初めて観たときは驚かされたよ。
そして、同じことは君にも言えるのだ、望月君。」
「《攻撃魔法》の件ですか――。」
「いや。それは君の能力によるところが大きいようだ。フェルタ皇女の証言から発動自体はできるようだから、恐らく誰かの"願い"によって、君の《攻撃魔法》が他人にヒットするのを妨げられている――と見るのが妥当だろう。」
「誰かの――。」
光はその誰かに、心当たりがあった。
だが、確証がないために、ヴィシュヴァカルマンに話すことはあえてしなかった。
そんな光の心をよそに、ヴィシュヴァカルマンは、光の能力が《魔法学》の原則からどう外れているかの説明を始める。
「君のアストラル流体は、100%の《光属性》だ。しかし、通常の《光属性》とは性質を異にしている。
本来、《光属性》の属性が示すアストラル流体の色は"黄色"――ないしその系統色だ。だが知っての通り、君のアストラル流体の色は"淡青色"だ。この色は普通、《水属性》のアストラル流体が持つ色の系統だ。」
「どうして色が違うのに、《光属性》って判るんですか?」光は当然の質問をした。
「色以外の性質が、《光属性》のものと同じだからだ。天日干ししたシーツのような芳香、絹織物のような感触、柑橘系のような味わい、そしてバイオリンの三重奏のような音質――。これらはいずれも、《光属性》のアストラル流体に触れたときのレリギオスが感じ取る特徴なのだそうだ。
そしてラーギブ君と同じように、君は数ある《光属性》の《魔法》の中でも、《想像投射》という《魔法》のみを使用できる、ということがレリギオススタッフの調べで判明した。」
「いまぎ――ぷろ――?」
「《想像投射》。"頭の中で思い描いた出来事を、そのまま現実世界に具現化させる"という《魔法》だ。この《魔法》は《光属性》でありながら、『海を割る』『地震を起こす』など、他の属性の効果が絡むような現象も発生させることができるという点で、通常の《魔法》と大いに異なる特徴を持っている。」
「――それが、僕の能力の正体?」
「そうだ。」
ヴィシュヴァカルマンの肯定にも、光は一見全く動じていないように見える。「動じていない」――というよりは、「どう動じるべきか判らない」という言葉の方が、今の光の心情を表すのには合うかもしれない。驚きも喜びも嘆きもせずに、光は淡々とヴィシュヴァカルマンの話に耳を傾ける。
「――だがこの《魔法》、説明こそ簡単だが、レリギオスが習得するには、地球人換算で777年という膨大な時間と知識を要する《超高等魔法》の一種だ。詠唱すべき呪文も非常に長い上、いくつか儀式的な行為も通過しなければ発動できないと文献にもある。
しかも習得するためには、同じ《光属性》のアストラル流体のみをその身に持つ者でないといけないという制限があり、他の属性が少しでも混じっていると習得は不可能になるらしい。」
「そんなに難しい《魔法》なんですか、これ――?」
「レリギオスでもその名を知る者は少ないらしいので、相当レアな《魔法》だと思われる。
そして君も知っている通り、その発動条件もまた特殊で――
『他者のアストラル流体と接触しなければ発動できない』
『効果や性能は、術者に触れた他者の"懇願した内容"に左右される』
『術者は、自身の"願望"を具現化できない』
といった制約も課せられているようだ。本来の《想像投射》にはこのような制限はないらしく、君にだけ、そうした制限がかかっていることになる。」
ここまで聞いて、光は《痣持ち》という存在がレリギオスとはだいぶ違う存在であることは辛うじて理解できた。
だが同時に、「なぜ自分とラーギブは限られた《魔法》しか使えないのか?」という新たな疑問が光の中に芽生え、頭を悩ませた。
光は質問する。「どうして僕もラーギブも、特定の《魔法》しか使えないんでしょうか?」
ヴィシュヴァカルマンは答える。「それについては、《痣持ち》のデータが少ないため、今は何とも言えない。
だが君たちは、自分たちの使える《魔法》に関しては、レリギオスよりも遥かに高い"練度"を誇っていると言える。」
「練、度……?」
「例えるなら、記憶力も体力も生活力もまるでないが、推理力だけは抜群の名探偵みたいなものだ。望月君もラーギブ君も1〜2種類の《魔法》しか使えない代わりに、その《魔法》の発動に関しては他の追随を許さない程に熟達した技術とセンスを、生まれつき持っていると言えるだろう。
言うなればプロフェッショナル――いや、"神がかっている"、という感じだ。」
「"神"――ですか?」
いきなり大仰な比喩をもらってしまい、光はどうリアクションすればいいのか、当惑を隠しきれなかった。
「おっと。科学者なのに"神"を信じるのか?――みたいな質問は受け付けんぞ。今のはあくまで比喩だが、さほど過言ではないと思っているんだ。フェルタ皇女曰く、地形や天候をがらりと変える技や、それにも耐えうる程の防御や回復を、頗る短い詠唱時間で発動する――というのは、並のレリギオスでもできない業なんだそうだ。無論、地球人類にもできぬことだ。」
「う〜ん……だからって"神"は言い過ぎな気がしますけど……。」
光は恥ずかしそうに頭を掻いた。そしてもしラーギブがこの場にいたら、彼はどんなリアクションを取っただろうかということを想像した。きっと特に笑いも怒りもせず、淡々と聴くだけだったろうと、光は考えた。
「さて。以上から私が考えるに、君たち《痣持ち》は、『ある特定の《魔法》の使用のみに一点特化した存在』ではないかと仮定している。それも特定の物質や概念を操る《魔法》の、だ。
だが、この仮説を立証するには、君たちと同じ《痣持ち》のデータをもっと収集しなければならない。そのために君をUGE軍のいる戦場に送ることもあるだろう。――君があの日フェルタ皇女にした誓いは今、大きく揺らいではいまいな?」
光は左手をぐっと握り、改めてその意志をヴィシュヴァカルマンに示す。
「――揺らいだら、誓いの意味がありません。僕はフェルタさんの"夢"を叶えるためにも、同じ《痣持ち》の皆を救うためにも、僕はこの左手を武器に戦います――!」
「いい心掛けだ。」
光の覚悟を再確認したヴィシュヴァカルマンは、安堵したのか、くすりと笑ってみせてくれた。
「――おっと、そうだ!」
ヴィシュヴァカルマンは突然何かを思い出した。
「武器と言えば――こないだ預かっていた例のアレの分析結果が出た。まずは君にそれを返そう。」
ヴィシュヴァカルマンは部屋の隅に立て掛かっている、布に包まれた長物を慎重に抱きかかえ、それを光に差し出した。
「ありがとうございます。」
光は右手で柄の部分を掴むと、左手は布の端を掴んでくるくると包装を解いていった。
軈て布の間からは、燦然と輝く黄金色の表面を持つ大鎚が顔を現す。
「おかえり、《撃出の大鎚》。」
「リアライザー?」ヴィシュヴァカルマンは初めてその言葉を聞いたようだった。
「このハンマーの名前……?です。どこで知ったかは判らないんですけど、そういう名前だって、いつの間にか知ってたんです。」
「――成程。では君に倣って、このハンマーは以降、そう呼ぶことにしよう。」
ヴィシュヴァカルマンはひとまずこの大鎚の名称を記憶するに留めた。そしてタブレット端末を取り出し、前日行った《撃出の大鎚》の調査報告の内容を、光に話し始める。
「さて、この《撃出の大鎚》の分析結果だが――申し訳ない。殆ど何も判らなかった。」
「何も?」
「ああ。」ヴィシュヴァカルマンはやや悔しそうな表情を浮かべた。「このハンマーは、私たち地球人類はおろか、レリギオスでさえも持っていない未知の技術で作られていた。レリギオスの《魔法》システムを応用していることは判明できたのだが、内部のエンジンらしき機構や変形機構の構造は、地球人類の機械工学の歴史を紐解いても、全く見たことのないものだった。それらの機構は研究所内のレリギオスでも動かすことができない代物で、恐らく所有者である望月君でないと動かせないのではないか――という結論に至った。
また、ハンマー全体を構成するこの合金にも、我々がまだ命名すらしていない未知の元素が含有されていた。それがタングステン鋼よりも遥かに高い頑丈性や、耐熱性・耐冷性・耐食性・耐放射線性を生み出しているようなのだが、その元素についても、合金の生成方法も、そしていつどこで製造されたのかさえも、我々は全く解明できなかった。
ひとつ可能性があるとすれば、望月君自身の能力で生み出した武器――という仮説を立てているんだ。君がラーギブ君から瀕死の重症を負った際、《蘇生》と同時にこのハンマーを召喚する《魔法》を発動したと、フェルタ皇女から聴いている。あの時、君はラーギブ君への反撃手段として、あのハンマーを創造した、と私は考えているんだが、どうだ?」
ハンマーの出自を解明したいヴィシュヴァカルマンは、光の記憶に頼った。光の能力にそういう創造的な効果もあると期待してのことだ。
だが、光の返答はそれを反故にした。
「――すみません。その時のことは、あまりよく覚えていなくて――。」
「そうか……。」ヴィシュヴァカルマンは、少々落胆した顔を見せる。「まぁいい。すぐに思い出せとは言わない。《痣持ち》のことも、まだまだ判らないことだらけだし、いずれ解明できる時も来るだろう。」
ヴィシュヴァカルマンはタブレット端末の画面を閉じると、机の上に捨てるように置いた。タブレットを置く寸前、表示されていた時刻は「14:00」だった。僅か15分間喋るためだけに光をここまで呼び出したことを、ヴィシュヴァカルマンは申し訳なく思った。
「――さてと。現時点で私が語れることは以上だ。随分と早く終わってしまったな。せっかくここまで来てくれたんだし、時間の許すまで研究所内を案内しようと思うのだが、どうだろうか?」
ヴィシュヴァカルマンは空いた時間を埋め合わそうと、光にそう提案する。
だが光は、それとは全く別のことを提案した。
「えっと……それもいいんですが……、この《撃出の大鎚》、『僕しか動かせない』んでしたよね?」
「??――ああ。確かにそう言ったが――」
〔〔ガチャン!!〕〕
「!?」
ヴィシュヴァカルマンが声を発すると同時に、《撃出の大鎚》の変形機構が作動。ヘッド部分が分割し、見たことのない内部の複雑な構造をヴィシュヴァカルマンの眼前に披露する。
「博士。実際に《撃出の大鎚》を使用しているところのデータ、欲しくはないですか?もしこの後の時間に余裕があるなら、僕も研究のお手伝いがしたいです!」
光は《撃出の大鎚》の内部構造を、これ見よがしにヴィシュヴァカルマンに見せつける。露出したエンジン部分には、光のアストラル流体と同じ青白い輝きがあるのを、ヴィシュヴァカルマンも目撃していた。
「そ、それは、ありがたいが――構わんのか?」
「はい。実際に僕しか使えないなら、僕がいることでできる実験もあるはずです。それに僕も、やっとちょうどいい攻撃用の武器を手に入れたことですし、性能をちゃんと知りたいなって思いまして。
外出許可は18時までですけど、学校からここまで1時間半はかかるので、やるなら今決めた方がいいと思います、博士。」
光の眼は真っ直ぐだった。元より強い探究心が、今は手にしたばかりのこの大鎚に向いている。そして彼女もまた、この未知の技術の大鎚に興味津々だった。
ヴィシュヴァカルマンは、彼の意向を尊重した。
「わかった。手の空いている者を集めて、早速取り掛かろう。」
2388年6月2日(木) 3:00 P.M. 《へスペリディア》科学技術局本部・第1開発研究部試験場
「――ではこれより、《撃出の大鎚》の稼働実験を開始する!最初はこの戦闘訓練用ロボット6機が相手だ!!」
「はい!お願いします!!」
ヴィシュヴァカルマンの指導の下、第1開発研究部が通常兵器および《魔法兵器》の試射・試運転のために使用する広大な試験場を借りて、光の《撃出の大鎚》稼働実験が行われた。
本実験は急遽実施が決定したため、人員は7名とごく少数。その中には科学技術局に入局したばかりの酉福希も参加していた。
〔……――ウィーン――……〕
左腕が機関銃になった6機の訓練用ロボットは起動を開始し、人工筋肉の力で力強く地面の上に直立する。ヴィシュヴァカルマンの話では、表面の装甲の硬度はショットガンでも貫通できない程頑丈らしい。
〔訓練用ロボ、全機発進!標的を望月君に設定し、攻撃開始!〕
〔〔ドドドドドドドド!!〕〕
訓練用ロボ全機は光の姿を捉えるや否や、左手の機関銃のセーフティを解除し一斉射撃を開始する。なお、銃弾は実弾ではなくゴム弾を使用しているため、ヒットしても致命傷にはならない。
例の電磁式自動小銃を防いだ障壁は、"護るべき対象が近くにいないと発動できない"ことを、魔法学校の訓練で光は学んでいた。なので代わりに、光はそのゴム弾の嵐を、小柄な身体を活かしてするりと躱していく。
その時に生じた遠心力を《撃出の大鎚》に乗せ、ロボットの一体に猛接近する――!
「やああああっ!!」
光の《撃出の大鎚》とロボットの装甲が衝突する、その僅か一瞬。《撃出の大鎚》に青白い閃光が走る――!
〔〔がしゃああああん!!〕〕
《撃出の大鎚》はロボットの頭部を正面から破壊した。同時に別室のモニターではⅢ号機の映像と信号が途絶えたことが確認され、福希が慌ててマイクのスイッチを入れる。
〔も――望月君、1機撃破!〕
「よし!次っ!!」
〔〔ドドドド――ドドドド!!〕〕
なおも訓練用ロボは光を狙ってゴム弾を連射し続けるも、光は回避したり《撃出の大鎚》で弾いたりして巧みに攻撃を受け流す。そしてⅢ号機の破壊時と同じようにして接近し、Ⅴ号機、Ⅱ号機に確実にクリーンヒットさせ沈黙させた。
〔〔がしゃん、がしゃああああん!!〕〕
〔〔ドドドド…………カチッ――カチッ――〕〕
光が3機のロボットを破壊したところで、残り3機のロボットのゴム弾が弾切れになったようだ。
だがこの訓練用ロボットには接近戦用の武装とプログラムも実装されている。ロボットは弾切れを感知すると、左手の銃をパージして放棄。露わになった左手の手首部分を右手で掴むと、そこに隠し持っていたダミーソードを展開する。
「ここからは近接戦か――!!」
ロボット3機は脚部の人工筋肉をぐぐっと屈めると、瞬時に地面を蹴り上げ猛スピードで光に斬りかかる!
〔ヒュンッ!〕〔ヒュンッ!〕〔〔ギィィィン!!〕〕
「――速い!?」
次々と繰り出されるロボットの斬撃は目で追えない程速く、流石に自己の身体能力だけでは回避しきれないと光は悟った。
〔ベシッ!〕〔バシッ!〕〔バシッ!〕〔ベシッ!〕
「――――ッ!?」
計4発の斬撃が光の身体にヒットし、光は思わず地面に転がり落ちる。刀はダミーなので斬られていないが、それでも当たったときの痛みは中々のものだった。
「大丈夫か、望月君!?まだいけるか!?」ヴィシュヴァカルマンが光に心配の声をかける。
「はい!!まだいけます!!」光は《撃出の大鎚》を前方に構えて、まだ戦う気力があることを周知させた。
その意志を汲んだのか、3機のロボットは同じ点滅パターンのランプを目元に光らせると、タイミングを合わせて前方に跳躍し、光目掛けて飛び斬りを仕掛ける――!!
〔〔〔ゴォォォォォォォォ!!!〕〕〕
光は《撃出の大鎚》を後ろに振りかぶり、精神を研ぎ澄ましてロボットの最接近を待つ――!!
〔望月君――頑張ってくださいっ!!〕
〔期待しているぞ、望月光君――!!〕
邪念を払った光の心に、福希とヴィシュヴァカルマンの"願い"が届く。
彼らの声に応えるためにも、光はその小さな唇で、その言葉を紡ぐ。
「Si, Hemitie teskios 《Esperios》. ――その"願い"、僕は受け入れる!!」
〔〔ガチャン!!……――ブオオオオオオ!!〕〕
突如、《撃出の大鎚》のヘッド部分が分割・巨大化し、その割れ目から青白い輝きが勢い良く噴出する!
初めて見る《撃出の大鎚》の変形に、その場にいた研究員達も負けじと眼を輝かせる――!
「な――なんだあの輝きは――!?」「すごい!映像に収めないと!!」
「はぁああああああっ!!!!」
〔〔〔ドゴオオオオオオン!!〕〕〕
「ぬぐっ――!!」「きゃぁっ!!」「うおぁっ!?」〔うぎゃああっ!?!?〕
――刹那、激しい閃光と凄まじい爆音が、試験場内に木霊した。
あまりにも一瞬の出来事で、ヴィシュヴァカルマン達も何が起こったか理解ができないでいる。
暫くして彼女達は、網膜の上に強烈に焼き付けられた、上向きの三日月型の閃光があることを認識する。
その閃光が徐々に消えていくに連れ、彼女達は眼の前で起きた出来事を再確認できた。
「――よし、やった!」
《撃出の大鎚》を大きく振り抜いたポーズをとる光の前に、ロボット達の姿はない。
そして光から見て、遥か左にある茂みの中から、もくもくと立ち上る黒煙が確認された。
その周辺には、配線やネジ、破れた人工筋肉やダミーソードの一部が散乱していた。
〔モ――モニター、ⅠからⅥまで沈黙――!!全機応答なし――!!〕
「1機80kgはある訓練ロボを、3機まとめて吹き飛ばすとは――!?なんて力だ――!!」
「これなら――これなら僕も、戦える!!」
光は《撃出の大鎚》を一層強く握り締める。それは紛れもなく、光の自信となった。




